んだんだ劇場2003年9月号 vol.57
No18
4章 天啓の宇宙線

◆福島正己(ふくしままさき)
千葉県出身 1950年生
名古屋大学大学院修了。マサチューセッツ工科大学研究員、高エネルギー加速器機構助教授を経て、現在東京大学宇宙線研教授。


――先生の今のお立場は、明野の観測所長であり、宇宙線望遠鏡計画の統括責任者ということでしょうか。
 そうですね。
――宇宙線望遠鏡は先生の発案ですか。
 いえ、宇宙線望遠鏡そのものは日本の空気シャワー研究者の将来計画というかたちで、宇宙線研でシンポジウムを開いたり分野で議論したりして、十年以上前にその方針は決まっています。
 私個人は、宇宙線望遠鏡を実現させるというミッションの募集があり、それに応募して4年前にこちらに来ました。
――先生はこちらの前はKEKでBファクトリーに携わっていたそうですが。
 そうです。1991年から99年までKEKにいました。
――カロリーメータを作るということで、今の宇宙線望遠鏡とつながっているのですか。
 宇宙線望遠鏡も大気を吸収体としたカロリーメータと言えますから、その経験は実験技術として活きますが、宇宙線望遠鏡が物理実験として大変面白そうだというのが移った動機です。
――カロリーメータというのはエネルギー量を測定するものということでいいのですか。
 熱量計ですから、エネルギーの測定器です。高エネルギー加速器での実験では、衝突点のすぐ周りに粒子の飛跡検出器を置いて、その後ろにカロリーメータを配置するのが普通です。衝突点から出てくる粒子の束、これはジェットになって2つとか3つ出てくるわけですが、まず飛跡を測定してからカロリーメータで吸収してエネルギーの流れを測定することになります。
――鉛とかにぶつけるわけですね。
 γ線とか電子・陽電子などの電磁成分の測定には、吸収効率が良い鉛や原子番号の高い物質を含むシンチレータなどを使います。π中間子や陽子などのハドロンには、構造材としても丈夫なものが使われます。この場合、陽子や中性子の総数、つまり単なる重さが決め手で、鉄とかウランとかが使われますね。
――宇宙線望遠鏡計画の現在の状況は。
 1月半ほど前に大きな展開がありまして、大型科研費(特定領域研究)が認められました。今年から建設が始まります。
――宇宙線望遠鏡の大きな目的はスーパーGZK粒子の確認ということになりますか。
 そうですね。第一に、スーパーGZK粒子が実験的に本当にそのエネルギーにあるのか、ということがあります。次に、どこから来ているのか、ということです。星のようなまとまった一点から来ているのか、それとも星とは関係なくあらゆる天空から均等にやって来ているのか、興味のあるところです。その過程で、スーパーGZK粒子がどのように生まれるのか、その起源を明らかにすることができると思っています。
――スーパーGZKの存在はまず間違いない、と考えていらっしゃるわけですか。
 AGASAでは1020eV以上に現時点で11事象見つけていますが、アメリカの実験(HiRes)では1事象です。2つの実験には差があります。宇宙線望遠鏡でAGASAのエネルギー測定が正しいということを確認すれば、はっきりするでしょう。
――AGASAには最初から、スーパーGZKを掴まえるという目論見があったのでしょうか。
 私の聞いた範囲では、建設当初の目的はむしろGZK cut offを確認することだったようです。

