んだんだ劇場2003年10月号 vol.58
No19
1章 追跡ニュートリノ

◆梶田隆章(かじたたかあき)
埼玉県出身 1959年生
埼玉大学理学部卒、東京大学大学院理学系研究科修了。現在東大宇宙線研教授、宇宙ニュートリノ観測情報融合センター長。


――先生は現在、宇宙ニュートリノ観測情報融合センターのセンター長でいらっしゃいますが、ここはどういうことをしているのですか。
 ニュートリノの研究を行うとともに、ニュートリノに関する研究会を開いたり、研究以外では一般向けの講演会を開いたりしています。
――宇宙ニュートリノとあるのは、宇宙からのニュートリノや大気ニュートリノを扱うということですか。
 それを主な研究対象としています。
――原子炉由来のものや、人工的に発生させたニュートリノは扱わないということなのですか。
 それは名称がそうだというだけで、他はいっさいやりませんという話ではないです。(区別など)あまり気にせずにやっています。
――先生が1998年に大気ニュートリノの振動を発表した際は、大変な反響だったそうですが、予想されたことだったのですか。
 正直言って、それ以前の大気ニュートリノに関する研究発表に対しては興味を持ってもらっても、ニュートリノ振動としては必ずしも受け入れてもらえないという状況が長く続きましたので、それほど反響があるとは予想していませんでした。
――太陽ニュートリノではニュートリノ振動ということも視野に入っていたのでしょうが、それが大気ニュートリノで見つかるとは予想外だったのでしょうか。
 いや、そんなことはありません。1988年以来カミオカンデのグループは、大気ニュートリノにその兆候があると主張していましたから。
――建設前から、カミオカンデで大気ニュートリノが(陽子崩壊に対するノイズとして)掴まえられるのは分かっていたわけですね。
 それは分かっていました。
――それでは大気ニュートリノで振動を見つけようという目論見は、最初からあったのですか。
 そのような可能性があることは分かっていました。ただし、そのためにはある種類のニュートリノから別の種類のニュートリノに振動する割合が大きくなければならず、発見は難しいであろうとの予想をする人が多かったと思います。

――もともとは陽子崩壊を観測するためのカミオカンデですが、例えば陽電子とπ0中間子に崩壊し、π0がすぐ壊れて2つのγ線を放出する崩壊が起きれば、その陽電子とγ線を見ることができたのですか。
 そうです。
――陽電子は円錐状に広がったチェレンコフ光がフォトマル(PMT)にドーナッツのわっかとなって認識されるのでしょうが、γ線は直進してそれと分かるのですか。
 違います。エネルギーの高いγ線は水中を3〜40cmほど走って電子陽電子を対発生させます。実際はもう少し複雑な過程を経ますが、いずれにしろこの電荷を持った粒子が発するチェレンコフ光を観測することで、結果的にγ線が観測できます。
――K+(K中間子)とニュートリノに壊れるような陽子崩壊も見ることができるのですか。
 そのような陽子崩壊でも捜すことはできます。
――スーパーカミオカンデで1個の陽子崩壊でも起きれば、即座に起きたと認識できるのですか。
 それは陽子がどのように崩壊するかによります。例えば先ほど言っていた陽電子と2つのγ線に崩壊するものなら1個でも、陽子崩壊が起きたのだろう、とかなり自信を持って言えます。一方、今おっしゃったニュートリノとK+への崩壊なら、なかなか1イベントで間違いないとは言えないですね。
――陽電子とγ線への崩壊でも、それ相応のイベント数を得ないことには、陽子の寿命がどのくらいという話にはなって来ないのですね。
1個や2個のイベントで陽子が崩壊していると言えても、寿命の決定にはある程度のイベント数が必要ですね。

――大気ニュートリノは原子核との反応で、太陽ニュートリノは電子との反応で掴まえますが、大気ニュートリノが電子と反応して電子をたたき出すような弾性反応も起こり得ますか。
 可能性としてはもちろんあります。が、大気ニュートリノが反応する中では非常に割合が低く、大気ニュートリノと陽子や中性子との反応の千分の一程度の現象で、他の多くある大気ニュートリノ反応の中からあるイベントを取り出して、どれが大気ニュートリノと電子との反応だったとはちょっと言えません。
――エネルギーが高ければ、より明るいドーナッツとなってフォトマルを光らすことになるのでは。
 エネルギーが高いほど観測される光の量は多くなりますから、たしかにチェレンコフ光のドーナッツは明るいものとなります。
――長く走らせることにはならないのですか。
 電子の場合は、γ線を発生させたりそれがまた電子・陽電子になるという複雑なプロセス(電磁カスケード)を経ますので、長さではうまく言えません。こういうプロセスを持たない粒子でしたら、エネルギーが高いほど長く走ると言っていいです。

