んだんだ劇場2002年7月号 vol.43
No4
 高校物理もろくにも学ばなかったものが、はたして現代最先端の物理学、素粒子物理学・宇宙物理学のエッセンスなりを理解できるものか。無謀にも東大宇宙線研究所に勝手に入門します。
1章  追跡ニュートリノ

実験屋の活路

 カミオカンデが捕らえたニュートリノは、なにもSN1987Aの11個だけではありません。観測を始めてすぐに、予想だにしなかった電子の飛跡を捕らえます。カミオカンデの感度がこれほどなら、太陽ニュートリノを捕らえられるかもしれません。太陽から出た電子ニュートリノが水槽内の電子を蹴飛ばすのを待てばよいのです。しかしカミオカンデは陽子崩壊実験として予算を得ていますので、日本の硬直した制度では新たな実験に費用を捻出できません。そこでアメリカに誘いをかけて乗ってきたのがペンシルバニア大で、必要な装置と費用持参で参加しました。
 太陽ニュートリノの観測には検出エネルギーの下限を下げなければなりませんが、そうすると環境からのγ線によるノイズが指数関数的に増えます。これを防ぐため、タンクと岩盤の間を1.500トンの水で満たし外水槽としました。ここでγ線を吸収するわけです。それでも膨大に感知されるノイズが水中のラドンのせいと判明してからは、新しい水の供給を止め循環式の閉回路にすることで解決を図りました。ラドンの半減期は3.8日と比較的短いので、10倍の38日もたてば1024分の1になります。ウランは崩壊してラドンになりますから、これも丹念に除去しました。
 こうしてカミオカンデは、1987年からの観測で太陽ニュートリノの捕捉に成功します。なにしろカミオカンデは5MeV(メガ電子ボルト)〜数百GeV(ギガ電子ボルト)のニュートリノを検出でき、方向も時間も特定できます。ホームステーク鉱山のデービスの実験と違って、太陽由来のニュートリノを格段に精密に特定しました。それは理論値の45%ほどでした。これはデービスが明らかにした太陽ニュートリノ欠損問題を、カミオカンデが追認したことになります。
 その他にもカミオカンデは1.000個ほどのニュートリノを捕らえていましたが、陽子崩壊観測の観点からすればみなノイズということになります。しかし、見方を変えれば宝の山とも言えるのです。

 陽子崩壊の観測実験は1980年代から世界各地で試みられましたが、カミオカンデと同様かんばしい成果を得るには至りませんでした。当初考えられていた以上に陽子は長寿らしいということです。
大統一理論では、極まれに陽子が陽電子と一対のγ線に崩壊すると予言しています。
p→e++γ+γ
これは、陽子と電子が反応してγ線を放射することと等価です。つまり水素原子が消滅するのです。
p+e→γ+γ
この際のγ線が電子に衝突すると、電子が走ってチェレンコフ光が発生します。これを観測しようというのがカミオカンデです。
 電子が1cm走って発生するチェレンコフ光は500個程度ですので、宇宙線が巻き起こすノイズが容易にこれを覆い隠してしまいます。陽子の崩壊を見るためには大量の物質と高感度の検出器を必要ですが、宇宙線からの遮断も重要となります。それゆえ陽子崩壊観測装置は地下深くに据えられるわけです。
 厚さ1.000mの岩盤に囲まれたカミオカンデは、遮蔽され文字通り真っ暗闇のタンクの中で、880トンの純水の中の1個の陽子が壊れて放つ微かな光をじっと待ったのですが、現れたのはノイズだけでした。地下1.000mにあっても侵入を防げない宇宙線があります。この宇宙線は2次宇宙線というもので、宇宙から降り注いでいる高エネルギーの宇宙線が大気の酸素や窒素の原子核に衝突して発生し、上空15〜20kmで最も元気な状態にあります。その中には電子、γ線、中性子などもありますが、ほとんど空中や地表で吸収され、地下深くまで達するのはμ粒子とニュートリノがほぼ全てとなります。
 μ粒子の理論上の平均寿命は2×10-6秒と非常に短いので、光速3×108m/sで走ったとしてもその距離は600mです。遠く地表にも達しない距離ですが、相対性理論に従えば光速近くで動いているものの時間の進み方はゆっくりです。高エネルギーのμ粒子は水中を10kmも走ります。そういうわけでμ粒子はカミオカンデに数多く侵入しチェレンコフ光を起こします。
 ニュートリノはたとえ地球が1億個並んでいたとしても平然と通りぬけますから、これとは別にカミオカンデに飛びこんだその中のμニュートリノが、水分子の原子核に衝突してμ粒子を走らせます。これも当然チェレンコフ光が発生します。電子ニュートリノも核とぶつかり電子を走らせチェレンコフ光が出ます。もう1つあるτニュートリノも核と衝突してτ粒子を発生させますが、これは電子やμ粒子に比べ格段に重い粒子です。つまり高いエネルギーが必要ということで、カミオカンデにτニュートリノが飛び込んでも、τ粒子が作られることはほとんど無くそのまま通り抜けていきます。2次宇宙線由来のニュートリノ(大気ニュートリノ)のエネルギーレベルは、μ粒子の生成程度なのです。
 ニュートリノに押し出されたμ粒子はタンク内を単独で走り、光はくっきりした円錐形となって壁面に投影されます。これと違って電子ニュートリノによる電子は連鎖的に電子と陽電子を生み出してシャワーとなって走ります。それでその光の輪郭はぼけたものとなります。μ粒子も大気から直接飛び込んできたものは、地中1.000m(水換算で2.700m)走るうちに十万分の一の強度に減じています。
 このようにノイズを整理していきますと、大気ニュートリノの検出パターンが理論面との整合性に欠けていることがわかってきました。この矛盾は大きな真理につながる予感を抱かせます。しかしそれには、さらに数多くのイベントを集めなければ有意な分析を行えません。陽子崩壊を観測するためにもより大きな実験装置が必要となりました。