――宇宙線望遠鏡では高エネルギーのニュートリノが作りだす、逆さに伸びるような空気シャワーも掴まえようとしているようですが、見込みはどうなのでしょう。
 1016eVを超えるような非常に高エネルギーのニュートリノというのは、反応の確率が高くなり、地球の内部で反応・吸収されてしまい、地球の裏側からは来ません。地表から吹き上げるような上向きの空気シャワーはなさそうです。真上から来るニュートリノとなると、今度は大気の密度が薄くて反応せずに通過して地球に吸収されてしまいます。宇宙線望遠鏡がニュートリノのシャワーを掴まえる可能性としては、水平に厚い大気を通ってくるニュートリノが途中からシャワーを起こす横向きのシャワーが考えられます。
――ある程度の頻度は予測できるのですか。
 理論的な予測はいくつかありますが、観測されたらいいなという願望を持った計算でも、年に1事象あるかないかのレベルです。
――もし結構な数のイベントを集めることができたなら、大統一理論のパラメータのいくつかを決定することになるのでしょうか。
 パラメータを決めるという具体的な話より前に、大統一理論が正しいのかどうかの実験的な手掛かりを与えることになるだろう、ということです。たとえば、超重粒子があって、それが崩壊して最高エネルギー粒子ができているとすると、そこからはγ線もニュートリノも出ます。1020電子ボルトを超えるようなニュートリノは天体現象では作れませんから、これを掴まえれば超重粒子の存在がはっきりします。大統一理論が支配するエネルギー領域の素粒子現象を直接に見る最初の証拠になります。
 しかし、1016eV〜1018eV程度のニュートリノの場合はむしろ、天体のなかで陽子が加速され星を取り巻く物質と反応してπ中間子が発生しますが、そのπ中間子の崩壊によるものと考えられています。荷電π中間子は崩壊してニュートリノを発生させますし、中性π中間子は2個のγ線に崩壊します。この素過程ははっきり分かっていることで、この観測は大統一とは関係しない天文学的なものです。ニュートリノですから反応せずに比較的奥のほうからも出てきます。このニュートリノを掴まえれば星の奥深くで起こっていることが分かる、という期待が持てます。

――10基のステーションで、1兆トンが観測対象になるわけですね。
 そうです。観測効率の10%を掛けると実質的に1000億トンになりますが。
――10基のステーションを建設するのが宇宙線望遠鏡の最終目標ですか。
 今建設を始めようとしているのは、AGASAとほぼ同様のシステムを持つプラスチックシンチレータを600台近く配置し、その周り3ヶ所に蛍光望遠鏡を置いて同時観測をするものです。これがフェイズ1です。建設は今年から始まり、2006年の中頃には完成して観測を始めます。これをどのように発展させるかは、フェイズ1の観測結果を見ながら方向を決めて行きます。最高エネルギー宇宙線が素粒子起源だということになれば、ニュートリノやγ線検出の得意な蛍光望遠鏡ステーションを10基に拡張したいし、天体起源が明らかになればAGASAの100倍規模のシンチレータアレイを作る可能性もあります。
――シンチレータは24時間観測するわけですね。蛍光望遠鏡は夜間観測するとして、月明かりの影響はどうなんですか。満月では無理ですよね。
 観測を行うユタの空は非常に暗いのですが、月が出ていなくとも夜光によって多少の明るさがあります。我々は可視光をブロックするフィルターを入れますが、それでも満月だと新月の20倍バックグラウンドが上がります。それは、遠く離れていたり低エネルギーだったりして光量が小さいシャワーを観測する能力が、その分下がることです。ですから、満月ではまず観測できないでしょう。しかし三日月が出ている程度なら、月を直接見ることはできませんが、そこをはずせばできる可能性はあります。
――それでは、観測は新月をはさんだ前後2週間ほどということになりますか。
 そのくらいですね。

