ブックカフェ― [2019/09/21,12:18:44]
飲み会があり、歩いて居酒屋まで移動している途中、市民市場前に見るからにおしゃれなカフェーがオープンしていた。「本と珈琲とインクの匂い」をうたい文句にしたブックカフェ―だ。興味魅かれて入ってみた。インテリアに使われている本棚を見れば、どの程度の「本好き」経営者なのか、一応本のプロなのでわかる。すぐに、単なる装飾のためのインテリア本だけの店であることがわかった。もし自分が古本屋で、この店内の本をすべて買い取ってほしい、といわれたらたぶん「5万円」というだろうな。店内は若い女性たちで半分ほど埋まっていた。あのタピオカと同じ種類のブームなのだろうか。従業員がユニフォームのつなぎ姿で、膝まずいて客にサーブするのが奴隷のようで引いてしまった。本の持つ自由さと相いれない雰囲気なのだ。先日も銀座でブックカフェーに入ったら、ある新興宗教の宣伝喫茶店だった。ブックカフェ―って何?
おと [2019/09/20,09:37:53]
そういえば最近静かな環境で仕事をしている、と気が付いた。以前は事務所に入るとすぐラジオのスイッチをオン、FM音楽を垂れ流しながら仕事をしていた。昼になると一人のカンテン・ランチは寂しさが募るのでテレビのスイッチを入れる。なるべく騒がしそうなバラエティ・ショーを選んで気を紛らしていた。誰との会話もないときラジオやテレビの「騒音」はいい友達だった。のだが、この頃はラジオもテレビもまったくご無沙汰だ。邪魔くさいのだ。音や言葉がいちいち気になって集中力が低下するだけでなく、なんだか音そのものが意味がありすぎて、少し面倒くさいなった。これを安易に「年のせい」にしていいのだろうか。ようはどんなことでも「シンプルこそが好ましい」という心境になりつつあるのだが、そうなるとこれは間違いなく「年輪」が作り出したものといっていいかもしれない。いろんなものが少しずつ自分の周りからそぎ落とされ、最後は身一つでおさらばする、というのはちょっとカッコよすぎるか。
設計 [2019/09/19,09:41:30]
秋田市にある県立美術館の建築設計は安藤忠雄なので、ときとして中身の美術展示物よりも彼の「作品」をみるためにだけ訪れる人も少なくないのだそうだ。新幹線の秋田こまちのデザインは奥山清行だ。あの屋根から鼻づらの、まことに上品なセンスの赤は、スーパーカー「フェラーリ」の赤と同じ色。奥山は山形の人だが、フェラーリを代表するデザイナーの一人でもある。同じく新幹線・大曲駅舎もなかなか斬新な建物でかっこいい。この駅舎は建築家・鈴木エドワードの作品で、ご本人もモデル並みの容姿でウイスキーのCMなどにたびたび登場した。その鈴木エドワードだが、71歳で亡くなったことが今日の新聞に報じられていた。脳卒中だそうだ。同じ死亡欄に「高須甚仁」の名前もある。こちらも71歳で、90年代以降の芸能人などのショッキングなヘアーヌードを仕掛けたのがこの出版プロジュ―サーだ。自分と同じ年齢の人の訃報を聞くのは何とも複雑な気分だ。いつ逝っても話題にすらならない領域に入ったことを自覚させられる日々である。
コース料理 [2019/09/18,12:30:20]
ちょっと余裕ができたというか、いろんなことがひと段落ついた。いろんな予期せぬことが身辺に起きた日々だったが、まずはちょっと一息入れたい。昨夜は「ひとり呑み」としゃれこんだ。事務所ではチョコチョコ一人で呑んでいるが、ひとり外食は久しぶりだ。といっても行くところは「和食みなみ」、ここ以外にない。ここしか知らないといっていい。まだ明るいうちからコースメニューを頼み(もうアラカルトていろいろ注文するのが飽きた)、角瓶のソーダ割をチビチビやりながら最後のデザートまで黙々と飲食する。マスターはいつも静かに料理していて、無用に話しかけてはこないのがいい。小生のうまいマズイの基準はこの「みなみ」にある。もう20年以上通っているので自分の舌はここで止まっている。アラカルトで注文しないのは、好きなものだけ食べると、ついつい、いっぱい食べてしまうからだ。コースだと分量少なく品数多いから、自分には合っていることを発見した。カウンターの定番の席に座って1時間ちょっとで飲食は終了。予約のお客さんで混み始める6時半前には店を出る。きれいなお月さんを見ながら、家まで歩いて帰った。
稲刈り [2019/09/17,15:15:11]
三連休中には稲刈り風景が見られるだろうと思っていたが、うちの近所はまだ。先日、山行に行く途中で稲刈り中の田んぼを何カ所か見かけたが、県内全体は10月下旬にならないと本格的に始まらないのだそうだ。稲刈りが長引けば台風や冷気など、農家の心配のタネは増えるばかりのような気もするが、農家(農協)側はいろんなことを計算に入れた上での「適期」を選んでいるのだろう。どんな過疎の村に行っても田んぼには大型のコンバインが目立つのもこの頃気が付いた。家族総出の手作業風の稲刈りはとんと見かけなくなった。高齢化が進み、農業公社(会社)に田んぼを委譲してしまった農家が圧倒的に増えているのだ。稲刈りの時期も彼らがビジネス上の配慮をして決めている。秋の空や風の具合などで慣習的に刈り入れ適期を判断している昔ながらの風景はもう見られないのだろうか。「風物詩」からは次第に遠のいていくの家は確かなようだ。
ストレス解消 [2019/09/16,13:22:38]
