んだんだ劇場2004年12月号 vol.72
No17  夜の長いロンドンの私の一日

また移動の季節がやってきた
 夜の長―いロンドンの冬がやってきた。朝8時でもまだ薄暗く、午後も3時になると既に日が暮れ始める。体内時計が狂ってしまい、なんだかいつも眠い。ロンドン生活も残すところ約3週間となった。論文の方はなんとか書いてとりあえず提出した。なんだか、ページ数だけ増えて、中身はすかすかという気もするが、帰国前の指導教官との面接までは、あまり深く考えないことにする。目下一番の悩みは目の下にできてしまったクマである。論文を書いている間も8時間の睡眠はしっかりとっていたのに、なぜ??このまま消えなかったらどうしよう!これから毎日マッサージをすることにする。
 さて、次女の心雑音であるが、あれからやはり専門医の予約はとれず、結局最初に彼女を診た医者がもう一度診察することになった。そしてなんとその医者は、
「心雑音消えてますね。もう聞こえませんよ。」
と言ったのである。ほ、本当に?自分でも聴診したい衝動にかられたが、夫に、
「もしまた雑音が聞こえても、今はどうすることもできないんだから、チェンマイに帰るまで忘れていた方がいいよ。本人は元気なんだし。」
と言われた。確かにそのとおり。チェンマイに帰って検診の時に、もう一度診てもらうことにして、現在のところは全て忘れることにする。
 次女は確かに元気に大きくなっている。最近は話すのが大好きで、
「あぐー、うっくー。」
ならまだいいが、
「ぐえー、げー、げぉー。」
とすごい声も出している。眠い時は特に甲高い声になってすごい迫力である。相変わらず馬鹿な親は、
「もしかして将来は歌手かも!」
と思ったりしている。
 一方、例によって帰国を控えた夫の頭の中は荷造りで一杯である。毎日毎日、
「どの荷物をタイに持っていって、どれをロンドンにおいていくのか早く教えてよ。」
と私をせかすので、私はちょっとむっとしている。今までの経験では、まだ使うものを夫がどんどん詰めてしまい、私が、
「ちょっとー、まだ使うんだから詰めないでよ。」
といって喧嘩になるパターンが多かったので、私としてはなるべくぎりぎりまで荷造りを延ばしてほしいのだが、そうもいかなさそうだ。だって、私が、
「服なんて、まだ3週間も着るんだから荷造りできないでしょ!」
と言うと、
「そんなことないよ。僕なんて今2種類の服しか着てないんだよ。他の服はもう荷造りしちゃったからね!」
と得意気に言う、気合の入りまくった彼なのである。
 迷惑を被っているのは長女も同じである。決して多くはない彼女のおもちゃにも夫は手を伸ばし、危うく残り3週間おもちゃなしで過ごすことになるところを、長女は私に救われたのだ。
 とはいっても、荷造りの好きな人が一人家族にいるというのはいいことである。ほんと、ほんと。

風邪
 長女が風邪をひいた。保育園でもみんな風邪をひいているそうだ。熱はあまり上がらないが、ひどい咳をしている。そして鼻水をふいた手で次女の顔をぺたぺたさわっている。あー、お願い、赤ちゃんにうつさないでー、でも無理だよね、と思っていたら、案の定、次女も風邪をひいた。
 鼻水で始まり、あっというまに咳をし始めた。とはいってもまだ彼女は3ヶ月。上手に咳ができないので、とても苦しそうである。喉や気管に痰がからんで、いつもぜろぜろぜろ、ぜろぜろぜろ、といっている。
 おっぱいを飲んだ後に咳き込むと、せっかく飲んだおっぱいを全部吐いてしまう。本人はすっきりしたのか、けろっとしているが、いつも飲むたびに吐いてしまうので、母親はとっても心配である。熱もちょっとあるみたいだ。
 どうしよう、クリニックにつれていこうかなあ。心配、心配。夜も咳き込んで起きちゃったりしているしなあ。あまりにも心配で冷静な判断ができない。そこで私はとってもいいことを考えた。
 夫を呼んできて、次女を抱かせる。そして、
「ねえねえ、ちょっと病院に子供を連れてきた親のつもりになってよ。」
と頼み、私は聴診器を持ってきて医者のつもりになる。
私「どうしたんですか?」
夫「風邪をひいたみたいなんです。」
私「おっぱいはよく飲めてますか?」
夫「食欲はあるけれど、咳き込んで吐いてしまうんです。」
私「赤ちゃんの機嫌はどうですか?」
夫「とってもいいです。」
そしてちょっと診察。うーん、もし私が医者だったら、大丈夫ですよって言うだろうなあ。というわけで、とりあえず家で様子を見ることにした。
 でも、でも、、、結局次の日にまた心配性の母親に逆戻りし、クリニックに連れて行ってしまったのだった。そして次女を診た医者がちょっと申し訳なさそうに一言、
「正直言って風邪ですね。」
いいの、いいの。医者にそういってもらえれば安心なのよ。
 本当に母親の心理って複雑である。

私の一日
 次女を出産して以来の私の一日はこんな感じである。
 朝(論文が切羽詰っている時は)4時起床。コンピューターに向かって論文を書く。7時半になると長女が起きてきて、テレビの子供番組をみる。夫はごみを捨てがてら、駅で無料で配布されている新聞を取りにいく。私は朝ごはんの準備をして8時から朝ごはん。だらだらと食べて、9時に終了。長女を着替えさせ、髪を結ぶ。夫が長女を保育園に送っていき、私はその間に洗濯を開始。
 洗濯物を干したりしながら次女と遊ぶ。論文を書くときもある。12時になると、長女が帰宅。みんなで昼ごはんを食べる。1時にはまた保育園に行く長女をせかしながらあわてて支度をさせ、また送り出す。その後はまた午前と同じく、次女と遊んだり、論文を書いたり。
 3時半に長女が帰宅。おやつを一緒に食べて、その後長女、次女、私、と順番にお風呂に入る。その間に夫は夕食の準備。
 6時から夕ごはん。7時までかかって食べて、そのあとは子供たちと遊ぶ。8時になるとベッドへ。絵本を読んで、そのまま私もおやすみなさい。
 なんとストレスのない生活なのだろう、といつも思う。社会から途絶されている感もないではないが、幼児と乳児を持つ学生という環境を考えればまあ、仕方がないだろうということにしている。
 特に、おっぱいを飲みながら私の顔を見て、にかーと笑う次女をみていると、やっぱり学生でよかったなあ、としみじみ思うのである。経済的にはだいぶ苦しいけど。


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