フランス革命と英雄の肖像
何かがはじけるように、炸裂する二つの切断音からこの曲は語り始める。全く初めてこの曲を聴く者にとって霹靂の衝撃である。それは単に聴く者を驚かせるための演出ではない。聴く者の情念を呼び覚ます神の一撃とでもいうべきものであった。それは一つの総合であり解体であり、新時代の幕開けを告げるものであった。この作品は二つの和音の衝撃に始まり、この和音からはじけた主題に導かれて、第四楽章の最後の一撃をもって締め括る。まるで一大叙事詩のようなドラマを秘めていたのである。
この二つの切断音は、この作品以前の音楽とこれ以降の音楽を、連続させながら切り裂いているかのようである。それまでの聴き馴染んだ音楽の世界から、聴き手を未知の世界へ放り出してしまったような隔絶感がある。そして演奏時間の長さ以上に、雄大な長編叙事詩一巻を語り聞いたあとの疲労感が残る。それは近代的自我に目覚めた人間どうしに生ずる相克であった。人間性の曙に持っている動物的性向と、近代的自我に目覚めた人間の心模様を表わす二つの音だったのである。この二つの和音はときには対立し、ある場面では相乗して現われる人間性の衝動を表わしていた。この作品は当時の現実の社会と、ベートーヴェン自身の内的な緊張が交錯しながら、時代を超越した普遍の時空に聳え立つものでなければならなかったのである。
作品二一交響曲第一番と作品三六交響曲第二番に、ベートーヴェンの成熟した古典派交響曲の力強い躍動を聴くことができたが、この作品の登場によって先の二つの交響曲はハイドンとモーツァルトの後継の位置から、あらたな交響曲の先駆としての栄誉が与えられることになった。偉大な創造は、周囲を輝き照らす太陽の役目を果たす。二つの交響曲には、人間の持つみずみずしい自然的性向が反映されており、主体的な人間の意志というものが、自然の懐に抱かれた一体性のなかに対照されるものであった。ところが作品五五交響曲第三番「エロイカ」の登場は、人間が社会を形成して以降の世界に対照されることになった。理念と使命感をもって歩む王道の気概は、人間社会の荒波のなかに翻弄されながら、その本質が問われることになるのである。
この作品は、楽器編成や演奏時間の長さといったような外観に見る規模の大きさだけではない。強い意志ときびしい造形感覚によって、豊かで緊張感に満ちた新たな紀元を開き、人間の情念に潜む奔放な情動と、それが集団を成して熱狂したときの相関を、壮大な叙事詩として描いたような作品である。作品の企図するものが、古典派交響曲の括りからは隔世の観があり、交響曲の規準として不可逆的に聳え立つ交響曲の誕生を告げるものであった。
ここに登場するのは、精神や肉体の興奮が極限に達したときに起こる陶酔がついに爆発を起こし、未来の私たちにまで照射する人間の解放のドラマである。みずからの存在を賭けて、生命感情が熱狂する忘我の極致といってもよい。こうしたものが登場する根源にあるものは、みずからの存在に、生きていることの証を得ようとする人間の持つ自己認識の叫びであった。それは情念に渦巻く理性と感情が、激しい相克によって鍛え上げなければ生まれ得ないものであった。このドラマは、明日に託した希望の槌音を奏でながら、そこに命を賭けて闘った者たちへの限りない哀惜でなければならなかった。この作品から発せられたベートーヴェンの祷りは、二〇〇年の経過を辿っていま私たちに届けられた今日的な願いでもあったのである。
曲は第一楽章冒頭、何もない状態からいきなり強奏する二つの和音が炸裂して開始する(譜例1)。精神の緊張と昂揚がこの二つの和音に凝縮して表われる。この二つの切断音は、まさに予期せぬ事態勃発の狼煙であった。希望と期待を抱きつつ、いまだ遭遇したことのない未曾有の世界に突入したときの、劇的な幕開けを象徴する裂帛の気合いを込めた一撃だったのである。それはひとつの終わりであり、あらたな始まりを予告する衝撃の合図であった。交響曲の概念を転換するとともに、音楽に新しい理念の登場を告げる雄叫びとなったのである。またこの二つの和音は、何ものかの乖離と破綻を象徴する断絶の炸裂であった。さらに伝統と革新の確執を示唆する戦闘の轟だったのである。
