5章 重力波を掴む夢
◆黒田和明(くろだかずあき)
宮崎県出身 1950年生
東大工学部卒、一旦国家公務員を勤めた後、東大大学院物理学博士課程修了。
計量研究所を経て、現在宇宙線研教授。 | |
――重力波も当然ドップラー効果を受けるわけですね。
ええ、もちろんそうです。
――そうすると、遠いところからの重力波ほど低周波に偏移するわけですから、より遠くを見ようとしたら、低周波領域でのバックグラウンドを下げることが重要になってきますね。
そういう面もありますが、今のところ我々が目指している範囲はおよそ200Mpc(約7億光年)です。ここでのドップラー偏移はせいぜい5%いかない程度ですので、たいした効果にはなりません。
――どんな情報も漏れ出ないブラックホールを重力波で見るとは、どういうことですか。
今私たちが考えているブラックホールからの重力波というのは、例えば2重中性子星が合体してブラックホールになる場合です。合体前にも時空の歪みが出てきますが、ブラックホールを形成するような巨大なものですと、合体後に振動が起きると考えられています。それがブラックホールの周りの時空を変化させ、重力波となって放射されるので、それを掴まえようとしているわけです。
――ブラックホールが振動するということは、事象の地平面が振動するということでしょうか。
そういうイメージでいいでしょう。
――もちろんブラックホールからは重力波も抜け出せないわけですね。
できません、できません。全部外側の話です。
――けっして、ブラックホール内部の質量分布が分かる、とかの話ではないのですね。
ただ、固有振動数というものはブラックホールの質量で決まりますから、そこからブラックホールの質量を観測的に求めることはできますね。
――星全体を吹き飛ばすT型の超新星爆発でも、重力波は放出されるのですか。
それはいろいろ理論屋さんが研究しているのですが、どうしても係わる質量が大きいことと運動量の変化が大きいことが必要ですので、球対称に近い爆発とかでは重力波は出ないでしょう。非対称に回転していて、一部がちぎれてから爆発するとかの超新星があれば出てくるかも知れませんが、計算上はそんなに望めませんね。
――T型では大きな質量になりませんからね。大きな質量を期待できるU型でも、球対称にコアができた場合、難しいわけですね。
ほとんど出てきません。
――重力波検出器の開発に従事している研究者は、世界でも500人ほどなのですか。
今はもう少しいるかも知れません。
――シロートでも関心を持つビックイベントにしては少ない感じですね。
TAMA300は今すぐにでも、連星中性子星合体の重力波を捕らえる態勢にはあるわけですよね。
それは実際稼動中かという問題もあります。現にTAMAは精度向上のため休止中です。もし動いていたとしても、TAMA300で捕らえられるのは我々の住んでいる天の川銀河で起きる場合だけです。
――運良く重力波を捕らえたとして、それは解析してみて初めて分かるわけですか。
今はまだ解析の能力が万全でないのでそうですが、将来的には観測のさなかでも捕らえたらすぐに分かるようにしたいと思っています。
――プログラムで自動的にはじき出すわけですか。
そういうふうにするための研究はしています。
――重力波を捕らえたとして、その発生源を他の手段で把握できるのですか。
中性子星の合体によるものなら降着円盤からのX線などなんらかの兆候はあると思います。
――TAMAで捕らえたとしても、TAMA以外に稼動している検出器がなかったら、重力波としての追認は受けられませんね。
そうですね。それが問題ですね。
――先陣争いも大変ですが、協調体制も必要なんですね。
重力子のスピンが2であることは、どうやって検証できるのですか。
それは重力波が4重極子場であるということですから(干渉計で検出することと同義)。まあ、45度ずらした2基の干渉計を作って同じ重力波を掴まえれば、信号の大きさの比較から検証できるでしょう。
――LCGTも将来的には2基で観測する計画なのですか。
そうですが、それはスピンの(検証の)ためではなく、ノイズを減らすためです。
――2基とも神岡に建設するんですか。近くでは同じノイズを拾ってしまうのでは。
そういう問題もありますが、より深刻なノイズを取り除くため近くに建設する計画です。
――先生の重力波の研究は将来、アインシュタインの権威をさらに高めることになるのでしょうか、それとも天才アインシュタインの限界を示すことになるのでしょうか。
それは難しいことですが、重力波が検出されればアインシュタインの理論を検証することになりますから、彼は正しかったということになると思いますよ。
