んだんだ劇場2003年7月号 vol.55
No16
5章 重力波を掴む夢

復権のマイケルソン実験
 電弱力を統合し標準模型を作り上げたワインバーグですが、標準理論が自然に対する最終回答だとはもちろん思っていません。ワインバーグは素粒子の標準模型を超える、つまり大統一理論へのステップとして、3つの課題を挙げています。ニュートリノ質量、陽子崩壊、そして重力です。
 ヒッグス粒子は、14TeVのエネルギーを生みだすCERNの陽子衝突型加速器LHCで、見つけられるものと考えられていますが、その発見は標準模型の補強でしかありません。ここからの飛躍にはもっと高エネルギーでの検討が必要になります。超対称性の検証はTeVスケールで可能かも知れませんが、大統一となると、人為的な実験は到底不可能です。
 しかし、ニュートリノ質量、陽子崩壊、重力は人工的なエネルギーに頼らなくとも、検出の可能性があります。すでにニュートリノに質量があることははっきりしていますし、その上限値(質量の二乗差)も絞り込まれています。陽子の崩壊はいまだ見つけられていませんが、そのすぐ近くに来ているのかも知れず、100万トンの水チェレンコフ望遠鏡ができれば見えてくる可能性は十分にあります。残るは重力です。
 ニュートンの万有引力の発見以来、重力の存在は確固たるものですし、日々我々の実感するところのものです。しかし重力をもたらしているものが何かは、アインシュタインが重力波に言及するまで不明でした。

 1880年代にアルバート・マイケルソンは、光を伝える媒質エーテルを検出しようと、精密な実験を試みます。光をハーフミラーで2つに分け、直角に同距離走らせ、鏡に反射させて戻し、もう1度合体させるるものです。2つの方向で光の速度が変われば、合体した光は干渉を起こすので、それを測定します。これがマイケルソン干渉計です。
 光がエーテルを伝わってきているのなら、遠くの恒星までエーテルで満たされていることになります。すなわち、この宇宙にはエーテルを静止状態に置ける絶対的な系があり、地球はエーテルの海をかきわけて公転運動している、考えられました。公転方向とその垂直方向では、当然光の速度は変化するはずです。
 マイケルソンは光速度の測定で長らく世界の頂点にいて、1907年には米国初のノーベル物理学賞を得ていますが、この実験はうまくいかず、エドワード・モーリーも加わった1887年の実験は8桁目にも違いを見つけられず、エーテルを検知することはできませんでした。
 このマイケルソン=モーリーの失敗実験に光を当て、後世に名を残す著名な実験に変貌させたのがアインシュタインです。検知もできないエーテルという媒質を仮定することを止めて絶対静止系を否定し、光が唯一絶対的な基準であり真空中を一定速度で進み何ものもこれを超えられない、としました。
 そしてこの特殊相対性理論に重力を組み込んだ一般相対性理論では、重力は時空のひずみであり、その変化は波として光速で伝わる、と予言します。これが重力波で、時空のさざなみと言えます。重力はニュートンが考えたような瞬時に伝わる遠隔の力ではなく、重力場というフィールドを順次伝わっていく近接の相互作用なのです。
 質量を持った物体は、人が乗ったトランポリンのように、周りの(時)空間を歪ませます。逆に言えば、空間の歪みが質量であり物体でありすなわちエネルギーである、となります。この歪みの元が加速度運動すると、周囲に波動となって歪みが伝わっていきます。すなわち2点間の距離を振動させるのです。
 電磁波と同じく無限遠に作用し、強い透過力を持つ重力波は間違いなく我々のもとに達しています。その重力波を捕えることは、強力な重力場における一般相対論を初めて検証することになります。ただ電磁力より40桁も小さい重力が、目だった歪みを作るなど、通常の物体では考えられません。我々が日々重力を感じられるのは、電磁力と違って重力は引力だけであり、足元の地球全質量の引力が足し算されるからです。

