んだんだ劇場2003年5月号 vol.53
No14
4章 天啓のシャワー

夜空を見上げるカンガルー
 1992年からオーストラリアのウーメラでγ線観測が行われています。CANGAROO(Collaboration between Australia and Nippon for a GAmma Ray Observatory in the Outback)と呼ばれるプロジェクトです。ちょっと無理がありますが、オーストラリアを代表するカンガルー(KANGAROO)にあやかっているわけです。宇宙線研や国立天文台、日豪の大学などが参加しています。
 CANGAROOは、TeV(テラ電子ボルト:1012eV)スケールの高エネルギーγ線が、大気にぶつかって発生する空気シャワーのチェレンコフ光を捕えようというものです。100GeV以上のγ線となると、その検出器は巨大になり、とても衛星には載せられません。γ線を直接捕まえるものではありませんが、これで衛星での観測が中心だったγ線観測が、地上でも可能になります。
 水中でのチェレンコフ光は約42度の円錐状に広がっていきますが、屈折率の低い大気中では1度程度で、飛来方向を確定しやすくなります。γ線源の同定は衛星より数段上回ることができます。ただこの仄かな明かりを捕えようというのですから、観測は、新月をはさんで2週間ほどの月明かりの少ない晴れた夜に限られますが。
 ウーメラはアデレードの北西500kmにある人口1700人ほどの小さな街で、ロケット発射場があることでわずかに知られています。砂漠地帯で晴天が多く、カンガルーやエミューの跋扈するところですが、人間の立ち入りは制限されています。
 当初の観測(CANGAROOT)は口径3.8mの反射望遠鏡1台です。埼玉の堂平観測所にあった用済みを、木舟正が中心になって、γ線観測用に改良して移設したものです。256個の光電子増倍管(PMT)をカメラとして、反射鏡で集めたチェレンコフ光を撮影します。膨大な費用を必要とするγ線天文衛星の代替を、見事なまでの低コストで始めたわけです。
 1999年からはこの隣に建設した7m反射望遠鏡が、512個のPMTをカメラとして、観測を始めます(CANGAROOU)。形は電波望遠鏡に似ています。パラボラのアンテナ部分が反射鏡で、直径80cmの丸いプラスティック鏡をびっしり敷き詰めたものです。構造的にもコスト面でも有利な手段です。そして先端の受信機にあたるのがPMTで、最大限の分解能を得るため8mもの焦点距離に据えられます。これでかすかなチェレンコフ光を、ナノ秒単位の超高速で撮影するわけです。翌2000年には鏡を114枚に増やした口径10mに拡張し、PMTの配列も十字形から四隅の死角を埋めた八角形の552個になります。
 これにさらに改良を加えた10m反射望遠鏡を1年に1台づつ3台建設し、2004年から4台で立体的に観測するのが、CANGAROOVです。
 米アリゾナでホイップル望遠鏡、大西洋カナリア諸島でドイツのHEGRA(High Energy Gammma Ray Astronomy)望遠鏡が、やはりγ線のチェレンコフ光を観測していて同様に次世代への革新を狙っていますが、いまのところCANGAROOが最前線にいて一人南天の空を見張っています。

 宇宙線は大気に衝突して、上空10〜20kmで2次宇宙線を発生させます。その中でも高エネルギーのものは電子や陽電子を連鎖的に生み出し、シャワーとなって高速で走ります。その際にチェレンコフ光を発するわけです。
 このもととなる1次宇宙線は、陽子が大半を占める水素から鉄までの高速の原子核か、あるいは高エネルギーのγ線です。2つがもたらすチェレンコフ光に、ほとんど違いはありません。γ線観測には1次宇宙線としての陽子がノイズになるわけです。しかも圧倒的にノイズのほうが多く存在し、γ線はほんのわずかです。
 それも1989年に米のグループが、到来方向とシャワーの形の違いから2つのチェレンコフ光を区別するイメージング法を得て、γ線チェレンコフ望遠鏡は高エネルギーγ線研究の新たな手段となります。
 1次宇宙線として原子核が飛び込んでくると、大気の核と衝突して、π中間子を多重発生させ、その中の中性π中間子がγ線に崩壊します。このγ線と電子の間で対発生対消滅が繰り返され、巨大エネルギーが細分化され、やがて大気に吸収されていきます。一方1次宇宙線がγ線の場合、π中間子はほとんど発生しません。
