んだんだ劇場2005年2月号 vol.74
No8
福島の郷土料理でお正月

水仙の花盛り
 明けましておめでとうございます。
 私が住んでいる外房、千葉県大原町は本当に温かい所で、年末には水仙が咲き始めた。新年最初のこの「日記」にその写真をお見せしたいと思い、七草の日に探したら、しおれかけている花もあって、慌ててしまった。
 ようやく、ちょっと離れた南向きの斜面で、群生している水仙を見つけて撮影した。

水仙の群落
 今、我が家の畑ではほうれん草、カラシ菜、ブロッコリー、白菜、キャベツがいつでも収穫できる。4株あるブロッコリーなどは、昨年、大きく育ったのを食べたあとから、わき芽が育って、今は手のこぶしぐらいになっている。
 中でもこの冬、いちばん成績がよいのは大根。年末に収穫したのは、1本3・5kgもあった。父親も、「今年は暖かいせいか、いつもより育ちがいい」と言う。
 青首大根だが、不思議に煮崩れしにくく、煮物にしてどんどん食べている。
 もっと簡単な食べ方は、皮をむいて縦に四つ割りにして、塩を適当にこすりつけ、1時間ほど置いておくだけ。ちょっと水が出たくらいのところを、端から5ミリ〜1センチ幅に切って食べる。ほとんど「ナマ」だが、これがみずみずしく、ほのかな塩味が効いて、ばりばり食べられる。
 やはり、畑から引き抜いてすぐ食べられるからだろう。

この冬最大の大根

地すべりの仮復旧
 うららかな正月を迎えることができたのは、暖かさだけが理由ではない。
 昨年の台風で地すべりをおこした我が家の東側の斜面が、年末に仮復旧工事で、これ以上崩れる心配がなくなったこともある。
 家の東側を流れる落合川の流域では、かなり広い範囲で台風の被害を受けた。昔から時々洪水の被害もある地域で、河川改修は長年の懸案事項だったようだ。それがようやく、我が家の地すべりのおかげで、国の直轄事業として改修工事が行われることになった。
 まあ、直接、人家への被害が出そうになったのが我が家だけだったらしく、それほど喜べることではないが、年末に「仮復旧工事」が行われた。千葉県の土木事務所(今は名称が違うのだが、なじみがなくて、思い出せない)の人が、「こんな状態では、お正月を迎える気分にならないでしょうから」と、昨年のクリスマスごろ言いに来た。
 それから、家の裏側に鉄板を敷いて、次々に重機が姿を現した。1m×1m×1m、つまり1立方メートルの土のうを、川に面した所から積み上げて新しい斜面を造り、家の下の土が崩れないようにするのだという。1立方メートルの土のうというのは、新潟県中越地震で、山越村に何か所も自然堤防ができていくつかの集落が水没した時、排水路を造るために積み上げたのと同じものだ。鉄板を敷いたのは、土のうを吊り上げるクレーン車が、その重みで傾かないよう8mの幅に固定脚を出すためだった。
 その時は「フン、フン」と、説明を聞いていたのだが、実際にクレーン車が登場して初めて納得した。42mの高さまでアームが伸びる、巨大なクレーン車だったのである。そいつは、1トン以上もある土のうを軽々と吊り上げ、我が家の屋根越しに下ろして行った。

地すべりの斜面に積み上げられる土のう
 1段階終わると、すきまを土で埋め、また次の段を積んで行く。吊り上げる前の土のうは巨大だと感じるが、それを崩れた場所に置くと、なんともちっぽけに見える。用意した土のうは130個もあり、その作業は2日間続いた。終了したのは、12月29日の夕方、もう暗くなってからだった。
 本格的な復旧、河川改修工事は、3月からになりそうだ。

