天皇 [2021/09/16,09:22:51]
ずっと疑問に思っているのに人に訊けない「こと」ってあるよね。鎌倉時代から南北朝にかけて登場する後白河天皇とか後醍醐天皇とか、その天皇名に「後」を冠される天皇が数多く登場する。この「後」って何? もともと天皇名は「加後号」といって亡くなった後につけられるのが決まりだ。そして、たいがいは住んでいる皇居名からその名が付けられるが、2代続くと同じ名前になってしまう。そこで「後」を付けて安易に解決した。というのがそもそもなのだそうだ。中世の天皇はみな武士との戦いの中で生きてきた。そのため個性が強く、生前に自分の理想とする天皇名に「後」を付けて、さっさと自ら名乗るものも出始める。それが中世の歴史に主役として大胆に参入してくる後白河や後醍醐といった天皇だ。普段は「御門」と呼ばれているのだが、理想の天皇を俺が継ぐ、という強い意志の表れが「後」には込められている。なるほどそうだったのか。
ケータイ [2021/09/15,10:04:44]
いまはガラケーという呼び方はないようだ。先日きれいさっぱりスマホをやめた。超シンプルな電話(とSMS)のみのケータイ電話に鞍替えした。スマホは電話以外の機能はまったく無用だ。逆に煩わしいクソ情報だけが暴風雨のように襲ってくる。何の役に立たないだけでなく、これは害毒だと感じた。いまは実に穏やかな気持ちである。それにしても、スマホの解約はひと騒動だった。ソフトバンクやNTTといった電話会社は、ただではやめさせてくれないからだ。何かと難しい専門用語を使い、気が付くといろんなオプションをかぶせて、ムダな機能の使用料を上乗せしようとやっきだ。ほとんど詐欺商法すれすれという印象なのだ。こんなわずらわしさからもおさらばだ。毎月の電話使用料は千円台で十分だ。日々事務所にへばりついて仕事をしているのだから、パソコンと固定電話があれば何の不便もない。洪水のようなクズ情報から距離を置けて、こころ穏やかな世界にもどってきた。
ポロシャツ [2021/09/14,10:27:54]
今年の夏はずっとポロシャツを着て過ごした。ポロシャツだけ着て過ごしたのは初めての経験だ。別に意識してそうなったわけではない。買ったはいいがまるで着ないポロシャツが何着かあり、じゃ着てみるか、となっただけ。半そでで襟が付いていて頭からすっぽりかぶれる。カジュアルで軽便なのに、だらしなくならないところがいい。言葉の由来は「ポロ起源」でなく、外国ではもともとテニスシャツと呼ばれていたらしい。そんなわけで、例年の襟付きのいわゆる半そでYシャツとは無縁の夏だった。いまはTシャツにマオカラーの長そでシャツだ。これも初秋のファッションとしては初挑戦だ。自分の中で何かが変わり始めているのかもしれない。それが何なのかはわからない。でもファッションは心境の変化に正直だ。
ユーウツ [2021/09/13,10:02:00]
月曜日は朝定例の会議があるので、ちょっとユーウツだ。相変わらず本は売れないし、出版依頼の数も減っている。出版依頼があっても、いろんな条件がクリアーできてゴーサインが出るのはそのうちの3分の一だ。時代がもう活字の本を必要としていないのではないのか、と不安に駆られる。でもこうした大きな時代の風向きは大手の出版社ほど強く感じているはずだ。彼らがこれからの出版文化をどのように考えているのか。時たま行く図書館には人があふれている。ブックオフの駐車場もいつも満杯だ。本は必要なのだが、もう必需品ではない。なくても誰も困らない。私たちの業界誌であった『出版ニュース』が消えて数年たつ。思えば、あの雑誌で業界内部の今を田舎の私たちも克明にリアルタイムで知ることができた。あの雑誌がなくなったことも不安に拍車をかけているのかもしれない。
バランス [2021/09/12,19:27:37]
朝4時半起きで鳥海山へ。今日は祓川小屋から七ツ釜小屋、康新道から八合目の途中まで行こうという計画。雨の予想なので臨機応変にすぐ下山できるような心構えで登り始めた。なにがなんでも頂上へ、という意識はまったくないので気分的には楽だ。筋トレの効果も徐々に出ているようで、登りはほぼ何の問題もなくスムースに八合目まで。が、問題は下山だった。岩場が多く片足で立つ機会が多いのだが、そこで見事にバランスを崩してしまう。いきおいへっぴり腰で岩に尻をつきながら恐る恐る降りてくることになる。行きはよいよい帰りは恐い、である。このバランス感覚は一朝一夕には身につくものではない。でも明日から地道にトレーニングを続くて行くしか道はないだろう。今日の調子だと、なんとか山頂までは行けそうな雰囲気だったが、間違いなく下山でバテて怪我するだろうな、という確たる不安が残った。た。
指を削る [2021/09/11,11:15:13]