 これを反映して、望遠鏡を向けられたγ線源からのγ線はシャープな2次宇宙線シャワーとなり、視野約4度のPMTに外縁部から中心に向かう細長い楕円のイメージを残します。楕円の長軸は視野の中心と交わります。これに対しアトランダムな方向からやってくる陽子のシャワーはややふくらんだ楕円のイメージとなり、長軸方向もバラバラです。これをノイズとして取り除くことで、バックグラウンドが低く抑えられ、γ線の地上観測が可能となったのです。
 もっとも、カミオカンデの陽子崩壊実験で邪魔者にされたニュートリノが見事な果実を結んだように、このノイズの高エネルギー陽子が宇宙科学の新しい主役になる可能性は十分にあります。それはともかく、まずはγ線です。

 そもそもγ線はどこからやって来るのか、考えられる候補には、パルサーや超新星残骸、活動銀河などがあります。コンプトン衛星は1GeV程度のγ線源を300個近く発見しましたが、このうち約100個は活動銀河、6個はパルサーと推定されます。
 電波源として見つかったパルサーは当初異星人の発する信号と考えられたほどですが、X線領域でも放射している自然現象と分かると、高速回転する強磁場高密度の中性子星が生みだすダイナミックなメカニズムが考えられました。そこでさらに上のγ線を放射するような激変が起こっていても、なんらおかしくありません。
 CANGAROOTは、コンプトンが見つけた6個のパルサーの3個から、γ線を検出しています。そのうちの1個であるカニ星雲は、すでにASCAが非熱成分のX線が広範囲に放射されているのを発見しています。
 これは次のように推測されます。凝縮された強い磁場を持って高速回転する中性子星は、強力な電場を誘導し付近の電子や陽子を加速します。光速に迫るパルサー風です。人口の加速器と同じことで、電波やX線のシンクロトロン放射が起こります。これが謎の電波の正体と考えられます。そしてパルサー風は周囲の星間物質を掃き集め、パルサー星雲を形作ります。このパルサー星雲とパルサー風の境界面では衝撃波が生じ、荷電粒子を加速して、非熱的高エネルギー電磁波の放射となります。
 ASCAは、SN1006の超高温状態にあるシェル型残骸に、熱放射だけでなく非熱的なX線放射も観測しています。そこでの最も強いX線放射部分から、今度はCANGAROOTがTeVスケールのγ線を捕えます。1次宇宙線の1%を占める電子が超新星によって加速されていることは分かっていましたが、爆発の衝撃波が電子を加速し、直後にγ線が放射されるのを確認したのです。
 パルサーでも超新星残骸でも、加速された電子が宇宙背景放射の2.7k電磁波やシンクロトロン光と衝突して、逆コンプトン効果で高エネルギーγ線を散乱させると考えられます。
 実際にCANGAROOTは、X線で見て最も明るい場所、すなわちパルサー誕生地点とγ線最頻点源に、0.13度のずれを見つけています。加速を受けた高エネルギー粒子がシンクロトロン放射し、数年の距離を隔てた後に、背景放射と逆コンプトン散乱している証明と言えるかも知れません。
 1996年に発見された超新星残骸 RXJ1713.7-3946 はSN1006と同様のシェル型で、電子に起因すると見られるγ線が観測されていました。が、γ線のスペクトルを詳細に検証したCANGAROOUの観測では、電子には由来しないγ線を見つけます。考えられるのは陽子です。榎本良治らのグループは、超新星の衝撃波が電子の2000倍近い質量を持つ陽子をも高エネルギーに加速し、周辺の分子雲と衝突してγ線を発生させているのを発見したのです。
 宇宙線の9割がたは陽子ですが、陽子がいったいどこで加速されて地球に到達するのか不明でした。CANGAROOUの観測は、銀河系内の宇宙線の起源に、超新星残骸を強く示唆するものです。少なくとも超新星が、宇宙線を作り出す巨大な加速器であることは間違いありません。ただ、現在知られている超新星残骸だけで説明できる宇宙線のエネルギーは、現実にはほど遠いようです。
 また、活動銀河の中心にあると考えられるブラックホールは、降着円盤の中心から垂直両方向にジェットを噴き出していますが、エディントン限界を超える質量が放射圧となってそうなるのか、強烈な磁場がそうさせているのか、よく分かっていません。このジェットが担っている正電荷が、陽電子なのかプラスイオンなのかも分かりません。もし陽電子であれば、電子との対消滅が起こり511KeVのγ線が放射されるはずです。プラスイオンなら、ハドロンの相互作用で中性π中間子が崩壊して100MeV付近にピークを持つγ線が放出されるはずです。いずれにしろ天文衛星のγ線観測で答がでるでしょう。
