んだんだ劇場2002年12月号 vol.48
No9
3章 宇宙論素粒子論最前線

大統一へ――ウィッテンの大団円
 電気と磁気を統合し、さらに光学を含めて確立されたマクスウェルの電磁気学は、量子力学を取り入れることで量子電磁力学となりました。これにサラム−ワインバーグ理論が弱い相互作用を加え、電弱相互作用が説明されたわけです。次なる目標は強い相互作用を述べる量子色力学との統合、つまり大統一理論です。
 大統一理論は、宇宙はある時点までは電弱相互作用も強い相互作用も同じものであったと考えます。クォークもレプトンも区別はつかず、弱ボソンとグルーオンは同一であったはずです。エネルギーが巨大になりかつ距離が縮まると電弱力その力を強めます。一方の強い力は、ゴムひものようなグルーオンによるものですから、距離の短縮は力を弱めます。これは高エネルギー高密度であった初期宇宙のある時点では、3つの力が近接することを示しています。ただ残念ながら、加速器実験のデータから、3つの力は接近しても一致することはないことが明らかになっています。そこでこの微妙なずれを修正するものとして、超対称性なるものが導入されます。
 灼熱の初期宇宙では、エネルギーが粒子反粒子を対発生させ、その対消滅がエネルギーを生むといったことが行われています。つまりボース粒子がフェルミ粒子を生み、フェルミ粒子がボース粒子になっているわけです。このボソン−フェルミオン間の対称性を超対称性と称し、すべてのボース粒子フェルミ粒子に、それぞれフェルミ粒子ボース粒子の相棒(スーパーパートナー粒子)を想定します。これによって1025eV付近で3つの力は一致することになるのです。それはビッグバンから10‐33秒後、温度1030kと推測されます。
 これ以前の宇宙で起こっていたエネルギーと物質の交換は、この直後に起こる相転移で不均衡になり、クォークとレプトンが取り残されたと考えるのです。何がこの2つを分けたかは大統一理論の鍵ですが、それを考えると新たなヒッグス場が必要となり、それがフェルミ粒子をクォークとレプトンに分け質量を与えたのみならず、たった一つのボース(ゲージ)粒子を光子、弱ボソン、グルーオンに分けたはずなのです。これが大統一理論(GUTs:Grand unified theories)です。複数形なのは、いくつものゲージ群を1つに絞れないでいるからです。

 満天の星空では、天の川(我々の銀河)や星座を座標として星を特定しますが、それも宇宙深くを観測対象にしますと、銀河ですらただの一点となり、特徴は認められずなおかつどの方向においても同じです。宇宙は一様で等方であると考えられます。これは、たとえ宇宙をひっくり返したとしても、宇宙の法則は変わらないことを示唆します。
 空間の位置座標をひっくり返しても、物理法則は成り立つべきです。このことをP(Parity:空間座標の反転)対称性と言います。また電荷のプラスマイナスを入れ替える、あるいは粒子を反粒子に置き換えても変わらないことを、C(Charge:荷電共役変換)対称性と言います。ともに物理学にとっては自明のことと思われました。古典物理は、空間を反転させるP変換にも反物質に置き換えるC変換にも不変ですし、時間を逆戻りさせるT変換(Time:時間反転)にさえ不変です。相対論でも事情は同じです。
 それが1956年、李政道(ツゥンダオ・リー)と楊振寧(ツェンニン・ヤン)はW粒子の振る舞いから、弱い相互作用ではP対称性が破れていること(パリティ非保存)を発見します。物理学の常識を覆すもので、翌年の1957年2人はノーベル賞をスピード受賞します。1964年には中性K中間子が、P変換とC変換を同時に行うCP変換で対称性が破れているのが、ブルックヘブン研究所で偶然見つかります。弱い相互作用にCP対称性の破れがあることがはっきりしたのです。
 アップ、ダウン、ストレンジの3つのクォークしか知られていなかった1973年に、クォークには3世代6種ありその間でフレーバ混合が起きてCP対称性が破れる、と提唱したのが小林−益川理論です。2001年にスタンフォード大線形加速器センター(SLAC)とKEKはほぼ同時に、CP対称性の破れをある角度のずれから確認します。この実験は、B中間子を大量に作り(Bファクトリー)、その生成崩壊を観測したものです。B中間子はK中間子と同様に中性でスピン0でありながら、その反粒子は粒子と違いを持ちます。理論的にはK中間子の100倍ものCP対称性の破れが予想されたので、B中間子と反B中間子の崩壊の差を求めようというものです。
