んだんだ劇場2003年2月号 vol.50
No11
2章 宇宙の地図を作る

見えてきた大構造
 コロンブスがひたすら西を目指したように、宇宙のある狭い領域をひたすら遠くまで探索すると何が見えてくるか、1981年ロバート・カーシュナー達が北天で3ヵ所、南天で3ヶ所の調査を始めます。1ヵ所の領域が1.4度×1.4度で、ペンシルビーム探査と呼ばれるものです。
 このばらばらの6ヶ所で共通して4億光年から6億光年(後退速度:12.000〜18.000km/s)に銀河の見当たらない領域が見つかります。のちにボイド(空洞)と呼ばれる銀河の存在しない領域で、うしかい座方向のボイドは2億光年のスケールがありました。
 ハーバード・スミソニアン天体物理学センター(CfA: Center for Astrophysics)で近傍銀河の広域探査を行っていたマーガレット・ゲラーやジョン・ハクラには、この結果はにわかに信じられませんでした。が、1985年から、ペルセウス座銀河団などを含む領域(銀緯20度〜40度)を隣接する薄いくさび形のスライス(1つのスライスが、半径約5億光年、幅130度、厚さ6度)にして、探査した6,000個余りの銀河をプロットしていくと、コンピュータの映しだす3次元マップには1.5億光年付近にボイドが見つかります。それ以上に驚くべきことは、3億光年付近に銀河の集中している構造が浮かび上がったことです。高さ2.5億光年、厚さ3000万光年、長さ6億光年の、まさに宇宙のグレートウォール(万里の長城)です。
 このプロジェクト(CfA赤方偏移サーベイ)はいまも継続中ですが、ゲラーたちの探査した領域では泡だった石鹸のように銀河が分布しています。これが他の領域でもそうなのか。デイビッド・クーのグループはカーシュナー達と同様に1981年からペンシルビーム探査をしていましたが、それは銀河北極から銀河南極へ貫く66億光年にも及ぶ1次元探査です。ひたすら遠くまで見ようというもので、赤方偏移で言えば0.5までの銀河が集められます。そして1990年、銀河分布に約4億光年周期でのピークがあった発表されます。グレートウォールはその最初のピークなのかも知れません。しかしカーシュナー達のその後の探査にはそのような周期は現れません。実際のところは広範囲の長深度の探査が進めばはっきりするでしょう。
 ともかく、一様と思われた宇宙にこのような大構造があるとは驚きです。アイザック・ニュートンが万有引力の法則を発見して、天体の運動も林檎の落下も同様に記述できるようになりましたが、ニュートン自身も認めているように、神がリセットしなければ天体は互いに引き合いいずれ宇宙の一ヵ所に集まってしまいます。ニュートンの理論を改善したアインシュタインは、宇宙を静止状態にするために宇宙項を付け加えましたが、それでも物質(当時考えられた対象は恒星)が非一様に分布するなら、不安定で収縮は避けられません。重力は非一様性(密度のゆらぎ)を増幅していくからです。グレートウォールは静止宇宙を吸い寄せ、静止宇宙でなくします。宇宙が膨張していることは、ある意味で、この宇宙を説明するための必然なのかも知れません。あるいは宇宙のことごとくの天体は、万里の長城の一片の煉瓦となるべく、もっと巨大なグレートウォールに向かっている途中なのかも知れません。

