んだんだ劇場2002年8月号 vol.44
No5
 高校物理もろくにも学ばなかったものが、はたして現代最先端の物理学、素粒子物理学・宇宙物理学のエッセンスなりを理解できるものか。無謀にも東大宇宙線研究所に勝手に入門します。
1章  追跡ニュートリノ

変身するニュートリノ
 カミオカンデの数十倍の能力を身につけたスーパーカミオカンデですが、やはり陽子崩壊を検知するには至っていません。しかしカミオカンデが炙りだした大気ニュートリノの謎は、スーパーカミオカンデが解き明かします。

 1911年、ヴィクター・ヘスは気球で空高く上がり放電の観測をしました。19世紀末まで、空中で帯電物質からなぜ電荷が逃げていくのか不思議でした。放射能が発見されてからは、この放射線によって電荷を持つに至った(イオン化)物質が中和しているのでは、との推察がなされました。これを確かめるため、チャールズ・ウィルソンは地中深くで放電実験をし、地表と同じ結果を得ました。地中深くの空気をイオン化できるのは、地中の放射能としか考えられません。
 それなら地表から遠く離れた空中では、放射能の影響は少なくイオン濃度は薄いはずです。当然、放電はゆっくりなものになると思ってヘスは実験したのですが、結果はまったく反対でした。高く昇るほど放電の速度は増します。未知の放射線が大気をイオン化していたのです。
こうして発見された放射線は、宇宙のあらゆる方向から地球に降り注いでいることがわかり、1925年にロバート・ミリカンが宇宙線と名付けました。
 この1次宇宙線は、宇宙空間を飛びかう高エネルギーの原子核や電子などです。水素の核である陽子がほぼ9割占め、ヘリウムの核であるα線がその十分の一、さらにその十分の一程度の電子です。核に関してはその構成比は宇宙の成分(水素9割、ヘリウム1割)をよく反映していますが、なぜこれほどのエネルギー(108〜1020eV)を持っているのかはよく解明されていません。荷電粒子ですので、宇宙を旅する間に巨大な磁場(中性子星とかブラックホールとか)によって加速されたものと思われます。
 これが大気を構成する酸素や窒素の核にぶつかり、これを破壊します。そうして生み出されたのが2次宇宙線で、シャワーのように空中に撒かれます。その大半はπ中間子です。π中間子をやり取りすることで強い力が保たれていることを湯川は予言したわけですが、衝突によってこれが姿を現したのです。π中間子(正確にはπ±中間子)の寿命は 2.6×10-8sとμ粒子の百分の一程度で、ほとんど空中でμ粒子とμニュートリノに壊れます。μ粒子はさらに電子と電子ニュートリノ、μニュートリノに壊れます。もちろんある割合でμ粒子はそのままスーパーカミオカンデに突入しますが、この割合を勘案してやりますと、π中間子は電子と電子ニュートリノ、2個のμニュートリノに壊れると言えるのです。つまり大気由来に限ってみれば、水槽には電子ニュートリノとその2倍のμニュートリノが飛びこんでいるはずです。
π→μ+νμ μ→e+νe+νμ
(νe:電子ニュートリノ νμ:μニュートリノ)

 電子ニュートリノは核と衝突すると電子を数メートル走らせ、μニュートリノはμ粒子を走らせます。このときに進行方向半角約41度で、円錐状にチェレンコフ光が発生します。たとえばスーパーカミオカンデの底面近くで粒子が上から垂直に走ったとすると、底面にドーナッツ状にチェレンコフ光が放射されPMTに感知されます。ぶつかったニュートリノのエネルギーが高ければ発生した粒子は長く走り、その分ドーナッツの幅は太くなります。発生場所が壁面から遠いほど、ドーナッツの直径は大きくなります。当然、斜めに走った粒子はいびつなドーナッツを作りますが、短径・長径の到達時間の差(スーパーカミオカンデのPMTはナノ秒単位を判別できる)から、その方向を知ることができます。そして、このドーナッツの輪郭がぼやけたものは電子によるものであり、くっきりしたものはμ粒子によると推察できるわけです。
スーパーカミオカンデで、こうした大気ニュートリノによるイベントを2年間集めて統計をとると、電子対μ粒子の比率は1対2であるべきはずが、1対1.2程度になりました。このことはカミオカンデでも観測されていて、不可思議な現象でしたが、なにか大きなブレイクスルーを予感させるものでした。それがスーパーカミオカンデでも再確認されたわけですが、カミオカンデから託された宿題はその先の「ニュートリノ振動」です。

