んだんだ劇場2004年2月号 vol.62
No7  ロンドンで学生生活スタート!

家なき子
 ロンドンに行く直前になって、住む予定になっていた学生寮から電話がかかってきた。なんと単身用の部屋は空いているが、家族用の部屋は一杯とのこと。なんとなくいやな予感はしていたのだが、案の定である。今更言ってくるなんて、一体どうなっているのか?と怒っても、部屋がないのは事実なのである。
 ちょうど夕食を食べるところだったのだが、夫は、
「ぼく、なんだか食欲なくなっちゃった。」
といって落ち込んでいる。私も右に同じである。
 慌てて、4年前にロンドンに滞在した時の友人に電話をして、とりあえず数日泊めてもらうことにした。来客や居候が多い家なので、大変心苦しいのだが、ここは甘えさせてもらうことにする。夫は寝袋を持っていくことにし、娘に、
「僕たちはね、ロンドン橋の下で寝るんだよ。」
と言っている。
 不安を胸に到着したロンドンは、灰色の空から雨がしとしと降っていて、夫と私の今の心境にぴったりである。しかも空港からのリムジンバスで、つわりのせいもあるのか、私はすっかり車酔いしてしまい、ゲロゲロだ。なんとか友人の家にたどりつきほっとする。
 さて、さっそく部屋探しである。前回ものすごく苦労したので、今回も期待はしていなかったが、やはり大変であった。いいなと思った物件はタッチの差でなくなってしまう。やっと決めたかと思うと、いい加減な不動産屋でさんざんもめる。でも当初の予定を大幅にオーバーした1月下旬、やっと決まった。念のためと思って持ってきた夫の寝袋が大活躍した一ヶ月であった。

シャワーの話
 先ほども書いたが、私たちが居候させてもらっている友人宅には居候が多い。私たち家族を含めると8人が住んでいる。でも、お湯のタンクが小さいので、一日に3人しかシャワーを浴びることができない。
 風呂好きな私はそれを聞いておののいてしまったのだが、よくよく聞いてみると、なんと、みんな一週間に一回しかシャワーを浴びないらしい!そういえば、いつだったかロンドンだかイギリスで行われた調査で、多くの人が2、3日に一回しかシャワーを浴びていない、というのを知り、びっくりしたことを思い出した。あの時はとても信じられなかったのだが、事実だったのだ。
 でももっと驚きだったのは、わずか一週間で私もそれに慣れてしまったことだ。名誉のため一応言っておくが、私の場合は3日に一回である。その日の授業にグループ討論なんかがあるときは、大学に行く前にシャワーを浴びることにしている。
 風呂嫌いの娘と夫はなんの苦もなくあっさり順応している。とりあえず娘の顔とお尻だけは熱いタオルで拭くことにしているが、なんとなく申し訳ない気持ちである。

大学院
 さていよいよ大学が始まった。私はロンドン大学の教育研究所(Institute of Education)の中にある生涯教育と国際開発という学校の大学院生となった。目指すは博士号である。
 海外からの学生は最低6ヶ月間ロンドンに住むことが義務付けられている。ほとんどの学生が最初の2学期にリサーチトレーニングコースをとって、これからの研究に必要な知識や技術を身につける。
 学生は私より若い人ばかりなんだろうなと思っていたが、大間違いであった。私はまだ若い方で、ほとんどがもっと年上である。どこかの教授じゃないか、といった雰囲気の学生もいる。年齢なんて関係ないんだ、ということを再認識した。
 そういえば、27歳の時にタイの難民キャンプに派遣されることになったときのことを思い出した。あの頃私は病院勤めをしていて、ただただ毎日忙しく、まわりの人からは、
「こんな生活していると、結婚できないよ」
とか、
「もう27歳なの?あっという間に年とっちゃったね。」
とか、何かと年齢に関するプレッシャーが大きかった。自分でもなんだかわからずにあせっていたし、何か新しいことをするにはもう年をとりすぎているような気がしていた。
 でもタイに行って、いろいろな国から派遣されてきた他のボランティアたちと出会い、年齢なんて関係ないんだ、人生まだまだこれからなんだ、ととても楽な気持ちになったのを覚えている。
 今回もまさにそのとおりであった。学ぶのに年齢なんて関係ないのであった。
 さて、さっそく指導教官に会った。以前この大学院の通信教育のコースを受けていたことがあり、彼女はそのコースの指導教官でもあった。今まではEメールでのやりとりのみだったので、なんだか不思議な感じである。とてもよさそうな人でほっとする。
 「どうして博士号をとろうと思ったの?」
と聞かれて思わず言葉に詰まってしまう。このテーマを追求したいんです、というような高尚な理由じゃないので、ちょっと後ろめたい気がする。実は子育てと妊娠・出産をしたいのですが、その間せっかくなので博士号でもとろうかと思って、とはとても言えない。もちろんそれだけではないが、実は自分の中でもはっきりしていなかったことに、改めて気づき、ちょっとあせる。彼女の場合は、すでに大学院の職員として働いており、当然のように博士号をとることが期待されていた、というのが理由であった。なるほど、そういう理由もありなのね。彼女が言うには、博士号までは長い道のりなので、気合が入っていないと途中で挫折してしまう、とのこと。私の場合は娘が小学校に上がる前になんとしてもとる、というところか。
 さて、大学院生は最初の1年間に4つのレポートを仕上げなくてはならない。ひとつは研究分野に関する文献検索とそれに関する論文。2つめはどのような研究をするかという研究プロポーザル。3つめは試験的に小さな規模で研究をし、それを論文にまとめたもの。そして最後は博士論文の最初の部分。少なくとも最初の2つは今から7月初めまでに全て提出しなければならない。それに加え、月曜から木曜まではリサーチトレーニングの授業がある。さらに来週指導教官に会うまでに、1000語のレポートを書かなくてはならない。
 学生になって娘とゆっくり遊ぶはずだったのに、今週は、朝9時に家を出て、夜9時に家に戻る生活である。
 とりあえず学生生活に慣れ、要領を得るまではあきらめるしかない。
 幸いなことに、娘は居候宅の8歳の女の子と夢中になって遊んでいるのが救いである。

拾い物
 ロンドンの道端にはいろんなものが落ちている。
 こないだは、ままごと用のキッチンと、子供の鏡台セットが落ちていた。というか、捨てられていた。早速夫が拾ってきて、きれいに洗って消毒(!)した。洗ってみると、ほとんど新品である。キッチンにはお皿やおなべ、フォークやスプーンもついていて完璧だ。娘と8歳の女の子は大喜びで遊んでいる。
 そのあとは、大きなタンスを拾ってきて、昨日は冷蔵庫を拾ってきた。
 友人たちによると、日本もそうであるが、この国ではみんな何でも捨ててしまうらしい。ただ日本と違って、ごみの収集に関する規則が厳しくないので、みんな道端にどんどん捨ててしまうらしい。
 夫は、
「もし軽トラックがあったら、町中まわって中古品を拾って、お店やるんだけどなあ。」
と言っている。地球の環境問題の観点からみても、とてもいいことなのではないかと思うのだが、どうだろうか?
 こんど引っ越すアパートには机がないので、現在夫は机を探している。ベビーカーも探しているらしいが、さすがベビーカーはきれいなのを買おうよ、と私は言っている。


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