1章 追跡ニュートリノ
千載一遇の超新星爆発
千載一遇は少々おおげさかもしれません。超新星は1つの銀河で数十年に1度程度見つかるとも考えられていますので、千年なら10回以上あっていいわけです。ただ我々の銀河(天の川)では、ここ千年で4回の記録しかありません。もう400年近く見つかっていません。
1604年に、3万5千光年先のへびつかい座に木星ほどの輝きをもって出現したのが最後です。これはヨハネス・ケプラーによって観測されましたが、残念なことにまだ天体望遠鏡がなっかた。ガリレオ・ガリレイが望遠鏡を夜空に向けたのは、この5年後のことです。
この32年前の1572年には、カシオペア座にどの天体より明るい星(もちろん太陽と月を除いて)が現れ、ケプラーの師にあたるティコ・ブラーエが16ヵ月にわたって観測します。その報告の書から新星(Nova:ラテン語で新しいの意)という言葉が使われるようになりました。新しい星が生まれたと考えたわけです。天空で星が生まれ死んでいくという概念は古代からありました。夜空を観測していればそのように見える星に遇うことも多々ありましたから当然なのですが、その実態は、肉眼では見えなかった星が一時的に光度を増しただけです。その証拠にこの星は、数日から数ヵ月でまた視界から消えます。
恒星はその中心で、水素を原料に核融合を起しヘリウムに変えています。このエネルギーが恒星の輝きのもとであり、その重力を支えています。この期間を主系列といいます。その後ヘリウムが十分に蓄積されると中心にヘリウムのコアができ、そこで核融合が起き酸素や炭素を造り始めます。その周辺ではあいかわらず水素の核融合が続いていますから、余分に熱を発するヘリウム核融合は星を膨張させます。膨張により表面の温度は下がりますので、ここに赤く大きな星が現れます。これが赤色巨星です。我々の太陽もあと50億年ほどでこの状態となり、地球をも呑みこむものと思われます。
太陽クラスの場合、赤色巨星の外層部分は宇宙空間にゆっくりと放出され、惑星状星雲を形作ります。わたしたちの体の素となっている炭素や窒素はここに求められます。この中心には炭素と酸素でできた、白く輝く小さな、しかし1cm3あたり1.4トンの重い星ができます。白色矮星です。電子の縮退圧で、自分自信の重力を支えています。自ら熱を生み出せない白色矮星は、静かに冷えていき一生を終えます。
しかしこの白色矮星の近くに、物質を供給し得るような星(連星あるいは伴星)がありますと、白色矮星はそのガスを引き付けます。十分な量が降り積もりますと、矮星の表面で核融合反応の爆発が起こります。これが新星爆発で、地球上の人間には星が生まれ死んでいったように思えます。中にはこれを何度も繰り返すものもあります。
しかし1572年の新星はこれとは規模が違います。数万倍の光度です。星全体が爆発しているのです。これが超新星(SuperNova)です。
1054年に出現した超新星はこれよりすさまじく、−4等星から−5等星の明るさがあったと推測されます。この時期のヨーロッパは天文学の衰退期でした。アリストテレスは「天界は不死であり不滅である」と考えていました。中世においてアリストテレスの学問的権威は絶大なものがありましたので、ことさら天体を記録しようという基調がなかったのでしょうか、これほどの天体イベントがヨーロッパで記録に残っていません。どういうわけかイスラム圏の天文記録にもありません。ただこれより半世紀前の1006年、おおかみ座に現れた超新星は半月より明るかったといい、これは世界各地の史書に記載があります。なにしろ太陽系からわずか5.100光年のところです。
1054年の超新星は、北宋時代の歴史書にその記述が見つかっています。藤原定家の「明月記」にも言及があり、「大如歳星」大きさは木星ほどあったとあります。その残骸が、6.500光年先にあるカニ星雲です。
超新星は観測の違いから大きく2つに分けられます。もちろんそれは進化の過程の違いを反映しています。
白色矮星では原子の電子と原子核の間が、通常の200分の1ほどに縮まっていて、その電子の斥力で重力に対抗しています。これが電子の縮退圧です。それも近接連星から大量のガスを奪い取って、白色矮星の質量が太陽の1.44倍(チャンドラセカール限界)を超えますと、縮退圧は重力に勝てません。そうなると中心で炭素の核融合が爆発的に起き、そのエネルギーが衝撃波となって星全体を吹き飛ばします。これが水素のスペクトルが見られないT型超新星です。1006年も1572年も1604年も、このT型超新星です。