 ハッブル定数が分からないことには、後退速度から距離を求めることができません。逆に後退速度の限界は光速ですから、ハッブル定数が分かれば我々の観測し得る宇宙の大きさが分かります。H0=100とすると、その距離3,000Mpc約100億光年となります。これは宇宙の年齢も示しますが、宇宙密度に左右されます。100億光年の彼方まで観測できるなら、宇宙の年齢は宇宙密度を0とすると100億年以上となります。しかし密度が高いほど膨張速度にブレーキがかかっているわけですから、従来の速度は速かったことになり年齢は若返ります。仮に密度が1ならば66億年です。
 すでに球状星団などは100億年を超えていると思われていましたから、H0を100とするのは少々無理なようです。ハッブルの助手も務めたアラン・サンテージは50を主張し、超銀河団(銀河団の集まり)を発見したジェラール・ド・ヴォクルールは100を主張して論争しましたが、2人の折衷案となる75ではあり得ないことには2人とも同意したそうです。ハッブル以来探し求めているこの定数を、宇宙望遠鏡ハッブルでの8年間の観測研究の末、1999年に米航空宇宙局(NASA)のチームは70と提唱します。遠方銀河(6500万光年以上の18個)の800に及ぶセファイド変光星の観測解析の結果です。75にかなり近いのは皮肉ですが、90%の精度と自信を持っています。
 これで観測可能宇宙の大きさは140億光年ほどになりますが、チームは宇宙密度を考慮して宇宙年齢を120億年と推測します。しかし宇宙密度は依然として不明です。観測からは、宇宙が平坦に向かっている様子がうかがえ、Ωは神の仕業を疑わせる1(1m3に陽子4個程度)を思わせるほどです。が、観測できる物質はあまりに少なく、Ωは0に近くなります。逆に言えば、1m3に陽子を4個置けないほど宇宙は膨大に思えるということです。
 それでも銀河にはどうにも察知し得る以上の質量、すなわち明るさから推測される質量の数十倍の質量がないことには、観測されるような銀河の回転にはなりません。1970年代から、銀河の周辺には光学的な観測にかからない巨大な質量があると考えられてきました。これが暗黒物質と呼ばれるものです。ハローにある輝きを失った白色矮星や、恒星になり損ねた褐色矮星などもそうでしょう。ニュートリノも暗黒物質の有力候補に上がりましたが、神岡の実験で上限質量が明らかになるや、あまりに微々たるものとはっきりしました。他にもいろいろ候補がありますが、それらすべてを勘案してもとても膨張速度と釣り合う密度は作れそうにありません。
 また、宇宙密度によって膨張速度が必ず減速していくとも言い切れません。実際に最近の観測では、宇宙が加速膨張している証拠があがりました。H0は70と具体的な数字がでてきましたが、未知のメカニズムがその数値を左右している可能性が残ります。
 これらの難問を解決するしようとするのが、宇宙誕生直後に急激な膨張が起こったとするインフレーション理論です。真空に潜む斥力のエネルギーが、光速を超える膨張を引き起こし、宇宙を必然的に平坦な宇宙に向かわせます。そして現在の加速膨張は、第2のインフレーションが起こしているものと考えます。
 インフレーション理論は非常に妙案で多くの問題を一気に解消するものですが、はたしてこれで宇宙の大構造を説明できるかは別問題です。初期宇宙がとても滑らか(一様等方)であったことは証拠(背景放射)から明らかです。それが非一様な銀河を誕生させることも説明できないわけでもありません。非常にわずかな密度のゆらぎが銀河に発展したと考えられるからです。しかし大体において一様等方な宇宙を作るのにたいへん有効なインフレーション理論も、その中に大規模構造を持たせるとなるとご都合主義のそしりを受けかねなくなります。
 大構造は宇宙の膨張がもたらしたものか、重力が引き寄せたものなのか、はたして大構造は宇宙全体に不偏に存在するのか、たかだか数億光年の探査ではなんとも言えません。もっと広範囲な宇宙の調査が望まれます。

SDSS計画
 記号論学者であり作家であるウンベルト・エーコの作品に、「帝国の地図(縮尺1/1)」があります。これ以上巨大なるもの無しの帝国の勢威を示す、正確なる実寸の地図の可能性をさぐるものです。帝国の領土は例外なく地図に認知されなければならなく、知覚されてない箇所は帝国の領土と言えません。帝国の勢威には領土のみならず臣民の状態(属性)も含まれます。
 この究極の記号論的装置としての地図は、不正確にならざるを得ないか、地図そのものが帝国となるか、の論理的帰結をむかえます。地図が肝心の記号的機能を失ってしまうのです。エーコは不確定性原理に言及していますが、むしろ記号論に不完全性定理を適用したように思えます。完璧であろうとするほどに不完全性を内包してしまうジレンマがうかがえるからです。
 ただ、エーコの前提は、地図を1枚の紙に写し取ったものとしています。これがコンピュータならば、正確と言っていい地図を作り上げる可能性を否定できません。実際、ホログラフィは2次元データ(平面図:ホログラム)の干渉で立体像を浮かび上がらせ、もう一つの現実(仮想現実)を出現できます。数限りない属性を付加することもできます。もっともその時は、記号論的にも現象論的にも、地図そのものが帝国となる後者の命題を免れないでしょう。
 間違いなくこれ以上巨大なるもの無しの宇宙を地図にするには、前者の命題を選ばざるを得ません。直径10万光年の銀河もただの1点で表すほかないのですから。その上、帝国はほぼ2次元と言っていいですが、宇宙は4次元の時空間です。とても紙に写し取れるものではありません。
 実寸など望むべくもありませんが、もしかなりの正確性を実現できたら、地図そのものが宇宙になることは間違いないでしょう。現実の宇宙も仮想現実の宇宙も我々に届けてくれるものは、実質的には情報だけです。実物は粒子として(重力波も電磁波も素粒子)、仮想はモニター画像で。人間にとってはなんら区別の必要はありません。
 違いは後者が、100億光年の旅も銀河を衝突させることも随意(かどうか少々疑念もありますが)に行えることです。だれが現実の宇宙を相手にするでしょうか。コンピュータの中のデータが実物に取って代わるのです。しかもそれは、まだまだ遠い未来の話、というわけでもなさそうです。

 スローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)は米国、日本、ドイツの大学・研究所が一体となって全天の4分の1を長深度探査しようという未曾有の計画です。日本からは宇宙線研究所をはじめ東大、大阪大、東北大、国立天文台などが参加しています。名称はアルフレッド・P・スローン財団が資金提供の主体になっているからですが、日本の文部科学省や米のNASA、各参加機関も供出しています。
 SDSS計画のための望遠鏡は米ニューメキシコ州にある標高2,800mのアパッチポイント天文台に設置されています。広視野の口径100インチ(2.5m)が主望遠鏡で、ほかに天体の光度を較正するための50cm測光望遠鏡が付属しています。過去のサーベイ(測量)に使われたものに比べたら倍以上あります。ケック天文台の望遠鏡などは口径10mにもなりますが、広範囲の探査には向きません。広視野観測にはシュミット望遠鏡が使われてきました。鏡筒の先端にある補正レンズと下部の球面反射鏡の組み合わせで、収差(ボケ)を抑えた広範囲を観測できますが、その構造上口径1m程度が限界でした。
 SDSSの主望遠鏡は、普通の望遠鏡のように観測ドームに収まっているわけではありません。観測時は格納庫から完全に外に出されます。昼夜の温度差による空気のゆらぎを排除するためです。むき出しの鏡筒を、風除けの金属チューブでできた四角い筐体で覆った、一風変わった望遠鏡です。2.5mの双曲面の主鏡で集めた光を1.08mの双曲面の副鏡に当て、これを望遠鏡の下部に収めた2枚の補正レンズを通してカメラに結像させます。
 撮像カメラはモザイクCCDカメラというものです。5cm角の荷電結合素子(CCD)が、縦に5個、横に6個の計30個並び、カメラを構成しています。このCCDに光を当て、放出される電子を増幅して電気信号に変え記録するのです。デジタルサーベイと称する所以です。
 最近の優秀なデジタルカメラでは4メガピクセル(400万画素)の能力も珍しくありませんが、こちらは1個のCCDが400万画素(2048×2048)を持ちます。それも一瞬の静止像を記録するのではなく、一定時間のデータを記録します。
 望遠鏡が特定の方向に固定されると、カメラは東を上側にして装着されます。これで天体はCCDを上から下に通り過ぎることになり、その速度は望遠鏡を天の赤道に向けた時がもっとも速く高緯度になるほど遅くなるわけです。天体の光が発生させたCCDの電荷は、光源の動きに同期して素子内を順送りに移動していき、端まで着いたら増幅器に送られます。これが天球の一箇所のデータということになります。CCDはこれを連続して行いますので、地球の自転は、天の北極の同心円をひも状にサーベイすることになります。
 縦1列の5個のCCDには異なる5色のフィルターが付けられています。これが1組となって真空容器に入れられ、高感度を保つため冷却されます。それぞれが隣接する異なった波長帯で光を感じ取って、可視光全域にわたる走査(スキャンライン)となります。感度の良い波長帯では23等級の撮像も可能です。これを横に6つ並べて、6箇所が同時に探査されます。6本のひも(ストリップ)が描かれるわけですが、CCDの横の配置に4cmほど間隔があるので、間に隙間ができてしまいます。同じ領域をもう一度、この隙間を埋めるよう少しずらして探査します。2つを重ねることで、12本の各スキャンラインが10%ほどの糊しろで重なり、リボン状のサーベイ(ストライプ)ができあがりることになるわけです。
 無駄なように思えるこの糊しろも、けっこう役に立ちます。2つの観測に時間差がありますから、動きのある天体や変光星、超新星の発見に好都合です。実際すでに、彗星やカイパーベルト天体(海王星軌道の外側にある太陽系形成時に取り残された物体)が発見されています。