――アルゼンチンは財政危機ですが、オージェ計画は進んでいるのですか。
 オージェの規模は全体で約60億円ほどです。そのうちの4分の1近くを建設サイトのあるアルゼンチンやブラジルなどの南米諸国が負担するはずだったのですが、その約束は不可能になってしまいました。それでもアルゼンチンに建設する方針は変わらず、ヨーロッパや米国が追加の負担をするべく努力していると聞いています。外部の人間ですからよくは分かりませんが、当初計画より多少遅れるのは避けられないようです。
――宇宙線望遠鏡は北天ではオージェに協力することになっているのでは。
 オージェは南北に同じものを作ることになっています。ただ、先に南半球に作ります。南北を同時に作る予算がないこともありますが、南半球からは銀河の中心が見えるからです。これまでの空気シャワーアレイは殆どが北半球にありますから、南半球では銀河中心に関係した新しい現象が見えるかもしれないという期待があります。
 南が終わったら北に作る予定になっているわけですが、北の建設は早くても2007年開始と考えられていますから先の話です。その間に北半球では宇宙線望遠鏡の建設が終わり観測も進みます。我々はプラスチックシンチレータですが彼らは水タンクで、かつ北天と南天であり相補的です。水タンクは水平シャワーに強いのですが、シャワー中のμ粒子を主として検出するので、超高エネルギーでのハドロン反応が詳しく判らないと正しいエネルギー測定ができないという問題もあります。
 将来オージェが北半球で建設される頃には宇宙線望遠鏡のフェイズ2も始まりますから、ユタ州の同じ場所に協力して大きな検出器を作り、一緒に観測しようと考えています。
――オージェのためになにか特別のことをするわけではないのですね。
 当面は相補的な観測を、それも競争で行うということですね。
――オージェという命名は、この名の基になったピエール・オージェの手法を踏襲しているということなのでしょうか。
 どうでしょうか。これは他のグループのことなので、私には正確なことは言えないですね。空気シャワーに関するオージェの仕事は、遠距離にある2つのカウンターが同時に粒子を捕らえる現象を見つけたことです。つまり空気シャワーの同時計数(coincidence measurement)を初めて行いました。手法を踏襲していると言えばその通りですが、オージェという命名は、むしろ空気シャワーという自然現象を見つけた人として名前を冠しているのでしょう。
――オージェを主導しているクローニンは、K中間子の崩壊からCP対称性の破れを見つけた人ですね。
 中性K中間子で始めてCP非保存を発見してノーベル賞を受けたクローニンとフィッチのうちの一人ですね。
――この人がCASA(後述)とかオージェに一生懸命なのは、やはり加速器では無理なものを見たいということなのでしょうか。
 これも直接聞いたことがないから想像する他ありません。ただ、Belle(CP対称性をB中間子で見るBファクトリー実験)で、B中間子で大きなCP非保存があるという実験結果が出た話をした時に、クローニンは「CP非保存はCKM(カビーボ・小林・益川)理論で記述されるような簡単なものではない、奥にもっと深遠な自然の摂理が隠されているはずだ」と。これは公式な場所では言わないことでしょうが、内心はそう考えているのかも知れません。
 現在の素粒子物理において、(CKMを取り込んだ)標準理論と矛盾する実験結果は一つも確立していません。はっきりした理論的予測があるものについて実験がそれを確認することは重要ですが、それを面白いと感じるかどうかは人によって違います。小林=益川理論が正しくてB中間子で大きなCP非保存が見つかるであろうことは、大半の人がそう感じていたと思います。この実験は絶対にやるべきものですが、自分の仕事にするかは別の話です。私のモチベーションとしては、むしろ標準理論では予言されていないこと、新しい実験事実、新しいものを見つけたい思いがあります。それはおそらく、クローニンにも似たような思いがあるだろうと思います。
(追記:この翌日、米国フェルミ加速器研究所における国際会議の場でBelle実験グループから、標準理論の予測を超える現象を見つけたとの発表がされた。1億5千万個のB中間子のうちの68個の崩壊の仕方が理論の予測にまったく反するもので、99.9%以上の有意性があるという。
福島注:これは大変面白い結果で、標準理論を超えた新たな物理に繋がるかも知れませんが、まだ実験結果も解釈も確立していません。競争しているSLACのBaBar実験で確認される必要があり、理論的にも自然かつ必然的な解釈が必要です。)

