山形県

ひろしげびじゅつかん
広重美術館
東北おもしろ博物館(加藤貞仁著)より
 おもしろ博物館山形県天童市 
三代歌川広重
「東京名所 上野公園内国勧業第二博覧会美術館図」
明治14年(1881)制作
●開館時間=午前8時30分〜午後6時
 (11月〜3月は午前9時30分から)
●休館日=火曜日(祝日の場合は翌日)
        月末〜月初の3日間
●入館料=一般600円、小学生300円
        中・高・大学生500円、
●交通=JR奥羽本線天童駅
      から徒歩10分


天童市鎌田本町1の2の1
問い合わせ= 023・654・6555
 直木賞作家・高橋克彦氏の初期の作品『広重殺人事件』(平成元年、講談社刊)に、「天童広重」という言葉が出て来る。「広重」はもちろん、「東海道五十三次」や「名所江戸百景」で知られる浮世絵師、初代歌川広重のことだ。
 「天童広重」というのは、広重が描いた「肉筆絵」の一群を指す。浮世絵は通常、版画だから同じ絵が何枚もある。これに対して、紙や布に直接、絵師が描いたのが「肉筆絵」だ。現在の画家はそれが当然のスタイルだから、わざわざ「肉筆」などとは言わないが、版画を本業としていた浮世絵師が「肉筆」を描くのはまれで、骨董好きが偽物をつかまされるのも、たいていが「肉筆」だという。
 その貴重な絵を広重は、天童藩のために二百幅も描いたというのだ。幕末、ペリーの黒船が来る三、四年前のことだ。当時の天童藩、織田家は財政が困窮していた。窮余の一策で思いついたのが、御用金を出してくれた藩内の豪商、豪農に、返礼として、「江戸で名高い」広重の絵を下賜することだった。
 『広重殺人事件』は、浮世絵研究家の塔馬双太郎が活躍する歴史ミステリーである。広重が天童藩のために絵を描いた裏には、重大な秘密があった、というストーリーなのだが……。
 「天童広重」は明治になって散逸した。各地の美術館に所蔵されたり、戦災で焼失したりして、現在、天童市と近郊で所在が確認されているのは、わずか十九幅だという。広重美術館では毎月、展示品を入れ替えているが、毎年五月には、必ず肉筆絵を見ることができる特別展を開いている。
 初代広重の肉筆「不忍池図」などは、画面のほぼ中央、池の手前に白い花を咲かせた大木がそびえ、全体がしっとりした雰囲気に描かれている。「東海道五十三次」などに比べて誇張が少なく、水墨画のような落ち着きが感じられる。
 当然、広重美術館には版画の浮世絵も多数あるが、彫り師、刷り師の手に完成を委ねたうえに、当時は手に取って見るのが通常だった版画に対して、床の間に飾られることを前提に描かれた「天童広重」には、絵師の技巧も、心配りも如実に表れる面白さが感じられた。
 ところで、「広重」と言えば「安藤広重」と思っている方が大多数だろうが、実は「広重」は五代目までいる。初代は、定火消同心、安藤家に生まれた。微禄だがれっきとした幕臣で、画業に専念するために家督を譲るまでは、実際に火事場へも出動した。
 二代目は、同じ定火消同心・鈴木家の人で、初代に入門し、その娘婿になった。三代目は江戸・深川の船大工の息子で、二代目が離婚した後、後釜に座った。四代目は……というように弟子たちに名前が受け継がれたわけで、初代が安藤家の人だったから、「安藤広重」と通称されているだけだ。正式の画名は、「歌川広重」である。
初代から四代広重までの名作を集めた第1展示室
国内で開かれた美術展のカタログや、豪華美術本を自由に見ることのできる2階のライブラリー
天童温泉の一角にある「広重美術館」
初代歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」
安政4年(1857)制作
初代歌川広重の肉筆絵。右は「吉野之桜」、左は「龍田川之紅葉」
嘉永年間(1848〜1854)制作
二代歌川広重「諸国名所百景 加州金沢大乗寺」
安政6年(1859)制作

 天童の広重美術館に行って感心したのは、初代ばかりか、四代目の作品まで収集していることだった。二代目は初代に作風がよく似ているが、文明開化の後に活躍した三代目には、どこかあっけらかんとした明るさが感じられた。それは、見比べて初めてわかったことだ。
 私などは、初代の花鳥画、つまり花や鳥を描いた絵が、何とも言えず好きだ。風景画もそうだが、自然に対する温かい視線が何とも言えず、良い。
 展示室を見て回り、二階に上がってびっくりした。国内で開かれた美術展の膨大な量のカタログ、つまり画集が収蔵された図書館になっていたのだ。どれも美しいカラー印刷で、自由に閲覧できる。学芸員さんは「これから、もっと充実させますよ」と言う。
 私もしばらく、画集を観覧した。「一粒で二度おいしい」ような美術館である。
日本刀研究家の片岡銀作氏(福島市在住)がまとめた研究書。開いているページは、出羽三山の一つ、月山の刀匠が鍛えた刀の押型(2階の刀剣資料コーナー)

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