 宇宙線は太陽の影響や地球の磁極方向に引っ張られる緯度効果を受けますが、高エネルギーの宇宙線だけを考えれば、ほぼ一様に地球に降り注いでいるとみて差し支えありません。また2次宇宙線の発生は、1次宇宙線の突入する角度(大気の厚さ)が関係しますが、それは180度反対方向でも同じとなります。これらは、天頂とある角度をなす方向からやってくる高エネルギーの大気ニュートリノはみな同じ量であり、その反対方向の地中からのものも同じであることを示しています。つまり、スーパーカミオカンデは水平方向を境にして真上と真下にかけてシンメトリーに、高エネルギー大気ニュートリノを検出するはずなのです。
 解析グループを率いる梶田隆章は、スーパーカミオカンデが集めたイベントから高エネルギー大気ニュートリノを拾いだし、カミオカンデでは統計的に無理があった方向別の解析を行いました。電子ニュートリノに関しては予測通りのシンメトリーなイベント数で、ある方向と反対方向の比は1対1となります。しかしμニュートリノに関しては、このシンメトリーが大きく崩れます。天頂との角度が離れるほど数が少なくなっていきます。真上からのμニュートリノ数が計算通りなのに、同じ数であるべき真下からのものが半分しかありません。
真上からのものと真下からのものとの違いは、地球を貫通したかどうかです。ここに消えたμニュートリノを求めるべきなのでしょうが、μニュートリノが地球内部で吸収されたなどとは考えられません。ニュートリノにとって地球1個などないに等しいものです。問題はその距離と考えられます。真上からのニュートリノは発生からわずか数十kmで水槽に突入しますが、真下からのものはよけいに地球の直径12.800kmを走ります。この間にμニュートリノが、スーパーカミオカンデで検知できない他のなにかに変身していれば、この観測値を説明できます。そしてそれを可能にする現象がニュートリノ振動です。
 
 現在知られている素粒子や力をうまく記述するため、理論屋は精緻に組み立てられた標準模型なるものを作ります。まだ完成を見たわけではありませんが、大体において良い成績を得ています。この理論ではニュートリノに質量はないものとなっています。しかしそうである必然性は全くありません。それでこれに異を唱える人もあって、太陽ニュートリノの欠損問題を解決するにはニュートリノに質量があって、ニュートリノが振動していると考えるべきとしました。
 レプトンは6個3対ありますが、一対を世代もしくはフレーバ(香り)と称します。電子、μ、τの順に第1、2、3世代とうい言い方をします。

