んだんだ劇場2005年7月号 vol.79
No28
アメリカ道中記 出国編

 各自の部屋で、ゆっくりと移動の疲れを癒していました。ホテルのベッドは広く、ふかふか。思いきり大の字になっていました。(明日、日本を飛びだって米国に行くのだなぁ)と思慮深く考え込んでいました。何を考えたのか分かりませんが、移動の疲れもあり、(明日は14時間も飛行機の中にいるのだなぁ)と思うと、気が滅入っていました。その反面、明日の遠足が楽しみでなかなか寝付けない子どものように、少し気持ちが高揚していました。
ホテル日航成田の「ユニバーサルルーム」…ツインベッドがあります。介助者が一緒に泊まれるようにかなぁ
 2時間ほど、経ったのでしょうか。室内電話の音。Nさんの「成田山新勝寺が近くなので、お参りに行きませんか」と誘いの電話でした。「いいですよ」と返事をしました。「5分後に、ガクちゃんの部屋に行くから、出発できる準備をしていてね」とNさん。僕の準備は、カバンに財布とお食事セット(フォークとストロー)と障害者手帳を入れることと。そして、必ずトイレをすませること。お食事セットを持っていかないと、飲み物を飲んだり、食事をしたりするときに不便なときがあります。特に、野外に出かけて、喉が渇いたので自動販売機でジュースを買っても、ストローがなければ飲み干すことができません。トイレも同じく、野外を歩くとき、トイレを利用できないときがあります。トイレの前に数段の段差があったり、トイレの中にも段差があったり…2階にトイレがあり、エレベータがなく、仲間の肩を借りて階段の上り下りをしたことがありました。また、僕が小さな声で「トイレに…」と言うと、一緒にいる仲間は【障害者用トイレ】を探してくれます。その他、これまでのいろいろな経験から出かける前にトイレを済ましておくようにしています。
 準備が終わって、電動車いすに乗ろうとしたとき、「ガクちゃん、準備できた?」と部屋をノックするNさん。「時間があるので、フロントに手配をお願いしました。すると、電動車いすが乗ることができるタクシーは午後5時頃なら、何とか都合がつくとのこと。すぐに、お願いをしてもらいました。さあ、いきましょう」とNさん。僕は電動車いすで、部屋を出ました。「ユニバーサルルーム」は、部屋の通路の幅は車いす1台がゆとりを持って通ることができるようになっています。一般の部屋は、通路の幅はやっと車椅子1台が通ることができるスペースです。こういう点でも、「ユニバーサルルーム」は気楽です。
 部屋の鍵をフロントに預けて、ロビーで待ちました。間もなく、タクシーが到着。初詣の人数が日本のお寺の中で、5本の指に入る成田山新勝寺。僕は日本史が好きで、お寺巡りは当時の息遣いを感じる事ができ、大好きです。"成田山"という言葉は知っていました。ホテルから成田山新勝寺まで、20分で到着しました。タクシーの運転手に下ろしてもらいました。「1時間ほど、参拝しますので…」とNさん。「どうぞ、自由に行って来てください。ここで、私は待っていますので」と運転手。「ありがとうございます」とお礼を言い、僕は電動車いすを進めました。やはり、お寺の雰囲気は最高でした。明日、日本を飛び出すたるなのか、日本人の自覚を促されているようでした。「アメリカでは、このような景色を見ることができないよね」と呟くと、Nさんは笑っていました。広々として、参拝者も少なく、気持ちよく境内を電動車いすが走りました。夕方の日差しが傾きかけて眩しく、カラスの泣き声が聞こえてくる荘厳な雰囲気。とても爽やかな気分になりました。車椅子でもエレベータがあるので本堂まで参拝できました。これには、驚きました。電動車椅子から降りて、階段を上って、本堂を参拝していました。(成田山新勝寺は、優しい作りだな)と妙に感動しました。2人ともおみくじを引きました。2人とも"吉"でした。「苦労が報われる」とのこと。何だか、この先の研修を暗示しているように感じました。本堂を一周しました。どんなに本堂が広くとも、電動車いすは誰にも気兼ねすることなく、自分の力で見て回ることができました。このことがとても新鮮に感じられました。
 成田山新勝寺の入り口に戻ると、ホテル日航成田で頼んだタクシーは僕たちの帰りを待ってくれていました。このタクシーはベッドも乗せることができ、タクシーの中には酸素ボンベも搭載してありました。「寝たきりの方がベッドに寝たまま通院できるような作りをしています。酸素ボンベは、安全用器具として搭載しています」と物珍しいそうに見ている僕に、運転手さんは説明をしてくれました。ホテルまでの帰りに、Nさんが「明日の朝食を買いたいので、近くのお店に寄ってくれませんか」と頼むと、快く引き受けて、イオンショッピングセンターに寄ってくれました。Nさんが買いに行き、僕はタクシーで待っていました。待っている間、運転手さんと話していました。僕はおにぎり2個とお茶とジュース、Nさんはパンとジュース。Nさんは夜のビールも忘れずに購入してくれました。明日の朝食の買い物を済ませてホテルに帰るまで1時間半程度でした。料金は距離で決まるようで、10650円でした。ホテルのロビーで、「時間がかかることには慣れている感じだね。頼む方も、とても頼みやすいね」とNさんが話していました。
 午後6時30分に、僕の知人とホテルのロビーで待ち合わせました。アメリカ研修を激励するために、ホテルに駆けつけてくれました。「ガクちゃん、何が食べたいの?このホテルには、和食・洋食・中華があるよ」と知人。「明日から1週間、日本食が食べられないから、和食が食べたい」と応えました。ホテル内の"ほかけ鮨"というお店に入りました。「秋田の人は、お酒が好きなんですね」と言われるほど、僕とNさんだけがビールジョッキをお替りしていました。会話が弾み、楽しい一時になりました。知人が「梅干」と「ピュア」(海外旅行やアウトドア、災害時や渇水時にとても便利な飲み水専用の殺菌剤)をプレゼントしてくれました。この2つのプレゼントには、それぞれ理由がありました。「海外に行くと、日本食を恋しくなるときがくるよ。そんなとき、この梅干を食べるといいよ。梅干は殺菌作用があり、腐らないしね。それと、水。日本と同じように衛生的に良いとは限らないから、水が体質に合わなく、腹痛になる人が多いの。そんなとき、「ピュア」を数的垂らすといいよ。今の海外アイテムの必需品よ」と教えてくれました。
午後9時頃、知人とロビーで別れました。午後9時20分頃、各自の部屋に戻りました。Nさんが「ガクちゃんのお母さんに、電話を入れておいた方がいいよ」と言うので、母に電話をかけました。5分後度に4回かけても、つながりませんでした。シャワーを浴びたころに、Nさんが夕方に買ったビールを持ってきました。「ガクちゃん、お母さんに電話をかけた?」「ウン。掛けたけど…つながらないよ。どうやら、羽を伸ばしているらしいね」と言うと、「ガクちゃんのお母さんらしいね」とNさん。シャワーを浴びた後のビールは最高でした。「今日は移動で、かなり疲れているので、ゆっくりと休むこと」とNさんが言って、部屋に帰りました。僕は残りのビールをゆっくりと飲み干して、ほろ酔い加減で床に就きました。

