んだんだ劇場2004年09月号 vol.69

No27−ちょっと遅い夏休み−

8月17日(火)
 お盆のあたりから急に風が冷たくなってきた。長女が赤ちゃんを連れて帰っていた7月下旬から8月初旬の10日間がぴったり「秋田の夏」のピーク。せっかく避暑に来たのに東京とかわらない猛暑と出くわすのだから運が悪い。それにしても夏から秋への変わり目はかなり露骨な感じで暑さが「抜ける」。

 もう1ヵ月半以上も東京に行っていない。スポーツクラブも7ヶ月以上のご無沙汰。「エアロビ&東京」の看板に偽りあり、というところ。この1ヵ月半、原稿を書いたり、県内各地を飛び回ったり、散歩に精出し土日もお盆もほとんど仕事していたので、それなりに充実した日々ではあるのだが、集中力が2時間と続かなくなった。これは顕著、自分でも驚くほど持続力が落ちているのが自覚できる。

 仕事の参考資料ばかり読んでいる毎日なのでたまには面白い本が読みたい。新刊の内田樹『街場の現代思想』(NTT出版)は取材先の公園のベンチで読了、やっぱり読ませる。家に帰って勢いで読まずにいた『ためらいの倫理学』も読了。冬弓社はいい出版社なのだが活字組みが弱くて読みにくい。内田の本は香具師の啖呵を聞いてるような心地。アマゾン・トメアスー出身の若者を主人公にした垣根涼介『サウダージ』はヴァイオレンス小説のえぐさにグッタリ。収穫は室積光『小森課長の優雅な日々』(双葉社)とW.サローヤン『ワンディインニューヨーク』(ちくま文庫)。この二本は抜群に面白い。室積はだんだんよくなっていて楽しみな作家。奇想天外、ユーモラスな作家ということになっているが、ヴァイオレンス作家より殺人も性もずっとリアルで、こちらの琴線に触れてくるディテールがある。田中啓文『蹴りたい田中』(ハヤカワ文庫)はわけがわからない。3時間以上没頭して本を読んでいると頭が痛くなるようになった。これは少しやばい。でも面白い本が読みたい。上林暁『禁酒宣言』は坪内のまとめ方がうまくて面白く読めたが、庄野潤三『夕べの雲』(講談社学芸文庫)はまったくこちらにフィットしてこない。これから読む川上健一『地図にない国』(双葉社)に期待をかけるしかない。市内の映画館でウィークエンドだけ名作映画をかけている映画小屋があり、そこで『バーバー吉野』。前評判の高い映画だったし、テーマも好みだが内容はいまいち。「日本版スタンバイミー」というのはほめすぎ。最近BSテレビの深夜、いいドキュメンタリー(NHK)をやっている。それを観るのが楽しみなのだが番組欄をみて決めて観てるわけではない。この「出会い頭の感動」がいいのかも。本もテレビドキュメンタリーも映画も、直感で良い悪いの判断が出来るようになった。単に年をとったということか。

 お盆中は静かな事務所で、いつものように仕事。ふだんできない長丁場の仕事を丁寧にじっくりと集中してできるのがうれしい。お盆前に恒例の愛読者DMを出しているので、その注文や電話が何件か入る。休みの時にかかってくる電話にはかなりヘンな内容のものが多い。ひとりで仕事をしていると昔はよく落ち込んで暗い気持ちになったものだが、最近は「どうなってもいいや」と居直り、深く考え込まない「技術」を身に付けたせいか、落ち込まなくなった。出版をとりまく厳しい情況は構造的なものなので一喜一憂してもしょうがない。一朝一石に解決できる問題でもない。そんななかでも春先から半年以上続いている小舎の不振は、どうにか暗いトンネルを抜け出せそうな雰囲気である。具体的にどこがどうしたといえるわけではないのだが、なんとなく暗闇の先に光が見え始めているような気がするのだ。

 7月で2名の人間が抜け、事務所はいっけんひっそりとしているが、実は本以外の大きな仕事がはいっていて、ほとんどの舎員がそちらにかかりきりになっている。その忙しさが終わると、はじめて2名が抜けたダメージが染みこむように効いてくるだろう。いまのところ目先の忙しさにかまけ、だれも2名の欠落を意識する余裕はない。この忙しさが一段落つく秋頃、書店営業の空白などが重く肩にのしかかってくるのは間違いない。予想していたことなのでグチは言わないが、零細企業にとって1名の人間が抜けるのは仕事にかなり大きな穴をあけるものだとあらためて驚いている。育児出産の島田はいつ生まれてもおかしくない身体で、それでも週に何回かは手伝いにきてくれる。



