んだんだ劇場2005年1月号 vol.73
No7
元に戻せない時間

父親が植えた2本の木
 今年は秋以降、なんだか忙しくなって、なかなか「日記」が書けないでいるうちに、玄関前のアマナツが美しく色づいた。六年前にこの家を建て、両親が福島から移ってすぐのころ、父親が「かなりの金額」を出して買った木である。
 「蜜柑が実ったら、写真を撮って、福島の人たちに見せたい」
 木を植えたとき、父親は、そう言っていた。
 福島は果樹王国である。全国一の生産量を誇る果物がないので、ピンと来ない人が多いかもしれないが、モモ、リンゴ、ナシは有数の産地である。実りの季節ばかりでなく、それぞれの花が咲くころの福島市周辺は、本当に美しい。
 だが福島は、かんきつ類には寒さが厳しい土地である。だから「雪の降らない土地で、老後を過ごしたい」と言っていた父親は、蜜柑の木を育てるのを楽しみにしていたのだ。
 私が住んでいる千葉県大原町には、観光みかん園もある。蜜柑を庭木にしている家も多い。夏の間は青かった蜜柑が、10月ごろになると黄色に色づき始める。それだけでも冬の暖かさが実感できる。
 私も、道路に面した畑のへりにスダチ、レモン、キンカン、ユズと4本の苗木を植えた。レモンとキンカンは枯れてしまったが、今、スダチは見上げるほどの高さに育ち、秋の秋刀魚の季節には重宝した。「桃、栗三年、柿八年」はだれでも知っているだろうが、その次に「ユズの大バカ18年」と言う人もいて、ユズはなかなか成長しない。熟したキンカンは甘くておいしいからと、昨年、かみさんがキンカンの苗木を新たに植えた。
 玄関前のアマナツは、一昨年は不作だった。害虫がつき、ヒヨドリが花をほとんど食べてしまったためだ。昨年も十分には回復しなかった。それが今年は大豊作だ。
 と言っても、これをどうやって食べようか、いつも悩んでいる。ひとつひとつの実が大きいし、酸味もあって、パクパク食べられるものではない。で、今年は、果汁を絞ってポン酢代わりにしようと思っている。

よく実った玄関前のアマナツ
 もう一本、こちらに来てから父親が植えた木がある。甘柿の木だ。これも父親が「かなりの金額」で買い求めた。
 東北地方でも柿の木は珍しくない。「会津みしらず」という特産品もある。だが、それはほとんど渋柿で、渋抜きをして食べる。木で熟して甘くなる柿は、福島では珍しかった。
 その甘柿が今年、初めて大豊作になった。見事に柿が色づいたころ、父親は木に登って大半を収穫した。それから毎日、たらふく柿を食べた。
 だが、たぶん、来年はこの柿を食べることはできないだろう。台風による地すべりの影響が、この柿の木のところまで及んでいるからだ。柿の木自体が、川の方向へ数十pずれているのである。地盤も沈下している。
 本格的な復旧工事は来年になるだろうが、元通りに土盛りをすると、柿の木はじゃまになる。しかし、移植するには、木が大きくなりすぎている。
 「また、別の木を植えるしかないか」
 父親も、柿の木を守ることはあきらめている。
 地面は元通りになるかもしれないが、ここまで木が育つのにかかった時間は元に戻せない。悲しいが、しかたない。

木に登って柿を収穫する父親


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