 物理学者は理論屋と実験屋に二分されます。この2つの仲の良くないことは、真偽のほどは別として、立派な定説です。しかしこの2つが協力しないことには、それぞれの存在意義もないし物理の発展もありません。
 アインシュタインが20世紀最大のスーパースターになったのは、誰も考え及ばない理論を作り上げたのみならず、その検証方法も明示しその通りの結果が得られたからです。1915年に発表された一般相対性理論は、理解できるのは世界で3人だけなどと言われましたが、1919年にアーサー・エディントンが皆既日食を観測し、太陽のそばを通る恒星の光が太陽の重力で曲げられるのを確認しました。アインシュタインの予言どおりだったのです。自然の隠されていた真理を目の当たりにして、世界はその理論を理解できなくても、その正しさは確信したのです。
 1935年に湯川秀樹は、パウリがニュートリノを仮想したように、電子と陽子の中間の質量を持つ粒子(中間子)の存在を予言します。陽子と中性子を核に留める力を考えると、その存在が不可欠と思えたのです。しかしそれは、1947年にセシル・パウエルが宇宙線の中にπ粒子を見つけるまで、有象無象の予言のうちの一つでしかなかったのです。
 逆の例では、1937年にカール・アンダーソンがμ粒子を発見したとき、その奇妙ぶりにイシドア・ナビは「誰がこんな粒子を注文したんだ」と嘆いています。その後も、続々と発見された素粒子が巻き起こした混乱を静めた(いまだ道半ばですが)のは、理論屋にほかなりません。
 実験屋がどんな貴重な実験結果を得たとしても、論理的な説明なくしては真理を語るものではありません。理論屋がどんな素晴らしい理論を作り上げたとしても、実験による検証を経ずには画に描いた餅でしかありません。
 素粒子物理学は高エネルギー物理学ともいわれます。その実験には極めて高いエネルギーを要求されるのです。霧箱、泡箱や原子核乾板といった検出装置の発明は荷電粒子の実体を露わなものにした革命的なことでしたが、発見の主体は加速器に移っていきました。それは華々しく次々と新たな素粒子を発見していきましたが、大きな混乱ももたらしました。シンプルであるべき素粒子の数がそんなに多いのは変だという思いから、もっと根本の素粒子があるはずとその発見をめざし加速器は大型化を重ねていきます。
 そして1995年にはついにトップクォークを見つけるわけですが、それもおのずと限界があります。わずかにエネルギーレベルを上げようとするだけで、装置は数倍の巨大化を強いられます。建設費用ももう一国の予算では賄いきれません。たとえ地球の円周規模の加速器を作ったとしても、その実験で理論屋のすべての主張が確かめられるわけではないのです。米国のSSC(Superconducting Super Collider)は建設費1兆円、山手線より大きい周長87.1kmの世界一の加速器になるはずでしたが、財政難のため1993年に中止になりました。それでもそのエネルギーレベルは1014eVどまり、大統一理論の1024〜1025eVレベルに遠く及びません。むしろエネルギーレベルだけで判断すれば、1020eVの粒子もあり得る宇宙線のほうが優位にあります。
 そこで素粒子物理は、ふたたび検出装置に活路を見出しました。人為的に粒子を発生させることから宇宙線の観測への回帰です。その先鞭をつけたのがカミオカンデなのですが、天啓のごとく降り注ぐニュートリノに向けられたこの巨大な霧箱も、さも自明であるかのようにさらなる巨大化を強いられます。
 そういう中で小柴昌俊から神岡研究施設を引き継いだ戸塚洋二は、群を抜く成果をあげるには良いアイデアと良い装置だ、との信念を持っていました。