8月21日〜29日
 8月21日(土)ちょっとというか、かなり遅い夏休み。11時20分のANA便で東京。昨日は遅くまでTさんと飲んでいた。Tさんは同い年で今度の新聞連載にカットを描いてもらう、有名ではないが実力のある人。本業は看板屋さんでシャイなのに多趣味、マラソンから郷土芸能まで何でもござれで大の酒好き。午後から新聞社の人も交えて延々打ち合わせ(何せ1年の長丁場で週1回だから当然である)、その後2人で街に繰り出したのだが、未明の風速41メートルの影響で休んでいる店が多い。事務所のパソコンもプロバイダーのサーバーがパンク、半日以上使い物にならなかったし、スーパーやコンビにも停電で店を閉めている。雨、風、雪のなかでは風が最も怖い。東京行きが一日早ければ(実はそういう予定だった)、もろに台風の影響を受け、飛べないところだった。被害はこれから広がる恐れがある。特に農産物が心配。夜中に屋根を持ち上げるように吹き上げてくる風の怒号(悲鳴)にまんじりともできなかったのは15年ぶりくらいか。そんなこんなで久しぶりの東京行き(2ヶ月ぶり)である。事務所に着いてさっそく部屋の掃除。夏休み中の息子は自動車教習所通い。4時から朝日新聞社談話室アラスカでKさんと「大潟村」写真集の打ち合わせ。途中で食材を大量に買い、家の冷蔵庫を埋める。これで1週間は外食しなくても済む。
 22日(日)曇り空ですっかり秋の風。東京でこの時期クーラーなしですごせるというのはありがたい。外に出ず1日中家にいる。家にいてもやることは山のようにある。昨日に引き続きひとり晩酌。徹夜で女子マラソンを観る。野口のタフさに驚くと同時に高橋尚子だったら勝てなかっただろうな。今回の日本人選手のメダルラッシュは日本経済のバブル崩壊とリンクしているのでは。企業スポーツのリストラで優秀なコーチと選手の少数精鋭のマンツーマン・トレーニングが逆説的に可能になった。企業のスポンサードがシビアになったため、崖っぷちに立たされた選手やコーチの危機意識が北朝鮮選手のような底力を生んだのではないか。オリンピックでメダルを取る意欲があり、結果を残せるものにしか金を出さないし大舞台に連れて行かない、という国内事情が「負けても別の人生が待っている」風のオゴリや油断を選手から払拭した。バブルから目覚め、追い詰められたメンタリティが強いアスリートを輩出した、というのが小生の持論。三田誠『団塊老人』読了。
 23日(月)午前中デスクワーク。午後から八王子方面にある人を訪ねるが、うまく連絡が取れず会えない。そのまま電車を乗り継ぎ成田空港へ。ここでも第2ターミナルで間違って降りてしまい時間を30分ほどロス、その間に見送りする人(ブラジルの友人)はチェックイン。なんともドジな顛末。家に帰ってひとり晩酌。川島誠『800』(角川文庫)読み出したらおもしろくてやめられない。陸上の花形は100メートルなどというがこれは何の根拠もない話で、外国では「陸上の華」といえば「TWO LAP RUNNERS」といわれる800メートル走なのだそうだ。そういえば我々の中学校時代も陸上競技の花形は1500メートル競走だった。しかし青春小説というやつにはおもしろい作品が多い。知らないすごい作家がいっぱいいる。『バッテリー』クラスがごろごろ。
 8月24日(火)午前中デスクワーク。昼から神田まで歩き、藤庄印刷東京支店へ。帰りは神保町経由。途中のアクセスで秋田出身のカメラマンMサンに会い立ち話。飯田橋駅付近で「論座」編集長Jさんとバッタリ。買い物をして夕食の準備。夕方サンパウロからMさん訪ねてくる。アイリッシュ・ウイスキーを飲みながら四方山話。途中から息子も加わってワイワイガヤガヤ。時差ぼけで泥酔したMさんを息子が駅まで送り届ける。『800』の続き読む。
 25日(水)ゲラが何本も送られてくる。電話やメールも多い。東京にいても秋田と同じように仕事をこなしている自分に妙な違和感を覚える。自分にとっては東京にいる時間は特別だと思っていても、相手はまったくそう思っていない。どこにいても仕事に追われる。今日も結局はどこにも出かけず事務所にこもってパソコンとにらみ合ったまま。夕方カレーライスを作るために買い物へ。カレーを食べながらひとり晩酌。オリンピックの野球は銅メダル。マスコミはしきりに「長嶋ジャパン」という言葉を連呼し、メディアも選手も長嶋監督をオカルト宗教のように神格化する。しまいには「ユニフォームの機能」まで、長嶋のすばらしいアイデアから生まれた「特別の物語」に仕立てあげる始末だ。これはどこかの国の独裁者の名前と入れ替えれば、その国の現状と寸分違わぬ英雄譚になる。「主席様のおかげで・・・」と泣き崩れるかの国の選手たちを笑えるのか。