――フェイズ1の科研費は下りたわけですが、大学の法人化による今後の宇宙線望遠鏡への影響は。
 正直言って影響してくると思います。フェイズ1を行う特定領域研究という科研費は6年が最長です。建設に4年かけると観測は2年ということになります。AGASAは13年走って大きな成果を出しています。加速器実験でもふつう10年くらい走ります。宇宙線望遠鏡が2年で決定的な結果を出すというのは難しいかも知れません。装置を長期的に運用して地道に成果を出していくという面から言えば、科研費のようなプロジェクト的なものに加えて、国外での研究を長期的にサポートするとか、装置の運用に定常的に金をだすような、組織的・長期的な研究の構想も必要だと思っています。
 法人化では中期計画、6年計画ということが盛んに言われますが、それ以上の長期計画は言われません。6年というのは中規模の研究を機動的に始めるには確かに良い期間ですが、6年間で成果の上がる研究しか認めない、ということでは困ります。たしかに長期的な構想や哲学だけからトップダウンに研究計画を決めるのは危険ですが、基礎科学の場合は地道な投資をして研究環境を整え、自然に発生する新しい研究の芽を育てて行くという面も重要だと思います。

――先生は最初から実験屋を目指していたのですか。
 学部時代は原子核理論の研究室に所属しましたが、大学院からは高エネルギーの実験をしていました。4年前に転進して宇宙線物理ですね。
――今は宇宙物理が専門と言っていいのですか。
 宇宙物理でなく、宇宙線物理でしょう。宇宙線そのものの物理、それから宇宙線を使った天体や宇宙空間の物理、素粒子の物理ですね。宇宙線をやっている人には、天文的な興味からの人と素粒子的な興味からの人がいます。私はどちらかと言うと、素粒子のほうの興味が大きいです。
――近い将来、素粒子とは何であるか、すべて説明できるようになると思いますか。素粒子の探求に終わりは見えてくるのでしょうか。
 うーん、難しい質問ですね。「すべてを説明できるようになるか」というのには、はっきりとNOでしょう。「終わりが見えてくるのか」という質問の答えは微妙です。素粒子の研究には幾つかの方向がありますが、その中で一番大切なのは、それ以上に分割できない物質の基本構成要素を見つけることです。その意味では電子は100年以上前の発見当初からずっと内部構造の見えない点状粒子でした。その相棒のクォークの場合は、分子から原子、原子から原子核、原子核から陽子・中性子へと段階的に辿って行って、クォークに至ってこれが点状の究極粒子だということになりました。歴史的過程を見れば、クォークも更にその下の基本粒子から出来ていても良さそうですが、電子もクォークも構造のない大きさゼロの点状粒子と考えて矛盾する観測事実はないし、クォークを作っている基本粒子を考える理論的な必然性もないようです。当分はこれで打ち止め、という可能性が出てきた訳です。
 この数十年の素粒子物理の進歩は大変なものがあります。私が学生の頃はまだ標準理論が完成していなかったのですが、それがこの20年くらいで、標準理論で説明できない素粒子の現象はない、という状況になりました。実験の面からは、加速器を大型化してより高いエネルギーの現象を探ることで大きな発見が次々と出てきて一挙に標準理論を確立したわけですが、今では大型化が極限にまで達して予算も膨大になりました。本流を行くCERNのLHC実験は、博士の研究者が3000人で計画から完成まで20年を超えるという人類の壮大な社会実験です。しかし、社会や自然環境との共生の点で限界が見えて来たと言うのか、「終わりが見えた」というのとは違うでしょうが、この先のステップはそれほど簡単ではないぞ、というのは確かです。
 一方の最近の宇宙の研究では、ダークマターやダークエネルギーが全宇宙の物質・エネルギーの大半を占める、というように考えられ始めています。我々が素粒子の探求で理解したと思った電子やクォークからなる物質世界は全宇宙のたった3%で、その他に正体のわからない物質・エネルギーが97%もある、というのですから大革命です。近い将来にこの研究が一気に進んで、極微の素粒子と巨大な宇宙の理解が一点で結びつくようになる、というのが我々の夢ではないかと思います。

――宇宙線望遠鏡の意義を一般市民に説明するとしたら。
 最高エネルギー宇宙線の研究は、人間の自然認識の最前線のひとつです。物理というのは、極端な条件で物質がどう振舞うかを探求することで発展してきたと考えられます。小さい限界の世界、大きい限界の世界、長い時間スケール、高いエネルギー、低い温度、そういった極端な状況で物質がどう振舞うかを理解することで、物質の基礎の性質が分かってきたのです。
 最高エネルギー宇宙線は、素粒子の持ち得る最高のエネルギーです。しかしそれがどうやって発生したか分かっていません。だからこれを調べることで、物質の究極の性質の一部が、それは宇宙の性質の一部かも知れませんが、それが見えてくる可能性があります。
(2003.8.11)