 残念なことに、地上観測でこれらを見つけることは不可能です。天文衛星ではおよそ30GeV以上のγ線となると捕捉が難しくなりますが、地上観測では逆に低エネルギーのものが困難になります。CANGAROOUの7m望遠鏡で300Gev程度の観測をしていますが、10m望遠鏡になって100GeV領域まで範囲を広げています。これを4台まで増やして、つまり受光面を4倍にして、より微弱なチェレンコフ光を捕まえようとするのがCANGAROOVです。
 複数での立体的な観測(ステレオ観測)は、飛来方向の決定も、0.2度から0.05度まで向上させます。ノイズの除去も格段に向上します。衛星での観測より数段優れた精度で天体を同定できるわけです。広がりのあるγ線源や背景放射としてのγ線を検出できる可能性もあります。CANGAROOVは、南天での高エネルギーγ線源の、いままでない精細な2次元マップを実現するでしょう。ホイップルやHEGRA、あるいは天文衛星との連携や他波長領域との比較で、新たなγ線発生機構が発見されるかも知れません。

最高エネルギーの宇宙線
 γ線は素粒子的電磁波であり、高エネルギーになると素粒子を対生成し、粒子の崩壊はγ線の放射となって現れます。電磁波γ線の観測は、そのような高エネルギー現象を明らかにするのに有意義なわけですが、粒子を観測して高エネルギー現象の解明に努める試みもあります。
 スペースシャトル・チャレンジャーに搭載した大型検出器は、1〜2TeVの粒子を94時間で10万個あまり捕えましたが、これ以上の高エネルギー粒子に対しては感度が悪く、また数も極端に少なくなると思われます。宇宙での高エネルギー観測も、せいぜい100TeVあたりまでが限界で、これを超すエネルギーは地上での空気シャワー観測が妥当と考えられます。
 日本においてもすでに1979年から、山梨県明野村に設置した装置で、広域の空気シャワー観測が行われています。SN1987Aのγ線観測も行われましたが、ターゲットはもっと上のエネルギー領域で、そのまれな現象ゆえの広域観測です。一点に絞った観測に適しているとは言い難く、点源としてのγ線探求はCANGAROOに受け継がれます。
 一方、1990年からはこれを発展させたAGASA(Akeno Giant Air Shower Array)が完成し、エネルギー領域を拡大、視野100km2という広範囲での高統計観測が可能となります。近隣の高原に約1km間隔で、111台の電子成分検出器と27台のμ粒子検出器を配列(array)し、光ファイバーで結ばれてデータを取得しています。電子成分検出器は特殊プラスティックでできた2.2m2のシンチレータで、空気シャワーの電子を捕えます。粒子の数からエネルギーを推定し、到着時間から飛来方向を推測します。
 AGASAが観測エネルギー領域を広げたといっても、捕えられるのは1019eVあたりが限界と考えられてきました。高エネルギーの宇宙線核子は宇宙背景放射の電磁波と作用して、π中間子を放出して崩壊します。これにより地球で観測されるエネルギースペクトル図は、5×1019eV付近から急激に下降します。これがGZK cut off(グレーセン・ジョセピン・クズミン限界)と呼ばれるものです。
 小糠雨も猛スピードの車には篠突く雨になるような現象で、特殊相対論の示すところですが、AGASAは10年間で10個もの1020eVを超える宇宙線を捕えます。ランディ・ジョンソンの時速160kmの豪速球が持つエネルギーを、たった1個の粒子が担っているのです。世界中の研究者に衝撃を与えた出来事です。
 2007年実現予定の、CERNの陽子衝突型加速器LHC(Large Hadron Collider)で生み出せる衝突エネルギーがやっと14TeVで、実際の素粒子生成に使われるのは2TeVほどす。人工衛星や気球で1015eVあたりまでのスペクトルも測定されていますが、あと5桁上をいくものです。1020eV付近は最高エネルギー(Extremely High Energy)と呼ばれ、人類の経験できる限界領域と考えられます。さらに5桁上の1025eVは、大統一のエネルギー領域です。