 検出の対象となる重力波源は並大抵の天体では無理ですし、球対称の運動も重力波を放出しません。時間的空間的に変化する巨大質量でなければなりません。対象としては、ブラックホールや中性子星の合体、U型の超新星爆発などが考えられます。銀河の衝突などは、その過程の時間スケールが人類とは合いません。コンパクトだが重く、激しい変動を伴うことが要件です。
 宇宙線研の重力波グループが一般向けに出題したクイズがあります。
「ループを走るジェットコースターとメリーゴーランドでは、どっちが大きな重力波をだせるでしょう?」
 答はメリーゴーランドです。大人も絶叫するジェットコースターのループではなく、幼児が歓声を上げるメリーゴーランドの方が大きな重力波を出すのは、重力波が4重極子の波だからです。ちなみに電磁波は陰陽の双極子です。4重極子が大きな変化を生む典型的な運動は、ダンベルのような両端の重い物体の相互の回転です。つまりメリーゴーランドであり、天体に当てはめれば、連星をなす中性子星です。
 超新星爆発も強力な重力波を放出するものと推測されますが、中心にコアを残すU型でなければなりません。それも完全な球対称であってはいけません。いびつなコアのいびつな質量分布が高速回転することによって、重力波が放出されるのです。
 アインシュタインの予言から約90年ですが、重力波はいまだ捕らえられていません。たた間説的には、1974年にラッセル・ハルスとジョー・テイラーが連星パルサーPSR1913+16を20年以上観測し、その存在を証明しています。公転周期が減少していくのを見つけて、連星が重力波を放出して公転の運動エネルギーを奪っている、との解析がされたのです。二人には1993年にノーベル賞が授与されます。しかし重力波を直接掴まえることは至難の業です。
 重力の微かなさざ波をいかにして捕らえるか。一つに共鳴型検出器があります。弾性体が重力波に共鳴して起こす振動を捉えようとするもので、1960年代から試行錯誤していますが、観測周波数帯が狭くバースト波しか検出できず、ノイズの分離が難しい面があります。現在主流になっているのは、2点間の距離の変化を精密に測定するマイケルソン型干渉計です。
 仕組みはエーテル検出器と変わりません。2本の光路をL字型に直行させ、干渉を観測します。ただ、比較にならない精度が要求されます。なにしろ10億光年先でブラックホール同士が衝突したとして、地上での空間の変化率は10-21です。地球太陽間で言えば水素原子1個分です。こんな信じ難い違いを浮き上がらせるために、光源は高出力のレーザーで、できるだけ長い距離(基線長)を走らせ、ノイズとなる振動や熱は排除されなければなりません。
 重力波は直角方向で位相が半周期ずれます。このマイケルソン干渉計に真上から重力波が押し寄せると、一方向の距離が伸び、その垂直方向が縮む振動が起きて、レーザー光の干渉を生み検出されるわけです。もし不幸にも干渉計の水平方向からやってきたら、せっかくの重力波も感知できません。それもL字の中間角度からでは、どんな強力な重力波もないも同然です。
 そんな不運はさておき、垂直関係にある2点間の距離をこれほど正確に計測する行為は、この空間が本当に等方であるのか、検証することになります。相対論は宇宙が等方であることを前提にしています。つまり、宇宙に絶対的な系はなく特別な場所もない、すべてが相対的に記述できる、ということです。
 マイケルソン=モーリーのエーテル検出実験は、結果的にそれを8桁まで確認したわけですが、空間の等方性を証明したわけではありません。1979年にはブリエ=ホールの実験では、10-15まで確かめられます。しかし10-16もそうである保証はありません。
 重力波の存在を疑うものは皆無と言っていいですが、空間の等方性には根強い疑義があります。ビッグバンが起こった地点は特別な場所とも考えられます。水平に見える水平線が実際は湾曲しているように、巨大な膨張が空間の異方性をただ薄めているだけなのかも知れません。16桁目や21桁目、あるいは40桁目に、その違いが浮かび上がる可能性を否定できません。
 マイケルソン=モーリーの実験はエーテルの検知には失敗しましたが、アインシュタインの相対論を生む重大な成果を成し遂げました。それから120年後の今、その相対論の正しさと限界を指し示すのも、やはりマイケルソンの実験です。