◆森 正樹(もりまさき)
群馬県出身 1960年生
京都大学大学院理学研究科卒。高エネルギー物理学研究所助手、宮城教育大学助教授を経て現在東京大学宇宙線研教授。


――CANGAROOのあるウーメラは、一般人の立ち入りは禁止だそうですか。
 一応、prohibited areaと呼ばれています。軍の管理区域で、そこに入る人は事前に登録して、許可を得ないといけないことになっています。
――7月で4台目の望遠鏡も完成したようですが、もう観測態勢に入っているのですか。
 4台目はまだ入っていません。
――4台は、100m間隔で正方形に配置してあるのですか。
 いいえ、1辺約100mのダイヤモンド型(2つの正三角形の1辺を重ねた形)です。100mの組み合わせを、より多くとれるようにしています。(正方形の配置と)それほど大きな違いは出ませんが。
――これで100GeVから数百TeVのγ線が、観測可能となるわけですね。
 はい、そうです。
――それ以上のγ線は、エネルギー量の測定が難しいということなのですか。
 それもあるんですが、そもそもまず、数が来ないということが問題なのです。
――では広範囲の観測態勢であれば、捕えられるかも知れないのですね。
 γ線によるチェレンコフ光は、直径200〜300mの光のフラッシュとして地表にやって来ますから、その円の中に望遠鏡があればいいわけです。より広範囲に観測しようとしたら、その外側にどんどん望遠鏡を作っていくしかないですね。
――それ以上の(エネルギーの)ものがやって来る可能性はあるわけですね。
 可能性はあります。
――たまたま望遠鏡のところにやって来たら。
 来れば分かると思います。ただもともと数が少ないものですし、統計がまとまらないと意味のあるデータとはならないですね。
――カニ星雲のエネルギースペクトルでは、HEGRAやホイップルより高エネルギー領域で観測しているように見えますが、どこが違うのですか。
 一番は、我々が南半球にいて北半球の天体を見ていることです。彼らは北半球にいて北半球の天体を見ています。なにが違うのかというと、非常に天頂角の大きなところで我々は観測しているということです。
 そうすると大気の厚みのおかげで、チェレンコフ光の出る領域が遠くなります。遠くなると光が四方八方に散ってしまって、エネルギーは高いほうに行ってしまいますが観測面積では得をすることになります。高いほうのエネルギーに感度があってしかも有効な観測面積で得をする、つまり高いエネルギーに強いということです。逆に言ったら、(カニ星雲の)低いエネルギーは南からは観測できません。
――エネルギーは、空気シャワーを幾何学的に再現することで推測するのですか。
 (飛来)方向は幾何学的に求めますが、エネルギーは検出される光の量によります。基本的にエネルギーの高いシャワーは光をたくさん出し、比例するわけですから。
――CANGAROOTの3.8m望遠鏡は今でも稼動しているのですか。
 もう放っておかれ錆びついています。最初は動かそうと思っていたのですが、感度の高い装置ができてしまうと、そちらのほうで手一杯ですね。