 1年間に1回、1km2に換算すれば100年で1回の、極めてまれな現象ですが、近辺に高エネルギー発生源を特定できないとなると、相対論を否定しかねない現象です。宇宙空間をあまねく満たしている2.7kのマイクロ波や赤外線をかいくぐって、最高エネルギー宇宙線が遠方から飛来するなどということは、許し難いのです。宇宙線が陽子だとすると、約1.5億光年が限界です。
 銀河系内も銀河間も、磁場を有していて荷電粒子を曲げますが、1020eVもの高エネルギーになると、その影響を無視できるほどの直進性を持ちます。AGASAが捕えた10個の最高エネルギー宇宙線は、正しくその飛来方向を指差しているはずです。しかし捜索範囲を3億光年に広げても、不審宇宙線の飛来方向に、それらしき天体を近隣から見つけることはできません。
 特殊相対論には適用限界があり、最高エネルギー宇宙線はそれを超えていて、宇宙奥深くからやって来るとの仮説もありますが、現状では相対論が間違っているとは考えにくいので、発生源は近辺に求めざるを得ません。
 考えられる1つが、未知のメカニズムが粒子を加速し最高エネルギーにしている、というものです。もう1つは、宇宙初期の相転移の際に粒子化された化石粒子が、今になって崩壊し最高エネルギーを放射している、というものです。
 宇宙物理を専門とするものは前者を期待し、素粒子物理からは後者を期待する傾向があるようです。どちらにしろ、その分野に新しい地平を開くことは間違いないと思われるからです。未知の加速メカニズムには、激しいγ線バーストや活動銀河核が有力視されています。素粒子の崩壊では、モノポールや宇宙ひも、未知の超重粒子が候補にあがっています。
 大型加速器からも分かるように、粒子の加速は作用を受ける範囲と相関します。もし最高エネルギー宇宙線が加速によるものならば、それを生みだすような天体はかなりの大きさを持っているはずで、とっくに見つかってよさそうなものです。この点では素粒子崩壊説が優勢に立っているのかも知れません。
 AGASAは世界の最先端をいく実験で、他の追随を許さないイベント数を得ています。その中で、1019.6eV以上の高エネルギー宇宙線の中に、2イベントが同じ点源から飛来しているように思われるものが5組見つかります。3イベントが同じと思われるものも1組見つかります。
 まれな現象が広大な天球で、偶然に重なるとは考えにくいことです。しかしAGASAの方向分解能は2.5度でしかありませんし、疑われる天体も見つかっていません。最高エネルギー粒子の有意な解析のためには、さらなるイベントを集める必要があります。それも桁違いの数が必要で、如何せん1年に1個程度の収穫では追いつきようがありません。このまれな現象をもっと効率よく捕まえるには、検出器の精度を高めるとともに、観測対象を圧倒的に拡大するしかありません

 宇宙線望遠鏡計画(TA:Telescope Array)は、大気透明度が高く乾燥した米ユタ州の砂漠に大口径・広視野望遠鏡を約30km間隔で10基(ステーション)配置し、空気シャワーの発する蛍光を捕えようとするものです。日米豪の国際共同実験ですが、AGASAの功績を継ぐものであり、日本が主力となって10台中8台の望遠鏡を建設します。宇宙線研がホスト機関です。
 18枚の6角形鏡で構成された口径3mの球面反射鏡を、40台外向きに円形2段に並べて、1ステーションのずんぐりした円筒形の望遠鏡となります。この40個の複眼で、全方位360度、仰角3〜36度、深度約60kmの夜空を見張ります。これ1ステーションで山梨県全体を覆ってしまいます。10ステーション全部では、観測面積がAGASAの600倍の6万km2にもなります。日本国土の6分の1相当です。体積となると1兆トンです。
 最高エネルギー宇宙線が押し出す空気シャワーの中の電子は、大気中で微かな蛍光を発します。大気によるシンチレーションです。CANGAROOが捕えるチェレンコフ光の地表への投影は数百mですが、シンチレーション光は等方的に放射され、数十kmの遠方からの観測も可能です。この紫外光を反射鏡で集めます。256個のこれまた6角形の2cmPMTで構成された超高感度カメラが、可視光をフィルターで遮断した上で、その軌跡を撮影します。ステーションの天井中央部からは紫外レーザーレーダー(ライダー)が射出され、大気の透明度を測定します。