第1世代第2世代第3世代
電子μ粒子τ粒子
電子ニュートリノμニュートリノτニュートリノ

 なぜフレーバがあるのかはよくわかっていませんが、通常の状態で世の中に存在する素粒子は第1世代です。極わずか短時間だけ第2世代が存在し、第3世代はそれ以上にまれで、加速器などの実験で作り出されるものが主です。電子がなんらかの理由で質量を増したものがμ粒子で、μ粒子の質量が増したものがτ粒子と考えていいでしょう。また、これら荷電粒子から電荷をはぎとったものがニュートリノであるとも言えます。
 また相互作用は、フレーバを乗り越えません。電子と一緒に生まれるのは電子ニュートリノですし、μニュートリノがたたき出すのはμ粒子だけです。しかしながら太陽ニュートリノの欠損問題を考えるとき、地球に向かって進行中の電子ニュートリノがμニュートリノもしくはτニュートリノに変身しているとすると、ホームステーク鉱山のデービスの実験も他の太陽ニュートリノ観測実験の結果も、説明可能となります。このフレーバを跳び越す変身がニュートリノ振動です。そしてそれはニュートリノに質量があることを意味します。
 光が粒子でありながら波の性格を持つのと同様に、空間を走る粒子は波の性格も持ちます。量子論の世界は、粒子として感知すれば粒子となり波として把握すれば波となる、二重性を持っています。走っている間は波で、それが一点で特定されると粒子になる、と思ってもらって結構です。
また量子論では、粒子に質量がある場合、その波動は2つの波の重ね合わせとして表現されます。2つの波はエネルギーの違いから速度に差ができて、位相がずれていきます。そうすると音の「うなり」に似た現象が現れます。似かよった波形の音が2つ合わさると、周期的に音が強まったり弱まったりのうなりが生じますが、粒子の場合、位相のずれは粒子の存在確率の周期的変化として現れます。
 太陽を発した電子ニュートリノが、位相のずれからその存在確率を減らし、その分フレーバを跳び越えたμニュートリノやτニュートリノとなっているというわけですが、まだ問題があります。これほどの振動を起すには、ニュートリノを表わす2つの波の混じり具合(混合角)が、不自然なほど大きくなくてはなりません。この解決に役だったのは、Wolfensteinが指摘したニュートリノの屈折です。ニュートリノが物質中を進むと、物質中の電子と散乱を起し、水中の光のように屈折するというのです。1985年にMikheyevとSmirnovはこのことをニュートリノ振動に適用して、混合角が充分小さくとも共鳴的増幅で、太陽ニュートリノの欠損を説明できることを示しました。3人の名前の頭文字からMSW効果と言われています。

 こうしてニュートリノ振動は太陽問題解決の有力候補となりましたが、その存在に最初の確証を与えたのが、意外にもスーパーカミオカンデの大気ニュートリノ観測だったです。
 梶田らの大気ニュートリノの解析から、μニュートリノがτニュートリノに振動していると考えられました。なぜなら電子ニュートリノの検知数はまったくシンメトリーで、振動している気配はありません。このことは、μニュートリノが電子ニュートリノに振動していることも否定します。そこで、μニュートリノの検知数を距離別にプロットしたものと、μ型とτ型で振動しているというもとでのμニュートリノの予測値を比較しました。いくつかのパラメータを調整すると、これは見事なまで一致する有意のものとなりました。消えたように見えたμニュートリノはτニュートリノに姿を変え、高エネルギーを必要とするτ粒子を生み出すことなく、スーパーカミオカンデをすり抜けていたのです。
 こればかりではなく、地中から水槽に飛び込んでくるμ粒子でも、振動の確証を得ています。高エネルギーのμニュートリノは、地中でも核を蹴飛ばしてμ粒子を発生させています。これがスーパーカミオカンデの近くで起これば、μ粒子はそのまま水槽に突入します。このμ粒子の頻度が、水平方向と直下方向で違いがでます。やはりμニュートリノの走った距離に依存していて、同じパラメータを使ったニュートリノ振動で解釈できます。
 これで、大気ニュートリノにおいてニュートリノ振動が起こっている、という主張が世界ではじめて認められたのです。とりもなおさず、ニュートリノに質量ありの発見です。

 事故を乗り越えて
 なにも物理に限った話ではないでしょうが、自然科学での発見は追試されなければ本当の価値とは認められません。厳密に言えば、東大宇宙線研究所の発表は、μニュートリノに質量があるという主張が広く受け入れられただけです。別の解釈で、スーパーカミオカンデの大気ニュートリノ観測を、説明する方法がないわけでもありません。ニュートリノ振動に間違いないとしても、質量や混合角など、決定すべきパラメータが数多くあります。このため、スーパーカミオカンデはもっと多くの大気ニュートリノイベントを収集して、さらなる精細な分析をめざしています。また大気ニュートリノ以外でも、ニュートリノ振動を見つけようとしています。
 