三連休の最後の休みだが、ただいまお仕事中。今月中に出す予定だった本にトラブルが生じ出版停止になった。その事後処理のためにアタフタと対応しているのだが、連休中なので、どことも連絡が取れない。連休明けの明日の朝早くから対応に動けるよう、事前に連絡しているのだが、敵が見えない闇夜に鉄砲を撃っている感じだ。イライラすると腹が減る。むしゃくしゃするから、おいしいものでも食べてストレスを発散しよう、となってしまうのだ。これが怖い。トラブルには慣れっこになっているが、このストレス解消法のほうが問題だ。今日の昼も天ぷらうどんを食べた後にダテキミ一本、あんパン一個を追加食い。明日の体重計は1.5キロ増間違いなし。あ〜やっちゃったなあ。
マラソン山行 [2019/09/16,09:50:12]
3連休のうちの1日ぐらいは山に行かなくちゃ。ということで急きょ秋田駒ケ岳へ行くことに決めた。岩手県の国見温泉登山口側からのSシェフと2人だけの山行だ。登山口は県内外の人でいっぱいだった。ここで「県」というのは岩手県のこと。若い人が多いのも特徴で、秋田の山で若い人や県外の人を見る機会はめったにないから、これは岩手県の県民性によるものなのだろうか。今回は駒ケ岳群のなかの女岳登頂をを目指した。そして3時間20分、どうにか山頂へたどり着いた。薄曇りで、山中には秋の風が吹いていたが、噴火口のある女岳は山自体が地下のマグマで暖かかった(いや熱かった)。登りながら、Sシェフ夫人からマラソンの「実況放送」がケータイにしきりに入る。その報告に一喜一憂しながら、なんだか経験したことのないマラソン中継山行を楽しんだ。男子の35キロ過ぎのドラマチックなレースの攻防も山頂付近でちゃんと知ることができた。なんだか不思議な気分だった。
結界 [2019/09/14,09:44:40]
この頃むやみやたらと事務所にカミサンが出入りする。出入りしないまでも「行ってくるね」とか「今帰った」などと、わざわざ扉を開けて大声であいさつもする。ちょっと前までこんなことはなかった。職住接近なので「家と事務所」は別世界、と当方も敵も認識を共にしていた(はずだ)。それがまるで境界のハードルが消えたかのように、この頃は気軽に事務所に出入りするようになった。年老いて何かしらの心境の変化が生じたのだろうか、などと思ったりもしたが、そうではなかった。玄関の階段が、改修工事で歩幅が狭くなり簡単に昇降できるようになったためだった。以前は段差のきつい階段を上り下りするのがしんどくて来なかっただけ、とその理由が判明した。玄関段差は家と事務所の結界でもあったわけだ。これはいいことなのか、よくないことなのか、私にはよくわからない。
コンフリー [2019/09/13,16:43:31]
最近の話だが、講談社が2013年に発行した「野菜の本」を回収している、とう情報を昨日友人から聞いた。詳しくネットで調べてみると、食べられる野菜として紹介していた「コンフリー」が厚生省によって「健康被害をもたらす恐れのある野菜」として認定されていたため回収に踏み切ったのだという。流通市場でもコンフリーそのものの販売は停止されている。しかし講談社ともあろう大出版社が、こんな初歩的ミスを犯したことにショックを受けた。というのも、このコンフリー問題はすでに10年ほど前、うちが出した『雑草読本』という本が、市民団体から同じ指摘を受け、本そのものが絶版になった経緯があったからだ。こうした情報は良くも悪くも狭い出版界では編集者の耳に入り、うちのミスは多くの人たちに共有されているとばかり思っていたのだが、そんなことはなかった。編集者の「無知」が講談社に深い傷を負わせる結果となったのである。うちのコンフリー事件のとき、もっと大っぴらにそのことを公表していれば、講談社もこんなことにならなかったのかも。本って怖いよね。
寛容 [2019/09/12,11:54:07]
図書館で借りた本に落丁があり、それを返却するとき図書館側から弁償を求められた、という全国紙への投書が話題になっているようだ。「ようだ」というのは実際の記事を読んでいないからだが、「本を借りるのが怖くなった」という借り手側に同情が寄せられている。う〜ん、これは商売柄、似たような経験をしているので、一概に図書館員を責める気にはなれない。借り手側にもたぶん問題があるのではないだろうか。うちにも先日、「おたくの本にノンブルがない」とクレームが入った。高齢の女性だが、なぜか激高している。「そんなはずはありませんが」と丁寧に対応していたのだが、そのうち「……アレ、ちゃんとあるわね」と慌てて電話は切れた。こんなクレーマーばっかしだ。「もしかすれば自分の思い違いかも」という一呼吸置く余裕がまったくない人たちがクレーマーの特徴だ。自分の行為は間違っていない、と天から信じているおめでたい人たち、といってもいい。誤植や誤字を叱るしつこい電話も「代金をお返えししましょうか」と言うと「いや図書館で借りた本だから」と言われたこともある。先のノンブルおばさんの本も30年前に出した本だ。「寛容」という言葉はもう死語になったのだろうか。図書館は私たちの天敵のような存在だが、本を愛する気持ちは同じ。無料貸本屋ではないという気概を見せてくれた、と正直少し味方したくなってしまった。

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