んだんだ劇場2006年11月号 vol.95

No6−東京、ソウル、それと静かな海辺−

東京は雨、@podでルンルン
 久しぶりに東京に行ってきた。最近は東北各地をまわることが多く「東京は卒業だ」などといきがっていたのだが、やっぱり活気ある街というものを間近に感じるのは悪くない。バブルだ、バブルだ、と騒いでいる人もいたが小生の領域(出版)では「いよいよ(活字文化)がっけっぷちだね」といったクラ〜イ話ばかりなのはいつものこと。輪をかけるように3日間強風に土砂降りで、まともに傘を差して歩けない悪天候に出くわしてしまった。それでも何人かの人に会い、野暮用をすまし、映画「カポーティ」と「フラダンス」を見ようとするも、途中で映画館までの道がわからなくなり、やめた。神保町すずらん通りにはファーストフード店がケバケバしく開店していて、くすんだ本屋街のイメージをぶち壊していたが、もう見慣れてなんとも思わなくなっている自分も怖い。昼食のため東京駅・新丸の内ビルへ。ここにはおびただしい飲食店が入っているが、本当においしいものを食べたければ予約して最上階まで上がって万単位のお金を払う覚悟がなければ無理。9割以上がコケ脅しのエエカッコシイのゴミ店。高い金を払わなければ「うまい」ものは食べられない、それが東京というところ。それでも丸ビルの中のコンランで「匂いのついた石(インテリア)」をみつけた。以前パリのコンランでお土産用に買って好評を博したもの。近くの大丸ではプラスチックの花瓶を見つけ、どちらも事務所用に買う。夜は水道橋にあったなじみの立飲屋へ。立飲みでなく椅子があったので驚いた。周辺にまねた飲食店が乱立し元祖としては面白くなくてやめたのだそうだ。いつもは満杯なのにこの日はガラガラ。酒肴に魚肉ソーセージやインスタントラーメンが出てきたり、ファッショナブルと無縁な雰囲気がものすごくよかったのに椅子に座ると普通の飲み屋。……いやぁ愚痴っぽくなるばかりだなあ。これも悪天候のせい。救いは「@pod」。これにみっちり好きなCDを詰め込んでいったので、雨でホテルに閉じ込められても落語を聴き、4時間近い電車の中はシェーンベルクを大音量で聴きながら、まったく退屈せずに帰ってきた。ありがたい。
皇居の白鳥も寒そう
匂いのする石
プラスッチクの花瓶

静かな秋の海辺で
 あまり東京に行かなくなったせいもあるが、県内各地にヒョコヒョコと出かけている。これは車にカーナビとETCをつけたせい。車が苦手だったのは方向音痴が一番の理由で、高速道路の支払いもハイウエイカードの時代はまだしも現金の受け渡しが面倒でしょうがなかった。どちらも解消され、まあ金銭負担は大きくなったが、ラクチンこのうえない。道に迷うことがなくなり、高速を気軽に利用できるようになると、普段行かないようなところにいきたくなる。先日は由利本荘市で仕事があり、そのまえに1時間ほど余裕ができたので(これもカーナビのおかげ)岩城町で海岸線を散歩してから会場に向かうことができた。こんなに海のそばに暮らしているのに、ふだんの生活の中に海がほとんど存在していない、というのもかなり異常なことだなあ、なんてことを思いながら、誰もいない秋の静かな海を満喫した。秋田の海岸線を車で走るたびにギョッとするのは、風力発電のプロペラ。あまりに巨大、近代的、唐突、未来都市風で、自然の景観を壊しているようにも感じられる。まあ慣れればどうってこともないのかもしれないが。午前中に由利本荘市の仕事を終え、午後からは高速で大潟村の先にある県北部の八竜町へ。ここにある県内一の売り上げを誇る農産物直売所ドラゴンフィレッシュを取材。お店の前にある巨大な龍のモニュメントは、昔から7号線の名物で、見ていてあまりいい感じは持っていなかったのだが、いまはこの直売所のシンボルで、その印象はすっかりよく変わってしまった。ここからさらに夕方にかけて男鹿半島にある農家民宿ならぬ漁家民宿を取材する予定だったが、相手先の都合でキャンセル。1日で県内の南から北まで何ヶ所も行き来できるなんて、ちょっぴり夢のよう。20年前なら確実に1泊して2日間の仕事が半日で済むようになったのだからたいしたものだ。
まな板持持参で食事する人
一基はまだいいのだが
どこにでもありそなん直売所だが

ソウルで考えたこと
 ソウルに行ってきました。秋田発着便です。韓国出版セミナー(正式名称はブックシティー国際出版フォーラム2006)という行事があったので友人のK氏に誘われたのですが、いろんな発見や驚きの4泊5日の旅でした。
 フォーラムのあったパジェ市は南北の分断最前線にある軍事境界線にあります。89年に計画された「出版文化情報産業団地」のある場所でもあり、ここには東京ドーム33個分の土地に、出版、印刷、取次など100社以上が入居しています。世界でもっとも大きな出版の街で「軍事境界線の奇跡」といわれるところです。ここでフォーラムはおこなわれました。でも今なぜ出版センターが必要なのか、出版の未来はこうしたセンターを必要としているのか……いろいろ考えることはありましたが、驚いたのは団地に入っている出版社の建物がモダンなこと。「オイオイ、やりすぎじゃないの」という印象を持ったほどですが、とにかく建物だけでなくモダンアートが好きな国民であるのは確かなようです(地震がないので耐震強度に関係なく建てられるためかも)。
 出版以外ではソウル市内のど真ん中を東西に流れる清渓川(チョンゲチョン)の存在に仰天しました。前からうわさでは知っていたのですが02年、約6キロもの高速道路を引っ剥がし、コンクリートで覆われていた昔の川を復元させてしまったのです。約2年間で工事を終了させてしまったというのも驚きですが、大都市の動脈を断ち切って経済的には無用の長物である川(公園)を作ったのです。いやはや現代(ヒュンダイ)の元経営者だった李市長の政治決断を世界中の政治家は見習ってほしいものです。3日間、この川に通い続けました。最終日には一人で6キロ全コースを踏破して来ました。所要時間1時間20分、歩数にして8千歩ほどでしょうか。散歩フリークでなくても自然豊かな川べりをゆっくり歩くのは気持いいことですが、ふと見上げると頭上は巨大なビル群ですから、なんとも不思議な気分になってしまいます。
 断定的なことはいえませんが、パジェの出版団地は活字文化の未来からいって早晩「廃墟」になる可能性がなくもないような気がします。が大都市の真ん中を優雅に流れるこの川は、21世紀に生きるソウルの人たちの誇れる文化世界遺産になるのは間違いないとおもいます。
フォーラム会場
モダンな出版社の建物
川とビルの共生
川べりで歌う路上ミュージシャン。
新井英一そっくりの歌声


無明舎Top ◆ んだんだ劇場目次