正月にはイカにんじん
 工事が終わった翌日の30日、父親がスルメをはさみで切り始めた。福島の郷土料理「イカにんじん」の準備である。材料は、スルメイカとにんじんだけ。これを酒、しょうゆ、みりんを混ぜた汁に漬けこむという単純な料理だ。が、材料を見て、「これに昆布が加われば松前漬けじゃないか」と思われる人もいるはずだ。
 今、この郷土料理を観光客向けにさかんにPRしている福島市のキャッチフレーズは、「松前漬けの原型」。つまり「こちらが元祖」と言うわけだ。私などは、こんな家庭料理を観光客が喜ぶのかなと、首をひねっているのだが……。
 とは言え、数の子まで入る松前漬けに比べると、素朴な味だが、にんじんがたくさん食べられるのは確かだ。
 まず、スルメを幅2〜3ミリに切る。ニンジンもせん切りにする(これは私が切った)。スルメ2枚に、ニンジン4〜5本が目安だが、ニンジンはもっと多くてもいい。
 漬け汁は酒、しょうゆ、みりん各100CCを混ぜて煮立たせる。アルコールが飛んだら火を止める。汁を冷ましてから、ふたのある容器にイカとニンジンを混ぜて入れ、汁を注ぎ、涼しいところで2、3日寝かせる。漬け汁はかみさんが作り、一夜漬け用のプラスチック容器に入れた。スルメが汁を吸って、意外にふくらむので、容器は少し余裕のある大きさが必要だ。できたら1日に1回、材料をかき混ぜると味にむらができない。
 実は私は、子供のころはそれほど好きではなかった。だが、大人になってみると、スルメの旨みがにんじんにも移って、酒のさかなに大変よいことに気づいた。ちょっとまとめて作っておけば、ノラクラと過ごしたい正月には、もってこいの料理でもある。
 ただし、スルメを刻むのは、ちょっと手間だ。で、以前に市販の細く切った「裂きイカ」で作ってみたら、これが大失敗だった。イカが細すぎて、ちっとも汁を吸ってくれないのだ。たっぷり汁を吸い込んだスルメの、噛みごたえも楽しいのである。
 ところで、「松前漬けの原型」には疑問がある。北海道の昆布は日本海航路で大阪まで運ばれて、沿岸地域の食文化として発展したが、太平洋岸にはほとんど来ていない。だから昆布を使わないのは当然だが、逆方向で、福島の食文化を北海道へ伝えたとすると、その歴史的なルートが見つからないのである。
 まあ、そんな「ルーツ探し」はどうでもいい。
 私は1月3日に、5年ぶりの高校の同窓会があって、久しぶりに正月の福島に行った。かみさんの実家に1泊したら、ちゃんと「イカにんじん」が出て来たのがうれしかった。福島市の人間にとっては、間違いなく「正月の味」である。

福島の正月料理「イカにんじん」



1月の畑に春の気配

ナバナは野菜のホームラン王
 1月の食卓に、菜花(なばな)のおひたしが上った。例年より、ちょっと早い。黄色い花が咲き始めたのに父親が気づいて、ひとつかみ採って来たのだ。おひたしは、からし醤油が普通だが、ワサビ醤油も、なかなかうまい。