 SDSSは北銀極を中心に全天の4分の1を探査するプロジェクトですが、南銀極方向でも3ヶ所のストリップを繰り返し観測します。こうすることで、より暗い天体や時間的に変化する天体の発見にも努めているのです。
 全天の電子的サーベイは電波や赤外線ですでに行われていますが、それは非常におおまかなものです。望遠鏡の分解性能がおおまかでしかなかったからです。これが可視光となると、情報量は飛躍的に増えます。
 1秒角(半値全幅)の視野を2画素に捉えようとすると、1980年代から使われた512×512画素のCCDの補足視野は4.27分×4.27分で、0.005平方度となります。球体は4πステラジアン(立体角度)ですから、SDSSはπステラジアンを撮像することになります。これは約10,000平方度です。512×512CCDでこれをするには、200万回の撮影が必要だということです。1回の露出に1分かけ1夜8時間まるまる撮影しても11年かかり、実状を考えれば半世紀の仕事になります。
 400万画素のCCDが30個集まってはじめて、可視光による電子的サーベイが現実味を帯びます。このモザイクCCDカメラは日本の得意とするところで、設計・製作は日本のグループが主体となって経験を活かしました。モザイクCCDカメラなくしてSDSS計画はあり得なかったでしょう。
 人類の長い天体観測の歴史は膨大なデータを蓄積してきました。天体の等級もその1つですが、前近代的な観測手段によるものに屋上屋を架してきたデータは、とても客観的・定量的と言えるものではありません。
 こと座のベガ(織姫星)が0等星となる基準ですが、これでは電球の明かりを灯台の明かりで表すようなものです。SDSSは1億個の銀河を特定します。いままでのカタログとは桁が違います。この際、基準を明確にし等級の定義を定量化したほうが後々の得です。
 50cm測光望遠鏡も日本の担当です。光度のはっきり分かっている1次基準星をもとに、全天に2次基準星のネットワークを張り巡らせます。この2次基準星が橋渡しとなって、主望遠鏡の観測に、測光望遠鏡が1次基準星をもとにした正確な目盛り付けをします(2.5m望遠鏡では1次基準星は明るすぎる)。これで大気の透明度の影響を排除したことになるわけです。
 SDSSの主望遠鏡の有効視野は直径3度です。つまりストライプは満月3個分の幅です。数時間ほどの1回の観測(ラン)で、データ量は200ギガバイトにも及びます。たった一晩で2000億文字の情報がはじき出されるわけです。ここから天体を捜し出し、種類を特定し、明るさを測り、分類しなければなりません。それも迅速を要します。次の新月での観測構想には解析結果が重要になりますし、天体は月に2時間ずつ入れ替わっていきますから、1週間程度がタイムリミットになります。とても人力で対応できるものではありません。
 データ処理はパイプラインと称するコンピュータプログラムで行われます。石油コンビナートのようにデータが目的別に振り分けられ、各パイプラインを流れて自動的に加工されていくわけです。
 アパッチポイント天文台で収録されたデータの磁気テープはフェルミ研究所に送られ、仕分けされ各パイプラインを流れていきます。撮像データは天体測定パイプラインに、測光データは測光望遠鏡パイプラインに送られ、数種の処理で画像の修正や位置・明るさの較正が行われた上で目盛り付けして、天体のカタログとなって出力されるのです。

 主望遠鏡の役目は撮像だけではありません。100万個の銀河と10万個のクェーサーのスペクトル撮影が行われます。モザイクCCDに替わって、直径約60cmのプレートが焦点に取り付けられます。これには観測箇所の天体に精密に対応した640個の孔が穿たれています。較正のため天体の存在しない数ヶ所(空のスペクトル)、目盛り付けのため良く知られた天体(標準星)にも対応しています。
 この孔一つ一つから光ファイバーが延び、320本づつに分かれ2台の分光器に繋がります。さらにそれぞれ赤色側と青色側に2分割され、CCD素子に記憶されます。
 1度に600余りの天体のスペクトルが測られることになります。条件が良ければ一晩に6、7枚の穿孔板を使って4000余りのスペクトルを取得できますが、SDSSの目指す18等級までの銀河は100万個と考えられます。1500枚以上の穿孔板が必要となります。それ以外にも10万個のクェーサー(候補)や特異な数万個の星、多数のX線源・電波減天体のスペクトル観測(分光撮影)が行われるので、最終的には2000枚を数えることになります。いままでの赤方偏移観測の5倍奥深く、100倍広い領域が、数倍の精度で探査されるわけです。
 スペクトルのデータもスペクトルパイプラインに送られ、地球大気や公転運動の影響を補正した上で、空のスペクトルや標準星で較正して、スペクトルに目盛り付けされます。この後スペクトルの輝線を同定する困難な作業が続きます。様々な天体の標準的なスペクトルを雛形にして、これを赤方偏移させた際と照合していくのです。満足いく合致を得てはじめて、偏移を決定でき距離が分かり、天体が分類され化学組成を推測できるのです。

写真等提供:東京大学宇宙線研究所
「宇宙の大構造」須藤靖(培風館)
http://sdss2.icrr.u-tokyo.ac.jp/(SDSS Japan Group site)
http://skyserver.sdss.org/jp/(SDSS SkyServer)
「宇宙はどこまで見えてきたか」野本陽代(岩波書店)
http://cfa-www.harvard.edu/(ハーバードスミソニアン天体物理学センターHP)
「ウンベルト・エーコの文体練習」ウンベルト・エーコ(新潮社)
間違い、勘違い、見当違いにお気づきになりましたら是非ご一報願います。  塩野梅也


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