んだんだ劇場2004年1月号 vol.61
No14
練乳と若者ことば

レイチコンデンサード
 日本へのおみやげにパソキーニャというお菓子を買ってきた。ピーナッツと砂糖を練ったものでピーナッツバターをキャンディーにしたようなものだ。1個が極太マジックくらいの太さで3cmくらいの高さ。私はおいしいと思って買ってきたのだが親戚一同にはイマイチだったようだ。遠慮のない伯母や弟の言うことには「甘すぎる!」。が、1個を半分にして出したら「この大きさだったらこの甘さでもいい。」ということで落ちついた。私はこのブラジル式甘さに慣れている上に「慣れている」ことにも気がついていなかったので軽いショックを受けた。
 同じお菓子でも日本のものに比べてブラジルのお菓子はこってり甘い。よく使われるのがレイチコンデンサード(練乳)だ。例えばプリン。甘いものが嫌いというブラジル人の男性でもこれだけは大好きというみんなをとろけさせるプリンにはレイチコンデンサードが入っている。卵3つと牛乳をコップ2杯(宴会で使うビールのコップくらいの大きさ)、レイチコンデンサードを一缶、ミキサーでよく混ぜる。クグロフ型に砂糖水を入れガスにかけて焦がしカラメルソースを作る。少し冷ましてカラメルが固まったらミキサーの中身をザルで漉して入れオーブンで30分から40分焼く。この時クグロフ型より一回り大きい器にお湯を入れて蒸し焼きにする。牛乳だけのプリンより濃厚なブラジルプリンの出来あがり。人によってはチーズを入れる。よりこってりした味になる。酸味の強い果物(クプアスーやパッションフルーツなど)にクリームとレイチコンデンサードを入れて混ぜれば柔らか目のムースになるし、それを凍らせればフルーツのアイスクリームだ。砂糖の甘味よりも丸い感じの甘味がおいしい。
 ブラジルには「先生の日」や「秘書の日」など職業ごとの日がある。「先生の日」に私も子供達からチョコレートやブリガデイロをもらった。ブリガデイロはちょっとしたパーティなどにもよく登場するキャンディ菓子だ。見た目もきれいだし、手軽にできるからプレゼントにもぴったりなのだろう。最初に食べた時はチョコレートかと思った。これはレイチコンデンサードを焦がさないようにフライパンで煮詰める。少し冷まして(あまり冷ましすぎると固くなってしまうので)手にバターを付けて丸める。好みによってスプレーチョコを回りにつけたり、ココアを入れたり、中にぶどうを入れて、ブリガデイロには薄い緑色をつけたりもする。いつだったか、友達のお誕生日に呼ばれていったらブリガデイロに色をつけて小さな野菜のように細工してあった。
 日本ではレイチコンデンサードはイチゴにかけたりせいぜいパンにつけるぐらいだったがブラジルでこんなに色々美味しく使っていることにびっくりした。でも一番ビックリしたのは、この甘いレイチコンデンサードをスープスプーンですくってなめるほど夫が甘党だったことを発見した事だった…。

若者言葉
 日本語教師になるための勉強をしている時、こんな授業があった。「生徒に『教室で勉強している日本語と実際に使う日本語が違うので会話ができない。』と言われたらどうするか。」例えば授業では「食べられる」と教えるのに、日本人と話していると「食べれる」という人が多い事。「おはようございます」は朝のあいさつだと習ったのにお昼や夕方からアルバイトに行っても「おはようございます」というのはどうしてか。私が青森にいた時の英語の先生もカナダ人だったが津軽弁をカッコイイ!と言っていた。 
 日本語学校の生徒たちが娘に遊びに来る。11歳と12歳の女の子たちだ。お菓子がある時は彼女達とおやつをするのだが
「先生、まなみ(娘の事です)はおやつしないの?」と聞くので
「果物とかだったらいいけどチョコレートとかクッキーはまだダメだよ。」と言うと「pior!(「悪い」の比較級。つまり「もっと悪い」)」
 この時はお菓子を食べられなくてかわいそう、みたいな意味で言っているのかと思っていた。ところが娘の小さなワンピースを見て一人が
「見て見て、かわいい〜、こんなに小さいよ。」と言うともう一人が「pior!」
娘がパチパチ手を叩くのを見て一人が
「もうパチパチできるの?おりこうさんだね。」と言うと別の一人が「pior!」
極めつけはこのおもちゃで遊んでいて、とままごとセットを預けると「pior!」
 何なのだ!何が悪いんだ?!日本のおもちゃが変ってこと?と色々考えたが、これは日本語にもある言葉じゃないか!と気がついた。特に意味なく使う「最悪!」というヤツだ。そう思うと以前ボランティア仲間が言っていた「17、8くらいの若い子が使うポルトガル語があまりよくわからない。」というのもわかる気がする。辞書を引いても本来の意味とは違う意味で使っている言葉も多いし(エッチな話に多い気がする。顔はマズイけどスタイルがいい人のことを「えび」と言うらしい。そのココロは「頭を取って食べるから」だそうだ。)発音も何だか崩した感じなのだ。
 私達外国人が習うのは基本に忠実なポルトガル語だ。教室での外国語と最も離れた位置にあるのが若者が使う言葉だと思う。最初は混乱するのだが、こういう言葉を覚えてこそ外国語が話せる実感が持てるというものだ。いつか娘がこういう言葉で話し出したら、いちいち意味を聞いてうるさがられるだろうなあ。

11月x日
日本の母から小包が届く。娘へのクリスマスプレゼント。ままごとセットやお菓子が入っている。娘はままごとセットを投げて遊んでいる。届いたよ、と母に電話しているとひょんなことから年末日本に遊びに行くことになった。夫に恐る恐る言ったら「行ける時に行ってきたらいいよ。」という寛大な答え。
・・・さては私と娘がいない間に羽を伸ばすつもりだな?