――星が燃えているとニュートリノが出てくる、最期の超新星爆発でも大量のニュートリノがばら撒かれる、原子核のβ崩壊でも出てくる、それでいてほとんど反応することもないとなると、宇宙にはニュートリノがどんどん増えていくことになるのでは。
 原理的にはそうです。ただし、宇宙を満たしているニュートリノのほとんどは、宇宙が作られたときに作られたものです。
――1.9Kの背景放射として我々の周りを満たしているわけですね。これには反ニュートリノも含まれているのですか。
 含まれています。
――第2世代や第3世代も、この背景ニュートリノの中には存在するのでしょうか。
 存在します。
――この中のニュートリノと反ニュートリノが反応するということはあり得るのですか。
 確率は極度に低いですが、原理的にはあり得ます。
――エネルギーを放出して消滅してしまうわけですか。
 いや、そうではなくて、ぶつかってまた離れていくということです。たまたまそういうことが起きるかと言えば、原理的には起きるということです。
――ニュートリノがマヨラナ粒子なら、ニュートリノ同士が対消滅していっている可能性があるのでは。
 それはリアルなニュートリノで起こることではありません。ニュートリノがマヨラナ粒子ならば、原子核の中で仮想的にある核子からニュートリノが放出され、すぐに反ニュートリノとなって別な核子に吸収される(2重β崩壊)ようなプロセスがあり得ます。しかし、空間を自由に飛んでいるニュートリノが、対消滅を起こし、後に何も残さず無くなるようなことはありません。
――右巻きの重いニュートリノが見つかったら、大統一理論のモデルが絞り込まれることになるのですか。
 まずその前に、それを直接見つけることは、人類にはほぼ不可能と考えていることを言っておく必要があります。ただ、直接見えなくとも、それが存在するだろうとはみんな思っています。
――では現在は、ニュートリノがマヨラナ粒子であるということより、右巻きの重いニュートリノが存在するほうが優勢なのですか。
 そうではありません。ニュートリノがマヨラナ粒子であるとすると、自然に、右巻きの重いニュートリノの存在が考えられるのです。
――2つは相反することではないのですか。
 繰り返しますが、相反することではなく、ニュートリノがマヨラナ粒子で質量があれば自然に、右巻きの重いニュートリノの存在が考えられるのです。

――小柴先生がアメリカから日本に戻られて、最初の講義で、宇宙と素粒子という極大・極小の両極端を結ぶ鍵としてニュートリノを挙げたそうですが、今までのお話から、ニュートリノが素粒子屋さんには大きな鍵と思えますが、宇宙論においてはニュートリノが大きな比重を占めることはないようにも感じられますが。
 例えば宇宙の重さに関して言ったら、現在の知識では無視できるほどニュートリノの質量は小さいですから、そういう面ではあまり関係ないですね。ニュートリノの重さが、宇宙の進化を決定しているというようなことはないでしょう。ただ全てにおいて無視できるのかと言ったら、ニュートリノはいろんな過程で顔を出すから、絶対そんなことはありませんね。例えば、太陽中での核融合反応はニュートリノなしには全く説明できません。
――ニュートリノがマヨラナ粒子であるとなると、レプトンの生成やバリオン数の生成(第3章参照)が説明でき、ひいては宇宙の物質の存在を説明することにつながるのでは。
 その可能性は高いと思っています。
――先生のニュートリノへの関心は、やはり素粒子屋としてのものですよね。
 いまのところそういう仕事をしていますが、別にそうでなければならないと思っているわけではありません。

――先生が研究者になろうと考えられたのはいつですか。
 大学院に入ってからですね。
――実験屋を選んだ理由は。
 特にないです。ただ今にしてみれば、実験屋になってよかったとは思っています。
――ニュートリノに関わるようになった経緯は。
 これはかなりたまたまです。大学院が小柴研究室だったのですが、ちょうどカミオカンデを立ち上げるときで、これに参加してニュートリノに深入りするようになった次第です。
――神岡のような基礎研究の実験には多額の費用がかかり、税金が投入されるわけですが、国民にその必要性を問われることもあるのでは。
 大規模な基礎科学の研究は、もう企業などではできませんから、国でやらざるを得ません。あとは、国民の方に基礎科学の大切さを理解していただいた上、進めていくしかありません。ですから我々としては、今どういうことをやっているのか、一般講演会などを開いてできるだけ一般の方に理解していただくよう努めているつもりです。
――将来的な実験構想には、どのようなものがあるのですか。
 次の世代のニュートリノ振動(νe−ντ間振動)実験ですね。おそらく2008年ぐらいから実験開始できると思っています。
――スーパーカミオカンデを使うものですか。
 スーパーカミオカンデと新しく東海村に建設中の大強度の加速器を使う(長基線振動)実験です。
――ニュートリノ探求の意義は。
 我々が自然法則と宇宙を理解する上で、ニュートリノは避けて通れない研究課題です。
(2003.9.12)



◆奥村公宏(おくむらきみひろ)
和歌山県出身 1971年生
京都大学理学部卒、東京大学大学院理学系研究科修了。CANGAROO実験でポスドク、現在東大宇宙線研助手。