 世界4箇所で、重力波を巨大なマイケルソン型干渉計で掴まえる試みが進行中です。なんとかして、重力波望遠鏡を手に入れようとしているのです。
 米のLIGOは、L字形の1本のアーム(光路)が4kmの基線長です。これを米本土の北西端ワシントン州と南東端ルイジアナ州に、それぞれ建設します。3000km離れたステレオ観測で、地震などの局所的な効果を排除して、発生源を精度よく特定しようとしています。総予算額は500億円とも言われます。
 イタリアのピサではフランスと協力した、やはり基線長4kmのVIRG0計画が進行中であり、ドイツのハノーバーではイギリスと共同で基線長600mのGEOが建設され、最初のテストランが2002年に行われています。
 そして日本では、国立天文台の三鷹キャンパスで基線長300mのTAMAが稼動しています。
 基線長は望遠鏡の口径のよなもので、大きいほど遠くからの重力波を捕らえることになります。4kmのLIGOやVIRGOは、波長30m〜3万km(10MHz〜10Hz)の重力波を感知し、太陽質量の1.4倍程度の中性子星の連星が合体したとすると、発生源を7000万光年の範囲で見つけます。ここには乙女座銀河団も含まれますので、連星中性子星の合体もそれほど珍しいことではなくなります。
 GEOやTAMAでは、アンドロメダ局部銀河団を含む300万光年がその範囲となります。ちなみに銀河系やアンドロメダ銀河での連星中性子星の合体は、100万年に1度と見積もられています。
 とてもTAMAに勝ち目はなさそうですが、1000時間に及ぶ安定した長時間観測をし、実際の重力波に感度を持った、世界最高かつ実用段階にある唯一の実験です。銀河系内の重力波イベントなら掴まえられる可能性は十分あります。感度は2003年に稼動を始めたLIGOに破られますが、LIGOとの同時観測が可能になったことで、さらなる精度向上が望めます。
 もっともLIGOの第1期実験(基線長3km)でもチャンスは250年に1回程度と見られ、よっぽどの幸運に恵まれない限り、今のままで重力波を掴まえるのは難しい状態です。その上このかすかなさざ波は、容易にノイズのバックグラウンドに隠れてしまいます。これを浮き上がらせるには、TAMAでも最低2桁の能力改善が欲しいところです。
 いままで誰も釣り上げたことのない大魚を狙って、入念に仕掛けを考え、竿を作り浮を用意し釣り糸を垂れたが、釣れるとは露も思っていない釣り人です。あまつさえ、たとえ喰いつかれても気付かないかも知れません。重力波検出の先陣争いはまだ先の話で、まずは共鳴型検出器も含めて世界で協調して能力を上げ、臨戦態勢を整えるのが先決ということでしょう。

蟷螂の斧TAMA300
 TAMA300には、国立天文台がホスト機関になって、宇宙線研をはじめ東大、京大、電通大、高エネルギー加速器研究機構などの国内の重力波グループが参加しています。
 この重力波望遠鏡は、光路である直交する2本のアームをレーザーが何度も往復する、ファブリーペロー共振器を備えたマイケルソン干渉計です。かすかな重力波を短い基線長でも感知できるように、増幅するわけです。安定した高出力が望める赤外線レーザーが光源です。空気のゆらぎや散乱を防ぐため真空にされた中で、レーザーをプリズム(ビームスプリッター)に当て、直角2方向に分け同距離走らせます。
 強力な重力波が飛来すれば、2つの光路の一方を伸ばし一方を縮めます。結果干渉が起こるわけですが、重力波効果を2倍にするものであっても、あまりに小さい作用です。地面のゆれでも鏡の熱振動でも2点間の距離は変わり、重力波の効果は簡単にノイズに埋もれてしまいます。それを防ぐにはなにより基線長を伸ばすことですが、物理的コスト的制限があります。
 ファブリーペロー共振器はアームをおよそ300回往復させ距離を稼ぎ、重力波効果を増幅します。この際、鏡を直接揺するようなノイズも増幅されてしまい、共振を維持できなくなるロックの外れた状態となるリスクも持ちます。ロックを維持できればそれ以外のノイズは一定のままと推測されるので、SN(信号対雑音)比は改善されます。SN比が大きいほど、はっきりと重力波が見えてくるのは当然のことです。
