にかほ市 [2021/05/12,16:23:59]
何の予定もない日なので、まだ腰痛は残っているが、にかほ市まで遠征することにした。にかほ市院内にある平安時代の仁賀保氏の居館跡を見てきた。山城というのはそのほとんどが戦のための簡易的な「土の城」なので、戦さが終われば、取り壊したり、廃城もあり、の世界だが、この山根館は城であり居住もしていた城址というのがちょっと珍しい。男鹿の脇本城の存在が知られる前までは県内で一番大きな山城と言われていたところだ。その城址を復元したジオラマがにかほ市勤労青少年ホーム内の歴史展示室にあるというので、それも見てきた。この展示室の二人の職員の方に丁寧に案内、解説していただき、仁賀保氏と山根館のことがよく理解できた。時間があったので、欲張って象潟にある「塩越城」も観てきた。こちらはもうまるで住宅の中に溶け込んでしまって、文字通り見る影もない。それでも関係のありそうな家を訪ねて、庭を通らせていただく許可を得て、裏山の本丸跡を歩いてきた。山根館も塩越城も本丸からはきれいに雪をかぶった鳥海山が雄姿を見せていた。
一件落着 [2021/05/11,09:40:28]
このごろ朝ごはんが終わってから書斎で本を読むようになった。読書は寝る前にというのが定番だったのだが、すぐ眠くなってしまう。頭に入れておきたい本の時は朝の脳がフレッシュな状態のほうがいい。と思って実践しているのだが、それなりの効果はあるような気がする。ところで、またあの東鳥海山という命名についてだが、菅江真澄全集5巻『雪の出羽路』に「雄鬼骨山(おしこほねやま)といひし地」と書かれていた。「子」でなく「鬼」が正解のようだ。「(山頂付近に)塚あり。みな白骨、二つの塚におさむ。何の骨なる事をしらす。うべも雄鬼骨山の名そしられたる。」と由来もある。山頂神社にあった真澄の句は「木々はみな冬枯はてて水鳥のをしこほね山神のさひにけり」で、それも全集には記されていた。なるほど、こういうのはちゃんと原典に当たらないとダメですね。というわけで一件落着です。
多脳 [2021/05/10,10:09:29]
日めくりの難読漢字カレンダーは相変わらず5割程度の読解度で、日々勝手に恥ずかしい思いをしている。そんななか7日のカレンダー漢字にはちょっとのけぞった。「多脳」は何と読むか? というのだ。正解は「ドナウ」である。あのヨーロッパ中心部から黒海にそそぐ大河である。これは正真正銘、生まれて初めて目にした漢字だ。うそでしょ。なんだか勉強になるようなならないような……。昨日の東鳥海山は歩いていて実に気持ちのいい山だった。でもその名称はいまだに気になっている。あまりに露骨な換骨奪胎ふうで、とても納得できなかったが、平凡社の『秋田県の地名』でほぼ命名の由来は判った。でも山を歩く人たちのガイドブック『秋田県の山』では「山頂に鳥ノ海という窪地があるから」などと寝ぼけたことを書いている。そんなことで山名が決まるわけはない。江戸期以前の小野寺氏のエピソードがあり、地元の人たちは権現様と呼びならわし、世間的には雄子骨山(おしこほねやま)と呼んでいた、といったあたりが正解に近いのだと思う。まだまだ知らないことばかりが目の前に開けてくる。
雄子骨山 [2021/05/09,19:07:26]
朝から腰痛で理由ははっきりしている。GW 以来、ずっと小さな山に登り続けていた疲労だ。理由がわかっているので痛みを圧して東鳥海山へ。湯沢市須川にある雄物川と皆瀬川に挟まれた奥羽山脈の先端部にある山だ。標高は777メートル。なだらかで穏やかな登りの続く好きな山だ。時折雨がぱらついたが登り1時間40分、下り1時間10分を楽しんできた。この山も名前が気になるところだが、中世の横手城主小野寺遠江守が天正元年に登り、南西に見える鳥海山から「東の鳥海山だ」と名付けたことによるもののようだ。山頂直下の神社に真澄の句が記されているがその句の中の「をしこぼね」という言葉の意味が分からない。調べてみたら本来はこの山を地元の人々は「雄子骨山」(おしこぼねやま)と呼んでいたようだ。なるほど、東鳥海山というのはあまりに官僚的にそぐわないような気がする。雄子骨山って、いいよね。
千秋公園 [2021/05/08,10:50:16]
散歩コースを変更して千秋公園を一周。山城取材の一環だが、やはりこの近世の城跡はちょっと別格。中世の城跡というのは石垣もなければ天守ももちろんない。言ってみれば土塁で築いた土の要害なので、山城といっても想像力で過去に思いを馳せるしかない遺構だ。でも久保田城はもうはっきりと歴史が過去が人間がその空間に姿を見せてくれる空間といった感じ。一回りして市立図書館に降りて、二階の郷土資料室で秋田県文化財保護協会が昭和56年に作成した『秋田県の中世城館』という調査報告書を閲覧、勉強になりました。公園の山の昇降でけっこう足に来ていたが、帰りも公園を通り家に帰ってきた。歩行距離は1万5千歩ほどだったから、5キロ以上はゆうに歩いている計算だ。頭と身体の両方を使う時間は楽しいものだ。
