んだんだ劇場2005年10月号 vol.82
No27 洪水とかたつむり

洪水とかたつむり
 相変わらず雨降りだ。チェンマイでは今年に入って3度目の洪水。市内を流れるピン川には堤防がなく、水位が少し上がるとあっという間に氾濫してしまう。川沿いに住んでいる人たちが今回までに受けた被害はかなりのものだ。また川沿いにはたくさんの学校も集まっており、洪水警報が出されるたびに生徒は帰宅、浸水すれば数日間は閉校である。
 すぐに堤防ができるとは思えないし、今は一刻も早く雨季が過ぎるのを願うのみである。ラジオからは被災者を励ますための歌なのであろう♪洪水、洪水、みんなで〜力を合わせて〜♪と思わず踊りだしたくなるような明るいリズムに乗ったメロディーが流れている。なんともあっけらかんとタイらしい。庶民は明るくがんばっているのだ。もう洪水はごめんだ。
 さて、我が家の庭ではカタツムリが異常繁殖している。日本の梅雨どきのように、アジサイの葉っぱに「あ、かたつむり!」というかわいさではない。うっかりすると、ぐしゃと踏み潰してしまうくらいあちこちを這い回っている。庭の片隅には、まるで海岸にうちあげられた貝殻のようにかたつむりの殻がたくさん集まっている場所があり、どうやらそこはかたつむりの墓場のようだ。かわいさを通り越して、ちょっとこわい。
 一方の夫は「かたつむりって食べられるのかなあ。」とじーっと見つめている。エスカルゴ??ゲテモノ食いの彼のためにインターネットで調べてみたが、やはり食べられるのは特別な種類のカタツムリらしい。夫にそういうと、ちょっとがっかりしていた。あやうく全滅の危機を逃れたかたつむりは今日も元気に庭中を這いずり回っている。

遠田先生
 先日、このんだんだ劇場でもお馴染みの遠田先生ご夫妻がチェンマイまで遊びに来てくださった。遠田先生は私の大学の大先輩であり恩師である。私の放浪人生は、いわば秋田大学に入学し熱帯医療研究会に入って遠田先生に出会ったところから始まったとも言え、私の人生は遠田先生を抜きにしては語れない。
 大学を卒業し国内の病院で数年仕事をした後、さて、これからどうしよう、どこかの大学院で国際保健でもやろうかな、と思っていた私に、
「大学院なんかより現場だ、現場。とにかく外に出なくちゃだめだ!」
と、国境なき医師団への参加を勧めてくださったのは遠田先生であった。そしてタイの難民キャンプでの2年間の活動を終え、先生の母校でもあるロンドン大学の熱帯衛生学院で1年勉強した私に、またまた今度はJICAの中国でのプロジェクトを紹介してくださったのも先生であった。
 書いてみると、もうとてもじゃないが、世界のどこにいようと遠田先生に足を向けて寝ることはできないのだ。
 先生は現在そして近未来の私の状況をとても心配してくださっていて、今後の進路の話をしたときに、「他の人はともかく、石川君に"大丈夫、何とかなるよ"って言っちゃまずいんだよなあ。」とおっしゃっていた。
 私の心の底にはいつも"何とかなるさ"というフレーズが流れており、チェンマイに住み始めてからは、さらにその傾向が高まっていたのだが、これってやっぱりまずいのかも?と久々にあせってしまった瞬間であった。
 それにしても、ふらふらといい加減な後輩のことをこんなに気にかけてくださる先生。本当にありがたいことである。私はいつか先生のご恩に報いることができるのだろうか、、。

料理教室
 あるときは大学院生、あるときは医者(もどき)、そしてあるときは料理教室アシスタント、とは私のことである。
 現在病院からもらっている給料では、どんなに頑張っても毎月5000バーツ(1バーツは約3円)の足が出てしまう。それにこのところどんどん上昇しているガソリン代を考えると、なんとか他に収入を得る方法を考えねばならない。
 というわけで、夫がタイ料理教室を始めたのだ。
 といっても、これは突然の思いつきではなく、いつかはやろうと心の中に決めていたことではあった。彼はチェンマイで料理学校を修了し、ロンドンでも料理の注文を受けていたこともある。本人は、「えー、ほんとにやるのー?自信ないよー。」と弱気であったが、「大丈夫、大丈夫!」と強気な私に押し切られた形でのスタートとなった。
 さすがに世界中で人気のタイ料理だけあって、既にチェンマイにもいくつかの外国人向けの料理教室があり、英語で作り方を教えてくれる。しかし、これは英語の苦手な日本人にはちょっとつらい。いつかチェンマイに遊びに来た私の友人(日本人)も料理を習いに行こうとしたところ、オプションで頼まなければならない日本語通訳の都合がつかず、泣く泣くあきらめたことがあった。
 そうだ、うちは日本語でいこう!というわけで、私が通訳担当のアシスタントになったのである。
 ビジネスは小さく始めて徐々に拡大、という鉄則に基づいて、始めるにあたって買ったものは、鍋、エプロン、台所の壁を塗り替えるためのペンキのみ。それから夫と二人で、彼がいつもは目分量で入れていた調味料や材料をちゃんと量りなおし、日本語レシピを制作した。メニューは我が家に来客があるときに必ず作る料理の中から、いつも好評を得ているものを選んだ。1回のコースで、タイ風春雨サラダ、空心菜の炒め物、豚肉とササゲのタイ風煮込み、そしてトムヤムクン、グリーンカレー、鶏肉のココナツミルクスープの中から1品、デザートにタピオカプディングを作る。
 予約が入ると、アシスタント兼運転手の私が、ホテルやゲストハウスまで迎えに行く。そして家に戻る途中で市場に寄り、買い物兼市場見学。家に到着してメニューの説明をしたあと、早速料理開始だ。
 夫が作り方を説明しながらやってみせるのを、私が通訳する。調理のほとんどは生徒さんがするので、私は材料を洗ったり調理器具を洗ったりとそのお手伝いもする。出来上がるのはちょうどお昼なので、みんなで試食。その後はまたホテルまで送り届けて終了!
 現在のところは、一般的なタイ料理のみだが、今後は北タイ料理コースやカレン料理コースなども加える予定。
 今のところ、まだ赤字を補うのにはちょっと足りないが、そのうちなんとかなるだろう。だんだんその気になってきた夫をおだてまくっている最近の私である。


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