この作品はひとつの具体的な事象を描写したものではないが、冒頭の切断する二つの和音とそれに続くモチーフのなかに、劇的なドラマ性を帯びている。この断絶する二つの和音をどのようなタイミングで開始させるか、指揮者と楽団員の思惑から曲はすでに始まっている。指揮者の気魄とオーケストラの緊張が交錯しながら、両者は呼吸を計っている。こうした間の取り合いをするうちに、両者の気合いが昂揚していく。その昂揚に潜む混沌は、しだいにひとつのベクトルに結集して、巨大な力点に達するや、驚愕の一撃となって曲は爆発を起こすのである。
これはほんの瞬きほどの出来事なのだが、凪んだ静寂の中に胚胎する緊張を孕んでいる。演奏が始まるまでの凪の状態に交錯する「気」のようなものが漂い、昂揚する魂の気配は聴衆にまで及び、一堂に会した指揮者、演奏者、聴衆の心性の高まりが、次第に一点に収斂されていく過程といってよいものである。情念の生起とでもいうようなものが、演奏に始まる前から、その静寂のなかにみなぎっているのである。演奏する側と聴く側の二つの集団がこのような気配を共有し、一つの心理的集合を形成していくためには、コンサートホールでの生演奏でなければ達せられないものだ。二つの炸裂する和音に始まる様々な問題が、どのように解決のプロセスに向かって展開されていくのか、聴き手は固唾を飲んで耳をそば立てる。聴衆一人ひとりの情念を、集合的な心性の深みへとベートーヴェンは導いていくのである。
ビジョンとは現状の否定であるというが、まさに音で表わせばこうなる。長い間の因習や抑圧によって纏わり付いたものから解放されて、みずからをあらゆる世界に向けて開放しようとする内的エネルギーは、外部への爆発の機会を捉えていた。この二つの和音を切断するには、鋭利な切り口を見せる鮮やかな開始や、鈍器で断ち割る重々しい立ち上げも可能である。極端に言えば強奏の一撃がきれいに出揃う必要はない。巨大な緊張を孕んだ静寂を想起させながら、爆発に至るまでの連続性をともなっているのであれば、不揃いに開始されることは演奏の瑕疵ではない。それどころか訓練された機能性よりも、重圧をはね返す頑なな力強さでなければならない。
「その昔フルトヴェングラーなんかは、これはもう伝説になっていますが、指揮棒をブルブルさせていて、オーケストラはいつ出ていいかわからない。ベルリン・フィルの連中に聞くと、いやあれは難物だったと言いますね。わかるのかと聞いたら、いやわからんけれども、慣れれば何となくわかるんだと。結局、何秒か息を詰めて待っている緊張感というものを利用しておられたんじゃないかと思いますけどね。」(「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」音楽の友社刊)。これは交響曲第五番作品六七の章で語ったものだが、この作品の冒頭にも当てはまる。
指揮者は演奏を支配している。その目的は作曲者の意図をスコアから解釈し、過たずにオーケストラの団員に指示して、その演奏に反映させることにある。そのために指揮者は、一定の行為を禁止したり促したりするのである。このような行為は、指揮者が作品をどのように解釈したかを表現したものであって、作曲者の意図を伝えるために指揮者に与えられた責任と権限といってもよい。指揮者はオーケストラ団員の人格や、その尊厳を支配しているわけではない。また指揮者はオーケストラの外に置かれて支配するものではなく、オーケストラという共同体の中央に位置しその規範となる。指揮者の資質が絶対君主だろうが開明的な自由主義者だろうと、畏敬と信頼がある限り団員は従う。指揮者には音楽芸術への深い造詣が求められ、表現能力や技術力に欠けていたのでは、団員の信頼は得られない。指揮者の能力が、技術的にも精神的にも卓抜なものと認められるとき、そこには一つの権威が生まれ、おのずからしからしむる支配と受容の関係が、暗黙のうちに成り立つのである。この時おそらく両者は、お互いにアイデンティフィケーションの交歓に成り立つ関係に立っている。