意外性 [2021/05/07,09:33:50]
仕事がヒマなせいもあって(コロナ禍のせいばかりではないのだが)、時間があれば県内の山城のことを調べている。GW中は現地取材に行ったし、今はもっぱら関連参考資料を読んでいる最中だ。これはけっこう退屈な作業で、でもこれをちゃんと勉強しないと基礎知識が身につかない。ちょっと学生時代の受験勉強をしている気分だが集中力が続かない。お勉強の合間に、軽く読み飛ばせる本を読みたい。そこで落合博満『戦士の食卓』(岩波書店)を読み始めたのだが、これがけっこうおもしろくでドハマリ。あのプロ野球選手の「食の哲学」というのだから興味津々。驚くのは発行元があの岩波だというところだが、あのジブリが発行する雑誌『熱風』に連載されていたものだ。企画者がプロヂューサーの鈴木敏夫で、彼は熱烈な中日ファンとして有名だ。そうした縁で岩波が出したのだろうが、思いがけないミスマッチや意外性が満載の内容で、これは面白かった。
楽あれば [2021/05/06,10:43:38]
今年のGWは自分ながらまあよく動き回った。コロナ禍に屈するのが嫌だったこともある。ひとりもくもくと車で県内を南北縦横、すみずみまで走り回った。おかげで例年とは違い、まったく退屈せずに済んだが、体力的にはかなり消耗したのも事実だ。出歩いた理由は山城を歩くためだが、訪れた城址は15城ほど。とても城とは呼べない粗末な館跡もあったが、いまその取材のメモ整理をしているところだ。いつもの悪い癖で現場写真を見ても「ここ本当に行ったけ」と、もう記憶もおぼろげな城もあるのが情けない。まあ70を超えたジジイのやることなので、こんなものだろう。取材は楽しいが、文章にまとめるのは苦しいだけ。楽あれば苦ありだ。
鹿角 [2021/05/05,20:21:31]
GWの最後の日。今日は朝6時に起き、国道285をひた走り鹿角と大館の山城を歩いてきました。6城くらい歩いたかな。家に帰ってきたのは午後5時。もうヘトヘトだが、取材したことをメモをする必要がある。せっかくの取材が「忘れてしまう」と意味をなさなくなる。ついさっきまで、そんなわけでせっせと取材メモをつけていた。それにしても鹿角は遠い。遠いうえに山城の主人公たちの名前にほとんどなじみがない。それもそのはず、彼の地は「出羽」ではなく「陸奥」なわけで当然なのだ。秋田ではなじみの武将たちとも接点がなく、もっぱら南部と闘ったり、津軽に逃げたり、出羽とは一線を画している感じが面白いと言えば面白い。中世の大館城は今の大館市役所の場所にある。訪ねると市役所そのものが隣の新庁舎への引っ越しの真っただ中だった。ガラガラの旧庁舎とピカピカの新庁舎を両方写真に撮ってきた。遠いとは言いながらも、高速を使わなくても2時間ちょっとで行ける。昔に比べたら便利になったものだ。
方向オンチ [2021/05/04,09:37:01]
1日取材で動き回ると翌日はさすがに疲れがドンと残る。これをうっちゃって(調子に乗って)次の日も外に出ると身体に不調が宿る。外に出た翌日はデスクワークと決めたいる。先日、横手・金沢柵の釣りをしている人がいた。カメラを向けたその瞬間、大きなブラックバスがヒット、いい写真に撮ることができた。こんなことに出合えるのも外をうろついているからだ。でもデスクワークも捨てがたい。ここでちゃんと下調べができるかで外の取材も雲泥の差が出る。最近、自分のことながらガックリしたのは「方向オンチ」のひどさ。とにかくカーナビを使っても一発で目的地にたどり着けたことはない。なにか重大な脳に欠陥があるのかもしれない。横手公園内に入れずに、その周辺を何度も周回してしまった。でもそのおかげで予定外の「本多正純の墓所」に遭遇した。良いこともあるにはある。
寝巻 [2021/05/03,11:19:18]
もう20年以上前からパンツや寝巻はアメリカ・LLビーン製のものを愛用している。とにかく丈夫なのだ。寝巻もパンツも一度買えば10年は楽に持つ、というのだから驚くしかない。昨日、その20年も着続けた寝巻の一枚が破れた。生地もすっかりペラペラになっていたので捨てようとして思ったが、とどまった。愛着がわいてきたのだ。一計を案じ、寝巻を切り分けて雑巾代わりに使うことにした。登山靴を磨くための雑巾だ。これなら毎週のように使うし、たくさんあっても困ることはない。というわけで今日、さっそく連日の山城ウォーキングで汚れたシューズを、その寝巻の布切れで磨いた。なんだか気分がいい。

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