 TAの観測は月の出ていない晴夜に限られますが、検出器の精度を高め観測対象を膨大にすることで、AGASAの60倍の頻度で最高エネルギーを捕えようとするものです。広大な面積を相手としますから、遠隔で管理運営されます。
 大半は複数の望遠鏡で観測されるので、空気シャワーを立体的に再現できます。角度分解能は0.6度以下、エネルギー分解能は6%以下を目指しています。
 最高エネルギーの宇宙線は陽子や原子核、γ線などですが、空気シャワーを立体的に再現することは、宇宙線の特定に結びつきます。またもし、横向きに走るシャワーや、下から上へ向かうシャワーが見つかったら、それはγ線や陽子の、まして原子核のなせる業ではありません。滅多な確率ではありませんが、厚い大気や地中をすり抜けて空気シャワーを押し出せるのは、ニュートリノだけです。
 最高エネルギーのニュートリノやγ線の発見は、モノポールや宇宙ひもの崩壊の証拠となります。しいてはビッグバン時の超高温を証明するものであり、大統一理論に指針を与えるものとなります。

 TAは予備段階としてまずユタの地に、AGASAの9倍の有効面積を持つ地表検出器と方位角120度のステーション望遠鏡を建設し、ハイブリッドの観測を目指しています。
 地表検出器はAGASA同様のプラスティックシンチレータで、24×24の碁盤目状に576個配置し、760km2の視野で電子を待ち受けます。1個3m2あり、設置間隔を1.2kmに広げても、最高エネルギー領域においてはAGASA同等のエネルギー分解能を保持します。が、捕捉シンチレータ数が減少する分、検出の下限はAGASAの1018eVから1018.5eVへと若干上がります。この地表検出器群を囲むように、3方向からステーション望遠鏡がその上空を見張ります。
 ハイブリッドで観測することで、検出有効面積はAGASANOの12倍となります。つまり、3年の観測で35個ほどの最高エネルギー宇宙線を捕まえようとしているわけです。
 ユタ州ではすでに1980年代からFly's Eye(昆虫の眼)、その後継のHiRes(High Resolution Fly's Eye)が大気蛍光観測をしていて、この分野のパイオニアです。2002年、HiResのグループが発表した最高エネルギー領域のスペクトル図は、1イベントを除いてGZK限界に収まるもので、AGASAの観測と相違しました。
 ただHiResのエネルギー測定は系統的に低く抑えられている傾向が見え、これを25%ほどかさ上げすると、AGASAの結果と非常に良く一致します。もともと複眼での観測を前提にしたHiResですが、この結果は2ステーションでの単眼観測です。エネルギー測定や大気の較正に改善の余地があり、今後の修正ではAGASAを補強するものとなる可能性もあります。しかしAGASAもHiResも、GZK限界を否定や肯定できるほどの決定的材料を持っていないのが現状です。
 TAはこれを決着させます。空気シャワーを複眼でかつ立体的に捕え、地表検出器の補正を受けることで、より正確なエネルギーが求められます。シャワーは親粒子の違いによって、発生の高度や中心軸方向の発達の仕方、軸垂直方向の広がりの分布が変わってきます。シャワーの正確な再現で、1次宇宙線の特定も可能となります。
 アルゼンチンでも、高エネルギー源天体の探索計画(Auger計画)が、TAに先行して進行中です。12m3の水タンクを1600基配置して、高エネルギーのμ粒子が放つチェレンコフ光を観測するもので、TAの4倍の感度を持ちます。TA最大のライバルですが、視線は銀河系中心部を含む南天に向いています。
 TAは北天での調査を担当します。天体の同定には銀河磁場の影響の少ない北天が有利と言えます。エネルギー測定も片やμ粒子、片や電子です。2つの計画が違った仕方で競争しながらも協力し合うことで、全天での高エネルギー源もGZK限界の存否も、明らかになっていくでしょう。

参考資料・写真等提供:東京大学宇宙線研究所
「宇宙線望遠鏡計画」宇宙線望遠鏡グループ(東大宇宙線研究所)
http://www-ta.icrr.u-tokyo.ac.jp/(宇宙線望遠鏡HP)
http://crsgm1.crinoue.phy.saitama-u.ac.jp/(埼玉大学理学部物理井上研究室HP)
間違い、勘違い、見当違いにお気づきになりましたら是非ご一報願います。  塩野梅也


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