んだんだ劇場2006年12月号 vol.96
No42
安重根とサムゲタン

 西大門刑務所歴史館から,「安重根義士紀念館」へ行きました。ジャンボタクシーで,15分くらいかかりました。安重根は,1909年に伊藤博文を射殺した人物と社会科で習いました。きっと,韓国では,安重根を国民的な英雄として,歴史的に評価をしているのだろう。現在の韓国では,「抗日闘争の英雄」であり,「義士」と呼ばれており、暗殺者(テロリスト)であるものの,歴史的に評価されています。「安重根義士紀念館」が安重根の偉業を伝えています。
 紀念館には,安重根義士の肖像と記録写真、遺品などが展示されていました。その1つ1つをパネル付きで,説明していました。日本語で解説していました。この紀念館にも,たくさんの日本人が訪れていると実感しました。Sさんが僕の車イスを押してくれました。その姿を見ていた職員の方は「押しますか」と声をかけてくれました。「ここには,たくさんの日本人が訪れますか」と僕は質問しました。女性職員は「そうですね…来ますよ。この場所は,安重根を賛否しているわけではありませんよ。史実を伝えています。日本の見方だけでなく,韓国や大陸の見方を…」と,僕は女性職員の話に聞き入っていました。女性職員は,僕の車イスのグリップを握って,押してくれました。職員のガイド付きで,館内を案内してくれました。Sさんは「三戸さんと一緒に歩くと,より詳しく館内を回れるね」と話していました。5分くらいして,電話の応対で,僕の車イスを押す人はSさんに変わりましたけど…
 僕は歴史に詳しくありませんが,安重根が獄中で書いた「東洋平和論」の解説パネルには,『…祖国の独立と東洋の平和のためにやったのだ…』と,書いていました。でも,歴史は伊藤博文暗殺により,韓国併合に進んでいきます。歴史の流れは,面白いなぁと実感しました。
 館内を見終わり,時計を見たら,午後12時30分を過ぎていました。今日の昼食は,"サムゲタン"を食べることに決めていました。"サムゲタン"と聞いても,僕は何のことだが分かりませんでした。Tさんは「ヨン様と大統領も賞味した料理だよ。韓国に来たら,食べないとね」と教えてくれました。今朝,Tさんはガイドブックを見て調べたらしく,ジャンボタクシーの運転手さんに「【土俗村】へ行ってくれませんか」と伝えました。そのお店は有名らしく,運転手さんは「いつも多くの人で賑わっていますよ。著名人も"サムゲタン"を食べに来ていますよ」と滑らかに話しました。広い道路の路地裏に,【土俗村】がありました。煌びやかな食堂をイメージしていましたが,一軒家のような趣でした。「午後1時40分頃,戻ってきます」とIさんは運転手さんに伝え,僕たちは店に入りました。店員は車イスの僕を見て,「ここの座敷は,満席で…奥の方ならば,空いていますけど」と韓国語で伝えてきました。僕は妙に新鮮な感覚になりました。これまでに,何度も韓国ソウルに来ているIさんが韓国語で応対しました。「どうする?混んでいて,奥の座敷しか食べるスペースはないって…」と,Iさんは僕に聞きました。「ここに,車イスを畳んで置かせてもらいましょう」と僕。早速,Iさんは店員に車イスをこの辺に置かせてくれるよう,頼んでいました。店員は頷いて,「この辺に,車イスを置くように」と指示をしました。韓国語でも,僕は理解できました。Sさんの肩に掴まって,奥の座敷へ行きました。2つの段があり,その段に靴を脱いで,座敷へ上がっていきました。
 お昼時,背広を着たサラリーマンが多くいました。そして,ほとんどの人が同じものを食べていました。(アッ,これがサムゲタンだな)と分かりました。ちょうど,向かい合わせで4人座れる場所があり,そこに座りました。座布団が敷いてあり,文化的に日本と韓国は近いことを実感できました。店員は,1皿に盛られたキムチと取り皿を持ってきて,注文をとりました。4人とも,メニュー表を見て,"烏骨鶏サムゲタン"と"チヂミ"を注文しました。"チヂミ"は,すぐに運んできました。"烏骨鶏サムゲタン"が届くまで,3人は箸入れから金属製の箸を取り,僕はお食事セットからマイフォークを取り出し,キムチを摘み,チヂミを食べていました。ピリッと効いたキムチの辛さが,氷点下の世界を歩いてきた僕の身体をほのかに温めました。
 まもなく,湯気が立ち込めている"烏骨鶏サムゲタン"を運んできました。店員は「"サムゲタン"は,韓国の代表的なスープの一つです。鶏の腹を割いて,その中にもち米,栗,高麗人参などを詰め合わせ,長時間,煮込んだものです」と説明をしてくれました。Tさんは,店員の説明が終わる前に,一口食べました。僕に「…かなり熱いから,少し冷まして食べた方がイイよ」とTさん。Iさんも,Sさんも,「美味しいけど,かなり熱いぞ…」と口を揃えました。その様子を見ていた店員が「取り皿をお持ちしましょうか」と韓国語で話したらしく,Iさんは店員が持ってきた取り皿に"烏骨鶏サムゲタン"をよそってくれました。絶品で,4人は口数が少なくなり,食べることに集中しました。よく煮込まれているためか,スプーンで鶏の肉を掬うと,肉がほぐれました。肉を1口食べると,スープの味が沁み込んだもち米や高麗人参が口の中でブレンドされました。(これが"烏骨鶏サムゲタン"…金額は18000W。日本円に換算すると,2260円くらい。贅沢な昼食だなぁ)
かなりの量もあり,食べ終わると満腹感がありました。一人ずつ代金を払い,僕は出入り口の脇に置いてある車イスに乗り,外に出ました。ちょうど,ジャンボタクシーと待ち合わせの時間でもあったので,タクシーが待っていました。「まもなく,午後2時になりますね。次の行き先まで,案内したいと思います」と運転手。「そうだね。では,朝鮮王宮に案内して,そこで我々を降ろしてください」とIさん。「朝鮮王宮は,ここから近いですよ。だけど,毎週火曜日は休館日のはずですよ」と運転手さん。「まず,行ってみる」ことになり,朝鮮王宮に向かいました。10分くらいで,朝鮮王宮の駐車場に着きました。「では,私は…」と僕たちが降りて,ジャンボタクシーの運転手さんと別れました。
 辺りは,閑散としていました。近くを歩いている方にIさんが聞くと,やはり休刊日でした。「中に入れないのは残念だけど,周辺を散策しましょう。かなりの趣が伝わってきますよ」とIさん。Tさんが車イスを押して,周辺を歩きました。「朝鮮王宮は,朝鮮時代を開いた李成桂が、1394年にソウルに遷都したときに作られた宮殿で,豊臣秀吉の侵略により焼失しましたが,その後に再建したものですよ。世界遺産に登録されています。中に入って,全部見学しようとすると,半日はかかったよ」とIさん。
 日本のお寺を彷彿する作りで,歴史的な建築物からも,日本と韓国の文化的なつながりを感じました。


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