パッチワーク [2026/04/06,09:43:07]
もうちょっとすれば青空が見えるはず……と信じて週末も原稿を書いていた。ブラジル・アマゾンの紀行文である。40年間、まったくまとめられず、書いては放り出し、取材に出かけては挫折し、構成は一向に定まらない。そんなことを繰り返した、いわくつきの原稿だ。それがここ数日、まとまり出したのだ。大きく3つの話があるのだが、これがうまく1本にならない。そこを悩んでいたのだが「3つの話を、T、U、V、と3章だてにして、つながらないまま1冊にする」と思いついた。そう決めて、書きはじまたら、すらすら筆が進む。なるほど、これでいいんだ。ほとんどパッチワークのような感覚で、項目ごとに書き散らしていた原稿を「つぎはぎ」しただけである。これで十分意味は通じる。時間をかけすぎると、得てして複雑さに傾いて、単純さのダイナミズムを見失ってしまう。パッチワークでよかったんだ。
青空は [2026/04/05,10:55:58]
今日も雨だ。まったくついていない。仕事場に閉じこもって原稿を書いているので、青空だったら逆に外への未練が生まれるから、これでいいの、かも。夜に詠む本もずっと「はずれ」が続いている。『高峰秀子ベスト・エッセイ』があまりに面白すぎた。その後に詠んだ本はかすんで、損をしている。ここ数年、途中で読むのよやめた本はメリルの『白鯨』だけだった。最近、はあの高村薫『晴子情歌』を上巻だけでリタイアしてしまった。面白かったが、どうにもあの暗い情念に、こちらの息が続かなくなった。心境が変われば、再チャレンジしてみるつもりだが、そんなこんなで鬱屈の日々。まあ、またいつかは青空がやってくるのを信じるしかない。
解決する [2026/04/04,09:35:24]
ずっとこれからのことを考え続けている。要するに「悩んでいる」のだが、同じことをずっと考え続けていると、不思議なことに、いつか答えは「コトリッ」と、音を立てて降りてくる。落としどころというか、着地点のようなものが見えてくるのだ。これは最近発見したことだ。どんな悩みにも「落としどころ」がある。だから考えるのをあきらめてはいけない。後期高齢者になり、もう後がないという「特殊な事情」もあるのだが、堂々巡りを続けている不毛な不安や悩みも、いつかは「あっ、そうか!」と解決策が目の前に立ち現れる。漫画みたいに。最近、立て続けにこんな経験をした。見つけた解決策は、どうってことのないものだが、なぜこんな単純なことに気づけなかったのだろう、と愕然とした。その判断が正しいかどうかは、やってみるまで誰もわからないのだが。
王様 [2026/04/03,09:40:52]
このところ雨の日が続いている。それを奇貨として、散歩中の筋トレを一時的にやめている。同じことを何度も経験しているのだが、スクワットはやりすぎると、かならず膝や腰にくる。それを抑え込みながら、適正な負荷をかけるのがベストなのだが、このあんばいが難しい。ついつい調子に乗ってやりすぎてしまう。仕事場も寝室も二階にあるので、階段の上り下りの時に症状はすぐあらわれる。今回も夜おしっこに起きた時、右ひざに違和感があった。「あっ、やりすぎたな」。次の日が雨だったので、とりあえずスクワットや中断、今も様子見である。筋トレはまちがいなく「老人トレーニングの王様」で、鉄板と言ってもいい。でもやりすぎるとすぐに身体に反映されてしまう。痛みがでると自棄になって運動自体をやめてしまうケースも少なくない。最悪の事態はさけたい。というわけでこの4日間、スクワットは中止中である。
やり残し [2026/04/02,09:36:44]
ずっとブラジル・アマゾンの日本人移民の調査取材を続けてきた。本にするためだが、いまだ本にできないまま半世紀近くも時間が経ってしまった。あきらめたことは一度もない。でも正直なところ「自分の力量を見誤った」という危惧には、ずっと苛まれてきた。膨大な時間とお金をかけた仕事なので、その「債務」は返さなければならない。それは義務でもある。残された時間は多くはない。自分のできる範囲で書くしかない。今やらないと、この仕事は墓場まで持っていくことになる。そこの墓場が見えてきたので焦っているのかもしれない。ここ数日、この仕事と真正面から向き合う日々が続いている。「自分のできることしかできない」。落ち込みそうになると、そう念仏のように唱え、自分に言い聞かせながら、取材ノートと格闘している。やり残したまま世を去る、というのは考えただけで震えてしまう。もう少しあがき続けるつもりだ。光よ、差し込んでくれ!