 2002年現在KEKはSLACと激しい競争を繰り広げながら、小林−益川理論の精密検証を進めています。小柴さんのノーベル賞受賞は、ニュートリノ天文学の創始というニュートリノ研究が現代物理に持つ重要性を認識させるものです。当然次はニュートリノ質量が対象となり、さしずめ戸塚洋二さんが最有力候補となるでしょう。が、同時に小柴さんの受賞は日本の基礎物理実験物理の高水準を示すものでもあり、がぜん小林、益川さんやKEKの存在をクローズアップします。

 クォークもレプトンも弱い相互作用を受けますが、強い相互作用はクォークだけが受けます。バリオン(クォーク3個で構成された陽子や中性子)にバリオン数1という数を与えますと、クォーク1個は1/3、反クォークは−1/3と定義できます。
 もっとも重いトップクォークをエネルギーに換算しますと、175GeVです。光子がこれ以上のエネルギーを持ち得る初期宇宙では、光子の衝突がクォーク反クォーク対を発生させ、あるいはその対消滅が光子を生んだりしていた(熱平衡状態)と考えられます。反応の前後で、バリオン数はともに0で保存されます。
 宇宙が冷えて(広がって)いくと、光子による粒子の生成は止まります。100Gev(約1千兆度)で相転移が起こり、それまで質量がなかったクォークやレプトンが、質量を獲得するのです。しかし、クォーク反クォークの対消滅は続きます。これはバリオン数が保存されるかぎり、陽子や中性子ひいては原子、つまり物体そしてそのものの崩壊を示していて、現実世界は消滅します。
 1967年にアンドレイ・サハロフは現実世界の存続のため、CP対称性の破れとバリオン数が保存されない反応、熱平衡の破れの3条件が、物質を存在せしめていると主張しました。これに大統一理論を組み込んで、X粒子とその反粒子の崩壊の差が100億個に1個のクォークを生む、と指摘したのが吉村太彦です。
 大統一の世界ではクォークもレプトンも同じ粒子と捉えられ、この粒子がX粒子になりX粒子がこの粒子になる熱平衡の状態を想定します。温度が下がり熱平衡が破れると、X粒子はクォークやレプトンを作り反X粒子はその反粒子を作りますが、逆の反応は起きません。クォークやレプトンはその反粒子と対消滅していきますが、CP対称性の破れが100億個に1個の割合で粒子を生き残します。それゆえに原子が造られ、宇宙が形作られたと考えられるのです。
 サハロフはソビエト体制下でかの地の水爆の父と称せられながら、流刑に処せられたあのサハロフ博士です。吉村さんは2002年現在、東大宇宙線研究所の所長を務めています。まったくの私見ですが、もし1975年サハロフにノーベル平和賞が与えられなかったなら、吉村さんとサハロフ博士の物理学賞共同受賞ということもあったのかも知れません。

 しかしこの大統一理論は、なぜバリオン数が保存されない反応(バリオン数の生成)が起きたかは説明できません。多くの学者がこの問題に参戦していて、性懲りもなく新たな粒子を想定したりしていますが、どうやらレプトン数とバリオン数の間の変化が鍵を握っているようです。一例として、重いニュートリノが挙げられます。スーパーカミオカンデはニュートリノ質量が非常に小さいものであることを明らかにしましたが、これはもう一方に非常に重いニュートリノが存在したことを示唆しています(シーソー機構)。このニュートリノが崩壊する際に、レプトン数だけを生成し後にバリオン数に変化したとするものです。実証はなかなか難しいでしょうが、ニュートリノの質量が絞り込まれると検証の余地も出てくるのかも知れません。
 また大統一理論そのものの信頼性は、陽子に閉じ込められたX粒子を見つけ出すのが手っ取り早い。陽子の中のアップがダウンにX粒子を渡して反アップとなり、ダウンが陽電子になるのを待つのです。
P=(d,u,u)→e+(uc,u)=e+π0→e+γ+γ
(u:アップ d:ダウン uc:反アップ π0:中性π中間子 γ:γ線)
つまり、小柴昌俊がカミオカンデで見つけようとした陽子崩壊です。

 スファレロンという初期宇宙での不安定粒子を考えることで、陽子崩壊を招かない理論も考慮されていますが、陽子崩壊を確認できないでいることは大統一理論の弱みです。ほかにも決定できないパラメータが20もあるという弱点も持っています。現代の物理学者でも、理論の定式化はまず古典物理で行います。それに波動関数や量子論的確率を加味していくのです。そしてなにより、大統一理論は重力を統合できません。
