んだんだ劇場2005年12月号 vol.84
No18
18年目

ついに実った柚子
 以前に、「桃栗3年柿8年」には「柚子の大馬鹿18年」と続く、と書いた。「18年」は、「13年」だったかもしれない。その辺の記憶は心もとないが、要するに芽生えてから実をつけるまで、柚子はとても時間がかかるということだ。
 しかし、ついに、わが家の柚子も、今年、初めて実を結んだ。

初めて実をつけた柚子
 4月に「スダチが花盛り」という写真をお見せしたが、それから少したって柚子も白い花を開き始めた。結局、花は数えるほどしか咲かなかったが、去年までは皆無だったのだから、「ここで会ったが100年目」と言いたいほどうれしかった。
 柚子は、1998年の春にこの家を建てたときに、苗を植えた。それから7年目である。ということは、芽生えて11年(あるいは6年)の苗を買ったんだな、と勝手に計算してニンマリした。
 今年はサンマが豊漁で、スダチがまだ小さい8月初めから「新サンマ」が店頭に並び始めた。たっぷり果汁が絞れるほどにスダチが育ったのは、9月半ばだった。もちろん、サンマの塩焼きにはたっぷりかけた。
 そのころ、柚子は緑色で、実も小さかった。10月に入ると、ぐんぐん実が大きくなり、11月になって手のひらサイズになった。色も、あざやかな黄色に変身した。これなら、どんな料理にも使える。
 柚子は、かんきつ類の中では寒さに強い樹種で、手許の資料には「青森県でも育つ」と書いてあった。青森県のことは知らないが、私の故郷の福島市には間違いなく柚子がある。「北限の柚子」というキャッチフレーズで、観光の目玉にしようと、私の「幼稚園以来の友人」でもある老舗の蕎麦屋の主人は、柚子を練りこんだ蕎麦を店で出している。
 蕎麦をゆででも不思議に酸味と香りは消えないもので、さわやかな味わいに仕上がっている。
 ところで、ずいぶん前のことだが、料理研究家の村上昭子さんを訪ねた時、「柚餅子」(ゆべし)なるものを出されて驚愕したことがある。なぜ驚いたかと言うと、私が知っていた「ゆべし」とは、似ても似つかぬものだったからだ。
 福島県南部の阿武隈山地に、三春という城下町があって、そこの郷土菓子に「クルミゆべし」がある。一種の餅菓子のようなもので、福島で育った私は、「ゆべし」とはそういうものだと思っていた。ところが、目の前に出された「柚餅子」は、干し柿のようなねっとりしたものだった。これが本来の柚餅子だと、初めて知ったのである。
 村上さんは新潟県出身で、実家(たしか、老舗料亭だったと思う)では、昔から、柚子をくりぬき、中にいろいろ(具体的にはわからない)詰めて自家製の柚餅子を食していたという。あとで調べて、それは「丸柚餅子」と言い、各地に残る伝統食品だとわかった。
 その中でも、村上さんの柚餅子には、また独自の工夫があったのだろう。村上さんが亡くなられた今となっては、その話を聞くわけにもいかない。
 記憶をたどっても、作るのはなかなか手間がかかるようだ。今年、初めて柚子が実ったとは言え、おいそれとは手を出せそうにもない逸品だった。

名古屋の手羽先
 8年ぶりにサラリーマンに復帰し、名古屋に単身赴任して一か月が過ぎた。
 私が名古屋へ行くと連絡したら、「山ちゃんへ行きたい」というメールをよこした友人がいた。「なんじゃ、そりゃ?」と返信したら、「山ちゃんの手羽先が食べたい」という。
 サラリーマンになって初出勤した10月17日は、早く帰って引越し荷物を整理しなけりゃいけないと思っていたのに、午後3時ごろ携帯が鳴って、「名古屋へ出張で来たんだけど、今晩空いてる?」という友人が現れた。名古屋に本社のある人だ。
 夕方待ち合わせて、私が「山ちゃんに行きたい」と言うと、「山ちゃんで、いいの?」と言われた。実は、私の勤めた会社の裏にも1軒あるのに気づいていたのである。正しくは「世界の山ちゃん」という、あきれた店名だが、要するに、手軽な居酒屋で、その後にわかったのだが、名古屋ではどこにでもある店なのだ。
 その看板料理が「手羽先」。
 名古屋コーチンでは値段が高いだろうから、たぶんブロイラーの手羽先を油で揚げ、醤油だれに漬けたものらしい。お手軽な料理だが、これで「山ちゃん」(開店した時は「隣の山ちゃん」だったらしい)は、「世界の山ちゃん」に出世した。「世界の」と言うのは、「世界のトヨタ、世界のイチロー、世界の山ちゃん」の「愛知県3点セット」なのだそうだ。初日から私を酒に誘った友人は、今は東京にいるが、入社して何年かは名古屋で暮らしていたので、「東京に山ちゃんが進出した時は、感激した」と、うれしそうに話していた(今は、東京では西部新宿駅からJR新大久保駅にかけてだけでも4軒ある)。
 その後、「手羽先は元祖がある」との話を聞いた。それは「風来坊」という店で、もちろん行ってみた。しばらくするうちに、中華料理店でも、韓国焼肉屋でも、ステーキ店でも、ちょっとした小料理屋でも、名古屋ではほとんど「手羽先」がメニューに載っているのに気がついた。多量のゴマをまぶしたり、たれに八丁味噌を使ったり、味は少しずつ違っていて、これがまた楽しい。
 名古屋には独特の食べ物があって、「みそカツ」や「エビフリャー」(エビフライのこと)は駅弁にもあるし、ウナギご飯を3つの食べ方で楽しむ「ひつまぶし」とか、恐ろしくコシが強いらしい「味噌煮込みうどん」とか、寒くなったから食べてもいいかな、と思うものもある。それは、まあ、いい……が、先日「スパゲティのあんかけ」なるものがあると聞いて、「どえりゃぁ」驚いた。
 スパゲティに「あんこ」を載せるのか、と早合点してはいけない。中国料理によくある、具に片栗粉でとろみをつけてかけるように、ミートソース(?)とか、パスタに合わせる具(これも変な言い方)にとろみをつけて「あんかけ」にするのだそうだ。
 「あんこよりはマシ」とは思うが、私の頭の中は、まだ「???」状態だ。
 そう言えば、小エビのてんぷらを具にした「天むす」も、名古屋が発祥だ。「何でもあり」が、名古屋の食文化なのかもしれない。古舘伊知郎風に「古今東西食文化の未知なる融合」とか、「世界の食材のタッグマッチ」とでも言いたくなる。
 今までどおりの、まともな「房総半島スローフード日記」に加え、私にとっての「食文化未体験ゾーン」を、少しずつ書き加えて行くことにしよう!


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