 同時に、レーザービームの乱れを共振させて整形するモードクリーナーや、戻ってきたビームを利用してレーザー出力を補強するリサイクリングなどの行程を経て、干渉を観測します。シグナルがノイズの10倍(S/N=10)を超えることが期待できる、我々の近くでの連星中性子星の合体はTAMA300で見られるはずです。
 発生源の質量が大きくなるほど、ピークの周波数は下がります。低周波の検出能力が、重力波望遠鏡の感度と精度を決めることになります。逆に高周波領域は、合体前後の様子を伝えてくれるでしょう。
 現在ターゲットにされている重力波は、数十Hz以上の周波数です。このかすかなシグナルをバックグラウンドに隠してしまうノイズは、100Hz以上の高周波部分では、レーザー光の放射圧です。30〜100Hzの中ほどでは、鏡の熱振動が邪魔をします。そして肝心の30Hz以下の低周波部分が地面振動です。まぎらわしいノイズを抑えるためにはまず、装置を地面のゆれから守らなければなりません。
 計測の基点になるのは鏡やスプリッターですから、わずかなゆれも許されません。最悪でもレーザー波長(1μm)の10分の1以下に安定させる必要があり、防振を施した装置からワイヤーで多段階経て懸架されます。
 装置は、振り子を逆さに立てたような倒立振り子を柱として、支えられます。接地面が自動車のサスペンションのような弾性のジョイントになっていて、水平方向のゆれを重力を利用して吸収します。鉛直方向のゆれは、特殊な形の板バネから吊り下げることで防ぎます。
 これらは受動的に防振してくれるわけですが、ある周波数では共振を起こしゆれを増幅してしまいます。その際は高導電の金属と永久磁石の組み合わせで、振動のエネルギーを熱に換えて捨てます。あるいは高性能センサーでゆれを感知し、アクチュエータ(エネルギーを動力に変換して微調整する装置)で能動的に制御する方法もあります。これらを複数組み合わせて、1Hzの地面振動を1000分の1、10Hzは10-11まで押さえ込もうとしています。
 中ほどでのノイズとなる鏡自身の熱振動は、熱伝導率が良く熱振動が少ないサファイヤを鏡の素材とすることで防ぎます。これは将来、鏡を冷却することを念頭に置いた選択です。
 光源となるレーザー光も電磁波ですから、量子的なゆらぎを持ちノイズとなります。これはレーザーの出力を上げることで減らせますが、あまり高出力では鏡自身が放射圧でゆれてしまいます。高周波部分でのノイズです。ゆらぎと放射圧は不確定性の関係になりますから、最小値になるよう調整する他ありません。もっともTAMAの10W程度のレーザーでは、放射の効果を無視できます。

 1995年に建設が始まったTAMAは99年から実験を開始し、2001年には世界最長の観測を記録しています。03年にLIGOが稼動するまで世界最高の感度でした。いつ到来するか分からない強い重力波を捕えるには、ノイズに耐える連続観測と幅の広い感度が必要になるわけですが、発生メカニズムの把握も重要となります。
 ハルスとテイラーが連星パルサーの観測で重力波を証明したことからも分かるように、最も理解が進んでいるのが連星中性子星の合体です。重力波の波形を精細に予測でき、なおかつ大きな振動を望めます。
 互いの周りを回る回転運動は重力波を放出し、その分軌道半径を縮め回転速度を増します。いよいよのクライマックスとなると、回転周期はミリ秒単位になり、重力波の振幅は増大し周波数も急上昇します。これが連星中性子星合体「最後の3分間」のシナリオです。その際の周波数帯はソプラノに近く、尻上がりに急激に高音となり途絶えることになるので、チャープ(chirp:さえずり)と呼ばれます。実体は連星の断末魔の叫びといったところでしょう。
 チャープは発生源の質量のみで決まります。つまりその振幅と周波数を調べることで、連星の質量を推定できます。質量が分かれば、それが生みだす重力波が分かります。検出された重力波と比較することで、発生源までの距離が求められることになります。