 重力を記述する一般相対性理論に場の量子論を持ち込むと、時間とエネルギーの不確定性から全ての項が発散してしまいます。また相対論と矛盾する重力異常項が出現します。そして一般相対性理論には必ず特異点が現れることが、ロジャー・ペンローズとスティーブン・ホーキングによって証明されています。宇宙誕生の瞬間であるビッグバンや重力の崩壊したブラックホールがそうで、相対論からこの中を窺がうのは不可能なのです。
 量子力学でも、プランク定数で制限を受けるプランクスケールを超えるものは記述不可能です。プランク長(1.6×10−35m)、プランク質量(2.2×10−8kg)、プランク時間(5.4×10−44s)より小さい、プランクエネルギー(1.2×1028eV)、プランク温度(1.4×1033K)より大きい世界に、量子力学は通用しないのです。
 この打開の策として登場したのが、ひも理論です。相対論でも量子論でも、素粒子を点状粒子としています。これをスピンを持つひも状の粒子と考えることで、大統一理論のもつ数々の困難を克服しようとします。あらゆる物質と力は1本のひもでできていて、素粒子の違いはひもの振動の違いにあるとするのです。
 1970年代初期に南部陽一郎や後藤鉄男らによって、強い相互作用を行うボース粒子を説明できるひもの力学模型が作られました。今で言うところのグルーオンですが、観測で瑕疵が指摘され否定されます。世の潮流は量子色力学に向かいますが、ピエール・ラモンは、この振動する1次元のひもをフェルミ粒子にも適用できるようにします。アンドレ・ヌーヴォとジョン・シュワルツは、さらに改良を加えて10次元の定式化に成功します。
 こうしてボース粒子とフェルミ粒子の超対称性を導入した超ひも理論は、整数と半整数のスピンを予測し、質量を持たないひものスピンは0、1/2、1、3/2、2の5種類であること、質量を持つひもは無限に存在すことを予言しています。ただこの際の質量はプランクスケールを意味しますので、実際の観測は現実的に無理です。標準理論では、いまだ発見されていない重力子の質量は0で、スピンは2と予測されています。またヒッグス粒子のスピンは0と考えられていますから、その点ではよく標準理論をカバーしています。ちなみにスピン3/2は、大統一理論に超対称性を持ち込んだ際に予測される超重力子(グラヴィティーノ)を予言するものと言われています。
 次元が10あることは、私たちが観測できる時空4次元以外の6次元が、小さく折りたたまれて観測し得ないもの、つまりプランク長以下になっていることを示すものです。カラビ−ヤウ空間と称せられるその折りたたまれた6次元とひもの性質が解明されれば、超ひも理論は万物の有り方を説明する最終理論(TOE:Theory Of Everything)となるかも知れません。ただプランクサイズのことですから、実験屋を煩わせて検証しようにも具体的事例のほとんどは実験スケールを超えてしまいます。
 ここしばらく実験屋の繰り出す材料に理論をパッチワークしてきた理論屋も、いまや実験屋に差し出す材料を独自で見つけなければならなくなりました。その手段は数学しかありません。しかしエウゲニオ・カラビとシントゥン・ヤウの名前に由来するカラビ−ヤウ空間を記述する数学はあまりに複雑で、正しい方向に向いているのか誤った方に向かっているのかの指針さえおぼつきません。
 それでも徐々に分かってきたことは、この6次元幾何学図形は内部に穴を生じたりしますが、その穴の数が世代に対応しているらしい。穴の配置や折りたたまれ方は、共振振動のパターンを示しているようです。数あるカラビ−ヤウ図形のどれが折りたたまれた空間なのかは分かっていませんが、近似計算ではすべてが同じになります。
 そんな中1984年に、シュワルツとマイケル・グリーンが重力異常項を生じない超ひも理論に成功します。ひもが開いたものや閉じたもの、右回り左回りで同じになるものならないものなど、全部で5つの型があります。