 8月26日(木)6時前に目覚めてしまう。高田馬場まで行って戻ってくる1万2千歩の散歩。帰りは飯田橋から降りてくる通勤客とぶつかり急いで横道に入る。午前中デスクワーク、午後からの取材の準備。午後から総武線で市川市へ。バスで5つ目の停留所で降り、調べている人物のご遺族のお家にお邪魔する。2時間ほど貴重な資料を見せていただき、お話を聞き飯田橋まで帰ってくる。冷蔵庫の余りもので食事。息子は昨日から毎食カレーを「うまいうまい」と食っている。食後、息子のアルバイトをめぐって口論。といってもこちらが一方的に説教するだけだが。読む本がなくなった。明日あたり神保町に調達に行かなければ。会社から「ISOの認証会社が認証を取り消された」という意味のわからないメールが入る。えッ、どういうこと。指導して認証を与える審査会社そのものが「認定会社にふさわしくない行為をした」ということで一時認定を取り消されたということのようだ。前代未聞。私たちは苦労して多額の費用を払って認証取得をした。その後も毎年2回、この会社のチェックを受けるのが義務付けられている。チェックはけっこう厳しく50万内外のお金もかかる。ISOをとったはいいがその後にお金がかかりすぎてやめたり、認証を取り消されることも珍しくない。その権威ある機関が、その上の認定協会から「認証一時停止」の処分を受けた。なんとも憂鬱で複雑な気分。
 8月27日(金)今日は朝からフル稼働。大急ぎで午前中の連絡仕事を済ませ、昼は神保町で高校時代の同級生Sさんと食事。Sさんはインターネットで故郷秋田のことを実に詳しく調べているので、会話をしているとかならず2,3企画のヒントをもらう。今日も2つ、何気ない会話からブックレットの企画を思いついた。飯田橋駅前の書店で10冊ほど本をまとめ買い。事務所でサンパウロから来たMさんと仕事がらみ(健康食品)の打ち合わせ。1時間ほど打ち合わせたあと2人でワイン。7時半、神保町の焼き鳥屋で友人の若い編集者2人と飲み会。少し食べすぎ、飲みすぎ。もう一度原点に戻って体調管理をやり直さなければ、と口では簡単に言うが、これがけっこうな決意がいる。
 8月28日(土)どこということはないのだが体調が悪い。去年はほとんど飲んでいないビールを今年は毎日のように飲んでいることと関係があるのでは。健康オタクとしてはしばしユーウツな気分に。1日中家にいて夕方、サンパウロのMさんと息子の3人で表参道のブラジル料理店で食事。1時間半待ちでようやく肉にありつく。
 8月29日(日)朝から肌寒い。体調が思わしくないので一日断食。ソファに横になりテレビ。何もしないというのが一番の苦痛だ。荷宮和子『若者はなぜ怒らなくなったのか』(中公ラクレ)がおもしろい。昼から気分転換で護国寺、小石川方面へ散歩、1万歩。飯田橋の名画座で「グットバイ・レーニン」をやっていたが「立ち見です」といわれてやめる。腹が減って座っていないとしんどい。
 8月30日(月)小雨交じりの肌寒い朝。昨日からの一日断食が効いて、気分はすっきり。今日も夕食までは食べるのを控えることにする。10時半、羽田へ。ずっと『ぼくは痴漢じゃない』(新潮文庫)を読みながら移動。最近、「あとがき」でガックリしたり、驚いたり、あきれたりする本が多いのだが、この本も著者がいつのまにか宗教家になっているのを「あとがき」で知り感動が薄れる。秋田に着くと猛暑。これも台風のフェーン現象によるものか。今年の夏は東京のほうがまだましだったのではないのか。事務所で猛烈にたまった仕事をやっつけていると頭が痛くなる。集中力が続かなくなったせいだ。家で久しぶりにまともな夕食を取り、1万3千歩の定例散歩、明日に備えてヘッドライト、懐中電灯、ロウソクなどを準備。家の周りの飛びそうなものを入念にチェックしてから床につく。家の周りの木々の葉っぱがきれいになっていると思ったら、1週間前の台風で葉っぱが吹き飛ばされていた。


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