んだんだ劇場2004年8月号 vol.68
遠田耕平

No38  続カンボジア保健所事情

 村への出張ワクチン接種を止めて、保健所だけでのワクチン接種にして、しかも保健婦の収入も減らさずに、ワクチンを受ける子供の数も減らさない方法とは、読者の皆さんは一ヶ月付き合っていただけたでしょうか。

 保健所と村をいろいろと歩いてみてわかったことがある。村のお母さんたちは保健所が何をやっているところか全く知らないのである。ワクチンは過去17年間、月に一回保健婦が村に来てやるものに決まっていた。保健所はいつも人がいないし、たまに行っても待たされる。ワクチンもしてくれない。たまに薬が欲しくなったら薬を安く買いに行く薬局のように考えている。
 僕は自分で商売をしたことがないので偉そうにはいえないが、要するに宣伝とサービスがないのである。宣伝とサービスがなくてお客が集まる訳もない。医療を商売とか、宣伝とか、患者さんをお客さんなんて言い方をしていけないことは僕も医者として十分承知である。ただ、話をよりわかりやすくするために便宜的にこの言葉を使うことをお許しいただきたい。空っぽの保健所を生き返らせるためにはこんな感覚が必要だということである。日本の我が家の近所の八百屋さんを呼んできたら、多分一晩でやり方を変えるだろうなと想像するのである。まず全てのお母さんたちへ伝えるメッセージはこうである。

  1. 村での月一回のワクチン接種を止めますと伝える。
  2. その代わりに、毎日朝7時半から11時半まで保健所を確実にオープンして、全てのスタッフが一生懸命に働いていますと知らせる。
  3. ワクチンは保健所で全て無料で受けられることを伝える。(カンボジアでは村では無料でワクチンを接種するのに、保健所で接種する時はお金を取るところが多いのである。その理由は少しでも保健所の収入を増やしたいという思惑からであるが、大変な間違いである。お金のない貧乏人からはお金を取らないから大丈夫ですよ、というのだけど、僕からみればおかしな話である。)
  4. 三種混合とポリオ、破傷風のワクチンは一週間のどの日でも受けられること。BCGと麻疹のワクチンに限り月曜日をワクチンの日にすること。お母さんが都合のいい日を選んで来て欲しいことを伝える。
  5. 保健所ではいろんなサービスが無料か安価で得られることを伝える。例えば、妊産婦検診、避妊薬の配給、鉄剤、ビタミA、駆虫剤、ヨード入り塩、結核検査、結核治療薬、マラリア治療薬、等など。そして健康教育
 お母さんたちに保健所に興味を持ってもらうには、わずかな交通費がかかるかもしれないが、保健所は毎日開いていて、待たされず、それなりの診療と、安く、品質の保証された投薬を受けることができると宣伝すればいい。(カンボジアでは偽物で全く効果のない薬が大量に出回っていて、大きな問題になっている。)高い交通費と治療代をかけて待たされる個人の医者に行くよりもずーっとお得ですよと宣伝するのである。

僕の名案
 日本では宣伝といえば、テレビや新聞、チラシといったいろんな方法があるがカンボジアでは口コミである。では、誰が口コミをやるのか。これに僕は悩んだ。村にはお産婆さんが何人かいて、保健婦と顔見知りだし、村のワクチン接種では村の村長たちがボランティアで連絡の手助けをしてくれている。だから村のボランティアとお産婆さんたちに保健所からの連絡を徹底して、お母さんたちに伝えてもらうのが一番いいだろう、と始めは考えたのである。
 でも村を歩いてみて、これは日本的な発想だと気がついた。多分日本ならこれで足りるのかもしれない。でも、カンボジアは違う。実はお産婆さんがお母さんたちと接する機会は限られているし、村長たちボランティアも他の事で忙しい。どうも確実にお母さんたちに伝わると言い切れない。だったら保健婦たちはどうだろうか。もし保健婦たちが今まで村へワクチンや注射器を担いで行っていた代わりに手ぶらで、身軽にこの口コミの徹底のために村を毎週回ったらどうだろうか。お母さんたちへの連絡が徹底するまで毎週でも村を訪ねて、もちろんお産婆さんや村長とも会い、お母さんたちへも直接メッセージを伝え続けるのである。保健婦たちはほとんど午後は働かないし、一時間くらい村に行かせることは可能だ。これはずっと確実に思えるのが、どうだろうか。