 1999年からK2K(KEK to Kamioka)実験が行われています。これは茨城県つくば市にあるKEK(文部科学省高エネルギー加速器研究機構)から、250km離れた神岡のスーパーカミオカンデにμニュートリノのビームを打ちこもうという、長基線ニュートリノ実験です。
 KEKはもともとトップクォークの発見を大きな目標としていましたが、1995年に米国立フェルミ加速器研究所に先を越されました。トップクォークは、日本の小林誠、益川敏英が、「CP対称性の破れ」を説明するためにその存在を予言していたものです。できれば自分たちの手で発見したかったところですが、いまや素粒子実験は国家プロジェクトで、激しい国際競争が繰り広げられています。科学が貴族の優雅な趣味であった時代とは違い、マスでなければなにものも生み出せない時代に入りました。このことは同時に、一国だけでは先が見え、国際競争をしながら国際協力が不可欠な状況を作り上げています。
 それでも、ニュートンとライプニッツが微積分の発見の名誉を争ったころと変わりなく、先陣争いは個人間でも国家間でも重大な関心事であり、モチベーションです。東大宇宙線研究所が大気ニュートリノに質量有りの発表をすると、クリントン大統領はこれみよがしに、この実験に米国も参加していることをアピールしました。小渕総理が、この研究が何かの役にたつの、と言ったこととは比べようもありません。いま役にたたないのは確かです、百年前の電子がそうだったように。
 人工的に作り出したμニュートリノで振動の有無を確かめようというK2K実験は、日米韓の国際共同研究です。
 スーパーカミオカンデの大気ニュートリノ観測は、1GeV程度のμニュートリノを数百km飛ばせばニュートリノ振動を測定できることを示しています。KEKの陽子シンクロトロンで造られた12GeVの陽子が、約90度曲げられて取り出され、ほぼ水平−1度真西方向にビームとして打ち出されます。これがアルミニウムにぶつけられニュートリノを生成します。ニュートリノはビームとなって、300m先にある前置検出器を通ります。ここには1.000トンのカミオカンデの小型版(ベビーカミオカンデ)や飛跡検出器が並び、μニュートリノの割合やエネルギーレベルが測定されます。そしてこの先250kmにあるスーパーカミオカンデに命中させるわけですが、GPS(全地球測位システム)の利用で可能になった曲打ちと言えます。
 ビームは2.2秒に1回、1.1μs(マイクロ秒:100万分の1秒)のパルスとして発射されます。これで約100万個のニュートリノがスーパーカミオカンデに届く計算ですが、スーパーカミオカンデの検知能力は1.000億個に1個ですので、1イベントには10万回以上のパルスが必要となります。
 実際の初イベントは、実験開始から3ヶ月後の1999年6月です。外部からではない、水槽内部で発生したμ粒子のチェレンコフ光を捕らえます。その時刻はビーム到着想定時間の1μs以内で、その方向からもKEKからμニュートリノによるものであることが、99.99%の確率で言えます。もちろん世界初の成功です。
 3年経った2002年6月現在で、K2K実験は56イベントを観測しています。ニュートリノ振動が起こらない場合、この数は80前後と予測されますので、結果はニュートリノ振動を強く示唆するものです。振動のパラメータ(質量の2乗の差と混合角)もスーパーカミオカンデの解析と合致します。K2K実験は今後、観測イベントを増やすことでパラメータを絞り込んでいくことを目指しています。