スーパーカミオカンデ登場

 いまだ隠された自然現象を白日の下に現すには、もはや尋常な手段ではかないません。相反する、天使の大胆さと悪魔の細心さが必要となります。良い装置はユニークかつ高性能でなければなりません。スーパーカミオカンデの建設は戸塚洋二が陣頭に立って、1991年から1994年にかけて、カミオカンデの南150mに7万m3の空洞を掘削するという大胆な作業から着手されました。
 スーパーカミオカンデの原理はカミオカンデとほぼ同じですが、その名は Super Kamioka Neutrino Detection Experiment によります。つまり、ニュートリノ探索が主体ということです。
 空洞に据えられた直径39.3m、高さ41.4mの円筒形ステンレス鋼タンクは、純水50.000トンで満たされ、内部検出器と外部検出器で構成されます。内部検出器は内水槽の内壁に、70cm間隔で11.146個の20インチPMT(50cm光電子増倍管)が貼り付けられ、それと背中合せに外部検出器の1.885個の8インチPMT(Photo Multiplier Tube)が外界に向かって並びます。内側が12個の20インチPMT、外側が2個の8インチPMTが1つのユニットとなって、その間に張り巡らされた構造体がそれを支えているのです。
 そもそも外水槽は、地中からのγ線や中性子の内水槽への侵入を防ぐこともありますが、主目的は直接飛び込んでくるμ粒子の検出です。その方向を特定する必要は薄いのでPMTは疎らですが、それを補うための反射率80%の白色シートが背後をおおって効率を高めます。それに比べ内水槽はその壁面の約40%をPMTが占め、背後は黒色のシートがおおいます。これはカミオカンデの2倍の取付け密度です。観測対象の純水も22.000トンと25倍になります。ちなみに建設費は20倍の100億円です。
 内側から順にたどっていくと、32.000トンの純水を囲う20インチPMTと黒色シートの内水槽内壁、内水槽と外水槽を支える構造体、白色シートと8インチPMTの外水槽内壁、18.000トンの純水、ステンレス製タンク外殻となります。内水槽と外水槽は光学的には完全に分離されていることになります。さらにスーパーカミオカンデを収容している洞窟そのものがポリエチレンでコーティングされ、岩石から出るラドンガスを遮断しています。
 逆にみていきますと、外殻のジュラルミンを透過できるのは、宇宙線のニュートリノやμ粒子と岩石から放出されるγ線や中性子などです。外水槽はおおかたのγ線と中性子をここで防ぎ、また厄介なノイズとなるμ粒子の頻度を計ります。もちろん目的のニュートリノはここを難なく透り抜け、内水槽へ突入していきます。