8月7日 成田 曇り 出国の日
 午前5時40分に目が覚めました。精神的に緊張していると、早く目覚めます。時計を見て、(まだ、早いなぁ)と思って、横になっていました。午前6時40分に、起床しました。よく眠れました。午前7時に、毎朝見ているフジテレビの《めざましテレビ》を見ながら、朝食を取りました。
「タラコおにぎりとシーチキンおにぎり、いなり寿司。お〜いお茶500mlとグレープフルーツジュース100% 200ml」
 午前7時40分頃、身支度を整え、荷物の整理をしていました。その日の体調のバロメーターであるウンコがでました。朝にウンコが出ないと、その日1日は調子が悪く、ウンコがでると体調は良いです。朝の時間帯での、僕の体調チェックです。午前8時30分に、ホテルを出発しました。時間通りの出発でした。ホテルから成田空港までのタクシーは旅行代理店「E&Tインターナショナル」の大澤さんが手配していました。タクシーは成田山新勝寺を参拝するときに利用したものと同じでした。15分で成田国際空港に到着しました。国際空港は初めての経験であり、入り口に多くのガードマンが立っていました。その場で、「パスポートを見せるように」と言われました。僕とNさんは慌ててカバンから取り出して、タクシーの窓越しにパスポートを見せました。パスポートと同一人物かどうかを確認していました。
 午前9時に、JILの入り口にタクシーが到着しました。すぐにカウンターで搭乗手続きをしました。電動車いすの重さ、バッテリーの重さを計りました。バッテリーは27.5kg。本体は56kg。40分くらい時間がかかりました。混雑している中、受付の方は丁寧に対応してくれました。電動車いすを折りたたみ、僕はJILの手動の車いすに乗り換えました。僕とNさんが預けた荷物は全部で6個になりました。Nさんは「シカゴ国際空港で、JALの方が手伝ってもらわなかったらどうしましょう?」と受付に聞いていました。「人数がいないときは無理かも…」とのこと。僕はそんなこともあるのかなぁと思いながら、話を聞いていました。
 午前9時55分に、担当者が僕の車いすを押してくれました。出国手続きを済ませて、"ファーストクラス"のラウンジで、出発を待ちました。「お飲み物は何にしましょうか」と女性の方が接客してきました。Nさんとビールを少し飲みました。「お食べ物は?」と聞くので、僕はサンドイッチとアイスを食べました。窓越しに、シカゴ国際空港行のJILの航空機を見ると、アメリカへの希望・期待が膨らみました。JILのパソコンで自分のHPを確認して、日記に書き込みをしました。
【今、出国ロビーにいます。JALのinternetサービスで、書いています。アメリカのシカゴ行きの飛行機が目の前です。元気です。電動車椅子をつみました。まもなく、日本を飛び立ちます。】
 午前11時に「出発時刻が遅れる」という室内放送が入りました。その10分後、担当者が出発ロビーに案内してくれました。車イスで歩きました。成田空港は夏休みの出国ラッシュでした。もうすぐ開かれるアテネオリンピックの選手団がいっぱいいました。白い運動着はとても目立ちました。「います、います。テレビで見たことのある顔が…プリンセス・メグ、佐々木選手などバレーボールの選手。女子重量挙げの三宅親子も見えます。時間があればもっとよく見たかった」とNさんが話してくれました。僕は車椅子なので、そこまで移動できず見られませんでした。非常に残念でした。午前11時35分、機内に乗りました。'ビジネスクラス'のシート。ほとんど満席とのこと。僕は係員に頼んで、トイレに一番近いところに移動してもらいました。トイレもハンドルが付いていて使いやすく出来ていました。その都度、アテンダントが手伝ってくれるとのことでした。とても安心しました。
 午前11時55分。いよいよ出発。Nさんは「水分を良くとること、遠慮しないでトイレに行くこと。この2つのことに、気をつけてね。エコノミー症候群にならないように」と話してくれました。


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