太陽質量の4〜8倍に由来する赤色巨星では、白色矮星に進むことはなく、さらに炭素と酸素の核融合が起こります。しかし高密度のコアでは膨張が起こらずコアの温度は急上昇し、炭素核融合が暴走し星全体を吹き飛ばします。炭素爆燃型の超新星で、観測的にはT型といえます。
U型超新星は、太陽質量が8倍以上の星で起こります。重い星では核反応が一気に進み、鉄のコアができます。鉄は安定した原子ですので、これ以上の核融合は無理となります。すると重力に対抗するだけの熱の供給がなくなり、コアが収縮します。このとき鉄はγ線を吸収してヘリウムと中性子に分かれる鉄の光分解を起こします。コアの圧力は急速に下がり、星は中心に向かって落ち込んでいきます。これが重力崩壊です。猛烈な勢いでコアに落ち込んでいく外層の物質も、コアが原子核の密度を超えると、今度は核力(中性子の縮退圧)で跳ね返されます。これがすさまじい衝撃波となって外層部を吹き飛ばします。中心には中性子だけでできた原子核密度、つまり1cm3あたり1億トン以上の中性子星が残ります。半径10kmのなかに太陽が1個入っている勘定です。これが鉄光分解型超新星で、水素スペクトルのあるU型の観測を示します。カニ星雲を残した1054年はこちらと考えられますが、TとUの折衷型との見方もあります。
なお質量が太陽の40倍以上の星では、中性子の縮退圧より重力がまさり崩壊は止まらず、後には光すら抜け出せないブラックホールができると考えられています。
いずれにしろ爆発にともなう巨大エネルギーのほぼすべては、約10秒間のニュートリノの放出が担うのです。
しかしこれらは理論的に考えられているだけで、実際はどうなのかは観測に頼るしかありません。近年では1885年に超新星が観測されましたが、これは230万光年先のアンドロメダ星雲でのこと。太陽の10億倍の明るさがありながら、肉眼で見ることすらできませんでした。
我々の銀河での最後の超新星爆発から383年後の1987年1月7日に、SF作家のアイザック・アシモフは超新星に関するエッセイを仕上げます。それは超新星の観測を切望して止まないだろう天文学者に同情を寄せ、次のようにの締め括られています。
「だから天文学者は、そういう出来事を待っているが、彼らにできるのはそれだけ―待つことだけなのだ。そして、歯ぎしりするのだと思う」(山高昭訳)
幸か不幸か、このエッセイが掲載されたファンタジー&SF誌がスタンドに並んだのは、半年後の7月です。
同じ頃、陽子崩壊を検知できずにいた小柴昌俊はカミオカンデに改良を加え、1987年1月から太陽ニュートリノの観測を始めます。大気による電子ニュートリノを捕らえたのだから、感度を少し上げれば太陽ニュートリノも見えるはずと思ったのです。税金を使って自分の夢を追わせてもらっているとの意識を持ち、常々無駄遣いを戒めていた小柴は、設置費用5億円という大型加速器に比べたら馬鹿みたいに安いカミオカンデを、少しでも有効に使おうとしたのです。定年退官まであと2ヵ月でした。
そして南半球はチリのラス・カンパナス天文台では、トロント大のイアン・シェルトンが、大マゼラン銀河にある暗い天体の調査のため、誰も使わなくなった旧式の15cm口径望遠鏡で長時間露出の写真撮影を始めていました。そのわずか2日目の1987年2月24日の深夜、撮影写真の現像を終えたシェルトンはタランチュラ星雲近くに昨日まではなかった明るい星を見つけました。外に出てその方向を見ると、それは肉眼でも確認できました。SN1987A(Aは1番目の意)です。隣りの銀河とはいえ、たった17万光年しか離れていない超新星です。
この知らせは翌25日、神岡で太陽ニュートリノの共同研究をしているペンシルベニア大のユージン・バイヤーのもとに、友人から SENSATIONAL NEWS ! とファックスで送られました。そこには CAN YOU SEE IT ? とあり、続けて THIS IS WHAT WE HAVE BEEN WAITING 350 YEARS FOR !
