んだんだ劇場2006年9月号 vol.93
No39
辛いキムチと辛くないビール

 大韓航空の飛行機が離陸し、雪が吹雪いている中、少しずつ高度を上げていきました。雲を抜けると、青空が広がり、太陽の眩しい日差しが差し込んできました。改めて、雪を降らしているのは雲であると実感しました。飛行時間が2時間30分なので、(まさか、機内食は出てこないだろう)と思っていたら、スチュワーデスが運んできました。座席のテーブルに置いて食べました。隣に座ったSさんは、普段通りに食事をしていました。僕は(テーブルが狭いなぁ)と感じた瞬間に、利き手の左手に緊張がはしりました。僕は食器を持って食べることが難しく、いつも口を食器に近づけて食べます。だから、口が近づけやすいように食器を動かすので、そのスペースが必要となります。テーブルとお盆の位置関係を見て、食べやすいように食器を動かすことができないことを知り、いつもの食事と違う状況と判断しました。僕は食べやすい"パン"から食べていきました。いくらかでも、食べやすいようにスペースを作るためで、無意識の中で、このような行動をしました。パンを食べ終わったら、ご飯を食べました。乾いている米粒であり、フォークで救い上げると、ポロポロと零しました。(韓国へ着く前に、おNEWのズボンが台無しになる)と思い、膝に口拭きタオルを広げました。すると、どんなにこぼしても良いという安心感からか、少しずつ緊張が解れてきました。自宅で食事をするとき、誰にも気を使わないので、緊張をせずにリラックスできます。人と食事をするとき、(こぼさず、キレイに食べよう)と力みます。特に、僕のいつもの食べ方を少し変える必要がある状況ときは…もちろん、一人で食べるよりも楽しいけども…
 機内食で、プリンのようなカップに水が入っていました。僕はこのような蓋を取ることが苦手です。しかも、容器には固形物でなく、液体が入っています。(こぼしたら、どうしよう)と思ったら、隣のSさんに「開けてくれませんか」と頼んでいました。「韓国では、飲み水を買います。蛇口の水は飲み水として、あまり衛生的でないよ」と教えてくれました。水を飲むために、蓋を開けなければならないことに不便さを感じつつも、その国の文化に触れました。
 周囲をキョロキョロと見渡すと、国内線の飛行機に乗っている感じでした。ハングル語が聞こえてくるので、韓国の人も乗っているのだろうな…と思いました。しかし、外見だけでは判断が付きませんでした。飛行時間2時間30分は、やはり短いです。日本海の上空を飛行して、陸地が見えてくると、朝鮮半島。仁川(インチョン)空港に近づいていくにつれ、地面がはっきりと分かるようになりました。知人や友人が言ったように、地面が乾いていました。思わず、「ウソだ〜」と叫びました。太陽が少し西に傾いていて、機内の窓に西日が差し込み、眩しさを感じました。山々の木々は枯れていました。秋田の11月と同じように、これから冬に向かう季節と重なりました。まるで2ヶ月ぐらい、タイムスリップをしたような気分。機内から見る風景に、気候の温かさを感じました。だから、仁川空港に着陸して、滑走路で働く男性従業員の服装を見たとき、驚きました。ニットの帽子を被り、耳当てをしていました。「現在の気温は−1℃」と機内アナウンス。「秋田で−1℃と言ったら、周りは雪景色だよ」と言うと、隣のSさんは大きく頷いていました。
 機内から降りるとき、アテンドの必要な障害者は最後に案内されます。他の乗客が全員降りてから、ゆっくりと誰にも気を遣わないで、アテンドするためであろう。もし降りるとき、最初にアテンドすれば、他の乗客を待たせることになります。Iさんは「外は寒いから、しっかりと着込まないとな」と、収納ボックスから手荷物を取り出しながら、僕のニット帽子を手渡した。
 他の乗客が降りた後、「お待たせしました。私が案内します」とアテンドする係員が挨拶をしてきました。"韓国の女性は色白で美人"と聞いていました。噂どおりの方。胸元の名札はハングル語。言葉は悠長な日本語。「2カ国語を話すことができ、すごいですね」と言うと、「ありがとうございます。少しだけですが、中国語も話すことができます」とうっすらと笑みを浮かべました。その若くて、綺麗で、知的な女性が車イスを押してくれました。まっすぐ、手荷物受取所に案内されました。こういう場合、僕が先頭を歩き、他のメンバーは後を付いてきました。普段は気にも留めなかったエレベータの位置を、僕と一緒に行動することで、「エレベータは、どこだろう」と周囲を見渡していました。「車イス用トイレもあるし、段差もないし、ここの空港はバリアフリーだね」とIさん。「アジアのパブ空港を目指しているのだから、誰にでも快適てきでなくては…いろんな人から苦情がくると思うよ」とSさん。「はい、そうですね」とアテンドの係員。