 もちろん連星中性子星でなく二重ブラックホールでも、その合体はより容易に捕えられます。また連星合体後にブラックホールを形成するならば、直後に振動が起き、重力波を放出します。これを観測することは、ブラックホールの形態や巨大重力場の様相を知ることにつながります。さらにはブラックホールに吸い込まれる、星の消滅を捕えることもできるかも知れません。
 もっとも、銀河系内の知られた連星の中でも、近々の合体が予測されるPSR1913+16が3億年後です。1つの銀河当たり、連星中性子星が合体する確率は100万年に1回と推測されています。遠くの連星では合体が起きても知りようがありませんし、近所に近々合体予定の連星が知られることもなく住んでいるとも考えにくい。天体やガスに隠れて見えない所で、今まさに連星が100万年に1度の合体をしようとしているなら、透過性のある重力波は何ものにも邪魔されず、大きな歪みを地球に運んできます。そんな僥倖がないとは言い切れませんが、TAMAが中性子星の合体を見ることはほぼ不可能でしょう。
 しかし、1銀河当たり数十年に1回と、いつ起きてもおかしくない超新星爆発は別です。質量や距離に依りますが、銀河系での爆発は10-20程度の歪みをバースト波として地球にもたらすと思われます。これを捕える能力をすでにTAMAは身に付けています。SN1987Aがカミオカンデにニュートリノ天文学をもたらしたように、TAMAに重力波天文学創始の名誉を与えるかも知れません。
 ただ、この際の重力波の波形がどのようなものか、中性子星の合体ほど詳細には分かっていません。ミリ秒単位の爆発は数kHz程度が上限の重力波を放出するのでは、と推測されています。そうならば、TAMA以外のレーザー干渉計や共鳴型アンテナでも捕えられる可能性があります。ニュートリノは重力崩壊で弾き飛ばされていく衝撃波の様相を伝えてくれましたが、複数での重力波観測を解析できれば、重力崩壊したコアの中の様子まで教えてくれるでしょう。
 他に、パルサーが放出していると考えられる連続波もターゲットで、共鳴型検出器でも観測が試みられてきました。さらには、銀河系のハロー部分に存在すると思われる連星MACHOや宇宙ひももそうで、ここからのシグナルは初期宇宙を知る重要な手がかりとなります。
 しかし、これもそれも重力波を掴まえたらの話です。残念ながら今の段階では、重力波を掴まえるのは雲を掴むような話です。勇敢なるTAMA300は、蟷螂が斧を以って巨大重力波に対峙しています。これを少しでも現実的にするには、干渉計の能力を上げて、広い範囲を高い精度で見張るしかありません。

冷たい望遠鏡LCGT
 1999年、TAMA300のプロトタイプ(原型)だった20m干渉計が、三鷹の国立天文台から神岡鉱山地下1000mに移設されます。カムランド(カミオカンデ)の南にスーパーカミオカンデがあり、そのまた南に位置します。ここが地上より2桁も地面振動が少なく、温度が安定していることが移設の理由です。
 低周波の感度を上げるには、なにより地面からの防振です。神岡鉱山の主力であった亜鉛・鉛の鉱石採掘は2001年で中断されていますが、石灰石の採掘はまだ続いており、発破が使用されることもあります。当然たいへんなノイズとなりますが、三鷹のような四六時中のものではないパルス的なものですから識別は容易です。
 20m干渉計は、2000年には世界に先駆けて1日以上の連続稼動(ロック状態)を記録します。01年には、地球潮汐が約12時間周期で基線長を伸縮させているのを見つけます。海面ならいざ知らず、月や太陽が及ぼす日常では感じられない20cm程度の地殻の脈動を、10-8の歪みとして捕えたわけです。20mの基線に対し10nmを見分ける精度の成果です。もっとも、重力波はこの12桁先です。

 TAMAのプロトタイプの20m干渉計は、近い将来の実現が望まれている、基線長3kmの低温重力波望遠鏡LCGT(Large scale Cryogenic Gravitational wave Telescope)のプロトタイプでもあります。TAMAもLCGTのプロトタイプと言えます。
