んだんだ劇場2003年4月号 vol.52
No13
4章 天啓のシャワー

地球に打ち寄せる波
 私たちの感じられる光(可視光)の波長域は380〜770nm(ナノメートル:10-9m)程度、つまり10-7m代の半分にも満たない非常に狭いものです。この中に紫から赤までの全ての色彩が用意されているわけですが、太陽の熱放射スペクトルのピークとほぼ一致します。逆に言えば、太陽光線の元で生存に適するよう、我々の眼は進化してきたのでしょう。そして当然この波長域で、宇宙を観測してきました。
 しかし可視光は電磁波のごく一部でしかありません。電磁波を波長の短いすなわちエネルギーの高いほうから順に上から並べると、γ線、X線、紫外線、可視光、赤外線、電波とおおざっぱに分けられ、少なくとも10-16〜108mの範囲まで広がっています。私たちの目には映らなくとも、24桁以上の領域を知覚できる可能性があります。そして天体が可視光以外の電磁波を放射しないと考えることは、まったく理不尽です。
 法律で言うところの電波は300万メガヘルツ(3THz:テラヘルツ)以下の周波数(1秒当りの振動数)ですが、低周波のVLF(ミリアメートル波)では波長は100km(3KHz)にもなります。ほとんど音声の周波数レベルですが、無線航行などに利用され、これが一般的な利用の限界と思われます。この下に波長10万km以上の電磁波もあって地殻変動の観測などに使われていますが、さらに桁違いの低周波があってもなんら不思議はありません。音波には波動を伝える空気などの媒質が必要ですが、電磁波には無用で無限遠に作用します。銀河サイズ、宇宙スケールの電磁波が存在するかも知れません。それを捕まえたら宇宙創生の謎解きに大いに役立つかも知れませんが、波長が銀河系ほどの10万光年あったら振動数は10万年に1回、実現の見込みはまずないでしょう。
 もっとも波長100m以上の電波は、ほとんど大気に吸収されてしまいます。また、熱放射源はその温度に見合った電磁波を放射していますから、天体観測ではもっと光に近い電波帯が利用されます。
 1931年に宇宙からの電波が捕えられ、36年には電波望遠鏡が空に向けられます。そして50年からは電波源を網羅するケンブリッジカタログが作られ、クェーサーの発見につながります。これらのターゲットはFMラジオ・テレビで使用されるVHF(超短波:1〜10m)領域で、放送終了後の雑音や砂あらしは宇宙電波を反映しています。
 64年には偶然とは言え宇宙背景放射が発見され、ビッグバンが証明されます。2.7Kの温度が見えたということで、対象はさらに高周波のマイクロ波(1m以下の電波)に広がります。電波源観測ではEHF(ミリ波:1cm〜1mm)が望遠鏡や干渉計のターゲットになり、星間雲の観測にはサブミリ波(1mm〜100μm)が利用されます。
 ここからはすでに赤外線が始まっていて、遠赤外線の領域となります。温度で言えば、遠赤外線とサブミリ波でおよそ3Kから300Kに対応します。この帯域もけっこう大気に吸収されます。日本の気球を用いた遠赤外線分光観測では、銀河系における加熱された星間雲の分布が明らかにされました。背景放射にゆらぎを見つけたマイクロ波観測衛星COBE、WMAPは、赤外線観測衛星でもあり、星間雲が放つ赤外線背景放射を捕らえます。赤外線天文衛星ISOは2000K程度の褐色矮星を数多く見つけていますし、地上においては日本の誇る大型望遠鏡「すばる」が可視光以外に赤外線でも観測しています。また、全天サーベイ2MASSは、2μmの近赤外線で低温の天体を捕えるものです。

 そして人類に馴染み深い可視光の領域となり、そこを通り過ぎると紫外線です。SDSSなどでは可視光を広くカバーするように紫外線での撮像もしていますが、紫外線から上は大気がほぼ遮ります。1978年には国際紫外線観測衛星(IUE)も打ち上げられましたが、紫外線は恒星間の水素ガスなどにも吸収されるので、宇宙観測にはその上のX線領域が活躍します。