11月x日
家の後ろの家が水のタンクを作っているのだが、我が家との塀ギリギリのところにタンクを上げるやぐらみたいなものを建てている。ここにいつも2、3人男の人が上がっていて、我が家が丸見えなのと出かける時もわかってしまうので物騒でいやだなあと思っていた。もちろん彼らは仕事をしているのだが万が一をいつも考えておかないといけないのがブラジルだ。夜、帰ってきた夫に相談すると「犬を放しておけば?」と言う。よく吠える犬なので予防にはなるだろうなあと思っていると、けたたましい鳴き声。何をしているんだろうとのぞいてみると夫が犬と庭を走っている。「ちょっと泥棒のフリをしてみて犬が追いかけてくるかどうか試してみた。」犬は遊んでいると思っているんじゃないの?

11月x日
日本語学校の終業式が今月末なので忙しい。へとへとになって帰ってくると娘がお手伝いさんに抱かれてニッコリ出迎えしてくれる。疲れが取れる!その後晩御飯を作っていると、あるべき場所に皿がない。食器棚を見ると中が整理されているが見事に場所が変わっている。お手伝いさんがしてくれたらしい。そう言えばガス台も向きが違っていることが何度かあったし、模様替えはいいけど一言言って欲しいなあ。T先生によれば「仕事していないと思われないようにじゃない。」とのこと。まあ、それならそれでいいか。

11月x日
娘は「チューして」と言うとぺろっと顔をなめてくれるようになった。先月はただ手をパチパチしていただけだが離乳食がおいしい時など気に入ったときにパチパチするようになった。脅かしているつもりなのか「うーっ、わあ!」と言ったりする。びっくりしてあげると大喜びだ。
日本語学校から帰るとお手伝いさんが「日本人の女の子たちが来たよ。」と言う。私が教えていたクラスの女の子3人組がブラジルの学校が終わると「せんせーい、赤ちゃん見せて!」と言って遊びにくる。今日は日本語学校があったのに、何で遊びに来たんだろう、と思っているとなぞが解けた。「これ、赤ちゃんに!」と言って小さな小さな指輪を買ってきてくれた。指輪のサイズを測りに行ったのだった。この指輪、大事にしよう。

11月x日
土曜日なので夫が帰ってきたら家の前のマンゴーの木の下でピクニックをする。一番暑い時間だが木の下は風があって涼しい。娘もパクパク食べている。安上がりだが楽しい。こういうのをささやかな幸せ、というのだろうか。
夕方、Cの家に遊びに行く。8月に生まれた女の子がいるのだが、髪の毛がくるくるでお人形さんみたいだ。それにしてもこの子はいつ行っても寝ている。そして側でどんなに話していても起きない。だから3ヶ月にして7kgなのだ。

11月x日
この小さな町でちょっとした事件が起きた。夫と同じ職場で働いているブラジル人のMの妹夫婦が交通事故で亡くなった。甥っ子が同乗していたのだが彼は即死、妹夫婦の方は救急が遅く奥さんの方はべレンまで飛行機で行ったのだが間に合わなかったそうだ。そう言えば変な時間に軽飛行機が飛んでいた。後日事故を起こした車を見てみると、後ろがめちゃめちゃだった。相手の車はトラックで運転していたのは日系の人だった。亡くなっただんなさんの方が家族が大きいというか有力な家の人で、事故を起こした人はリンチをされないようにいったん遠くへ逃げたそうだ。彼は後日戻ってきて、日系人の防犯委員に付き添われて警察に行った。この時、夫も一緒だったのでもし巻き添えを食ったらどうしよう・・・ととても心配した。なんだかやりきれない話だ。

11月x日
この1週間、毎日7時ごろまで終業式の準備だったのでお手伝いさんが来ている日は夫と交代で娘を迎えに行き、そうでない日は始めから職場につれていった。おもちゃさえ渡しておけばおとなしく遊んでいるので同僚の先生たちにもすっかり慣れてしまった。順調に準備が進んでいたのだが困ったことがわかった。終業式の前日は最後の授業がある日なのだが、この日に製材所が抗議集会を開くというのだ。自然保護の面から役所が木を切る許可を出さないと言うのだがそれでは製材所で働いている人の生活はどうなるのだ、という。
抗議の意味で文化協会のある十字路一帯から製材所の並ぶトメアスーまでを封鎖するという。この封鎖の時間がはっきりしない。これは困った。先生たちだって来られない人が出てくるかもしれない。

11月x日
心配したが終業式の前日も授業はちゃんとできたし、終業式も無事終わった。終わると達成感があるし、必ず終わりが来る日本語学校の仕事は私に合っている。来年も働けますように・・・。


無明舎Top ◆ んだんだ劇場目次