男女 [2025/03/31,09:11:47]
よしっ、最後まで読んじゃおう、と寝床でやめられなくなった本を久しぶりに読んだ。四方田犬彦『わたしの神聖な女友だち』(集英社新書)で、著者がこれまでの人生の途上で出逢った、敬服すべき女性たちの記憶をたどったものだ。ジメジメ、ネチネチ、ドロドロの男女の恋愛劇とは無縁の、さわやかで読後感も清々しい「信頼関係を築きえた女性たち」との交流青春物語、といっていいだろう。著者は私の4歳年下、若いころから映画関連の評論で名をはせてきた人だが、こんなにも交友関係の広い人物とは思わなかった。登場する女性たちは、女優から作家、漫画家に学者、革命家や歌人、政治家にミュージシャンと多彩だ。ほとんどの人が名を成した有名人だが、逆に著者の高校時代や大学時代に知り合った無名の女性たちのほうが、この本では圧倒的に存在感があり、人物たちが生き生きと躍動している。不幸にして病に倒れた、自死した人も数人含まれているが、描かれた女性たちはみな溌溂と魅力的で、著者は敬意を失うことなく、彼女たちから受けた多くの影響に謝辞をささげている。自分の前を通り過ぎていった女性たちをテーマに、自らの旨く言葉にできなかった半生を描くことに見事に成功した珍しい本だ。
カラス [2025/03/30,11:50:48]
TV番組「月曜から夜ふかし」が「中国ではカラスが飛んでない。すぐ食べてしまうから」という発言で、もめている。その発言が「やらせ」というかウソだったことがわかったためだ。番組の存続にかかわる問題になっているようだが、私もリアルタイムでこの番組を見ていて、発言にショックを受けた。もしそれが事実なら、ひと昔前、カラス対策で困っていた日本の自治体は、当然のように、その中国の町に視察に行っていたはずだ。でもそんなニュースを聞いたことがない。秋田でも、象潟町あたりでは、本格的にカラス食糧化のための予算を組み、捕獲小屋までで作っていた時期もあった。でも、どう調理しても「食料」にはならなかった。全国のほかの町村も同じような状況だった。この番組が言うように本当にカラスを日常で食べている場所があるのなら、当然、日本の町村のお役人たちは、研修、視察を送り込んでいる。でもそんな話は聞いたこともない。とすればこれは「夜ふかし」のカラス食い発言は、逆にスクープではないのか、と考えて、興奮しながら番組を見ていたのだ。一瞬でも「中国人なら、本当にカラスでもおいしく調理しそうだ」と考えた自分が恥ずかしい。
時間 [2025/03/29,10:14:17]
ずっと雨模様でうっくつ気味の日々だった。今日はちょっと寒いが、立派な春の青空だ。寒いのは風が強いからで、目には青空、耳には不気味な風音、だ。今週もいろいろなことがあった1週間だった。いつものようにあっという間に1週間は過ぎていく。年寄りになると時間は矢のように過ぎていく、というが、これは本当だ。でも長く眠られず朝早く起きてしまう、という定説は信じがたい。いつも11時前後に寝て起きるのは8時過ぎ。たっぷり8時間は寝て、おまけに事務所で昼寝もする。寝つきは確かに悪くなったが、「12時間寝ていろ」と命令されれば、いつでも応えられる。睡眠の質まではわからないが、寝ることだけは若いころとほとんど変わらない。これはどうしたわけか。今でも早起き老人にあこがれがある。
森林火災 [2025/03/28,10:32:38]
日本各地で起きている森林火災について考えている。自然災害はみんな気候温暖化のせいにすれば、それ以上は考えなくて済む。温暖化は魔法の言葉だ。でも個人的にはまったく承服できない。なんでも温暖化説には「違法薬物」的胡散臭さを感じてしまうのだ。山登りをするので現実的な問題として理解できるのだが、この10年、シカの食害はすさまじい。絶滅危惧種だった秋田にさえシカは跋扈している。彼らは森林の下草や低木、若木を、ことごとく食べつくす。そのせいで森の昆虫の数も激減し、森全体の乾燥化が進んだ。今の山林火災には、この森林乾燥化が大きな影響を与えているのではないのだろうか。このシカの食害=森林乾燥説は、生物学者である池田清彦氏が昔からよく唱えていた説だ。「水をたっぷり蓄えた森」が、あんなにも簡単に燃えてしまうのは「山が燃えやすくなっている環境」だからでは、と考える視点も必要ではないだろうか。
原点 [2025/03/27,10:09:43]
旧統一教会に解散命令が出た。この新興宗教がいきなり世の中に登場したころ、10代の少年としてリアルタイムで知る一人だ。中学3年から高校時代にかけ、彼らは執拗に、かつ堂々と、わたしたちの通う学校の校門前で勧誘活動をつづけていた。その主張は、主に「反共主義」一本で、少なくない人たちがたやすく彼らの毒牙の餌食になった。インチキ霊感商品の話も聞いたが、それは大人の世界で、もっぱら私たち中高生向けの主張は「反共」一本だったような気がする。同級生のS君がまもなく彼らの餌食になり、ある日突然、S君は「折伏する側」としてわれわれの前に登場した。その信仰心は篤く、学内で布教を続け、高校卒業後、何のためらいもなく教会に「就職」した。それが強烈な印象として今も残っている。S君は今どうしているのだろうか。さらに秋田市には、教会最大の広告塔といわれたアイドル歌手・桜田淳子の存在があった。だから個人的には興味がないのに、統一教会という存在は、ずっと、身近なところにあり続けた。自分にとってはその後の生き方を決める大きな反面教師のような存在といってもいいのかもしれない。「こんな宗教に引っかかるような大人にならないように、ちゃんと勉強しよう」と殊勝にも子供心に思ったものだ。その思いは今も変わらない。ここが自分の大切な原点かもしれない。