 大気に吸収されそれまで不可能だったX線での天体観測が、ロケットの登場で1960年代に実現します。いろいろな技術の革新で、90年代になって急速に進歩します。高エネルギー天文学の幕開けです。日本においても79年の「はくちょう」に始まって4年おきに「てんま」「ぎんが」と続けて、93年には「あすか」を打ち上げます。5番目のX線天文衛星になるはずだった2000年のAstoro-Eは打ち上げに失敗しましたが、ASCA(あすか)の観測は8年にもおよび、90年代後半の世界のX線天文観測を一人で背負う多大な貢献をしています。
 高エネルギーの電磁波は波動としての性格より粒子としての性格が強くなり、一つひとつの光子として捕まえることができます。X線からは波長よりエネルギーとして記述されるのが一般的で、それは温度も意味し、次の式で換算できます。
E [keV] ≒ 1.24/λ [nm] (E:エネルギー λ:波長)
 X線の波長は原子スケールと重なり、レントゲン写真からも想像がつくように、軽い分子などは透過します。それでも紫外線に近い低エネルギーの部分は物質に吸収されやすく、およそ0.1〜2KeVが軟X線と呼ばれます。0.1〜100KeV程度がX線で、特に吸収の影響を受けにくい高エネルギーのものが硬X線と分類され、星間ガスに隠された天体も見ることができます。
 ASCAに先行して1990年に打ち上げられたドイツのレントゲン(ROSAT)は、X線で全天サーベイを行い60.000個あまりのX線源を見つけていますが、2.4KeV以下の軟X線領域に照準を合わせたものです。
 ASCAは硬X線をもカバーする0.5〜10KeVの範囲で、撮像と分光を同時に行います。それまで使われてきたガス検出器をCCDカメラに替え、極めて高いエネルギー分解能力を実現しました。硬X線での撮像は世界初と言っていいもので、ガスの陰に隠れていた天体を見つけ出します。
 ガスの収縮で生まれたばかりの星(原始星)は、核融合反応を起こすには中心部の温度が低すぎ、当初は重力のもたらす収縮のエネルギーだけで光っています。その上周囲をガスで包まれていますから、可視光はおろかX線でも見るのは難しいのですが、ASCAの硬X線の目は、原始星が太陽をはるかにしのぐ爆発現象を繰り返し起こしているのを発見しました。
 また、超新星の痕跡もX線で捕えられます。爆発光は数年で見えなくなりますが、爆発で飛び散った星の残骸は、周辺の物質とぶつかって衝撃波を発生します。T型超新星ではこの衝撃波が球殻状に物質を掃き集め、10億度にまで加熱させます。これがシェル型超新星残骸で、熱が冷めるまで数万年間X線を放射し続けます。
 銀河系近くにあるおおぐま座のM81銀河で発生した超新星SN1993Jは、ASCA打ち上げ1ヵ月後のことでした。SN1987Aの際と同じく絶妙のプレゼントです。ASCAは爆発直後からX線スペクトルの連続的変化を、硬軟X線領域で取得できたのです。これから、吹き飛ばされた残骸と周辺物質の衝突によるものと、そこに後から追突してくるものによる、2重の衝撃波が確認されています。さらに、星間物質の密度やそこにある暗黒物質の量、超新星の放出残骸の密度などが求められました。
 1999年に打ち上げられたX線天文衛星「チャンドラ」も、4対の鏡とさらに向上したエネルギー分解能力を持つCCDカメラで、ブラックホールや連星と思われる点状のX線源を見つけ出します。ちなみに公募によって名付けられたチャンドラは、チャンドラセカールに由来します。恒星の進化という画期的な理論を打ち出しながら、権威に反論され天体物理学から転出せざるを得なかった、早過ぎた天才への罪滅ぼしというところでしょう。間違っても、探偵フィリップ・マ−ロウ生みの親への敬意ではありません。
 なにはともあれ、電波からX線までおよそ10桁(10-6〜104eV)で宇宙は観測されてきたわけです。

 パルサーの正体である中性子星は、U型超新星よる残骸であり、カニ星雲型超新星残骸と言えます。電波源として見つかったパルサーは電波だけを放射しているわけではなく、X線も放射していて、非熱的放射もすると考えられていています。
