んだんだ劇場2005年12月号 vol.84
No19
1年たっても……

市民になりました
 千葉県夷隅郡大原町が、今月から「いすみ市」になった。隣接する夷隅郡夷隅町、夷隅郡岬町と合併したのである。大原町役場が市役所になった。
 だから、我が家の住所は、いすみ市大原町である。が、なんとなく、面白くない。
 田舎暮らし計画が具体化したころ、私は「村民になりたい」と思っていた。
 「村民」。
 もう、それだけで「田舎」だ。
 なんていい響きなんだろう。
 そういうこともあって、最初は、房総半島の先端、館山市に隣接する三芳村に住みたいと考えた。それはこの「日記」の最初の方で書いた。ところが三芳村も、来年3月には「南房総市」になってしまう。
 どっちにしても、「市民」になるなんて……ああ、つまらない。

生い茂るレモングラス
 まあ、それはともかく、太平洋に面した温暖の地に土地を買って、家を建て、父親が張り切って畑を作り始めた時、かみさんは「花を育てたい」と言った。家のすぐ前に花壇を作り、東半分はかみさん、西半分は父親が担当することになった。
 それなら、私だって、何か育てたい。それで、最も西側の、道路に近いちょっとした残り地を、私のハーブ園にすることにした。
 と言えば、かっこいいが、ハーブと表記している苗を手当たり次第に買って来て、植えただけの話だ。それから7年たってみると、何を育てたか思い出せないほどだ。
 月桂樹の木が順調に育って、「ベイリーフ」には不自由しなくなり、コリアンダーは雑草のように毎年勝手に芽生え、メドーセージ、チェリーセージ、パイナップルセージ、メキシカンセージといったセージ類は、夏から晩秋にかけて、次々に花を咲かせている。
 しかし、どういうわけか、料理に使いたいバジルは、こぼれダネからはちっとも芽吹かないので、毎年タネをまき、ローズマリーはいつの間にか枯れて、また苗を植える繰り返しだ。
 そんな中で、いちばんうまく行ったのが、レモングラスだろう。
 12月だというのに、道路際に巨大な株が並んでいる。

道路際に葉を茂らせるレモングラス
 タイ料理の「トム・ヤム・クン」を作ろうと思って育てたわけではない。園芸店に苗があったから買っただけの話だ。
 しかし、これが、驚くほどよく育った。ヒョロヒョロの苗が、秋になるころには、一抱えもある株になった。最初の年は、用心して、株を半分に分け、片方は地植えのまま、もう片方は大きな鉢に植え替えて屋内で越冬させた。
 案の定、地植えの方は完全に枯れて、翌春、芽を出さなかった。南国原産のこの草には、房総半島の気温でも低すぎたのである。だから、2年目もそうした。
 しかし、3年目。地植えの株に厚めに土をかぶせておいたら、見事に越冬した。4年目もそうしたが、5年目はサボって土をかぶせなかったのに、越冬してくれた。
 同じ場所で育てているうちに、この土地の気候に慣れたのかもしれない。
 今年は思い切って、巨大な株を、7つに切り分け、1・5メートルほどの間隔で道路際に植えなおした。肥料もやらないのに、これが、まあ、立派に育ったのである。
 でも、これほど、レモングラスに手をかけているのには、ちょっとした理由もある。
 我が家から車で20分ほどの、夷隅郡大多喜町(ここは、合併しなかった)に、この辺ではちょいと有名なハーブ園がある。6年前に初めて行った時に、そこのレストランでハーブティーを飲んだ。それが、レモングラスのお茶だった。
 それはそれでおいしかったのだが、一杯が400円だった。
 「なんだ、こんなものなら、毎日ただで飲めるわい」
 家に帰って、生のレモングラスの葉を切り刻み、紅茶のポットに入れて湯を注いだら、「400円のお茶」と同じものができた。
 それがうれしくて、自分でも毎日のように飲んだし、来客にも自慢した……のだが、そのうちに、飽きてしまった。
 以来、レモングラスは、切り取られることもなく、毎年、ノビノビと葉を茂らせている。

始まった河川改修
 昨年10月9日に来襲した台風22号で、我が家の東側を流れる落合川が増水し、川に面した斜面が崩落したことは、昨年の日記でも書いた。その後、下から順に巨大な土嚢を積み上げ、これ以上の土砂崩れが起きないように緊急工事をしたことも、写真でお見せした。
 落合川の河川改修は、千葉県にとっても長年の懸案だったが、我が家が危険にさらされたのがきっかけ(間抜けな話)で、やっと全面改修の予算がついた。
 それは、「昨年度」の話である。
 10月には、河川改修のために、川べりにあった樹木を何本も切り倒した。そういう樹木は「産業廃棄物」になるというので、それなら「隣の空き地に捨てて行ってくれ」と頼んだ。ストーブにくべる薪にするためだ。
 実際に、大型機械が入って、我が家のわきを整地し始めたのは、11月からだった。
 今、堤防の先端になる部分に矢板を打ち込み、基礎工事が行われている。

川の中に、1列に矢板が打ち込まれた
 矢板は、長さ6メートルもあって、打ち込むのはそう簡単ではない。
 まず、川の真ん中に工事用の道路を造り、やぐら部分だけでも3つに分けて運び込まなければならない超巨大クレーンで矢板を吊り上げ、細かく振動する打ち込み機で、1枚ずつ突き刺して行くのである。
 私は今、名古屋に住んでいて、先日の週末に戻った時が、矢板打ち込みの最終日だった。私は、休日の二日間、チェーンソーで、樹木を輪切りにする作業に追われた。
 土曜日、夜までかかって、川の中の道路で超巨大クレーン車を分解し、上の道路際の空き地まで運んでいた。
 次の日曜の午前中、私が「輪切り作業」をしていると、
 「おれ、よぅ……」
と、声をかけられた。
 顔を上げると、やはりかなり大きなクレーン車の運転台の人だ。分解したクレーン車をトラックに積み込むのに、また、別のクレーン車が来ていたのである。
 「おれを、覚えていないか」と、その人は言う。
 「おれ、よぅ、去年、ここに土嚢を積みに来たんだよ」
 言われてみれば、我が家の屋根越しに、1個1トンの土嚢を次々に吊り上げては運び、川べりに下ろしていたクレーン車の人だ。
 「ああ、どうも。覚えていますよ。その節はありがとうございました」
 「いやぁ、1年ぶりに来てみたら、まだ、何にもやってないじゃないか。ほんとに、お役所のやることは、遅いなぁ」と言って、彼は、大きな声で笑った。
 「ほんとにね」
 私も笑った。
 役所は、年度末までに予算を使えばいいのである。
 それは、だれが見ても、「グズグズしている」ことなのだ。


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