んだんだ劇場2004年10月号 vol.70
No15  放浪生活とビザ

ぼちぼち復帰
 急に冷え込んできて、最高気温が20度をきるようになった。あっというまに冬になってしまいそうで、なんだかちょっと憂鬱だ。外を歩く人たちも、もうすっかり冬支度で、分厚いコートを着ている人もいる。9月から保育園に通い始めた長女だけは、相変わらず半そでに短いスカート、そしてサンダルという夏服で、ジャケットにタイツ姿の他の子供たちの中で浮いている。厚着が大嫌いな娘を持つ親にとって、また頭の痛い季節がやってきた。
 産後一ヶ月は本当に何もせず、おっぱいをあげてオムツを替えることしかしない贅沢な日々だったが、9月に入って、また机にむかう生活が始まった。10月の始めに指導教官に会うまでに書かなくてはならないものがあるのだ。
 日中は長女が保育園に行ったすきを見計らって書こうとするが、洗濯、掃除、それからおっぱいとおむつもあるので、なかなかまとまった時間がとれない。幸いなことに、保育園で疲れきった長女が夜8時にはことんと寝てくれるので、その後の時間を書くのにあてているが、自分も眠くなってしまうのが問題である。
 とりあえず今月は慣らしということにして、来月から本格的に書こう!と思っているけれど、果たしてどれだけやれるのかな?夫から、「君がちゃんと勉強しないんだったら、僕たちロンドンにいる意味ないんだからね。」と言われてしまった。確かにそのとおりだよね。ちょっと気合いをいれなくては。

こわいおじさんとこわい世の中
 私たちの住んでいるところは、あまり治安がよくない。うちのアパートは電車の駅の目の前なのだが、このアパートの道路向かいが若者の溜まり場になっていて、いつも何かしらもめている。アパートの入り口にもたむろしていたりするので、家から出るのもためらわれることがある。夏休み期間中はさらに悪化して、なんども警察官がやってきた。
 そういうところなので、娘にはいつも、
「道を歩く時はいつもお父さんかお母さんと手をつなごうね。お母さんやお父さんの後ろを一人で歩いていると、こわいおじさんが来て連れて行かれちゃうかもしれないからね。」
と言いきかせている。最近反抗期で、何を言っても反対のことしかしない娘であるが、このこわいおじさん関連だけは神妙にいうことをきいている。
 先日保育園の帰り道、数人のおじさんの前を通った時に、
「ねえ、ママ、気をつけないとこわいおじさんにお水かけられちゃうよ。」
と娘が言った。
 そのときは??とちんぷんかんぷんであったが、後になってはっと気がついた。彼女は拳銃とかピストルという物は、水か出てくるものと理解しているのである。ほら、おもちゃの水鉄砲はほとんどがピストルの形をしているでしょう。きっとテレビの番組か何かで撃ち合いの場面をみて、水で撃ち合いをするのだと思ったのかもしれない。きっとそのうち、本物のピストルからは銃弾が出てきて、相手を傷つけるものなんだと理解するのだろうが、こんな恐ろしいものの存在は知って欲しくないような気がする。
 こないだも新聞のイラク関係の記事でひどい傷を負った人の写真を見つけ、
「ママー、この人はどうしたの?」
と聞いてきた。
「怪我しちゃったんだね、かわいそうだね。」
と言ったが、こんな場面ばかりの新聞もテレビもあまり見せたくない。
 どっちを向いても暗いニュースばかり。この先明るくなりそうな気配もあんまり感じられない。こんな時代に産んでしまった娘たちになんだかとても申し訳ない気がする今日この頃である。

ビザの季節
 またビザの季節がやってきた。年に一度、避けては通れない年中行事である。年末に日本に帰国する予定なので、夫のビザをとらなくてはならない。今回はイギリスの日本大使館でとる予定である。
 次女のパスポートの申請に行ったついでに、夫のビザ取得に必要な書類を聞いてきた。大使館のホームページ上で書かれていた書類よりずーっと多い。英国人ならわずかな書類だけでビザが取れてしまうようだが、タイ人の夫はたくさん書類を準備しなくてはならないのだ。しかも私が学生なので、状況はさらに悪い。
 今回は、日本にいる私の親が、招聘状と、招聘保証書、それに住民票と納税証明書または年金受給証明書とかいうものを出さなくてはならない。その招聘保証書の書式には、こんなことが書かれている。

1.私は上記の者が日本国へ入国した場合、下記のとおりその身元を引き受けます。
(1)必要に応じ、滞在費及び帰国旅費を負担すること
(2)本邦滞在中、日本国法令を遵守させること
(3)要請のあった場合には、本邦における在留状況を関係省庁に遅滞なく報告すること
(4)滞在日程変更の都度、あらかじめ関係省庁へ報告し、その際の指導事項を遵守させること
(5)入国目的以外の活動を行わせないこと
(6)滞在期間内に出国させること (招聘保証書のサンプルより)
 保証人はこれにサインをしてビザの申請者が大使館に提出するのである。
 書かれている内容の真意は理解できるが、でもなんだかこれでは一般人というよりも犯罪者が日本に旅行する場合の身元保証をしているようではないか。
 結婚して5年、子供も二人いるのに、まだこんな書類が必要なのかと思うと本当に悲しくなってしまう。
 大使館のスタッフは、
「ご主人が仕事をしていらっしゃる場合はもう少し簡単なんですが。」
と言っていた。うちは私が稼ぎ担当で、しかも今は私が無収入の学生なので状況は最悪なのであろう。しかも家族で放浪の身とあっては、仕方がないのかもしれない。
 それにしても、日本に定住しない限り、今後ずーっとこういうことをしていかなくてはならないのかと思うと、頭が痛い。
 ちなみに私も、来年一年間タイに滞在するためにビザをとらなくてはならない。しかしこちらは婚姻証明と夫からの手紙を提出するのみでOKである。この差は一体なんなのだろう。単にそれぞれの国家の方針というよりも、国と国との力関係や世界におけるその国の地位といったようなものが、大きく関係しているような気がする。
 放浪生活につきまとうビザ問題。半分(もっと?)は自分の責任だから、しようがないのかなあ。


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