 実際にASCAはカニ星雲に、広範囲に広がった非熱的X線源を見つけています。しかし同時に予想に反して、パルサーを持たないSN1006のシェル型残骸も、非熱的放射をしていることが明らかになります。
 逆にチャンドラは1200万光年先の不規則銀河M82の観測で、非熱的放射と考えられていた広がりのあるX線源の硬X線成分に、鉄の輝線を見つけます。少なくとも一部分では熱放射しているということです。だとすると、数千光年にわたる範囲が、4000万度の高温ガスで満たされていることになります。
 実は、M82とM81は同じおおぐま座にある隣接の銀河です。ハッブル宇宙望遠鏡が2001年に明らかにしたところによると、2つの銀河は約6億年前に衝突したと推測されます。年老いた集団であるはずの球状星団が、青白い活発な「超星団」になっているのが観測されているのです。1億年におよぶ衝突が、激しい擾乱を呼び起こした結果でしょう。こういうところでは当然のように高エネルギー現象が起こっていて、X線を放射しているものと考えられます。
 X線領域での熱放射の模式的なスペクトル図は、連続的に変化していく山のような形になります。軟X線部分では低エネルギーほど空間物質に吸収され上昇する坂となり、硬X線部分では温度に対応して高エネルギーの強度は下降します。これが連続スペクトルです。X線領域に固有スペクトルを持つ酸素や鉄の、吸収線はそこに谷のような凹みを作り、輝線は凸っぱりとなります。特性X線と呼ばれるものです。これに対し非熱的放射のスペクトルはより高エネルギーで、凹みも凸っぱりもない直線がγ線領域にまで真っすぐに伸びます。
 非熱的放射とは、電子と電磁波の衝突によるものと考えられています。1923年にX線の散乱を研究していたアーサー・コンプトンは、X線が電子と衝突して散乱した後、X線の波長が長くなっているのを観測します。X線のエネルギーが電子に奪われたのです。これがコンプトン効果です。X線の粒子性を立証するもので、1927年コンプトンにノーベル賞が与えられました。
 もし光速に近い速度の電子と電波や赤外線との衝突ならば、収支は逆になり、高エネルギーの電磁波が生じます。これは逆コンプトン効果と言えるもので、高速の電子と紫外線やX線が入り乱れているような空間では、高エネルギーの硬X線やγ線が発生するはずです。これが非熱放射の正体と思われます。
 ブラックホールや超新星などドラスティックな反応を巻き起こすと思われる天体も、当然高エネルギーの放射をしているはずですし、安定的な温度にある熱平衡状態の天体の輻射(熱的放射)と違った、非熱的放射が起こっていると考えられます。X線やさらに上のγ線領域での観測が適当なわけです。
 アインシュタインの一般相対論が発表されすぐのこと、ドイツ軍の技術将校としてロシア戦線にいたカール・シュバルツシルトは、質点の重力場を計算して、質点の近傍に曲率が無限大になる球面が存在することを発見します。この半径がシュバルツシルト半径です。シュバルツシルト半径内に一定質量以上の天体を閉じ込めると、光すら抜け出せない事象の地平線が現れるのです。重力場を記述する最初の解で、ブラックホールの存在を示唆するものです。
 シュバルツシルトはそんな密度の高い天体が存在するとは思いませんでしたが、この結果を知らされたアインシュタインが、代わりに学会に報告します。それでも、ブラックホールの可能性は長らく注目を得ず、シュバルツシルトも戦場から帰ってすぐに病没します。
 なにも太陽質量の40倍以上の恒星による超新星爆発だけが、ブラックホールを形成するわけではありません。どんな物体でも質量があれば、それを有限のシュバルツシルト半径に縮小すると、ブラックホールになります。私たちの周りにいくらブラックホールがあってもいいわけです。ただあったとしても、小さいブラックホールが及ぼす作用範囲はあまりに小さく、知覚は難しいでしょう。
 天体としてのブラックホールも、それだけでは知覚されませんが、連星を伴ったものや銀河中心核をなすものは降着円盤が周りにでき、X線やγ線が放射されその存在を主張します。