 次はこのニュートリノを検出するための準備です。細心の注意で、極限まで精度を上げる作業をします。水槽内のどこで光が発生しても、それを感知できなければ観測の体をなしません。不純物があっては発光現象が妨げられますので、まずは水を純水に保つことです。そのため水槽内の水は、1時間当り50トンが上面から吸い上げられ純化され底面に戻される、念のいったシステムが構築されています。
 吸い上げられた水はミクロン(10-6m)単位の濾過器を通された上で、14℃程度に冷やされます。これはバクテリアの繁殖を押さえるためです。次にイオン交換器で金属イオンが除去されます。そして紫外線が照射されバクテリアを殺します。その次の真空脱気装置で、水に溶け込んでいる酸素やラドンのガスを吸い取ります。さらに高性能のイオン交換器を通し、ナノ(10-9m)単位の濾過器を通して水槽に戻されます。こうして純化された水は、ほぼ化学的限界の電気抵抗を示します。純粋な水は絶縁体なのです。この中を走る光が、その光量を半減するには70mも要します。
 さらに空気中の邪魔者の排除が行われます。ラドンは厄介なノイズを引き起こす筆頭です。ウランが崩壊してラドンを生むわけですが、ラドンはさらにビスマス214に崩壊します。これがβ崩壊して放射するβ線(電子)がノイズを引き起こすのです。
 鉱山内の空気は10〜103Bq/m3(Bq:ベクレル)のラドンを含んでいます。つまり1立方メートル当り1秒間に10〜1.000個の崩壊が起こるわけです。スーパーカミオカンデの水槽の水面と上蓋の間には数十cmの隙間がありますが、この空間から水中にラドンが溶け込むのを極力避けなければなりません。
 そのため空気を7.0〜8.5気圧に圧縮した上で、0.3μm(ミクロン)の濾過器を通しかつ乾燥させます。これで水分と炭酸ガスを除去して、2度にわたって炭素柱(カーボンコラム)に通すことでラドンを取り除きます。さらに0.1μmと0.01μmの濾過器を通したラドン濃度10-2Bq/m3、つまり1立方メートル当り100秒間に1個しか崩壊しない空気がタンクに送りこまれるのです。この程度であれば、これによるノイズの排除はコンピュータの処理能力内です。
 そしてスーパーカミオカンデの要であるPMTです。PMTはカミオカンデで使用されたものに改良を加え、倍の性能を持つに至りました。それは太陽ニュートリノ観測では、PMTへの到達光子数はわずか1個と予測されているからです。光子1個の感知能力が要求されるのです。
 PMTはてっぺんをちょっと平らにした巨大な電球のようですが、電球が電流を光に変え放出しているのと正反対に、入射してきた光を電流に変え感知します。直径50cmのガラス面の内側にアルカリ金属(アンチモン・カリウム・セシウム)が蒸着されています。これが光電面です。これに光があたると効率良く電子がはじかれるわけですが、典型的なチェレンコフ光の波長で最大の効率を得るように調整されています。390nm(ナノメートル:10億分の1メートル)の光には、100回に22回の割合で電子が飛び出します。この電子は1次ダイノードに突進します。ここには光電面よりプラスの電圧がかけられていて、吸い寄せられた電子は5倍ほどに増幅されます。光が電子をたたき出す光電効果と同じで、電子が電子をたたき出しているのです。この増幅された電子は、1次よりプラスな電圧の2次ダイノードに衝突してさらに増幅します。
 1次ダイノードはブラインド状になって、1枚1枚の羽根は光電面と同じアルカリ金属です。この間を電子は衝突して増幅しながら、背後の2次ダイノードへ流れていきます。2次ダイノードは、その羽根の傾きが1次と逆です。こうして3次4次と繰り返し10次程度までいきますと、電子は約510個となり、終端にある陽極に受けとめられ電気パルスとして検知されます。この間が約100nsec(ナノ秒:10億分の1秒)。一瞬といえば一瞬ですが、各PMTでこの移行時間にばらつきがありますと、ニュートリノ反応の起点を再現するにも正確性を欠くことになります。それで各ダイオードへの電圧を最良にすることで、移行時間のぶれを2.2nsecに押さえかつ収集効率を高めるという難しい調整が行われます。
 その他にもPMTの厳密性を追求する努力が続きます。磁力は荷電粒子に影響を与えますから、PMTの向きで偏りがでないよう、補償用コイルを使用した残留地磁気の抑制が施されています。またPMTの再検査も行われます。各PMTは浜松ホトニクスで、直流光源、キセノン(Xe)光源による出力信号、光電子1個の出力分布が調べられ、標準高電圧値が決められました。しかしこれはその数1万1千個におよぶわけですから、長期による変動があるやもしれません。その場合には系統的な誤差が生じますので、11.146個すべてのPMTに再較正が行われました。タンク内にチェレンコフ光に近い波長を発生させるシンチレーションボールを入れ、場所を移しながら測定します。これに対しての各PMTのシグナルが一定するよう、それぞれの高電圧値を調整するのです。これでぶれを7%に押さえ、その分はソフトで補正します。
 こうしてスーパーカミオカンデは1995年に完成し、1996年4月から本格的なデータ収集が始まりました。
写真等提供:東京大学宇宙線研究所
参考資料:「地底から宇宙をさぐる」戸塚洋二(岩波書店)
「常温核融合スキャンダル」ガリー・トーブス(朝日新聞社)
「現代の物理学10 素粒子物理」戸塚洋二(岩波書店)
サイエンスNOW 7 物質の世界(平凡社)
http://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/(東大宇宙線研究所HP)
物理学に素人のものが書いています。間違い、勘違い、見当違
いにお気づきになりましたら是非ご一報願います。  塩野梅也


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