 そしてこの中にある種の対称性が見つかります。カラビ−ヤウ空間には裂け目が入ったりしますが、この裂け目から空間を裏返すようなことをすると、もう一つのカラビ−ヤウ空間になるのです。これはある型の強い結合は、別の型の弱い結合と同じであること(双対性)を示しています。ひもは結合が強いほど、2本に分かれたり1本に繋がったりします。量子力学では、2つの粒子が接近し相互作用してまた2つの粒子に分かれていく反応を、粒子の軌跡を矢印で相互作用を波線で表します(ファインマン図)が、ひも理論ではこの反応が、2つの輪が合体し1つ輪にになりまた2つの輪に分かれていくように表現されます。強い結合とはこの反応が起こりやすいことを指していて、それは別の型における起こりにくい反応を示しているということです。
 1995年にエドワード・ウィッテンは、10次元超ひも理論に1次元たした11次元のM理論を発表します。このままだと12次元、13次元と際限なく増えていきそうですが、そうなると質量0でスピンが2より大きい粒子を想定しなくてはならず、実験からも理論からも否定されています。一応、11次元が土壇場と思われます。
 このウィッテンの理論は、10次元のひもを11次元の時空に棲む膜(membrane)とするものです。これによって6つの理論は、一つの現象の別々の相での記述でしかないとして、5つのひも理論を統合します。強い結合はM理論で記述され、弱い結合は超ひも理論しいては粒子として記述されるのです。
 ウィッテンは数学のノーベル賞ともいわれるフィールズ賞を、1990年に得ています。ちなみに折りたたまれた6次元にカラビ空間を適用したヤウも、前々回の1982年に同賞を受賞しています(フィールズ賞は4年に1回)。M理論のMがmembraneのMなのかmysteryのMなのか分かりませんが、ウィッテンの数学能力がM理論を最終理論とし、宇宙の仕組みを解明するかも知れません。化学における周期律表のように、M理論が物理に大団円をもたらす可能性は無きにしろ非ずです。
 もはや直感では把握できない宇宙を認識するには、ニュートンが微積分を自分で用意したように、アインシュタインがリーマン幾何学(曲面の幾何学)の助けを必要としたように、未知の世界を記述してくれる新たな道具を、数学の中に見つけなければなりません。浮世離れした数学に、現実味を増してきた具体的な宇宙の全体像を語らせようとしているのです。この宇宙も必要としない数学がこの宇宙解明の鍵とは皮肉な話ですが、だからこその話でもあります。

宇宙開闢――始まりの向こう側
 1929年ハッブルは、銀河の距離と赤方偏移の相関関係を見つけます。宇宙が膨張しているならば、時間を遡れば宇宙は極小空間に収束することになります。すでに1927年にルメートルは、極小の宇宙の卵(cosmic egg)がこの宇宙を誕生させる解を得ています。1946年ジョージ・ガモフは原爆実験の映像から着想して、この卵の大爆発(ビッグバン)が火の玉宇宙を生み、その後の宇宙を決めたと主張します。神話や宗教でなく哲学でも数式上の話でもなく、科学の課題として宇宙の始まりが取り上げられたのです。ガモフは教え子のラルフ・アルファーと著したこの論文に、無関係のハンス・ベーテの名も加えて、3人の名前の語呂合わせでαβγ理論と称しました。ガモフの茶目っ気で、万物の始まりを意識させたかったのでしょう。
 ガモフがビッグバンの証拠として予言したのが背景放射です。ビッグバン時の無限とも思われるエネルギーが宇宙の膨張で拡散し間延び(赤方偏移)して、約7Kの電磁波となって今に残っていると考えたのです。宇宙が静的ならば、宇宙空間はほぼ絶対零度です。宇宙空間がある程度の温度を持つことは、ビッグバンの名残であり静的宇宙の否定です。ビッグバンを宇宙のある一点で起こったと考えてはいけません。私たち自身がビッグバンが生み出した宇宙の中にいるのです。その証拠の背景放射を、ガモフの予言から19年後の1965年に、アーノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンが捕らえます。
 2人はベル研究所に所属し、電磁波のノイズの調査をしていました。大型アンテナであらゆる方向からの電磁波を同定していきましたが、どうしてもある微弱なマイクロ波を特定できないでいました。それは地平以上の全方向からやってきて、日時による変化も強度の変化もありません。考えうる起因をすべて試した2人が下した結論は、約3Kの電磁波が宇宙空間に隈なく拡散しているというものです。必死で探していた天文学者を出し抜いて、2人は期せずして背景放射を捕らえたのです。