 スーパーカミオカンデ建設の大きな目的は太陽ニュートリノです。もちろん陽子崩壊観測をあきらめたわけではありません。もしこれが観測されたら、ニュートリノ質量発見のニュースもふっとぶ出来事ですが、こればかりは待つしかありません。それに比べ太陽は恒に我々とあります。なにより太陽ニュートリノ欠損問題は30年来の謎だったのです。もし太陽ニュートリノが大気ニュートリノ同様振動しているのなら、ニュートリノ振動のほぼ確実な追認となりますし、欠損問題の解答ともなります。
 1930年代後半に太陽の標準模型が作られました。意外に思われるかもしれませんが、アインシュタインの E=mc2 とβ崩壊の理論が出来あがるまで、誰も太陽がなぜ燃えているのか説明できなかったのです。
 太陽はその中心で水素を核融合させヘリウムに変えて燃えているわけですが、単純に水素が4つ集まってヘリウムになるなどということはほとんどありません。実際は2H(重水素)や3He(ヘリウム3)などの生成過程を経ます。その過程で8B(ホウ素8)が生み出され、β崩壊を起す場合もあります。この際に放出される電子ニュートリノは最もエネルギーレベルが高く、カミオカンデの太陽ニュートリノ観測に引っかかっていたのはほぼ100%これです。デービスの実験でも、その75%は8Bのβ崩壊に由来していると思われます。
 スーパーカミオカンデでも事情は同じで、この電子ニュートリノが電子をたたき出す弾性反応を観測します。これ以外のニュートリノではスーパーカミオカンデの下限エネルギーの5MeVを下まわり、まず検知されることはありません。
νe+e→νe+e (弾性反応)

 ここで問題なのは8Bのβ崩壊の頻度です。これは主要な核融合反応1万回に対し、1回程度のまれな反応です。また大気ニュートリノの標的が核であったのに対し、太陽ニュートリノは格段に小さい電子が的です。この観測からニュートリノ振動を主張するには、根気よくイベントを集めるしかありません。
 その前に太陽模型が本当に正しいのか問題です。我々が受けている太陽光線はもちろん太陽中心部の核融合によるものですが、それは数百万年前のものです。核融合で発生した電磁波は、無数の荷電粒子と相互作用して、太陽の表面に抜け出るまで数百万年を要するのです。同時に発生したニュートリノは数秒で太陽を抜け出ます。つまり、地球にやって来る太陽光とニュートリノには、数百万年のタイムラグがあるのです。もし数百万年前の太陽に比べ今現在の太陽の活動が、なんらかの理由で低下していたとしても、わたしたちはなにも感じません。太陽ニュートリノの欠損はそれを示している可能性もあるのです。ただ、日震(太陽の地震)の観測などから太陽模型は高い信頼を得ていますし、ニュートリノの欠損は半分以上ですので、多少の修正では合致しません。標準模型は信頼に足るものと言えます。
 
 スーパーカミオカンデの4年間のデータは、ニュートリノ振動が太陽問題の答であることを強く示唆するものでした。電子型とμ型で振動していると考えることがもっとも矛盾のない説明となります。
 このデータ解析の主眼は、エネルギースペクトルの歪み、昼夜の変動、季節による変動に注がれました。スペクトルは振動のエネルギー依存性を、昼夜の別は地球1個分を通ることでのMSW効果を、季節は夏と冬で太陽までの距離が7%ほど違いますので、その距離効果を明かにします。
 結果は、スペクトルの歪みも季節変動もないというものでした。統計的に有意とまでは言えませんが、昼夜の変動は数%です。太陽ニュートリノが振動しているなら、観測を説明できるパラメータ(質量の2乗の差と混合角)として4つの組み合わせが可能でした。しかしこのデータ解析で、2つが完全に排除され1つが可能性を低く押えられ、残る1つの可能性が大きく浮かび上がりました。それが、ニュートリノの質量差が非常に小さく、混合角がたいへん大きい「大混合角解」です。
 このことは、K2K実験も報告された2000年6月カナダのサドベリーでの「ニュートリノ2000」で、95%の確率で太陽ニュートリノも振動している、とカミオカンデで太陽ニュートリノの欠損を確認した鈴木洋一郎から発表されました。大方の参加者には、確定と言っていいのではと、好意的に受けとめられました。大気ニュートリノがμ型とτ型で振動していることを発表したのは、2年前の学会です。今回は、K2K実験でその追認に成功したことと、太陽ニュートリノが電子型とμ型で振動していることが明らかにされました。ニュートリノ研究は、東大宇宙線研究所を中心とした、日本のまさに独壇場となったのです。