小柴は至急観測データを取り寄せ、戸塚洋二らが大型コンピュータを使って徹夜で解析にあたります。そこには2月23日16時35分35秒から13秒間にわたって11個のニュートリノが捕らえられていました。センセーショナルな発見に小柴は慎重を期します。念には念を入れた超新星ニュートリノ検出の発表は1週間後でした。この情報からIMB(カルフォルニア大アーバイン校・ミシガン大・ブルックヘブン共同実験)も8イベント見つけます。この1ヵ月後、小柴は東京大学を定年退官します。
SN1987AはU型であり、太陽質量20倍ほどの表面温度が高くなる青色巨星によるものでした。本来の赤色巨星による超新星なら、衝撃波が表面まで伝わって光を放つのに半日から一日ほどかかります。ニュートリノのほうは平然と星内部を通り抜けてきますので、それぞれの到着時間に相応のずれが生じます。今回はわずか2時間半ほどしかなく、天文学者にはふしぎなことでしたが、赤色巨星の比べ格段に半径の小さい青色巨星ということなら納得できます。
なにしろカミオカンデはニュートリノの到着時間を正確に把握しています。爆発光の到着もかなりのところまで絞り込めますので、17万光年の旅の所要時間の差からニュートリノの上限質量が約20eVともとめられました。
太陽が今まで放出した46億年間のエネルギーに匹敵するものが、たった10秒間ほどのニュートリノの放出となって宇宙空間にばら撒かれ、隣りの銀河の太陽系第3惑星にあるカミオカンデに11個、IMBに8個捕らえられた。これは超新星理論に合致したものでした。光学望遠鏡、電波望遠鏡、X線望遠鏡に続き、人類は初めて電磁波以外のニュートリノ望遠鏡を手にしたのです。ニュートリノ天文学の幕開けです。
蛇足ながら、アシモフはこの見方に異を唱えます。ニュートリノ天文学というなら、太陽も立派な天体なのだから、太陽ニュートリノを検出したデービスを嚆矢とすべきと言っているのです。また理論面でホン・イェー・チューの業績が無視されていることを怒っています。ホンはアシモフに触発されて、天体物理学に素粒子物理学を適用し、ニュートリノ放出の理論を創りました。1980年の段階でニュートリノに質量のある(宇宙が繰り返される)ことを望んだアシモフに敬意を表してこのことに触れましたが、アシモフがSN1987Aに関してカミオカンデに言及していないのはどういうわけでしょう。アシモフが切望した質量有りを明らかにするのは、その弟分のスーパーカミオカンデなのに。
勉強日誌1
* 立花隆「サイエンスナウ」読みなおし。よけいなとこまで読んでしまう。自分のアイデアと思っていたものがここに、ガックリ。カミオカンデのことを書けばどうしても似ちゃいそう。
* X粒子と陽子の比較のため指数計算、仰天。1ミリと太陽系?信じられずにもう一度計算。うまい喩えを思いつく。あなたには決して当らないジャンボ宝くじも、ほかの誰かには必ず当る。ボツだな。疑問:X粒子を受け取ったクォークはどうなる。
* 敬称つけるべきか、敬称略と入れるべきか。
* 超新星爆発にとりかかる。インターネットで情報収集しながらの原稿書き、遅々として進まない。超新星ではなく新星の資料が欲しいのだが、なかなかヒットせず。超新星もうっすら分かっていたつもりが、思った以上にそのメカニズム複雑。いろんなバリエーションがありすぎ。いかに整理して書くか苦心。