――先生は宇宙ニュートリノ観測情報融合センターの所属ですが、ここには文字通りいろんなところからニュートリノ情報が集まるのですか。
 そうですね。海外からニュートリノ研究に携わっている研究者を一定期間お招きして一緒に研究したり、ニュートリノに関連した題材で研究会を開催したり、また一般の方向けに講演会を開いたりしています。そういう意味では、情報が集まってくると言っていいと思います。
――世界でもニュートリノを観測できるところは限られていますよね。日本ではスーパーカミオカンデやカムランド、海外ではカナダのSNOといったところですか。
 大規模なものはそういったところですが、規模の小さいものはいろいろありますし、加速器を使った振動実験などもあります。
――でもニュートリノを「見る」となると、どうしてもスーパーカミオカンデのような大掛かりなものが必要になりますね。
 そうですね。
――先生はここで今どういうことをなさっているのですか。
 梶田教授のもとで、主に大気ニュートリノの研究をしています。
――近々の目標はやはり質量と混合角を絞り込むことですか。
 ニュートリノ振動に関連パラメータは、3つの混合角と2つの質量を計るパラメータ、それとCP非対称性を示す1つのパラメータがあります。太陽と大気(ニュートリノの観測)で、質量のパラメータがひとつずつ絞り込まれてきました。混合角も3つのうち2つが明らかになってきています。しかし混合各の最後の1つが現在検出されていなくて、他の2つに比べ非常に小さいことが分かってきています。
――それは電子ニュートリノとτニュートリノ間のことですか。
 そうともいえますが、同時に電子ニュートリノとμニュートリノ間の振動でもあります。これを探ることが今後のメインになると思います。
――この振動を見るためには大強度のニュートリノビームが必要になるわけですか。
 そうです。
――電子ニュートリノとτニュートリノ間の振動の様子が分かってくると、個々のニュートリノ質量も明らかになってくるのですか。
 それは混合角を明らかにするもので、混合角は質量には依存しないパラメータです。質量のほうは、二乗の差がほぼ分かってきています。
――あくまで二乗の差でしか絞り込めないのですか。
 んー、我々の実験ではそうですね。ただ、ニュートリノがマヨナラ粒子であれば2重β崩壊などの別の実験からニュートリノ質量の絶対値を求めることは可能です。

――先生がいつごろから実験屋になろうと思われたのですか。
 僕の場合は漠然としていますね。大学ではじめて理論と実験に分かれているのを知りました。ただ、博士課程でスーパーカミオカンデの研究をしていて面白く感じるようになって、そのまま続けていると言うのが正直なところです。
――ニュートリノに携わるようになって、ニュートリノをライフワークにしようというおつもりなのですか。
 もちろんそうです。ニュートリノにはまだまだ分からないことがありますから。
――ニュートリノでは次々と進展があり今もっとも見込みのある分野だと思いますが、有望な分野ほど大勢が押しかけて草刈場となるのでは。
 そういう面はあります。
――先生はその競争の烈しい分野に身を投じているわけですが、今後の方針は。
 いまのところニュートリノが一番面白くてこの分野に居るわけですが、他の分野に関心を示すことも大事だと思っています。ただ、将来も主体はニュートリノだと思います。たとえば宇宙に目を向けて、宇宙からのニュートリノを捕えるようなことができたら、といったことを考えています。非常に難しいのは分かっていますが、ビッグバン以来宇宙に漂っている背景ニュートリノを捕える可能性なども探りたいです。
――1.9kのニュートリノを掴まえるなど、皆目見当がつきませんね。
 この半世紀、基礎物理はたいへんな進展を見せいろんなことを明らかにしてきたのでしょうが、この先も同様に進歩したとしても、やはり分かることと分からないことがあると思います。先生の一生涯でも多分これは無理だろう、と考えるものが他にもあるのでは。
 最近宇宙論でダークエネルギーというものが存在すると言われていますが、この正体を明かすのはかなり難しいと思いますね。
――大統一理論を確立させるような実験はどうでしょうか。近い将来に可能になると思いますか。
 CERN研究所で建設中の加速器LHC(4章参照)で、大統一理論の予測する未知の素粒子が見つかれば大きく進展するのではないかと思います。
――重力をも取り込んだ統一理論が検証される可能性は。
 んー、大統一理論の先ですからね。
――どんな実験に参加するかは研究者にとって重大な戦略だと思いますが、もう基礎物理の実験というのは大掛かりにならざるを得ないから、選択肢はかなり限られるのでは。
 たしかにそういう面はあると思いますが、逆に、大勢の人間が力を合わせて大きな実験をやるということは、一つのことを成し得る非常に有効な手段だとも言えます。
――いろんな制約を無視できるとしたら、どんな実験をなさりたいですか。
 いま大強度の長基線振動実験が東海村と神岡間で進められていますが、これをもっと長くして、米国から日本へ打ち込むような実験ができたらいいですね。
(2003.9.19)


間違い、勘違い、見当違いにお気づきになりましたら是非ご一報願います。  塩野梅也


無明舎Top ◆ んだんだ劇場目次