 TAMA300の2桁上をいく感度を求めるなら基線長は30km欲しいところですが、そんなことは空間的にもコスト的にも望むべくもありません。現実的な解決策として、基線長は10倍の3kmとし、鏡の変動は10分の1に押さえ、合わせて2桁の改善とします。そのため、できるだけノイズを排除しなければなりません。重力波の検出はノイズとの闘いです。
 LCGTは鏡の変動の主要な原因である、鏡の熱振動や吊るされた鏡の振り子運動の熱振動を除去するため、装置を丸ごと冷却する世界初の低温干渉計です。
 LCGTは、神岡鉱山の既存の坑道とそれに直角の新たな掘削で、1辺3kmの光路をL字型に配置します。余談ですが、神岡鉱山にはこの他にも暗黒物質の観測装置も建設されていて、スーパーカミオカンデやカムランドなどとともに、神岡を鉱山の町から宇宙探索の前線基地に変貌させつつあります。
 光源は、現存の10Wレーザーを増幅した100Wレーザーです。100Wの電球など造作もないことですが、安定した一定波長(単色)のレーザー光となると至難の業で、100Wなど世界中どこにも求められません。TAMAの10Wレーザーは、30兆の周波数の誤差が1以下という、13桁の精度を持っています。これを光増幅するのですが、誤差まで増幅してしまいますから、ゆらぎを取り除くフィルターを必要とします。こうして波面をきっちり整えて重ね合わせ、100Wの高出力を得ます。さらにリサイクリングを通すことで50倍の強度まで高め、実行パワーは2500Wになります。
 基線の長さに関わらず、究極的にはレーザーの持つ量子的なゆらぎが、検出器の感度を決めてしまう面があります。これほどのパワーを持たせることで、量子的雑音を目立たなくするわけです。逆に強力なレーザーは、放射圧によって鏡にノイズ(反跳)を与えてしまいますが、なんとか設定内に収まる実験値を得ています。
 口径40cmの光路は10-11気圧の超高真空状態に保たれ、ファブリーペロー型のアームをレーザー光が数百回往復します。アームの両端に置かれる反射鏡やL字の要にあるビームスプリッター、リサイクリング、モードクリーナー、干渉検出器はすべて防振装置に収められ、装置そのものも真空槽に入れられます。
 熱は振動そのものですから、アームの両端の反射鏡は冷却装置で20Kほどに保たれます。干渉計の鏡は一般的に屈折率や反射率に優れた溶融石英が使われますが、LCGTでは低温時の能力を考慮してサファイヤが用いられ、防振装置から2段構えで吊るされます。その懸架にもやはりサファイヤの、内視鏡などにも使われる光軸が1方向に揃っている結晶ファイバーが使われます。
 サファイヤは酸化アルミニウムの結晶で、ふつう青色をしていますが、こちらは無色の単結晶です。ちなみに赤みを帯びたものはルビーと呼ばれます。サファイヤは低温での熱伝導に秀でていて、20k付近で膨張率をほとんど0にでき、重力波検出には大敵の熱振動も低く抑えられます。鏡の発熱も、鏡を懸架しているサファイヤファイバーが、優れた熱伝導で逃がします。
 鏡は2重に熱放射から遮蔽されていて、直前の10mあまりの光路も熱遮断されますが、大部分を占める残りの光路は室温の中です。光路中の気体はレーザーを歪ませ散乱させるばかりでなく、冷却された鏡に気体分子が雪のように降り積もりますから、なおさら真空状態を維持する必要があります。

 LCGTは典型的な1.4太陽質量の連星中性子星合体を、超銀河団や大規模構造を含む7億光年先まで見ることができると目されています。LIGOの10倍でありTAMAの20倍以上です。単純な計算で言えば、TAMA300の1千万倍の空間が対象となるわけですから、1銀河で100万年に1回の現象も、年に数回の観測が期待できます。
 重力波を捕えるとはまさに雲を掴むような話ですが、光路を長くとり真空にし、振動を抑え、高出力のレーザー光を冷却した鏡に当て、なんとか重力波のさざ波を浮き上がらせようとしています。国立大学は行財政改革で独立法人化され、宇宙線研のような共同利用研究機関での大型基礎実験はますます難しい状態になっていますが、LCGTの実現は雲を掴むような重力波捕獲を現実のものにするものです。なんとか先進国を自称している国の責務を果たしてほしいところです。