春の到来を告げる菜花
 菜の花はその昔、種子からナタネ油を採ったので、油菜(アブラナ)とも言う。植物学ではアブラナ科という、独立した1群をつくっている。この仲間は多い。大根、カブ、白菜、キャベツ、水菜、カラシ菜……みんな花びらが4枚の花を咲かせる。その代表が「菜の花」というわけだ。
 実は我が家では、どの野菜も収穫期が過ぎると、父親が残った株を全部引き抜いて、次の野菜のために耕してしまうから、大根も白菜も花を見ることはない。が、私は、千葉県佐倉市で野菜を作っていたころは、1株を残して花を咲かせていた。大根は白い花が咲く。なかなか美しい花だ。
 ところで、昨年12月、北前船の話をしてほしいと、青森県・下北半島の大畑町に招かれた。津軽海峡に面した、本州の最北端に近い町である。陸奥湾に面したJR東北本線野辺地駅で大湊線に乗り換え、しもきた駅(むつ市)で下車して、そこからバスという旅程になる。今回は、陸奥湾から吹き寄せる西風が強くて列車が運休になり、野辺地まで、大畑町役場の中嶋康夫さんに迎えに来てもらった。中嶋さんは、江戸時代の大畑の歴史を記した、『原始漫筆風土年表』という古文書を解読研究するグループのメンバーだ。
 しかし、なぜ強風だと大湊線は止まるのだろう。野辺地の駅員に尋ねると、
 「列車が、風で吹き倒されるんです」
 「えっ、そんなことがあるんですか」
 「幸い、まだ事故はありません。用心のためです」
 車の中で、そのことを中嶋さんに言うと、「新型車両が軽いからだ」と言う。
 大湊線は、ディーゼル車である。しかも、ほとんど1両編成で走っている。燃費効率を良くするために、新型の軽量車両にしてから、しばしば運休するようになった。10年以上前のことだが、三陸鉄道で、この軽量車両が風で横倒しになったことがあるのだそうだ。
 広い陸奥湾を波立てる冬の北西風は、そのまま下北半島へ吹きつける。私が行った時は晴れていたが、この風に雪がまじれば、さぞや肌を刺すだろうと思われた。
 そんな北国にも、春は来る。そして、「日本一の菜の花畑」が出現するのである。
 斧の形をした下北半島の、柄の部分にある横浜町に、142ヘクタール(東京ドーム30個分)もの広さを誇る菜の花畑があるのだ。毎年5月の第3日曜日には「菜の花フェスティバル」が開かれる。私はその季節に訪ねたことがなくて、見渡す限りの陸地が黄色に染まり、そのかなたに陸奥湾が青く浮かび上がる絶景を、写真で見ただけだ。いちどは実際に見たい景色である。
 その菜の花と、我が家の菜花は、基本的には同じ植物(洋種ナタネ)だが、野菜として食べるために改良された品種だ。私が住んでいる千葉県大原町が暖かいこともあるけれど、それにしても1月に菜花が食べられるのは、品種のおかげでもある。
 私にとっては、最も早く春を告げてくれる「ナバナは野菜のホームラン王」(このダジャレがわかる人は、ちょっと年配)なのだ。
 (「菜花」と「花菜」を混同する人がいるが、「花菜」と言うと、菊や茗荷、アーティチョークなど、花の部分を食べる野菜を指す。このごろ人気の食用花、いわゆるエディブル・フラワーも、もちろん花菜と呼んでいい)

茎もおいしいブロッコリー
 ブロッコリーもカリフラワーも、アブラナ科である。どちらも「花蕾」(からい)、つまり花の蕾が集まった部分を食べる。
 父親は毎年、ブロッコリーを作る。昨年末、茎のてっぺんにできた、両手で持つほど大きなブロッコリーを4個収穫した。が、その後、わき芽が伸びて、また手のこぶしぐらいのブロッコリーができている。

わき芽が育ったブロッコリー
 寒い時期のブロッコリーは、本当においしい。さっと塩ゆでして、マヨネーズを少々つけたぐらいで、もりもり食べられる。
 しかし、この2番果で終わりではない。ブロッコリーは次々にわき芽を出す。それはあとになるほど茎が細く、花蕾もちっぽけになるのだが、茎を長めに切ってゆでると、それはそれでおいしい。プツプツと茎を噛み切るときの歯ごたえが、また良いのである。そうやって、ブロッコリーは4月まで食べ続ける。
 それに、ブロッコリーの茎には、なんともいえない甘さがある。畑で収穫する時、花蕾を切り取った下の部分の茎を、私はよくかじる。生のままである。八百屋で買うブロッコリーはそれほどでもないから、この美味は、栽培しなければ知ることもないだろう。
 と思うのは私だけではないらしく、種苗会社「サカタのタネ」では、「スティックセニョール」という、茎を食べるためのブロッコリー品種を作り出した。ブロッコリーに、中国野菜でキャベツの仲間の芥藍(かいらん)をかけあわせたという。
 10年ほど前、読売新聞の「食べもの記者」だった私は、「スティックセニョール」について、「産地の山形県内で全部消費されてしまうほど、おいしいと評判だ」と書いた。その時、私が取材に行ったのは、新潟県黒埼町の農家である。「これは売れる」と目をつけた全農が、新潟県や長野県の農家にも栽培を呼びかけたからだ。
 畑で、ポキリと茎を折って食べるブロッコリーのうまさを、そこで知った。
 ブロッコリーは、花蕾の大きさ、形で市場価格が大きく左右される野菜である。形と大きさが不ぞろいにならないよう、栽培農家が神経をつかって箱詰めしているのを、テレビで見たことがある。「見た目」で値段が決まるからだという。
 バカげたことだ。「おいしそうに見える」ことと、「実際においしい」こととは、ほとんど関係ない。しかし、それが「産地間競争」の現実なのだろう。
 2番果も3晩果も、そして茎もおいしいブロッコリーを知っている私は、とても幸せだと思う。


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