ジョージア [2025/03/26,09:51:16]
昔は「グルジア」という国名だったが、今はジョージアになった。黒海の東、トルコの右肩あたりにある国だ。知らない国のことを知るには映画が一番、というのが持論なので、ジョージア映画『金の糸』を見た。ソ連邦崩壊後の、引き裂かれた老姉妹の、心のひだと孤独を淡々と描いた秀作だ。金の糸というのは日本の陶器修復技術である「金継ぎ」のこと。日本に対して思い入れの強いジョージア人女流監督の作品なのだ。姉妹が政治家と文学者という設定も興味そそられる。モスクワからそう遠くない位置にある国なので、何の疑いもなくヨーロッパの地図で場所を確認しようと思ったら載っていなかった。中東・イスラムの国のひとつだったのだ。こんなことも知らないのだから恥ずかしい。隣国であるアルメニアやアゼルバイジャンの映画も見てみたい。ジョージアといっても日本人が思い起こすのは大相撲の「栃ノ心」がせいぜいだ。映画を見終わって彼の姿を思い浮かべてみると、なるほど確かに彼はジョージア人そのものだ。
手紙 [2025/03/25,09:36:11]
デンマークの国際郵便サービス「ポストノイド」がこの25年いっぱいで郵便(手紙)配達を終了することになった、というニュースは衝撃だ。400年間も続いた「人間の営み」に終止符が打たれたわけで、デンマーク人ならずとも予想していなかったことで驚いた。手紙以外の小荷物はどうなのか、そこまでニュースは触れていないが、世界のほかの国々にも無関係ではありえないニュースでもある。デンマークでは21世紀に入って、手紙量は90パーセントも減少したそうで、これはまあ日本も似たようなものだろう。個人的には神戸にもう20年近くペンフレンドがいて、毎週のように手紙のやり取りしている。さらに最近、宅配会社から本などの発送を、すべて郵便局に乗り換えたばかり。手紙がなくなる時代を生きていくとは、不覚にも想像しなかった。まいったなあ。
プロ野球 [2025/03/24,09:39:01]
毎年この時期になるとプロ野球の開幕が待ち遠しい。それを考えるだけで「もう春なんだ」と雪国の人間は無条件でうれしく思ってしまうのだ。でも今年はちょっと事情が違ってきた。冬期間メジャーリーグの情報やオープン戦を見せられ、日本のプロ野球が、退屈でつまらないゲームに感じてしまったからだ。日本のプロ野球はとにかくダラダラ、デレデレ、小休止、迫力も緊迫感も瞬発力もない。時間無制限の老人の将棋を見ているようで、真剣なのは本人だけ、ギャラリーは無意味な時間と付き合わされているだけだ。まずは何よりもピッチクロック(投球時間)や無駄なけん制球禁止など、早急にメジャーの仕組みを導入すべき時なのだろう。スピーディな試合展開を心掛けなければ、もう野球は見向きもされないスポーツになる日が近い。始まる前からそんな目で見ている自分がいるのだから、今年はプロ野球中継には期待薄間違いなし、だ。
無名 [2025/03/23,10:17:19]
同年代の知り合いの訃報が相次いでいる。もうあまり慌てふためき悲嘆にくれ、驚くということもない。次は自分の番か、と冷静に残りの月日を数えたりする。でも後日、改めてその知り合いの死を反芻してみると、ある程度、名を成した人の死と、無名のままの死では、同じ知り合いでもかなり悲しみに温度差がある。こんな仕事をしているので知名度のある文化人などとも多くはないが付き合いはある。彼らが亡くなっても、「よく頑張ったからなあ」とか「ご苦労様でした」という、前向きな弔辞しか出てこない。それに比べて無名の友人の死は、無念さや衝撃が大きく、不意打ちを食らったようなダメージすらある。なぜこうも他者の死に差が出るのか。自分でも不思議なのだが、そうなのだからしょうがない。有名な人の死はすぐ忘れるが、無名の友人たちの死はずっと、私の裡で尾を引いている。
ホルモン [2025/03/22,10:35:58]
友人とランチの約束をしていたのだが、朝早く電話があり「土曜は夜のみの営業」とのこと。しょうがない、夜に行くことにした。お店は花輪ホルモンの店で、痛風が心配で意識して食べなかったのだが、ある原稿を書くため、行く必要が出てしまった。もう20年近く前、「花輪ホルモンって、うまいねえ」と夫婦で私を誘ってくれたのは当時の秋田美術短大学長の石川好さんだった。石川さんは下戸なので食事の誘いというのは珍しい。この時、秋田市にできたばかりの花輪ホルモンの店を訪ねて、こりゃ美味いわ、と驚いたことを覚えている。紹介してくれた石川さんは去年、77歳で逝った。その追悼文を書こうと思って、あのホルモン屋さんを思い出したのだ。石川さんは食べることや飲むことにてんで興味がない人だったが、秋田で一番気に入った食べ物が花輪ホルモン、というのは意外で面白い。石川さんを偲んでノンアルで食べてくるつもりだ。

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