 2人に1978年のノーベル賞が与えられますが、2人がこの件で書いた論文はわずか2ページとも言われます。ノーベル賞受賞には数々の幸運な話がついてまわります。特に実験の分野では、幸運は必須の条件です。その中でもペンジアスとウィルソンの幸運は特筆ものです。それも2人の謎解明への執念があったればこそでしょうが、正直なところはなにより天文学者が羨んだ優秀なアンテナのおかげでしょう。

 ビッグバンは現在の宇宙の組成を説明する理論でもあります。当初ガモフの考えたビッグバンは、中性子が元素を作り出すものであったが、現在はまず水素やヘリウムなどの軽元素の核が作られたと考えます。これがビッグバンから3分以内のことです。その後高エネルギーの光子が物質を生み出すことが、数万年まで続きます。約30万年後には、電離状態にあった電子が核に捕らえられ、それまで散乱させられていた光が直進できるようになります。宇宙の晴れ上がりです。厚い雲が一気に消え、透明な宇宙が出現したのです。この名残りを今に伝えるのが、ガモフが予言しペンジアスとウイルソンが発見した背景放射です。
 物質は重力で引き合い固まり、10億年もすると原始銀河が形成されます。軽い元素でできた銀河も超新星爆発を繰り返すことでもっと重い銀河に変わり、100億年後には惑星を随える太陽系を出現させます。ここまでを既存の物理理論だけで説明できるのです。超新星が振り撒いた炭素や窒素は、惑星の素になったばかりでなく生命も生み、進化を重ねやがて自意識を得た生命は、自らを生み出した宇宙を理解しようとしているわけです。
 その一例である人類が見つけた背景放射は、実に一様等方です。この滑らかさは、ビッグバンが局所的な相違を持たない一様な火の玉宇宙であったことを示唆します。あり得ないことではありませんが、考えにくいことです。一様な宇宙が銀河などの構造を持つに至るのは不思議です。またビッグバン理論は、なぜビッグバンが起こったのかは説明しません。証拠はあるが動機がないのです。神が引き金を弾いたと主張しても否定できません。
 いま現在の宇宙のエネルギーの大半は、物質が占めています。ビッグバンによる放射のエネルギーは2.7Kで、光子の数にして1立方メートルにわずか4億個です。しかし宇宙がずっと小さかったときには、この関係が逆転します。宇宙の一辺を半分の長さにすると、空間は3乗した8分の1となります。これは物質密度が8倍になることであり、物質によるエネルギー密度が8倍になることです。一方の放射の密度も8倍になりますが、放射自身の波長は半分になります。すなわち振動数が倍になることであり、エネルギーも倍になり放射によるエネルギー密度は16倍になるということです。
 宇宙をどんどん小さくしていきますと、そのエネルギー構成は放射が優っていきある時点で物質と対等になります。これが熱平衡状態で、エネルギーが物質を生み物質がエネルギーとなることが行われます。大統一の時期では、クォークもレプトンも区別なくこのことが起きているわけです。しかし単なる対発生対消滅では、宇宙が現在ある姿のような物質や構造を持ち得ません。どうしてもバリオン数が生み出される過程が必要なのです。

 真空とはなにものも存在しない状態を指しますが、量子力学の観点から言えば、その意味での完全な真空はあり得ません。真空は必ずゆらぎを持ちます。不確定性原理から、そのエネルギーは短時間なほど大きくなります。また物体が引力で引かれ空間が狭まることは、それに見合うエネルギーが空間に蓄えられるとも考えられます。つまり、真空はポテンシャル(潜在)として斥力を持っていることを示唆します。これが真空のエネルギーと呼ばれるものです。
 量子論で考えれば、真空のゆらぎは数々の量子(サイズの)宇宙を誕生させ消滅させていると思われます。ビッグバン以前に、そんな量子宇宙の1つがたまたま慣性で膨張し過冷却におちいります。水を静かに冷やしていくと氷点下を超えても凍りません。これが過冷却です。いずれ氷になりますが、その際放出されるエネルギー(潜熱)は通常の相転移より大きくなります。
 過冷却の宇宙とは真空のエネルギーが過飽和であることであり、一方的な斥力を発揮し宇宙を膨張させ、それによって生まれた真空がさらに膨張を加速させます。この光速をはるかに超える急激な膨張が、アラン・グースや佐藤勝彦が唱えたインフレーション理論で、ド・ジッターが一般相対論の場の方程式に見つけた解です。ちなみに空間の膨張は因果律を侵しませんから、光速を超えても相対論に反しません。そして水の宇宙から氷の宇宙への遷移とも言える相転移は、高いところから低いところに飛び降りたように余分のエネルギーを潜熱として放出します。すなわちビッグバンの火の玉宇宙です。