――TeVスケールのγ線が一番に教えてくれることはなんですか。
 γ線は直進しますから、もとの高エネルギー粒子を作った天体が直接分かる、ということが一番大きいですね。例えば超新星残骸とかパルサー星雲、活動銀河など、TeV領域の粒子を出している天体をピンポイントで示すことができます。
 なにしろ宇宙線がやって来ていることは分かっています。しかしそれは磁場のおかげでぐるぐる曲がってしまって、どこから来たか分からない。起源が謎ということです。少しエネルギーの低いところからのアプローチですが、宇宙線のような高いエネルギーに粒子を加速している天体が、γ線を観測することで分かってくるわけです。
――これは狙いを定めた観測になるわけですね。
 そうです。我々は、視野としては3度ほどしか取れないですからね。
――CANGAROOの対象となるγ線源は何箇所あるのですか。
 今まで3〜40天体観測していますが。
――その3〜40天体を常時観測できる態勢にあるのですか。
 代り番こにやるんです。
 いくら感度が上がったと言っても、いまのところ一つの天体を観測するのに約2週間かかります。月の出ていない晴れた夜の暗いうちしか観測できませんから、実際の暦では1ヶ月です。そうすると1年で12天体しかできないわけです。だから、今年はこれを重点的に見よう、などと議論しながらやっているんです。
――三日月程度でもだめなのですか。
 だめです。完全に沈まないとだめです。
――雨天はもちろん、曇天でもだめなのですね。
 だめです。
――ウーメラではあまり雨の心配は要りませんか。
 いや、降るときは大雨が短時間で降ります。いままでの成功率は7割ぐらいですか。
――成功率7割とは。
 観測しようと待機していて、きちんとデータが取れる割合です。残り3割は雲が多かったり、日数としては少ないですが、雨が降ったりということです。この数字は最高ではないにしろ、いい部類だと思います。
――γ線の入射角度と望遠鏡の方向がずれていたら、陽子とγ線の区別は難しくなるのでは。
 γ線源からのγ線によるシャワーは1度以上ずれることはありません。これに対し宇宙線はどの方向にも同じだけあります。ですから、視野3度の真ん中付近に集中しているのが、γ線の信号ということになります。
――でも、捕えられるチェレンコフ光のほとんどは陽子によるものですよね。
 そうです。
――その中でγ線はどの程度の割合を持つのですか。
 場合によっていろいろあるのですが、一例で言えば、1000対1ぐらいです。この中から光のイメージの性質の違いを利用して、どんどん減らしていくのですが、それでも数十対1程度です。
――それでは陽子と他の核子の区別など、もっと難しいわけですね。
 それはもう、ほとんど分からないです。γ線かそうでないかの区別以外、ほとんど不可能です。中にはそういう試みをしている人もいますが、たいしていい結果は得ていませんね。
――広がりのあるγ線源の観測には、CANGAROOはあまり適していないということになりますか。
 1台だと難しいですね。ただ2台以上だと、ステレオ観測でシャワーの高さが決められます。そうするとどこからやって来たかという方向精度が0.1程度に上がりますから、信号対雑音比が良くなって、広がったγ線も捕えやすくなるはずです。我々はステレオ観測を去年の暮れから始めたばかりで、あまり具体的な結果はまだ言えませんが。
――いつどこで起きるか分からないγ線バーストは無理ですね。
 我々はほんの少しの方向しか見ていないわけですから、どこで起こるか分からないものは無理です。
――たまたま見ている方向で起こったら。
 それは分かるはずですが、頻度としてはまず期待できません。
――電子に起因するγ線と陽子に起因するものとの区別は、エネルギーの量で見分けるのですか。
 エネルギーの分布で決めます。
 まあエネルギー分布はある意味間接的な情報ですから、これだけで決定的なことを言うといろいろ反論も出て、完全に決着したとはまだ言い難い面もあります。
――陽子が加速されてγ線が放射されたという発見も、まだ決着とは言えないのですか。
 我々はそういう論文を書いたわけですが、それに対する反論もあるわけで、そういう意味ではみんなが完全に納得したことにはなっていませんね。
――CANGAROOは一般にγ線望遠鏡として伝えられていますが、陽子などによるチェレンコフ光のデータは利用されていないのですか。
 それに関しては、人工衛星や気球で観測しているグループがいいデータを持っていますから。それ以上のものを出す精度を、我々は持っていません。陽子がちゃんと期待通りに見えているかというチェック(キャリブレーション)には利用していますが、新たなデータの価値としてはそんなにありません。