[2026/04/01,09:55:59]
雨なので散歩のストレッチと筋トレは中止。せっかく身体が負荷に慣れてきたところなので、残念。この春から、以前のように大平山前岳歩きを再開するためにストレッチと筋トレを続けてきたのだが、雨には勝てない。それでも夜、晴れ間を見つけて、いつもの半分のコースを歩いてきた。職住近接なので無理にでも外に出ないと引きこもりになってしまう。外に出るのと出ないのでは気分的にずいぶん違う。夜はこのところずっと『高峰秀子ベストエッセイ』(ちくま文庫)を、ゆっくりそしゃくするように読んでいる。文章がきれいなうえ、内容が深くて潔い。すごい人生なのにまるで「好きな小物」を愛でるような静かな熱情で語られる。こんなに読みやすい文章は久しぶりに読んだ気がする。華やかな女優業のかたわら、平凡な生活者として毎日を丁寧に生きる。切れ味のいい感性と洞察力で、社会や他者とまっすぐに向き合う。芸能人の書いた本の中では一頭地を抜く、優れたエッセイだと思う。
校閲 [2026/03/31,09:31:44]
地元新聞に月2回、「秋田のほん箱」というコラムというかエッセイというのか、駄文を書かせてもらっている。そこで、毎回のように自分自身の思い違いを指摘され、冷や汗をかいている。自分のことなのに他者の指摘のほうが明らかに正しいというのだから、やってられない。新聞社には「校閲」と言われる部署がある。偉そうなことを言うやつの原稿を眼光鋭くチェックしている。この校閲で引っかかるのだが、よくもまあそこまで調べるものだと思うほど、思いもかけぬ個所や方位から「事実と違います」とやられる。ある程度、自信をもって、調べて書いているつもりなのに、この指摘は身にこたえる。プロの作家と言われる人たちは実はこうした出版社の校閲係と日々バトルを繰り広げているわけだ。自分がいかに間違うか、勝手に都合のいい記憶を上書きしているか、よくわかる。チェックが入るたびに猛省するのだが、それでもすんなりと原稿が読み飛ばされることはない。
ボソボソと [2026/03/30,09:20:31]
冬の間の長い不調を拭い去るべく、毎日、ストレッチや原稿書きに精を出している。今年で77歳になる。つくづく思うのだが、人間は「健康」がいろんな行動の基準になっている。そんなことを実感する日々だ。いろんな悩みや苦労は誰にでもある。そこと立ち向かうには、こちら側がまずは健康でなければ勝負にならない。体力が落ちていく日々と限られた能力の中で、最大限の力を発揮するには、とりあえずは身体に大きな問題ないことが重要なのだ。この年になると心身に何の問題がない、などという人のほうが圧倒的に少ない。軽々しく「健康」や「不調」をも論ずることは危険なのだが、とりあえず、寝込むほどの疾病を抱えていないことに感謝して、ボソボソと仕事を続けるしかない。
10キロ! [2026/03/29,10:15:30]
バタバタと忙しい土曜日だった。「拙者の散歩道」の色校が印刷所から届いた。刊行は4月中旬になりそうだ。山形から友人のカメラマンが来舎。仕事ではなく知り合いの写真展が秋田市で開催中で、見に来たのだという。「拙者の散歩道」の色校を一緒に見てもらい感想を聞く。夕方、10年前、うちでアルバイトや山歩きをした国際教養大の学生だったY君からメール。引っ越しが終わったとのこと。彼は四国の出身だが、卒業後A新聞社に就職、全国各地を渡り歩いていたのだが、10年後、出身校のある秋田支局に戻ってきた。さっそく「和食みなみ」を予約し一献。昔話に花が咲く。家に帰ってきたのは11時を回りかけていた。飲み会時の往復は徒歩と決めている。この歩きだけで2時間半はとられてしまうのだ。昼もちゃんと散歩はしているから、この土曜日だけで「10キロ!」近く歩いている計算だ。これなら前岳、だいじょうぶかも。
懸案 [2026/03/28,10:32:45]
ずっと取材を続けているブラジル・トメアスーの「旅行記」に手を付け始めた。40年間、地球の反対側のアマゾンまで10数回も通い、日本人移民の村を取材してきた記録だ。お金も時間もかかっているせいか、いざ原稿を書き始めると妙に構えてしまい、とても人様に読んでもらえるようなものにならない。何度も試行錯誤や挫折があり、いつのまにか膨大な月日が過ぎてしまった。でももう人様の評価はどうでもいい。記録として残すのが大事なのだ。と自分に言い聞かせて「まとめ」の作業に入った。これでものにならなければ、すっぱり、あきらめるつもりだ。金も時間もどぶに捨てる、というやつだ。この原稿に一区切りつけば、いまのところ「やりのこしたこと」はない。これはこれで困ったことだが、先のことばかり考えていると「いま」が動かない。とにかく永年、プレッシャー以外何ものでもなかった荷物を早くおろしたい。身軽になって、次の目標を見つけたい。

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