 手荷物をとったら、到着ロビーで《日本円》から《韓国ウォン》に両替しました。韓国のお札を取り、(これで、3泊4日を過ごすのか)と思ったら、外国に来た気分になりました。僕はクレジットカードを持っているので、あまり現金が必要でないかなぁと思い、2万円を換金しました。すると、封筒に入った札束の感触に驚きました。急に大金持ちになったような気分がしました。両替所の上に掲げている電光掲示板の為替レートを見ました。計算すると、だいたい【1万円=7万9900ウォン】になりそう。単純に、日本の物価の1/8と考えれば良いのかなぁ…「1万ウォンが7枚、1000ウォンが9枚、100ウォンが9枚。合計で、25枚」とTさんが札束の枚数を数えていました。札束を数えている姿を"すごいなぁ"と見とれていました。僕は家の中以外ではお札を数えたりしません。お札を落としたら、自分で拾うことが難しいから。お札を落としたら、辺りの人に拾ってくれるよう頼みます。大抵の人は快く拾ってくれますが、ときどき疑いの目で僕を見る人もいます。こういうとき、(このお札は僕のもの)と自信のある態度をとり、拾ってもらいます。このことをTさんに話したら、「私も、あまり人前でお札を数えたりはしないよ」と話をしてくれました。
 バス乗り場に行きました。車は右側通行で、外国に来た実感がしました。右側通行で走る高速道路の景色は、一昨年のアメリカ研修を思い出しました。高速バスで、1時間でソウル市内に着きました。1000万人都市のソウルは、まるで東京に来ているような印象。バスの中から、建物や街並みは"初めて"というよりも、"来たことがある"気がしました。他の観光客と一緒に、ロッテ免税店に案内され、そこでショッピングを楽しみました。ショッピングと言っても、特に免税店で買うものはなく、Sさんと一緒にウィンドウショッピングを楽しみました。Sさんが僕の車イスを押してくれました。"ロッテ"と聞くと、僕はプロ野球の球団名を思い出します。韓国では、百貨店の最大手だそうです。さすがに免税店だけあって、いろいろな国の言葉が聞こえてきました。何となく、僕は心地よく感じていました。店員は僕とSさんが日本語で話している様子を見て、日本語で接客をしてきました。外国へ来ているのに、言葉の壁は感じませんでした。それだけ、日本人観光客が多いのかなぁと思いました。
 ロッテ免税店から、再びバスに乗りました。夕食はソウル市内の食堂で食べました。【海鮮鍋食べ放題2時間+韓国焼酎&ビール飲み放題2時間】コース。食堂に着くと、座敷に通されました。店員は日本人観光客と知ると、日本語で接客を始めました。「座椅子はありませんか」と僕は聞きました。座敷では、背もたれが必要となります。店員は「すみません。ないので、襖の方に座って、そこに座布団をかいましょうか」と言いました。座敷で食事をするときの対応で、不思議に安心しました。韓国の冬は寒いので、日本人は鍋料理を好むそうです。目の前で、煮込んでいるところに、キムチとチヂミが並べられました。まず、韓国ビールで乾杯をし、旅の疲れを癒しました。韓国ビールは辛味が少なく、アサヒスーパードライを愛飲みしている僕にとって、どことなく物足らなさを感じましたが、「キムチの辛さを考えて、ビールは押さえているそうです」と店員が教えてくれました。「ビールをストローで飲むのですか。酔いませんか」と店員。韓国でも珍しいのかなぁとニンマリ。キムチは日本の漬け物そのもの。小皿に取って、食べるそうです。店員は僕のキムチをよそってくれました。キムチを一口食べました。やはり辛く、水を飲みました。「これは、韓国のチヂミです」と店員が勧め、小皿に盛りつけ、このお店特性のタレをかけてくれました。フォークで食べました。チヂミは餃子のニンニクのない感じがして、僕好みの味でした。「チヂミは韓国のお好み焼きのようなものだよ」とIさん。そう言われると、とても身近に感じて、2・3枚、一気に頬張りました。「韓国の人は、キムチを毎日食べます。食堂で、お通しはキムチとチヂミですよ」と店員。キムチは無料で食べられるそうです。お通しを食べている間に、鍋の具が煮込んできました。4人分を店員さんが装ってくれました。味は日本の海鮮料理と似ていて、身体中が温まりました。韓国では、基本的に金属製の箸とスプーンで食事をするそうです。「ご飯も汁物もスプーンで食べることが多い」と聞き、僕と同じような食べ方なような気がした。「食器は持ち上げず、置いたままスプーンと箸で口に運んで、食べます」と韓国の食事のマナーを店員は紹介しました。韓国のマナーに従って、他の3人が食べてみると、ボロボロとこぼしました。食器を持ち上げて食べるので、食べにくいそうです。「僕のように、口を食器に付けて食べないの?」と言うと、「それは、韓国でも日本でもマナーの悪い食べ方だよ」とSさん。店員も笑っていました。
 僕は鉄製の箸が気になり、「日本は割り箸を使いますが…」と店員に質問しました。「使い捨ては、木材の無駄使いでしょう。そう思いませんか」と店員。
 食後に、韓国焼酎を飲みました。焼酎を韓国で「ソジュ」と読んでいるそうです。日本の焼酎と比べ、少し薄味でした。いつもストローは使い捨てなのですが、焼酎を飲み干したストローを店員に洗ってもらい、持ち帰りました。店員は僕に好感をもったようでした。


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