福島県

会津民俗館
東北おもしろ博物館(加藤貞仁著)より
 おもしろ博物館福島県猪苗代町
会津の郷土玩具「赤ベコ」を入口に置いた「会津民俗館」
●開館時間=午前8時〜午後5時
●休館日=12月1日〜3月15日の毎週木曜日
●入館料=一般500円、学生360円、子供260円
●交通=JR磐越西線猪苗代駅からバス10分


猪苗代町三城潟
問い合わせ=0242・65・2600
 江戸の町には、「蝋燭(ろうそく)の流れ買い」という珍商売があった。『近世風俗志―守貞漫稿』という本に、「燭の流れ余る を買集む。風呂敷を負ひ秤を携ふ」とある。つまり、家々を回り、溶けて流れて燭台に固まった蝋を量り買いしたのだ。
 そんな商売が成り立つくらいに、当時の蝋燭は貴重品だったのだ。江戸時代末、大工の一日の手間賃が五百文だったころ、百匁蝋燭は一本二百文もした。庶民が使える照明器具ではなかったのである。現代人にとってはゴミでしかない蝋燭のしずくがリサイクルされたのも、当然のことだった。
 だから江戸時代の中ごろ、極貧にあえぐ米沢藩で、名君上杉鷹山が藩財政を立て直すため、領内に漆の木を植えようとしたのもうなずける。漆の実は、櫨の実と並ぶ蝋の原料だった。実際はあまりうまく行かなかったらしいが、藤沢周平の絶筆となった『漆の実のみのる国』(文藝春秋)は、鷹山のそうした苦闘を描いた物語だ。
 だがそのころ、すでに隣の会津藩は、日本でも指折りの漆蝋燭の産地として名高かった。そして福島県会津地方は、昭和四十年ごろまで続いた、国内最後の漆蝋産地でもある。ただし、漆の木は、樹液から塗料としての漆を作るのが第一の用途だ。会津藩は、漆器と蝋燭で藩庫を潤した。会津漆器は今も、地場産業として継承されている。
 一方の蝋燭は、明治になって外国からパラフィンなどの安い化学原料が輸入されて、全国で急速に廃れた。
 猪苗代湖畔の野口英世記念館に隣接する、「会津民俗館」には、蝋に関するさまざまな資料が保存されている。屋内には、今も観光みやげ品として作られている「会津絵蝋燭」の製作工程が、わかりやすく展示されている。完成した絵蝋燭は、美しい。だが私には、中庭に、高郷村から移築された、「蝋釜屋」が興味深かった。
 「蝋釜屋」は、農民が集めた漆の実から、蝋を搾り取った作業小屋だ。ここにある製蝋用具からは、当時の過酷な労働状況がしのばれた。
 例えば、「胴」と呼ばれる圧搾機だ。「シボリブネ」とも呼ばれ、太い丸太を舟のような形に削り、中央に四角い穴が開けてある。蝋は植物に含まれる固形の油脂だから、ナタネやゴマのような液体の油ほど簡単には搾れない。漆の実を臼で搗き砕き、蝋分の多い部分を集めて釜で蒸す。それが熱いうちに麻袋に入れ、両側から木の板で挟んで「胴」の穴に装着する。そして、「胴」の本体とのすき間にくさびを打ち込んで行くのである。これを「地獄絞り」とも言う地方もあったようだ。
 すべての作業が重労働で、しかも、常に藩の役人が監視していた。農民の手には、一滴の蝋も残らなかったという。会津では廃藩置県後、多くの農民が漆栽培を放棄したという。蝋も漆も、年貢として厳しく取り立てられたことに、嫌気がさしたからと言われている。
 「会津民俗館」には、古い民家や、昔の生活用具、民間信仰の対象となった道祖神など、会津地方のあらゆる民俗資料が網羅されている印象がある。会津ならではの桐下駄など、どれもそれなりに面白い。
漆の実から蝋を取る作業を行った「蝋釜屋」。搗いて砕いた漆の実を蒸かすためのかまどや、蝋を絞る「胴」などが保存されている
今も作られている「会津絵蝋燭」。江戸時代は会津藩の貴重な財源だった
伝統的な中層農民の家「旧馬場家住宅」の土間。囲炉裏が切られていて、本来は周囲にムシロを敷き、飲食も睡眠も取る日常生活の場だった
蝋をかけた串を乾かす「蝋立て箱」。蝋をかけては乾かし、さらに外側に蝋をかける作業を繰り返して、次第に太い蝋燭を形づくって行く 名主階級の民家「旧佐々木家住宅」の囲炉裏端。家族団欒の間であるが、主人、客、主婦と、それぞれに場所が決められていた 男根と女陰をかたどった道祖神。福島県内の道祖神は、ほとんどがこの形だ。会津地方では、木で男根と女陰を作り、火伏の神として屋根裏に吊るす風習もあった
 だが、三百年前の「中層農民の民家」として国の重要文化財に指定されている、「旧馬場家住宅」に入った時、馬も同居したという構造の面白さより先に、「農民はみじめだったのだ」と感じた。粘土を搗き固めた土間に、囲炉裏が切ってある。周囲にムシロを敷き、ここで食事も寝起きもしたという。板の間もあるが、日常生活は土間だったのだ。民俗学では、「土座生活」と言うらしい。しかしこれが中層なら、下層農民はどんな暮らしをしていたのだろう。
 武士の生活は、農民の汗の代償だった。「蝋釜屋」も合わせて、そんなことを実感した。
漆の実から蝋を搾り取る「胴」。中央の穴に、漆の実が入った麻袋を置き、両側にくさびを打ち込んで蝋を絞る。常温では固体の油脂である蝋をむりやり絞ることから「地獄絞り」と呼ぶ地方もある

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