ちょっと調子に乗りすぎた。ジャージャーメンのキュウリをスライサーで切っていたら、指までスパッと切ってしまった。かなりの出血だ。後はその指が気になって何にも集中できなかった。たかが指の怪我程度でこうだ。何もかもに絶望してしまうのだ。世のなかは真っ暗だ。主婦がこんなふうに包丁で怪我をしたら、やはり一日何も手につかなくなるのではないか。ほとんどの作業が指を使う仕事だから。その焦燥感(イライラ)たるや想像するに余りある。それとも知らず旦那はほろ酔い機嫌でご帰宅、指の怪我くらいで何の家事もしていない妻を面罵叱咤する。妻は指の痛みに耐えながら、「こいつは人の気も知らないで、もう我慢できない」と心中深く決断……なんてことまで妻の立場で考えてしまった。指を切っただけでここまで人は深く傷つくのだ。マイッタねどうも。
しばり [2021/09/10,09:54:29]
「孤独のグルメ」の久住昌之は大好きな作家だが、その女性版が現れた。原田ひ香だ。小説「ランチ酒」ではバツイチ、アラサー、職業は「見守り屋」の女主人公が様々な事情を抱える客からの依頼で人やペットなど寝ずの番で見守る。彼女の唯一の贅沢は夜勤明けの晩酌ならぬランチ酒。そして別れた夫の元で暮らす愛娘の幸せを祈りながら、束の間、ランチと酒に癒される。「孤独のグルメ」は、輸入雑貨商を個人で営む主人公が、商談後ふらりと入った店でご飯を食べる。独身で、酒が呑めないという「縛り」が実に効いている物語だ。「ランチ酒」のほうの縛りはバツイチで子持ち、元夫側に親権をとられている30代で深夜勤務。その仕事のいかがわしさと、酒を呑むのが昼しかない縛りが、こちらもよく効いている。物語を羽ばたかせるには制約が必要なのだ。
ヒマ [2021/09/09,10:14:50]
仕事がひまなときは、ひたすら身体を動かしたり、料理に没頭したり、靴を磨いたり、包丁を研いだりして時間をつぶす。何もしないでいると落ち込んでしまう。本を読むとぐっすりと寝てしまうので、これはちょっと危険だ。昼に寝ると夜眠られなくなるから要注意なのだ。靴は登山靴もあるから5,6足はたっぷり磨ける。泥を落とし皮革油を塗り付け、それで終了。包丁も家と事務所用で5,6本は研ぐ。これはまだ素人というか、砥石の水が粘りっけが出るまで砥ぎ続ける根気がない。だから切れ味はいつも中途半端で不完全燃焼だ。包丁の砥ぎ方がうまくなる方法を誰か教えてくれ。包丁が切れるようになるとテキメンに料理が楽しくなる。運動はもっぱら散歩とストレッチ、それにスクワットと腹筋、リーフライズくらい。でもやるとやらないのとでは精神的にも随分違う。今日も雨だ。外には出られそうにない。ジャージャー麺のタレでも作るか。
名前 [2021/09/08,10:12:22]
キラキラネームに規制をかける名前問題が法制審に諮問されたという。確かに高校野球のメンバー名などみると、こりゃひどいなあ、絶対に読めないなあ、というキラキラネームでいっぱいだ。とにかく夢や翔や美ばっかしなのだ。アニメの主人公がそんなに偉いのか。先日、山仲間の新人が「旧姓が恥ずかしくて結婚してホッとした」という話を切り出した。旧姓を訊くと、何の変哲もないちょっと珍しい名字。でも昔の田舎のバカガキたちには語感が面白かったのか徹底的にイジメられたそうだ。この話からもう一人の人が、昔、仕事場で名字の違う兄弟に会った話をし出した。元の名字が「悪虫」さんだそうだ。それがいやで兄弟それぞれ改名したという。う〜ん確かにこのクラスの「ビッグ」になると同情を禁じ得ない気もする。でも自分の息子に「王子様」という名前を付ける母親よりは、ずっとましなような気もする。名前は地名や出自、家格などと濃密に関わっているからやっかいだ。
気分 [2021/09/07,10:31:00]
明日からは天気が悪くなる予報だ。昨日はすばらしい青空だったので、布団を屋根に広げて干した。フカフカの太陽の熱のこもった布団で寝るのは実に気持ちがいい。今日は庭の剪定作業だ。これはプロの職人さんに来てもらう年1回の恒例行事だ。若い庭師たちが朝からキビキビと機械音を響かせながら事務所周りを走り回っている光景も実に気分のいいものだ。仕事はヒマだが、日常生活はそこそこ充実している。夜に読む本もこのところあたりが多い。橋本治の名著『桃尻語訳 枕草子』の上巻を読み終わったところ。まだ中下巻が残っている。楽しみは長く続いた方がいい。この本は過去に何度かチャレンジしてザセツしているのだが、今回は最後まで行けそうだ。平安時代のわかりにくい位階や専門用語を、いちいち解説しながら訳が進むからわかりやすい。当時の内裏の生活様式や慣習、朝廷言語をギャル口調で解読しながら古典を読むという読書体験はなんだか得難く、不思議な体験をしている気分にもなる。

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