 そしてこの先には、重力波検出には最適と思える場所での実験が控えています。膨大な空間がありかつほぼ真空で、地面振動は全くなく鏡の冷却も必要ない、宇宙です。
 NASAとESAは、公転軌道で検出器衛星を正三角形に編隊飛行させ、基線長500万kmのアームを持つレーザー干渉計とするLISA(Laser Interferometer Space Antenna)を計画しています。地上では検出不可能な低周波を捕えるものです。
 光路があまり長いと高周波を捕えられない面がありますが、500万kmの基線長は、活動銀河核にあると考えられる太陽質量の1千万倍のブラックホールを窺うことも可能とします。公転軌道にあるので太陽の影響や信号の変調の問題もありますが、順調にいけば2010年代には、LIGOの1千倍の感度を持つ重力波アンテナが常時、空間の歪みを見張っているかも知れません。
 重力波の検出は、相対論を検証するだけではありません。いままで全く手付かずだった重力波は、間違いなく、いままで全く見ることができなかったものを見せてくれる窓です。電磁波では無理な銀河の中心付近や、銀河に隠れた奥の銀河も見えてくるでしょう。
 1基の干渉計が中性子星合体の重力波を捕えれば、周波数とエネルギーからだけで距離を求めることができます。もっとも、ノイズに埋もれている重力波のシグナルを見つけ出すこと自体、複雑で膨大な計算を要します。それでも億光年の単位で連星までの距離が算出されれば、精緻なハッブル定数を独自で決定することになり、既存のハッブル定数を検証するものです。理想的な検出器が3基で同じ重力波をステレオ観測すれば、相対論が巨大な重力場でも適用できる限りは、重力波源を完璧に決定できます。
 現象面では、中性子星やブラックホールの合体ばかりでなく、ニュートリノも伝えてくれない爆発1秒以内の超新星の様子、すなわち重力崩壊そのものを伝えてくれます。さらに、インフレーションの急激な膨張で、重力子が対消滅を逃れて生き延びている可能性があります。背景ニュートリノ放射が教えてくれるであろう誕生1秒後以前の宇宙、つまり重力波以外なにものも伝えることのできない誕生の際の空間の歪みを、背景重力波放射として見ることもあながち夢とは言えません。
 また、各相転移の際に重力波が発生した可能性もあります。これを調べることは、インフレーションのメカニズムを明らかにすることになり、宇宙の進化を直接検証するものです。そして、なぜ重力は他の力とかくも異なるのか、長年の根本的な疑問に答える用意がされているかも知れません。

 重力波望遠鏡は天文学にも宇宙物理学にも、素粒子物理・理論物理にも、新しい境地を開くでしょう。ガリレオが手作りの望遠鏡を月や木星に向けて、驚嘆の声を上げ地動説を確信してから400年、宇宙誕生の瞬間をかいま見た時、私たちは何を思うのでしょうか。
 トムソンの電子の発見は数十年で世界を一変させました。相対論の登場はそれまでの宇宙観をひっくり返します。ライト兄弟による300m足らずの飛行は、66年後には月にまで達します。100年前の小さな一歩がただの一歩でなかったことを今にして思います。重力波を掴まえるなど雲を掴むような300mの基線が、3kmとなり500万kmとなって夢を現実とし、宇宙誕生を明らかにし最終理論を完成させる日が来ないなどとは誰にも言えません。

参考資料・写真等提供:東京大学宇宙線研究所
Newton別冊 相対性理論(教育社)
天文月報 2001年10月号(日本天文学会)
「重力波大型低温望遠鏡(LCGT計画)」重力波グループ(東大宇宙線研究所)
http://tamago.mtk.nao.ac.jp/tama_j.html(TAMA300 HP)
日経サイエンス 2001年4月号(日経新聞)
http://t-munu.phys.s.u-tokyo.ac.jp/index.html(東京大学大学院理学系研究科坪野研究室HP)
間違い、勘違い、見当違いにお気づきになりましたら是非ご一報願います。  塩野梅也


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