 1989年に打ち上げられた宇宙背景放射探査衛星(COBE)は、全天のマイクロ波地図を作り上げました。それは隈なく2.7Kの放射を捉えるものでしたが、わずかに十万分の1のゆらぎを発見します。この宇宙が構造を持ちえた証です。泡立つようにして誕生した量子宇宙が一様であったと考えるよりは、激しいゆがみがあったと考えたほうがある得る話です。インフレーションがそのゆがみを穏やかなゆらぎに変え、銀河を誕生させたと考えると納得できます。
 また宇宙の曲率はほぼ0と観測されています。すなわち宇宙空間ではほぼ間違いなくユークリッド幾何学が通用するのです。宇宙が球体のように閉じていたり馬の鞍のように開いていたりせず非常に平坦であることは、たまたまそうなったと考えるより、インフレーションにより平坦と見まごうばかりに引き伸ばされたと考えるほうが合理的です。
 このインフレーションの時代に、重力と質量のない粒子で繰り広げられた大統一は終焉し、電弱相互作用と強い相互作用に分かれます。相転移で熱平衡が破れ、粒子は質量を持ちます。大統一理論では陽子の1015倍の質量を持つX粒子を仮定して、CP対称性の破れが100億個に1個の粒子を生み、バリオン数が生成され物質の由来が説明されるわけです。
 インフレーション理論はこのように現宇宙をよく説明でき、平坦な宇宙を約束しその質量を予言します。しかし最近の宇宙空間の観測で、暗黒物質等を勘案しても物質密度が異常に小さく、とてもインフレーション理論の予言する質量に及ばないことが明らかになりました。また遠くの超新星を観測することで、宇宙がその膨張を早めていることも分かってきました。これは真空のエネルギーが斥力を発揮し、膨張を加速させ物質密度を下げていると考えられます。いま現在宇宙は第2のインフレーションを起こしているのかも知れません。真空のエネルギーは、アインシュタインが無理矢理導入した宇宙項が意味するものです。第2のインフレーションが本当なら、アインシュタインが生涯最大の過ちとした宇宙項が復活することになります。そして遠い未来に宇宙は第5の相転移を起こし第5の力を生み、新たな宇宙像を現すのかも知れません。いや、そもそも真空などというものはアリストテレスが言ったように存在しないのかも知れません。私たちが真空と考えるものは実はなんらかのもので埋め尽くされていて、そのものを私たちがまだ知らないだけなのかも知れません。それがいつの日にか第6、第7の相転移をもたらしたとしてもおかしくないのです。
 逆に遠い過去に遡り量子宇宙までいくと、その先はプランクスケールとなり、相対論も量子論も無力となります。ともに素粒子が点状粒子であるという前提では、プランク長以下のスケールでは特異点となり記述できません。一般相対論は宇宙をゆるやかに湾曲した世界として描像しますが、不確定原理が示すように量子のスケールは激しく泡立つ世界で、量子力学で記述されます。それもプランクスケールを超えると記述できません。まして重力に場の量子論を適用すれば、繰り込み不可能となり発散してしまいます。一般相対論と量子論の相性が悪いと言われる所以です。量子宇宙より先は、無限大のエネルギーを想定しなければならない特異点そのものです。
 ホーキングは現実の時間に直交する虚時間を導入して、特異点問題を解決します。プランクスケールでは虚時間が進み、膨張した宇宙では実時間が進むとするものです。これで宇宙を、地球のように境界を持たない無境界状態にできます。宇宙に端っこを造らなくて済むのです。
 超ひも理論は素粒子をひもとすることで、宇宙を無境界状態にします。ひもは最低限の広がりを持ち、点状になることはありません。超ひも理論では、宇宙の一つの次元がプランクサイズを超えて小さくなっていくと、カラビ−ヤウ空間の一つの次元がプランクサイズから膨張していきます。
 いま現在私たちが認識している、非常に短い時間、長さ、高い温度、大きい質量のプランクサイズの宇宙に対し、量子宇宙を突き抜けた向こうでは、非常に長い時間、長さ、低い温度、軽い質量をプランクスケールとする宇宙が広がっているのかも知れないのです。私たちの宇宙は150億光年の大きさを持つと考えられていますが、それは光という質量が限りなく小さい軽いひもで測られるからです。もしまだ私たちが手にしていない重いひもで宇宙を測れば、プランクサイズより数十桁小さい宇宙が現れるのです。そしてそれは私たちが窺がい得ないカラビ−ヤウ空間の住人が、私たちの空間を推し測った際の描像でもあります。