団員は指揮者の指示に従っている。しかし人格を売り渡しているわけではない。共通の目的を達成するために、各人には一定の役割が与えられている。指揮者の指示が共通の目的から外れるような場合には、異議を唱えることができる。大袈裟に言えば、支配者にたいする拒否権と云うような性格のものである。彼等の目的は、スコアに記された音符を、記号や指示に従って正確に演奏することであり、作品の意図を過たずに表現することである。作品への接近を共通の価値観として団員相互に合意ができることであり、それが聴衆の感動を呼ぶかどうかにかかっている。したがって団員の行為には、自律的な発意が了解されているのである。その了解があって指揮者の指示に従うのである。
団員にとって演奏するということは任務であるが、それを支えているのは各人の自由意志である。この自由意志が使命感によって支えられ、指揮者の構想と共鳴したとき、私たちが獲得したいと漠然と感じている人間の尊厳というものが、彼等の演奏に聴こえてくるのである。それは指揮者も同様で、両者に要請されるのは各々に応しい使命と任務の関係である。指揮者の指示や団員の自律的な発意の規準となるものは、すべてスコアに拠っている。いわゆるその演奏の憲法というべきもので、これをどのように運用し展開するかということは、指揮者と団員の取り組む姿勢が関わってくる。それは規制するためのものではなく、聴衆の感動を引き出し促進するものでなければならない。指揮者とオーケストラにお互いの了解が成り立ったとき、演奏は両者の瑕疵を超えて聴衆に大きな感動を生むことになる。作曲者の意図するところを表現し、聴衆の期待が演奏によって充足されたとき、三者のあいだの感動は熱狂となって頂点に達するのである。
この第一楽章は六九一小節にわたっており、ベートーヴェンの九つの交響曲の第一楽章中で最も小節数が多い。速度指定があり指揮者のテンポの設定にもよるので、必ずしも演奏時間の長さに連動することにはならないが、交響曲第九番の五四七小節と較べても第一楽章の規模としては図抜けて大きいことが分かる。そしてこの第一楽章の展開部は、ほかの八曲が提示部と均衡するかそれ以下の小節数となっているのに、この作品では二四五小節もあり、提示部の一五二小節を大きく上回り一.六倍に達している。提示部は第九番の第一楽章より七小節少ないだけで、九曲中で筆頭格の規模を持っている。再現部や終結部も同様に九曲中で小節数が一番多い。ベートーヴェンが呈示した問題の大きさは、小節数から測ることにさほど意味があるわけではないが、作品を構成していく上で弛緩の立ち入りを許さない彼の手法からすれば、この小節数の規模には何らかの意図が反映されていると思う。
冒頭で炸裂した二つの和音が投じた波紋の大きさは、提示した主題を突き動かし、つぎなる波紋に広がり、その波紋がさらなる予期せぬ事態を生み、状況が二転三転して混迷に拍車がかかったことを表わしている。それはベートーヴェンの当初の構想のうちに折り込まれていたと考えてよいものだ。したがってその収拾を図るに当たって、再現部や終結部にも相応な規模が要求されることになったのだ。そしてその余波はあとの三つの楽章のみならず、その後の彼の創造を規定するほどの影響を及ぼしたのではないかと考えられるのである。
チェロが奏でる第一主題(譜例2)は、冒頭の強奏する二つの和音が炸烈して生まれたものである。それを受けて第一ヴァイオリンが小刻みにリズムを奏でながら、あとのモチーフを引き受ける。ここでのリズムは各声部と同様に、各々が自己を主張して一つにまとまる気配はない。そして第一主題のモチーフは、各楽器の間を縫うように受け継がれて、木管や金管楽器群が雄叫びを上げると、全体は騒然とした様相を帯びてくる。
この第一主題は、ベートーヴェンの九つの交響曲に持つ三七の楽章のなかで、最もスピード感に溢れている。テンポが急き立ててスピード感を煽るのではなく、この主題そのものに備わった性質である。そのスピードに乗って衝突するリズムは、一つの合意を目指しながら反発し合い、事の成就が困難なことを暗示する。そして堰を切ったように人々が熱狂すると、激昂するエネルギーは息もつかせず怒涛のごとく不協和音となって押し寄せてくる。この第一主題が展開しようとする始まりのなかに、すでに第一楽章の軋みが聴こえてくるのである。この軋みが楽曲の構成上どのような技法でそのように聴こえてくるのか、ベルリオーズに助けてもらうことにしよう。この批評は一八三五年一月二五日に「ジュルナル・デ・デパ」に発表されたものだという。