――相対論は強力な重力場においても適用できる、ということが示されるわけですか。
それが我々の一つの目的です。
――この実験で重力波を掴まえることができなくても、空間の等方性を検証することにはなるのでは。
僕らの測ろうとしている空間の歪みは、地球太陽間の距離に対し水素原子核ほどの大きさです。それだけの精度がなければいけません。あなたのおっしゃったことは理屈としては正しいのだけれど、実際には意味がないですね。
――先生は、空間は等方だとお考えですか。
それはいくつかの実験がありまして、1960年代にはかなり精度のいいものがなされています。10-20程度までは歪んでいないという結果が出ています。
――先生方も重力波による10-20程度の歪みを見つけようとしているわけですね。
今言ったのは角運動量が保存するという空間の等方性であって、重力波による歪みとは質的に分けて考えたほうがいいです。
――TAMAは現在休止中とのことですが、CLIO100のほうはどうなのでしょううか。
それは今作っているところです。
――CLIOは世界初の低温重力波望遠鏡になるわけですか。
そうですね。そういうふうに言って間違いないです。
――そして次はLCGTですね。口径40cmものアームが3kmも伸びることになるのですか。
TAMAの真空パイプの口径は40cmですが、LCGTでの設計値は90cmです。
――90cm。基線長が長くなければいけないのは分かりますが、どうしてそれほどの口径が必要なのですか。
向い合せの凹面鏡の間に光を閉じ込めることになるのですが、どうしてもある程度の光は拡散してしまい、真空パイプの内壁で跳ね返ったものがレーザー光に混じってしまいます。その量は口径が大きいほど低減できるので、口径を大きくします。
経験的にTAMA300の口径を40cmに選んだのですが、これを10倍の3kmに当てはめるとそのルート10倍、120cm以上必要になります。予算の都合もあるので、これをなんとか90cmに設計しているわけです。
――先生は工学部出身ですが、最初から研究者になろうと思っていたのですか。
いえいえ、そうではありません。いろいろ作ったりする工学的なことが好きだったんです。ただ、高校卒業時は東大紛争のあおりで入学試験が中止になりましたが、学部の時にはオイルショックや水俣病があり、重工産業を反省するような雰囲気の時代でした。それで機械をやっていてもしょうがない、他の道を探そうかとも思っていました。
そんな時に、たまたま友人と受けた国家公務員試験に受かって、受かったらこちらに来なさいと勧誘されて採用されてしまいました。なんかだまされて役人になった感じで、6年後に大学院に入り直した次第です。
――今度、国立大学が独立法人化されますね。重力波実験への影響は。
けっこうあると思いますね。
――物理の基礎実験というのは、もう大掛かりなものでしか有り様がないのでは。個人でやれるような実験は残っているのですか。
いや、それはいくつも残っていると思いますよ。ただ問題は、そういうもので科学研究費の申請をしても通りにくいことです。そういうものを積極的にサポートする予算の仕組みができれば、だいぶ様子が違ってくると思いますよ。
今はみんながまとまって予算を要求しないと、大きいお金はもらえないんです。だからその仕組みが問題だと思います。
――好き勝手な実験ができるとしたら、どんな実験をなさいますか。
それはいろいろあるんですが、勝手な実験というのも難しいんです。僕らは自分の金ではなく税金で研究しているわけで、そういうことを含めて考えると、勝手な実験をするわけにはいかないとなりますから。
――重力波実験の意義を一般市民に説明するとしたら。
なかなか難しいですね。
大事なことは、重力に関してはニュートンの理論を含むアインシュタインの理論がもっとも精密、と思われていることですね。宇宙がいつ生まれてどんなふうに星が進化して、ということを記述する基本的な原理です。もしこれが間違っていたら、全て作り事の世界になってしまいます。だからこれを検証することは非常に大事だ、というところでしょうか。
(2003.7.24)
◆三代木伸二(みよきしんじ)
高知県出身 1968年生
東京大学理学部卒、東大大学院博士課程修了。カリフォルニア工科大学、国立天文台でのポスドクを経て、現在東大宇宙線研究所助手。 | |
――もともと研究者になりたかったのですか。
子どもの時から理系が好きで、工学的な仕事をしたいとは思っていました。
――重力波を選択したのは。
学部4年の時点ではいろいろな分野があり、これだというものがあったわけではありませんが、重力波はまだ見つけられていない。誰も手にしていないのなら、これが良かろうと考えました。