村のお産婆さんのおばちゃん
 もう一つこの保健婦の村回りの口コミに良いことがある。それは村で新しく生まれた赤ん坊の情報を得ることがきることである。村に行ったときにお産婆さんと村長から確かな新しい情報をもらうことができる。
 カンボジアの保健所には新生児を記録する簡単なノートがあるが、記録は不完全で誰もちゃんと使っていない。しかも保健省は昨年全国の村のボランティアに記録のノートを印刷して配ったのであるが、記録は断片的、本当の新生児の数の半分程度もわからず、信頼性を欠いた。
 その最大の原因は村のボランティアもお産婆さんもお金をもらえるわけじゃないので真剣に知らせてくれないからである。じゃ、誰が真剣か。保健婦である。保健婦が自ら全ての村のお産婆さん、村長に聞いて回り、記録すれば、村の新生児は100%わかるといえる。というのも、これも村を歩いてわかったことであるが、カンボジアでは保健所の助産婦がアルバイトで村に呼ばれて、全体のお産の30-40%を手伝っているし、残りは村のお産婆さんがやっている。カンボジアではお産婆さんたちは村でも顔の知れた人たちで、助産婦とも仲がいい。例外的に難しい出産は町の病院で産むが、村の人たちは誰が病院に行ったかは良く知っている。つまり、保健婦さえやる気になれば100%の村ごとの完璧な新生児の出生記録簿が完成するのである。

 なぜ新生児の記録が必要か。これがワクチン接種をする子供の数を減らさないもう一つの僕の名案(工夫)である。つまり、毎月の終わりに予防接種の記録と新生児の記録を見比べて、それぞれの村のどの子供が保健所にワクチン接種に来ていないのかを的確に知ることができるのである。もしこれがわかれば、保健所にいても村のボランティアやお産婆さんたちを通して、そのお母さんに連絡して、保健所に来るように促すことができる。毎月お茶代を出して、保健所で村のボランティアとお産婆さんたちを集めてミーティングを開いて、この情報交換をすることも考えている。
 どうだろうか僕のアイデアは、成功の鍵は、保健婦たちである。保健所の活動が軌道に乗るまでは保健婦自らが村に出向いて宣伝する。そして、新生児の情報を100%集める。村に頼る限り失敗する。保健婦がしっかりすれば成功する。
共に、保健所の助産婦さん(左)と村のお産婆さん(右)

 さて、そうすると保健所の所長がどのくらいしっかりしているかも大事なことである。僕が保健所長だったら…
  1. 保健所を確実に午前中オープンするために、職員が途中で帰ったり、さぼったりしないようにしっかり管理する。
  2. 保健所でのワクチン接種は無料。一般診療とワクチン接種の部屋を分けて、入り口でわかるように案内して、お母さんを待たせないようスタッフの指導を徹底する。
  3. 保健所のいろんなサービス(妊産婦検診、避妊薬の配給、鉄剤、ビタミA、駆虫剤、ヨード入り塩、結核検査、結核治療薬、マラリア治療薬、等など)を確保し、スタッフ全員で手分けして配るようにする。
  4. お母さんが一番集まる9時頃に毎日スタッフが持ち回りで保健教育をする。(保健省から様々なポスターや紙芝居のようなものが配られているが実際には少しも使われていない。)
  5. 午後は保健所のスタッフを手分けして、お母さんたちが保健所に来ることになっている村を回らせる。始めの1-2ヶ月間は、毎週全ての村に行くように徹底する。
  6. 助産婦に新生児の出生記録簿を村ごとに作らせ、所長の管理下におく。保健所のスタッフの情報が全て記録され、全ての助産婦、お産婆さん、村のボランティアの情報が記載されているのか、信頼できる記録になっているか、予想されている出産数(人口統計)と見比べて評価する。
 そう言えば、収入を確保する話をしていなかったが、これは政府が今もって責任を放棄しているところである。しかも、今まで村に行くたびにもらえた2ドル程度の足代も、保健所から10キロ以内の村にはもう払わないと政府は言い出した。こうなると政府は全く頼れない。
 おもしろいことに、保健所のスタッフたちはそんな安い当てにならない政府から支給される足代に頼るより、村に行くことを止めてしまって、お母さんに保健所に来てもらう方がずっといいと言い出している。つまりお母さんに来てもらえばいいのである。本当に人が保健所に集まり出したとき、本当に村の人たちが保健所の便利さを理解してくれた時、保健所の一般診療の収入は必ず自然に上がるはずである。そうなると保健所のスタッフはますます元気づけられるだろう。
 皆さんどうだろうか。うまく行くだろうか。こっちの人は無理じゃないかという。お金がなくてできる訳はないと言う。本当に貧乏な人で足代も払えない人はどうするのかとも言う。現実は厳しい。確かに難しい問題はある。でも、そう言われて、ハイそうですかとは言えない。きっとできると信じる。きっとできると信じるその始まりが大切だと思っている。理想と現実の間に必ず道があるはずだ。理想だけでもない、現実だけでもない、その間に最善を尽くした方法が見えてくると信じる。

 今、試験的に9つの県の12の保健所を選んで始めた。保健所に近い村から、村での接種を止め、保健所でのワクチン接種を始める。6ヵ月後に再び皆さんに報告ができたら幸せある。

左からモスリムの村のお産婆さん、保健所の助産婦さん、村長さん、もう一人のお産婆さん

保健所での保健教育


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