 また、ブラックホールは降着円盤の中心軸から、垂直両方向にジェットを噴き出しています。降着円盤の猛烈な熱が、エディントン限界を超える余分なガスを弾き出しているものと思われます。このジェットは数百kpcも飛び続け、背景放射のマイクロ波と衝突し逆コンプトン効果で、X線やγ線が放射されます。ASCAは世界で初めてこの硬X線を捕えています。
 X線とγ線を波長で見るとその領域は大きく重なっていますが、X線とγ線の違いはむしろその生成が、電子の遷移に起因するものか、対消滅等の素粒子の変化に起因するかによります。高エネルギーのγ線は、素粒子的電磁波と言ったほうが的を射た表現です。
 核実験の監視にあたっていた米の軍事衛星が、1967年に偶然にもγ線のバースト(爆発現象)を捕えます。これが高エネルギーγ線天文学の嚆矢となるわけですが、γ線源はそう当たり前にあるはずもないし、バーストはあくまで突発現象です。またX線のように鏡で集光することが難しいので、γ線の検出は大掛かりになります。長らく不毛の領域でした。
 それでも、加速器で高エネルギーの実験をしていた研究者と宇宙観測に心血を注いできた天文学者が結びついて、1991年にγ線観測衛星「コンプトン」が打ち上げられます。X線観測のチャンドラは総重量約5トンですが、コンプトンは16トンもありました。ちなみにその費用は6億1700万ドルとも言われます。アーサー・コンプトンに敬意を表したこの衛星は、逆コンプトン効果もその観測対象の一部ですから適切な命名と言っていいのでしょうが、コンプトンがコンプトンの発見したコンプトン効果を観測するというのもややこしい話です。
 それはともかくコンプトンは、数十KeVから10GeVの広範囲でγ線を探索します。1997年にはハッブル望遠鏡とともに、遠方の銀河にγ線量が急激に増加するバーストを発見します。残念ながらジャイロスコープの故障で、2000年に大気圏に突入させられ9年間のミッションを終了しましたが、銀河系内で継続的にγ線を放射している170もの天体など、およそ270のγ線源を明らかにしています。
 γ線領域は、宇宙で起こっている高エネルギー現象を、直接伝えてくれる窓です。その上限はプランクエネルギーの1028eVということになるかも知れません。そこまではとても無理な話ですが、コンプトンによってすでに5桁(105〜1010eV)の窓が覗かれたわけです。コンプトンに続くγ線観測衛星として、2002年にヨーロッパ宇宙機関(ESA)が中心になって「インテグラル」を打ち上げます。日本も参加する国際協力ミッションとして、γ線バースト(GRB:Gamma-Ray Burst)を捕える「スウィフト」や、γ線の広域探査する「グラスト」の打ち上げも予定されています。
 宇宙はいろいろな電磁波で観測されてきましたが、人工衛星を使うX線やγ線での観測は、SDSSと同様、データベース化されアーカイブス(記録保管所)が作られます。観測者の占有期間が過ぎれば、インターネットで容易にアクセスでき、それを利用した研究成果を自由に発表できます。公金に頼らざるを得ない宇宙観測では、果実を独占することは許されないのです。もちろん観測者自身もアーカイブスを利用しますが、宇宙の観測行為そのものは実験物理としての色彩を強めています。
写真等提供:東京大学宇宙線研究所
http://icrhp9.icrr.u-tokyo.ac.jp/japanese/(CANGAROO HP)
http://www.astro.isas.ac.jp/asca/index-j.html(X線天文衛星「あすか」HP)
日経サイエンス 2001年7月号(日経新聞)
科学vol.69 No.11 1999年11月号(岩波書店)
間違い、勘違い、見当違いにお気づきになりましたら是非ご一報願います。  塩野梅也


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