「第一楽章は三拍子で、ワルツほどの速さである。といっても、このアレグロより劇的で、真剣なものがまたとあろうか。心棒になる精力的なテーマは最初からそっくりあらわれない。作者は仕来りに反する手法によって、初めは旋律の意味をことごとく示さず、数小節の前置きをおいて初めて、しかし出し抜けにたきつける。いやが上にもリズムを浮かばせるのは、頻繁な切分音と、弱拍を用いて三拍中に二拍を投げこむ配合である。この引っかかるようなリズムにはなおも若干の荒々しい不協和音が重複し│たとえば、第二反復のなかば、第一ヴァイオリンが・短イ・の和音五度・ホ音・に対して高音の・ヘ音・を鳴らすというように│おさえきれない熱狂と憤怒を示しながら人を粟立つ思いに引き入れる(譜例3)。管絃は次の小節でふっと鳴りをひそめ、たった今おそわれた激情の発作に一遍で気抜けしたようだ。それからはひときわ優美な節回しとなり、われわれの記憶に秘められたやるせない情愛の気分をあざやかによみがえらせてくれる。」(「ベートーヴェンの交響曲」ベルリオーズ著 橘 西路訳 角川文庫)
曲は第一主題に対峙するかのように、憂いを含んだ旋律(譜例4)を管楽器が奏でる。ベートーヴェンは緩徐楽章に限らず、戦闘的で威圧する楽節のあいだに、ふっと可憐で哀切を帯びた旋律を挿入することがある。闘争的な気分に潜む人間の業の深さを哀れむかのように、母性の慈しみに抱かれるのである。人類は限りなく闘争を繰り返してきながら、それを止められない。管楽器の可憐で哀切な旋律がそのことに気付かせてくれる。私たちはその代償を感傷に求めて平衡感覚を取り戻すのである。だがここではそんな感傷を振り払うように第一主題が重く大きくのしかかってくると、事態は混乱が不可避なことを暗示するのである。
人間が社会を形成すると、人と人との関係は、利害やエゴイズムに投影される。人間の闘争心は、生命の維持という限界を突き破って快感であり、これに情緒的な気分が加わると、そのエネルギーは人々の意思を飲み込んで、正義や倫理の境界を押し退けて闘いにのめり込んでいく。ベートーヴェンがこの作品を作曲していた当時は、隣国フランスの革命の騒擾からナポレオンが巨魁として成長していた。民衆にはその仮面の下に隠された正体に気付きようはなく、ナポレオンの言動に自分たちを超越した英雄像を仮託していたのである。
一七九九年一二月、第一執政を襲ったナポレオンは行政権を掌握し、宣戦講和権、陸海軍統帥権を治め、法と予算の発議権を手中にしていた。ナポレオンは小さな野心を大きな野望に変え、ルイ十六世が固執して失ったものを、彼に成り代わって獲得したのである。英雄は自分の野望と釣り合う権力を握ってもなお闘争を止めない。戦禍はヨーロッパを被い、ロシアにまで拡大していくのである。そして一八〇四年五月にフランス皇帝ナポレオン一世が誕生した。一二月二日にはローマ教皇ピオ七世をパリに呼び寄せ、ノートルダム大寺院で絢爛たる戴冠式を挙行する。その模様はジャック・ルイ・ダヴィッド(1748〜1825)による巨大な絵画となって、ルーブル美術館に展示されている。この「ナポレオン一世の戴冠式」は一八〇六年から七年にかけて制作され、格調高い歴史的モニュメントとして見事に記録された作品である。動きの少ない画面構成と、静謐だが力強い英雄的表現が直線的に描かれており、新古典主義様式の典型が示されているという。
この絵では、ナポレオンは自分の頭には月桂冠を戴き、みずからの手で階段の下にひざまづく妃ジョゼフィーヌに王冠を被せる場面を描いている。ナポレオンのしたたかな意図を、ダヴィッドがおもねたプロパガンダの一作である。皇帝の威厳と権力とその思惑を、縦六一〇センチ横九三一センチのカンヴァスに誇示した一枚の巨大な造形であった。もしベートーヴェンがこの作品「エロイカ」をそのままナポレオンに捧げていたなら、ナポレオンは絵画と音楽の二つの芸術を、その両手に誇ることができたはずであった。だがヴィーンは、このあとナポレオン軍によって蹂躙されることになるのであり、ナポレオンへの献呈はベートーヴェンの音楽家生命に、結構微妙な影を投げかけていたと云わねばならなかった。
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