んだんだ劇場2004年6月号 vol.66
No11  ロンドンの春

公園日和
 あの灰色だった冬がうそのように、ロンドンはとてもいい季節になった。朝は5時過ぎには日が昇り、夜は9時頃まで明るい。あんまり明るいのでついのんびりやっていると、いつの間にかもう8時過ぎになっていて、あわてて娘を寝かせる羽目になったりする。
 毎週末にはみんな近くや遠くの公園に繰り出して、日光浴をしたりピクニックをしたりしながら一日を過ごすようだ。物価は高いし、食べ物はまずいしとつい文句ばかりつけたくなるロンドンであるが、公園は例外だ。広い芝生に大きな木々、きれいな花もたくさんさいていて、りすがちょろちょろ駆け回っている公園は文句なしに満点である。
 そこでうちも例に漏れず、毎週公園に通っている。サンドイッチやおにぎりを持って出かけていき、どの公園にも必ずある子供の遊び場で娘を遊ばせながら、一日だらだらと過ごす。娘はたいてい砂場に入りっぱなしである。遊び場はいつも子供でいっぱいで、いくら眺めていても飽きない。社会の縮図を見ているというか、動物園のサル山を見ているというか、なんとも面白い。
 眺めていて気がついたのは、子供の服装は民族背景(?)によってかなり違いがあるということである。もちろんどんな服を着ているかが民族によって変わってくるのは当たり前だが、問題は服を何枚きているか、である。特にこの季節は暑くもなく、寒くもないという中途半端な気温なのでその差は大きい。
 基本的にTシャツに短パン、女の子ならノースリーブのワンピースという真夏の格好なのはヨーロッパ系。私から見るとえー、ちょっと寒いんじゃないかなあ、という感じ。対照的に、長袖を着てその上からジャケットも着せられているのはアジア系。そりゃちょっと着せすぎかも?という感じ。アジア系の中でも日本人の子供は比較的薄着である。親を見るとその差はさらに明らかである。ヨーロッパ系の親はやっぱり真夏の服装、アジア系は皮のコートを羽織っていたりする。でも、こっちの地域ではこれが夏なのかもしれないなあ、アジアでは春、地域によっては一年で一番寒い季節にあたるかもしれないけれど、などと思いながら眺めている。

公園で日向ぼっこ(ここはビーチ?)
 どちらにしてもできるだけ長く続いて欲しいこの季節である。

シラミ事件
 ある日のこと、ひざに座っている娘の髪の毛を何気なく手でとかしていた時のこと。発見してしまったのである。髪の根元にくっついている小さな白い卵を!!
 娘を驚かしていけないと、うえーっ、という叫びを必死に飲み込みながら、他の場所も見ているともっとあるではないか!どうしよう、どうしよう、とあせりながら、そういえばこれ、授業で習ったよなあと思いながらシラミの顕微鏡拡大図が頭をよぎり、その姿にぞっとしてしまう。
 とりあえずそのままにして、その日インターネットでシラミについて調べてみた。いろいろなサイトがあったが、その中でも'シラミは不潔だからつくわけではありません、自信を持ちましょう'と書いてあるのがあり、なぐさめられたような、なんだか変な気持ちになる。
 早速夫が近くの薬局でシラミ退治用のシャンプーを買ってきた。シャンプーはあわ立ててからしばらくそのまま放置し、それから洗い流す。目、鼻、口には絶対に入らないように気をつけてください、などとどう考えても不可能なことが書いてある。気が狂うほどシャンプー嫌いの娘を思うと、かなりの修羅場が予測される。シラミの数が少なければ、目の細かい櫛で梳いて取り除くのを繰り返すという方法もあるようなので、そちらの方をとりあえずやってみることにする。
 娘がこの治療(?)をいやがっては困るので、
 「頭に虫さんがいるかどうか、探してみようね。」
と楽しい雰囲気で盛り上げ、その内心どきどきしながらシラミ用の櫛でとかしてみる。3度目に櫛を入れたとき、細かい目の間に思ったよりも大きなシラミがはさまって取れた。
 うえー。でも、本物を見たのは初めてなのでよーく見てみる。おー、確かにこんな形だった。ちょっとうれしくなる。さらにとかしてみると、取れる取れる。櫛になにもついてこないと、ちょっとがっかりしてしまうほどである。つい夢中になってしまったが、はたと娘のことを思い出し、
 「虫さんいたよ!よかったねー!(?)」
と言うと、見たいというので見せてみる。娘はちょっと複雑な表情でシラミを眺め、またおもちゃに戻っていった。いくら小さな子供でも体に虫がついているというのは、やっぱり気持ちのいいものじゃないよね。
 次の日は夫がトライしたが、髪の間を逃げようと走っているシラミをみつけ、
 「あ、あ、あ、」
とあせっているので、
 「早くとかして!」
とせかし、無事捕獲する。この人はきっとシラミ退治には慣れているのではないかと思っていたが、聞いてみるともっぱら女性の悩みで、彼にはあまり関係なかったそうである。
 とにかくこれをずーっと繰り返し、何だか一応シラミはいなくなったようである。もちろん夫と私もどきどきしながら自分の髪もとかしてみたが、いちおうシラミは取れてこなかった。あー、あせった。
 どこからもらってきたのかが問題だが、卵やシラミの数からみると、春休みに帰省したときの可能性が高い。でもこっちの保育園の可能性も否定できないし、しばらくは時々娘の髪の毛チェックをしたほうがよさそうだ。

そして大学と毎日の生活
 8月5日が出産予定日なので、それまでに文献検索とリサーチプロポーザルを書き上げなければならない。そこで現在ひたすら書いて(書こうとして)いる。ついつい"質より量"になってしまい、ちょっと書いてはワードのツールの文字カウントでチェックしてしまうのが問題である。耳にタコができるほどいつも聞かされる博士論文のキーワード、Originality (独創性)、 Justification(正当とする根拠・事実)、 be explicit(明白に!)がぐるぐると頭をめぐるが、今のところ文章の方にはあまり反映されていないようだ。
 今学期は授業の数も少ないので、なるべく家でやろうと試みたが、午後には保育園から帰ってくる娘の相手もしなければならないし、ついつい台所へいってつまみ食いをしてしまうので、やはり大学に行くことにした。
 現在妊娠8ヶ月に入ったところで、結構おなかも出てきたが、今のところ通学は何とか問題なしで、ちょうどいい運動という感じである。でも運悪くラッシュアワーに当たってしまうとちょっとつらい。電車や地下鉄の中で席を譲られることはほとんどない。多分アジア人の小柄さでおなかがあまり目立たないのと、<妊婦さんだと思って席を譲ったら単なる肥満でおなかが出ていた女性で、返って失礼に当たった>という状況を避けているというのと、二つの理由があるような気がする。確かに、あの人妊娠してるのかなあ、それとも単におなかが出ているだけなのだろうか、と判断に苦しむケースはかなり多いので仕方がない。でも、私の場合は現在、絶対的な運動量が少ないため、座らずに立っていたほうが体のため。だからこれでいいのだ。
 なんにせよ、出産までにやれるだけやっておかなくてはならない。8月に入ったら最後、おっぱいにおむつ、そしてプラス精神的に不安的になるであろう長女への対応が待っているのだ。がんばれ!


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