遠田耕平
No33 少年・地雷・ワクチン
家の前のマップ君
本題の前に家の前の子供たちの近況を少し。2月号の原稿を書いてから一週間ほどしてからだっただろうか。僕が地方の出張から帰って見ると、なんと家の前の子供たちが一人もいなくなっている。例の臭い小屋の陰の寝床はすっかりときれいに掃除されている。お手伝いのリエップさんに話を聞くと、数日前にNGOらしき人たちが何人か来てみんなで子供たちを車に乗せて連れて行ったという。変な話だが、拍子抜けしてまった。
解決の糸口がうまく見つからないと悩みつつも子供たちのことを考えることが楽しかったのかもしれない僕だった。まあ、子供たちがちゃんとしたところに連れて行ってもらったんならいいんだろうなと思った。ところでどんなところだろうと、そんなことをつらつら考えながらその日は疲れて寝てしまった。
翌朝、聞きなれた子供の声がする。もしやと思って、外に出て見ると、案の定、見慣れた子供の一人だ。話を聞くと、逃げたと言う。連れて行かれたところはひどいところだったから逃げたと言う。どうも話が変だなあ。その子は翌日、姿がみえない。近所の人が警察が来て連れて行ったという。ますます心配になる。
それから数日してまた二人の見慣れた顔が帰ってきて家の前でしゃがんでいる。やはり逃げてきたと言う。連れて行かれたところはいつも喧嘩があって、窓のない部屋にたくさんで寝かされて、言うことを聞かないと棒で叩かれるという。どうやら彼らが収容された場所は矯正施設というか、鑑別所のようなところらしい。
また出張から帰って見ると、以前にいた子供たちの中で一番年上に見えた16、7歳位の男の子がしゃがんでいる。マップという名前だ。話を聞くとやっぱり逃げたと言う。実は家の前の仲間の全員がその前の夜に逃げたと言う。やれやれだ。子供たちはもう僕の家の前では寝ない。また捕まるからだという。寝るための別の隠れ家をつくったらしい。今は一度、その施設をこの目で見てみたいと思っている。
地雷原の上の麻疹ワクチンキャンペーン
カンボジアでは2月から僻地の9県で麻疹ワクチンのキャンペーンをやっている。僻地と言うと、プノンペンから車で7時間から12時間かかるタイ国境とラオス国境の県が中心だ。前々号でも書いたが、丁度その地域で麻疹の流行が報告されている。
カンボジアは大部分が平らな土地であるが、国境付近では少し山がちになり、人の入り込んでいない森が広がる。そんなところでは乾期の現在、盛んに野焼きがされて、煙で視界がさえぎられるほどである。なんでそこまで森に火をつけてしまうのかよくわからない。焼畑と言うわけでもないらしい。開拓の為に火を放っているのは一部で、あとは森の動物、野豚や、鹿、ハリネズミ、蛇などを大量に捕獲するためにやっていると言う人もいるが、よく判らない。
環境団体はカンカンになって怒って、森を守りましょうという看板をいたるところで立てているが、どうもあまり効果はなさそうだ。大体そんな看板の隣には地雷に気をつけましょう、なんていう看板がある。原野で生活する人たちの環境はとても厳しそうである。
今回の麻疹のキャンペーンは2000年の終わりから始まっているもので、全国を段階的にカバーしてきた麻疹ワクチンキャンペーンの締めくくりとなるものである。麻疹ワクチンのキャンペーンでは9ヶ月から14歳まで子供たちで、最も麻疹の免疫力が不十分で患者の多く発生する年齢層を対象としている。定期予防接種では十分にカバーしきれなかった部分を補う形で実施するこのキャンペーンは、麻疹ウイルスの伝播を一度に減少させるのにとても効果のあることがアメリカ大陸の実績などから証明されている。
カンボジアでは2000年に初めて今回のキャンペーンの対象にしている僻地の9県で大規模な麻疹ワクチンキャンペーンを実施したが、その時だけはワクチンと人材、準備の不足で、対象を5歳以下に限定して実施された。その影響で、現在もこの地域に麻疹の大きな流行が残っている。今回のキャンペーンでは前回に一度実施されたことを考慮して、7歳から14歳までの学童年齢に対象を限定してワクチン接種を実施している。つまり大部分は学校での予防接種で、簡単である。、、、と、言いたいところであるが、実はそうではない。
この国の就学率は都市部では70、80%まであっても、僻地では50%か、それ以下のところがほとんどである。したがって、学校だけを対象にしたのでは50%の子供しかカバーできないことになる。つまり、村を回って、村にいる子供たちにワクチンを配らないとならない。カンボジアのもう一つのキャンペーンの特徴は乾期の一番仕事をしやすい時期を狙って、麻疹と一緒に定期予防接種のワクチン(3種混合DPT、BCG、ポリオ)、寄生虫の駆虫剤、ビタミンA、も一緒に配ることにしていることである。これは実施上、人員不足や準備の複雑さから現場での混乱が生じて、結局お母さんたちが途中で帰ってしまい、接種率が上がらないので、推奨していない。しかし、カンボジアでは経験上、定期接種の経費削減も考えて実施されている。