――先生は以前は太陽ニュートリノに関わっていたのですか。
 まあ、太陽ニュートリノも大気ニュートリノも。どちらにしろ神岡の実験をやっていました。博士課程を出て高エネルギー物理学研究所(現KEK)に最初の職を得て、そこで神岡の実験をしていたわけです。
――CANGAROO実験にはどういう経緯で。
 もともと博士課程の論文がニュージーランドでの実験でして、そのときのグループの一部がオーストラリアで始めたのがCANGAROOです。それに私は、大学は京都でしたが宇宙線研に長期滞在の身で、CANGAROOのボスである木舟先生とも一緒に研究させてもらっていましたから。
――CANGAROOの今までの最大の成果と言えるものは何でしょうか。
 やはり、超新星残骸からのγ線の兆候を見つけたことが一番でしょうか。
 第2次世界大戦以前から超新星残骸が宇宙線の起源であると言われていたのですが、直接的な証拠はまったくありませんでした。その宇宙線(γ線のもと)が陽子であると認められたら一番いいのですが、少なくとも高エネルギーの電子が(γ線を)出していることは確実にしたわけですから。
――4台での観測が、CANGAROO実験の最終的なかたちですか。
 今頂いている予算は、4台作るというものです。
――将来的な計画としては。
 数を多くするのか大きなものにするのかの作戦の違いがあるのですが、我々としてはもっと大きなものを作っては、と考え始めています。
――国立大学の独立法人化が予定されていますが、CANGAROO実験への影響は。
 予算を獲得するとき、どういう経路をたどるのかというシステムが、いまいちはっきりしないんです。ひとつはですね、我々の研究所も大きな計画を持っているわけですが、そういう(大きな)ものは文部科学省から直接科学研究費としてもらうのではなく、東京大学の概算要求として出ています。例えば、いままでは科学研究費として文科省から直接もらえたものも、今度は数十億円以上の規模になると大学の概算要求となり、大学内での合意も必要とされるのでしょう。その辺がどういうふうになるかという心配はあります。
――もう物理の基礎実験というものは、大掛かりにならざるを得ないのでは。
 そうなって来てると思いますね。そういう面でも、みんな予算の獲得に苦労しているわけです。
――そういう中では研究者個人も独創性より協調性が求められてしまうのでは。
 そうとも言えません。たしかに実験は一人ではできませんから協調性は大事ですが、アイデアを出すのは個人(の独創性)ですから。
――先生がもし好き勝手な実験ができるとしたら、どんな実験をなさいますか。
 いろんな制約から離れたらどうするか、なかなかいい質問ですね。
 まだ日本はγ線の衛星を上げたことがありません。一つはそれをやってみたいですね。
――γ線を捕えるとなると、かなり大きな装置となりますね。
 そうです。わりと大きなものが必要です。ということで日本ではγ線衛星は上げられなかったし、盛んに上げられたX線衛星も軽い衛星にせざるを得なかった面もあります。
――世界でもコンプトン以来、(γ線衛星は)上がっていないのでは。
 上がっていません。(低エネルギーのラインγ線を主目的にしたインテグラルは2002年に打ち上げられている。)コンプトンの装置は10トン近くありますから、スペースシャトルでしか上げられません。あと3年ほどで米国は、もっと小型で工夫を施したグラストを打ち上げますが、それでも日本には(重くて)無理ですね。
――先生の専門は高エネルギー物理学と言うべきなのでしょうか、それともγ線天文学と言った方が適切なのでしょうか。
 私はまったくγ線のほうで、γ線天体物理学と自ら称しています。
――CANGAROO実験の意義を一般市民に説明するとしたら、どうおっしゃいますか。
 宇宙は目に見えているだけが宇宙ではなく、目には見えない違った波長で激しく活動している宇宙もあります。ふつうに見ている星は、温度が上がれば明るくなるような熱的な光を出している言わばおとなしい宇宙ですが、ブラックホールとかパルサー、ジェット天体など高エネルギーを出している天体は、激しい非熱的な活動をしています。CANGAROO実験はその激しい宇宙を明らかにするものです。
(2003.8.11)


間違い、勘違い、見当違いにお気づきになりましたら是非ご一報願います。  塩野梅也


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