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「三本柳温泉」は、県道3号を岩木山神社から約200メートル嶽寄りのところで左に入り、1キロメートルほど緩やかに下った高原にある。
宿は1軒。北に岩木山を仰ぎ、背後を地蔵森と呼ばれる小山に守られて、ポツンと建っている。
およそ170年の歴史を持つ温泉には、こんな言い伝えがある。
「岩木山の神様を大切に思っている正直者の農民が、ある夜、夢に現れた薬師如来から扇子をもらう。中には、柳の古木の絵に添えて、不思議な歌が1首、書かれていた。翌朝、扇子にあった三本柳へ行くと、そこにお湯が湧いていた」
湯は、地蔵森に立っていた延命地蔵にちなんで「延命柳の湯」と名づけられる。「これが三本柳温泉の由来」。こう話して、女将は少女のように笑った。
はぐらかされたようでもあるが、案外本当のことなのかもしれない。岩木山周辺には、虚実入り混じった言い伝えが多いのである。
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正直者が授かったという温泉は、明るい浴室に、とうとうと湯をあふれさせていた。泉質は含土類弱食塩泉。少し黄色みを帯びていて、口に含むと、塩気よりかすかな甘味を感じる。豊富なミネラル分のせいだろうか。
これから湯に入ろうという女性が、女将の顔を見るなり、「うちの孫、おかげさまで、アトピーがきれいに治って」と頭を下げた。医者通いをしても一向に改善の兆しが見られなかった女の子の症状が、ここの湯ですっかりよくなった、と言う。
長年、神経痛やリューマチなど、痛みによく効くと評判を取ってきた湯は、一方で、耐えられないかゆみも鎮めてくれる湯でもあるのだ。女将は、「よかったこと」と、ただにこにこ笑っている。
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三本柳温泉の当主は、代々、岩木山神社の氏子を務めている。秋のお山参詣のときは大忙しだが、そんな日でも、歴史の長い湯治宿らしい家庭的なもてなしは変わらない。
周辺で採れる山菜を使った「ヤヨヱさん(女将)の手料理が食べたい」と、大女将の代から何十年と通い続けている馴染み客の多くは、関東方面からやってくるという。
浴室にかかるのれんも、そうした客からのプレゼントだ。茨城からはサツマイモが、千葉からはワカメが、毎年、決まった時期になると届く。「元気でいます。またお世話になりますよ」という便りなのである。
宿の前の道は、世界遺産地域白神山地の入り口にあたる、西目屋(にしめや)村へと続いている。
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