もう一つ頭が痛いのは、これらの国境地域の村々は未だにほとんど地雷原の上にたっていることである。地雷未処理のどくろマークの看板にもかかわらず村人は住んでいる。カンボジアの地雷処理は日本も含め世界から多大な援助を受けているが、どの程度進んでいるか誰もよくわからない。政府の高官も地雷処理の寄付で汚職にまみれている者もいると聞く。せいぜい僕に出来るのは人の歩いた踏み固めた土の上を歩くことぐらいである。小用だけは茂みに入らないようにするのであるが、そのせいでみんなが見えるところで用を足すので、少々閉口する。でも、まあ、見せるほどのもではないし、間違って地雷を踏むよりかいいかもしれない。
愉快な学校ワクチン接種
学校で見るカンボジアの子供たちは楽しい。村の学校はほとんどが、床は地面で壁は粗末な板、トタン屋根もところどころ抜けている。埃っぽい教室は古い机と黒板があるだけの簡単なものだ。一つの教室の中には兄弟から姉妹までひと目で違う年齢だとわかる子供たちがごっちゃりいるどこにも若い先生たちがそれなりにいるのは感心する。大体が午前と午後の入れ替え制、多いところでは一日に3回も入れ替える。それでもやっぱり学校らしい。。
インドでは子供が校舎に入りきれないで45度の炎天下で授業をしていたり、先生は鞭を持ってやたらと子供を叩いていたりと、なんだかどこで授業をしているのかよくわからなかった。そのすぐ隣ではイスラム教の子供の為の学校(マドラサ)があって、子供たちがコーランを読んでいた。どこで一般の学習をしているのかよくからなった。それから比べると、カンボジアは実にしっかりしている。
行儀のいい村の学校の子供たち |
低学年の子供たちの接種、我慢強い |
二人一組の保健婦さんのワクチンチームが教室に入ると先生が子供たちを着席させて、いろいろ説明する。その間に、注射をされるとわかった子供が数人窓から抜け出して消えていくのであるが、先生はどの子が逃げたかわかっているようである。先生たちは本当によく協力してくれる。子供たちに一人一人、メベンダゾールという駆虫薬を飲ませて、次に一人一人保健婦さんの前に並ばせて注射を受けさせる。ほとんどの子供たちは唇を少しかみ締めて、泣く子も騒ぐ子もほとんどいない。実に行儀がいいのである。大変なのは中学校である。同級生たちがいろいろ冷やかす。隣の教室からも一杯押し寄せて、女の子達は緊張と興奮で泣き出す始末。そう言えば、こんな茶目っ気のある悪戯っぽい中学時代を僕も過ごしたことをふっと思い出した。カンボジアの学校は元気である。
賑やかで、騒々しい中学校の接種 |
村の道端での接種 |
愉快な村のワクチン接種
村ではたいていは村長さんの家の軒先などを使って、100戸から200戸に一ヶ所の割合で接種所を開き、ひとチーム100人余りの子供たちを目標に接種している。二人の保健婦に加え、村長さんを含め村から一人、接種所の手伝いを雇う。午前中はこの手伝いが村を回って子供たちを集め、午後は保健婦も一緒に家を回って、やり残した子供たちを、村の手伝いの協力で探し回ることになっている。インドのように宗教上の理由や政治的な確執から親が接種を露骨に拒否したり、子供を隠したりするようなことは、カンボジアではまずない事は実にありがたいことである。母親たちの表情は穏やかで、大方はとても協力的である。
まあ、そのように全てうまくいけばいいが、うまくいかないところも多い。村の手伝いがやる気がない、きちんと母親たちに接種日を知らせない、母親たちもあまり興味がない、ひいては保健婦たちまでもやる気がない接種所に至っては実に情けない様である。
接種所には子供の影がなく村の手伝いも保健婦もブラブラしている。代わりに僕が道を歩きながら出会う子供たちにワクチンをやったのかと聞いて回ると、正直な子供たちはやってないと、首を振るのでよくわかるが、一目散に逃げ出す子供がいるかと思うと、森に逃げ込む子供もいる。そうかと思えば、椰子の木にするすると登ってしまう子供までいる。ある家では子供たちが4,5人集まってトランプで遊んでいる。ワクチンをやったのかと聞くと、みんな腕を抑えて、痛そうな顔をして「学校でやった。」と言う。本当かなと思っていると、隣の家の年長な子供が出てきて、こいつらはみんな学校に行っていないよ、嘘っぱちだよと、教えてくれた。子供たちは、ばれたとばかり、頭を掻きながらばつが悪そうに接種所に行く。
そういう村では、県や郡の監督官にきちんと接種チームの監督を強化してもらうように指導する。しばらくすると、お母さんに捕まって、手を引っ張られながら半べそで連れてこられる子供たちもいる。逃げたのではなくて本当に夕方まで森や畑で手伝いをしている子供たちもいる。そういうときは接種チームに夕方まで残ってもらって森から戻る家族を探して接種してもらうようにするときもある。
君たちも逃げるのかな? |
フィールドの怪しい姿の僕 |
村の接種は大変であるが、細かく見るといくつも改善できるところがわかってくるし、なんでうまくいかないのか、どうしてうまくいっているのかと考えるだけでおもしろい。子供たちとの知恵比べもおもしろい。そんなのは医者の仕事じゃないと言う人もいるだろうが、僕はこんなのが最近おもしろくてたまらない。誰もありがとうと言ってくれない普通の子供たちを見ている、こんな医者の仕事もおもしろい。感染症の予防の現場はそんなところだ。
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