 11次元どころか虚数を持ち出しただけで、そんな実在しないものを使った理論など間違いだ、と非難する人もいます。実在しないのは虚数だけではありません、実数だって実在のものではありません。これは概念です。自然の法則を述べるのはすべて概念であり、自然と矛盾しない限りその概念は正しいいのです。そんなことも分からずに、相対性理論さえ(局部的にではなく本質的に)誤りだと主張します。それでいて何の根拠も示されない、自分勝手の妄想の宇宙論を展開するのです。マイケルソン−モーリーの実験の否定(エーテルの存在)やビッグバンの否定(定常宇宙)などを前提としているようですが、ならば一大事です。まずはその根拠を検証いていただき、妄想的宇宙観の開陳はその後に願いたいものです。
 超ひも理論もその根拠を示す確たる証拠があるわけではないし、その検証も非常に難しいものと思われます。ひもの検出は太陽系サイズの加速器でも無理です。それでも超ひも理論が最終理論の有力な候補なのは、その概念の持つ首尾一貫性と無矛盾性です。ウィッテンは宇宙に取り残された巨大なひもが発見される可能性に言及していますが、そんな幸運が超ひも理論に訪れなくとも、矛盾なき概念は正当性を保持します。逆に言えば、超ひも理論の否定は理論、実験を問わずその論理の矛盾を明らかにするか、より優れた理論の登場によります。
 真理は単純明快であるとするのは、人類が得た有力な経験則と思われます。気鋭の超ひも理論研究者であるブライアン・グリーンは、ベストセラーになった一般向け著書で宇宙をエレガントと評していますが、それにしては超ひも理論は誰も解けないほど複雑難解です。むしろ宇宙が老獪にして意地悪な証なのかも知れません。
 最終理論が完成するかどうかウィッテンでも分かっていないでしょうが、完成したらこの宇宙の始まりと未来がわかることでしょう。しかし、すでに人類は数十億年後の太陽を計算できますが、数万年後の地球がどうなっているかは予測できません。TOEによって極小の素粒子から極大の宇宙まで説明できても、特定の粒子や系の一部分だけを計算するのは不確定性原理からいっても無理です。TOEは占いをするものではありませんから、明日の株価を知ることはできないし、この世から謎をなくすものでもありません。ただ、物理の根本問題を解決するものです。
 宇宙という言葉を具体的なものと捉えてもらっても象徴的に考えてもらっても結構ですが、宇宙のどこを突き進んだとしてもその果てには次の宇宙が広がっていて、永遠に尽きることはないのかも知れません。物理学がこの宇宙を解明したとしても、哲学や神学の領分は残り、もちろん物理学が挑戦する謎も残るのです。根本問題が解決した暁には、また新たな根本問題が待ち構えているのでしょう。いくつものゴールはあっても最終のゴールがないのは、残酷なレースでしょうか至福のレースでしょうか。私たちはついこの間まで、太陽がどうやって燃えているのか知らなかった、夜空がなぜ暗いのか説明できなかった。そのことを知った今、なにほどの得もなかったにしろ、以前の無知に戻りたいと思うだろうか。これも人間原理かも知れませんが、知りたいという欲求が理解をここまで持ってきた。最終的なゴールはなくとも、人間は明日もなにかを知ろうとしているでしょう。
写真等提供:東京大学宇宙線研究所
http://www3.justnet.ne.jp/~yoshida-phil-sci/L1_00.htm(20世紀の宇宙像)
http://www.din.or.jp/~k3938/nazo/2-1.htm(宇宙の謎に迫る)
「ホーキング、宇宙を語る」スティーヴン・ホーキング(早川書房)
「ホーキングの最新宇宙論」スティーヴン・ホーキング(日本放送出版協会)
「ホーキング宇宙論の大ウソ」コンノケンイチ(徳間書店)
「ホーキング、未来を語る」スティーヴン・ホーキング(アーティストハウス)
物理学に素人のものが書いています。間違い、勘違い、見当違
いにお気づきになりましたら是非ご一報願います。  塩野梅也


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