 事故はこの1年5ヶ月後の2001年11月に起きました。建造から5年目のメンテナンスで、タンクから水を抜き取り、機能不全のPMT交換等を行いました。事故の発生はその後のタンクへの注水中です。
 3分の2ほどの容量が注入された時分に、底面部分で1個のPMTが破裂したようです。取付け時にわずかな傷がついたのが原因と思われます。PMTの内部は真空です。一気に水が突入し衝撃波を発生させ、水面下5m以深にあったほぼ全ての20インチPMT6.777個と外水槽の12インチPMT1.100個を破壊したのです。6割のPMTを失い1時間当り3.7トンの漏水を引き起こした大惨事です。8.8km離れたところの京大防災研究所の地震計も、その波形を捉えたほどです。まさに超新星爆発同様のメカニズムですが、このような事がタンク内で起こるとは想定外でした。巨大かつ繊細でなければならない現代の観測装置の危うさをつかれたかたちです。
 PMTは職人的な高度技術を要する手作り品でもあり、大量生産できません。完全復旧には4、5年かかるとみられています。しかしニュートリノ観測が佳境に入った今、国際競争は待ってくれないし、世界がスーパーカミオカンデによせる期待もたいへんなものがあります。この間は、生き残ったPMTでできる実験をするしかありません。K2K実験は、PMTを再配置して2002年末までには再開します。
 
 また、東北大が中心になって、カミオカンデを2次利用したKamLAND(カムランド)による観測が始まっています。K2K実験がμニュートリノの振動を追認したように、原子炉からの反電子ニュートリノを観測して、電子ニュートリノの振動を追認しようという実験です。他の解では無理ですが、大混合角解ならカムランドで振動が見えるはずなのです。
 神岡から750km前後に、6ヵ所の原子力発電所があります。静岡の浜岡、新潟の柏崎刈羽、そして原発銀座といわれる若狭湾周辺の高浜、大飯、美浜、敦賀です。これは750km先に、総出力650億ワットの世界最大原発、つまり巨大反ニュートリノ供給源を持っていることを示します。
 カムランドの名称は Liquid scintillator Anti-Neutrino Detector からきています。液体シンチレータ検出器で反ニュートリノを捕らえようというのです。カミオカンデの水槽に直径19mの球形タンクを据えます。この内壁には1.325個の新規開発の17インチPMTが取り付けられています。この中に流動パラフィンを詰めた直径13mの風船を浮かべ、反ニュートリノが陽子に衝突するのを待つのです。
反νe+p→e++n
(反νe:反電子ニュートリノ e+:陽電子)

 カムランドは、スーパーカミオカンデより3桁小さいエネルギーレベルを検知できます。ニュートリノ振動が起きていないのなら、750km先の核分裂由来の反電子ニュートリノは、年に700イベント観測される計算になります。観測値がこれより少ないと、振動の大きな証拠となります。また、熱出力から予測される期待値や陽電子のエネルギースペクトルから、μニュートリノの質量決定や太陽によらない太陽問題の決着をめざしています。
 日本以外でも、カナダのSNO(サドベリーニュートリノ観測所)は重水を使って、太陽ニュートリノ振動の追認を2001年6月に発表しますし、加速器を使ったK2Kと同様の実験も米国や欧州で始まっています。ニュートリノ観測はいま大きく動き出して、質量の決定や性質の特定に、協力し合いながらもしのぎを削る、ラストスパートの段階に入ったのです。

写真等提供:東京大学宇宙線研究所
参考資料:日経サイエンス 2001年11月号(日経新聞)
Newton 2000年2月号(教育社)
「素粒子の統一理論に向かって」西島和彦(岩波書店)
「数学をつくった人びと」E・T・ベル(東京図書)
「エレガントな宇宙」ブライアン・グリーン(草思社)
http://www.kek.jp/(文部科学省高エネルギー加速器研究機構HP)
http://neutrino.kek.jp/index-j.html(長基線ニュートリノ振動実験 HP)
http://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/(東大宇宙線研究所HP)
物理学に素人のものが書いています。間違い、勘違い、見当違
いにお気づきになりましたら是非ご一報願います。  塩野梅也


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