* 歴史上の超新星記録、集めるのに一苦労。古天文学ホームページ Palaeoastronomyは思わぬ拾い物、メカニズムの参考にもなった。その礼を述べようかとも思ったが、メールアドレス等の記載なし、それをいいことにほっといた。
* キーワードでヒットした「生命の起源に関する一考察」(雄博会千住病院 松田源治)面白そう。目的外だがプリントアウト、30数枚になる。読む時間なし。今日のプリントアウトは150枚ぐらいか。途中でインク切れ、予備買っといてよかった。コピー用紙切れそう。
* 「天文学の歴史」なるHP、西暦年で一覧となっていて便利。個人の趣味のページのようだが、出典もないしコンテンツに統一性が全くなく、どこまで信用してよいやら自分のことを棚に上げて疑う、ゴメン。
* 昔読んだアシモフのエッセイをナナメ読み、のつもりが熟読。やっぱり面白い。ニュートリノも超新星もみんなアシモフのエッセイで知った。その中にヘンな記述を見つける。SN1987Aからのニュートリノをアルプス・モンブランの地下、太陽ニュートリノ観測装置が7イベント捕らえたとある。そんな事実はいくら探しても見つからず。カミオカンデからの情報で米IMBが8イベント見つけるが、その誤解か。それにしてもカミオカンデに言及してないのは何故だろう。聞こうにもアシモフは今はなく。
* 岩波理化学辞典で紫の波長を調べる。380mμ。ホコリくさい。親父が使っていた辞典だ。1953年第1刷、1800圓。俺が生まれる前、今の俺より若い親父。なんて俺は物持ちがいいんだ。しかしmμ?ミクロンか。
* 広辞苑を引く。これも親父が使っていたのを勝手に失敬してきたもの。S45.第2版2刷、3200円。言う事なし。
* ニュートリノ振動の勉強。分かったような分からないような。量子力学を理解しないことには。
* ネットで集めた資料の読み込み。山口大の白石清さんの「素粒子と宇宙」、京産大の誰かさん(署名が見つけられない)の「宇宙物理入門」、概観できて面白い。
* ネットで購入した「岩波理化学辞典第5版CD版」「広辞苑第4版CD版」届く。昔の印刷版と見比べたりして無駄な時間は使わない(決意)。しかし理化学辞典は定価13.000円のわりに安っぽいな。
* 小柴昌俊「ニュートリノ天文学の誕生」、戸塚洋二「陽子はこわれるか」図書館から借りて読む。いろいろ確認できた。素粒子の部分は難しい。
写真等提供:東京大学宇宙線研究所
参考資料:「人間への長い道のり」アイザック・アシモフ(ハヤカワ文庫)
「真空の海に帆をあげて」アイザック・アシモフ(ハヤカワ文庫)
「素粒子のモンスター」アイザック・アシモフ(ハヤカワ文庫)
「アジモフ博士の宇宙誕生」アイザック・アジモフ(教養文庫)
http://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/(東大宇宙線研究所HP)
http://www.shokabo.co.jp/(自然科学書出版裳華房HP)
http://www.nhk.or.jp/sch/junior/(NHKジュニアスペシャル)
http://spaceboy.nasda.go.jp/Index_j.html(宇宙情報センターHP)
「ニュートリノ天文学の誕生」小柴昌俊(講談社ブルーバックス)
「陽子はこわれるか」戸塚洋二(丸善)
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