んだんだ劇場2005年6月号 vol.78
No23  雨季のチェンマイで仕事始め

ぺとぺと雨季
 一年中で一番暑い季節が終わり、チェンマイは雨季に入った。夕方になるとどこからともなく黒い雲がもくもくと広がってきて、まるで台風の前を思わせるような強い風がざわざわと吹き始める。でも必ずしも雨が降るとは限らず、今降るか、今降るか、と庭への水やりを保留にして待っている私を尻目に、雲はまたどこかへ流されていき、期待はずれに終わることも多い。
 雨は降らなくても湿度は高い。シャワー嫌いの夫でさえも、一日に3度は水浴びをするほどの湿度である。シャワー好きの私に至っては、もう体中ぺとぺとで、あー私はナメクジになってしまったの??と一時間おきに水を浴びたいくらいだ。
 でも子供はそんなことぜーんぜん気にしない。長女も次女もぺっとりとくっついてくる。ぺっとりぺとぺと、ああ。スキンシップのちょっとつらい季節である。大昔、人間がサルだった頃は体中に毛が生えていたわけだから、きっといつもサラサラだったんだろうなあ、毛がないっていうのも問題あるなあ、と思考がどんどんそれて行ってしまう今日この頃だ。
 この雨季、これから10月頃までずーっと続くのだ。どうかお手やわらかにお願いします。

仕事開始!
 とうとう仕事がみつかった。チェンマイ市内の病院で、在留邦人や日本人の旅行者を対象とした医療健康相談の仕事である。
 タイの医師免許を持っていない私は、タイ国内で医療行為を行うことができない。だから基本的に病気の治療や予防、健康に関する相談をうけるのが仕事である。それから日本人の患者さんがタイの医師の診察を受ける時の通訳もすることになる。
 もともと存在していなかったポストなので、具体的に一体どんな仕事をしたらよいのかはっきりしていない。それだけに、今後どうなっていくのかちょっと不安でもあり、楽しみでもある。
 働くのは週二日。リサーチに関わる活動と、家族で食べていくことを天秤にかけた、ちょうどぎりぎりのバランスというところ。とにかく、こんな私を雇ってくれてお給料を出してくれるというのだから、本当にありがたいことである。
 まずは3ヶ月間試用期間ということで、この間の様子をみてその後のことが決まる。ということは全く役に立たないということがわかれば、即クビになることもありえるわけで、ちょっと緊張している。日本人の患者さんは増えるのだろうか、私に相談をしに来てくれる人はいるのだろうか、と新規開店した店長の心持ちと全く同じである。
 それはそうと、ひとついい発見をした。語弊があるかもしれないが、病気を診断し治療する責任のない立場から、患者さんたちの話を聞くことのなんと楽しいこと。もともと私が医者の仕事の中で一番好きだったのは、患者さんとおしゃべりをすることであった。今はまさにそれが仕事(?)になっているのだから、なんと幸せなことであろう。
 医師免許を取得してからもう11年がたった。医師になりたての頃の私は、それまでとりたてて病気らしい病気をしたこともなく、頭を悩ませる家族も持たない気楽な一人身であった。今思えばあの頃の私は、患者さんの気持ちなど全くわかっていなかったような気がする。
 あれから月日が経って自分も子を持つ母親となり、自分自身患者として、また患児の母として医療機関にかかることが何度となくあった。今ならあの頃よりもっと親身になって患者さんの話が聞けるようになった気がする。
 放浪中の妊娠出産や子育ての経験なども含めて、チェンマイやその近郊の日本人の方々の相談相手(話し相手?)になれたら本望なのだが、さてどうなるでしょうか。

そろそろデータ収集
 ついつい日々の生活に追われて後回しにされがちなリサーチであるが、いよいよ6月からはデータ収集が始まる。
 まずは、リサーチに参加してくれる5つの小学校の3年生から6年生までの子供と先生を対象に、質問票調査(アンケート用紙を配って記入してもらう)を行う。私の研究テーマは、エイズに感染した親を持つ子供が、学校でどのような経験をし、その経験が子供たちの精神的、社会的な健康にどういう影響を与えているか、というものである。というわけで、今回の質問票調査の内容は、子供たちや先生が、エイズに関してどのような知識をもっているのか、感染者や感染者の子供に対してどのような考えをもっているのか、というのが中心だ。
 私が英語で書いた質問を、夫やその友人等に協力してもらってタイ語にする。質問は微妙なニュアンスのものが多いので、翻訳は結構大変だ。翻訳した質問票は、3月に一度パイロット(実際にアンケートに答えてもらう対象者以外の人に試しにアンケートに答えてもらうこと)をした。その結果、この質問は子供にとって難しすぎる、こういう質問に替えた方が良いなどなど、いろいろなことがわかったので、今回はこの結果をもとに質問票をさらに改良する。
 翻訳し終わった質問票は、さらに別の人に頼んでタイ語から英語または日本語に訳しなおしてもらい、翻訳に問題がないかチェックする。結構手間がかかるのだ。でも質問自体に問題があったらよいデータを集めることはできないので、頑張るしかない。
 6月に入ってすぐ、5つの学校をそれぞれ一日かけてまわる。それが終わったら、質問票の集計をし、今度は各学校からそれぞれ10人程度の子供を選んでインタビューをする。これはフォーカスグループディスカッションといい、いつくかのテーマについて、子供たちにグループで話し合ってもらうというものだ。質問票調査の結果をさらに深く掘り下げて理解するのが目的である。
 というわけで6月は結構忙しくなりそうだ。私、夫、それから数人のボランティアで小学校に行くことになるのだが、その間次女をどうするかが問題だ。現在預かってくれそうな人を探しているのだが、見つからなかった場合は連れて行くしかないなあ。
 どうか無事にデータ収集ができますように!


無明舎Top ◆ んだんだ劇場目次