――今はどういうことに従事しているのですか。
レーザー干渉計の感度を向上させる研究です。神岡にある干渉計の制御系や光学系の検討、今作っているCLIO100の準備などをしています。
――最初から実験屋になろうと。
そうですね。理論だけのバーチャルな世界というのはどうもと思っていましたし、理論で予測できることでしたら、実際そういう現象が起こるんだ、存在するんだということを実感したかったですから。
――重力波を掴まえるとなると、その実感もだいぶ先の話になるのでは。これからもずっと重力波に携わっていくつもりですか。
重力波と言っても、重力波の理論そのものは単純です。問題はいかに掴まえるかで、他の分野と違って工学的な要素が非常に強くなります。そういうところに魅かれて研究している面がありますから、今後もそうだと思います。
――宇宙線研の実験の中でも重力波はもっとも浮世離れしている感じですが、もっとも実社会への応用が利くようにも思えますね。
そうだと思います。
――他の実験でもノイズの除去は主要な問題でしょうが、重力波の場合それが全てという感じで、重力波の実験というより防振の研究みたいですね。
その通りですね。それが目的で、そういう高度な工学的手法を体系付けて、初めて重力波望遠鏡は稼動できるわけですから。
――重力波の理論は、今では単純と言ってしまえる存在なのですか。
極めて単純です。どういうことが起きるか、理論的に完全に予測できます。
――近い将来に、アインシュタイン(一般相対論)はやはり正しかったという結論が出ることになるわけですか。
正しいのかどうかは、まだ言えません。
――でもある程度の予測はお持ちですよね。
それはもちろん持っています。アインシュタインは正しかったということになると思いますよ。ハルス=テーラーの観測から重力波の存在ははっきりしていますし、そのデータも一般相対性理論で説明がつきますから、アインシュタインは大丈夫だと思います。
重力波を発見することも大事ですが、私個人としてはやはりその先にある、重力波でしか見えない世界が見えてくるということに一番の興味がありますね。
――重力波のような大掛かりな実験では、個人の個性より協調性が要求されるのでは。
それは一つのプロジェクト、例えばこういったでかい装置を作るとなると協調性も必要となりますが、まだ重力波検出器の技術は未熟な部分がありますから、先端的な検出技術のR&D(研究開発)とか、今まで考えられていないまったく新しい検出技術を研究していかなければなりません。そういう面では個々人のアイデアがすごく活かされ、重要になってきますね。ですからどの部分を担当するかで、それは違ってくると思います。
――自分はここを担当したい、と選べるものなんですか。
基本的には選べます。
――もし好き勝手な実験ができるとしたら、どうしますか。
物理学の中では、重力というものだけがどうにも人間の自由にならない面がありますから、その辺を探求する実験をしたいですね。
――今知ることができるなら何を知りたいですか。
ダークマターやダークエネルギーとはいったい何なんだ、ということですかね。重力でしか影響を与えない暗黒物質、目に見えない観測に掛からないものが実際に存在するだとデータで示された以上、それはいったい何なんだと考えてしまいます。
――LCGTで重力波の検出が現実的になってくると、暗黒物質に関する手掛かりもでてくるんでしょうか。
それはちょっとなんとも言えませんね。パラレルな宇宙から重力波が伝わってくるなど突拍子もないアイデアもいろいろありますから、観測とのつながりがどういうふうになるかよく分かりません。
逆に言えば、そういう今までの観測ではとうてい分からないものが重力波で見えてくれば、と期待はしていますが。
――いま携わっているレーザー干渉計での課題は。
究極的な雑音源をどうするかですね。光で信号を検出している限り、量子的限界がありますから。ハイパワーなレーザーを使えばいいわけですが、そのハイパワーを作り出すのもいろいろ難しい面があります。
――先生がこうして一生懸命重力波を捕えようとしていても、何かの保証があるわけでもない、なんの成果も得られない可能性もあるわけですよね。そういうジレンマを感じますか。
確かにそういう可能性はありますし、社会から成果の上がらない研究はもう止めますと言われたら、それまででしょうね。
――また成果の上がりそうなものを捜すしかない。
そうですね。ん……。
(2003.7.24)
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