んだんだ劇場2007年1月号 vol.97
No42
地下の書店で

 朝鮮王宮の後,徒歩でパコダ公園に行きました。Sさんに車椅子を押してもらいました。これまで,ジャンボタクシーで移動していたので,やっと閉じられた私的な空間から開放されたような気がしました。大方の人は「街並みを歩くことで,その土地の雰囲気を感じ,その土地に住む人々の息遣いを感じる」と言います。このことに加えて,僕は車椅子に乗っていると,その街の優しさを感じます。車イスで歩いていると,その街の歩道状況を体感します。フラットな道ならば,僕の身体がほとんど揺れることはなく,デコボコ道ならば,その状況に応じて上下左右に揺れます。路面の些細な凹凸を車イスの車輪は僕に振動として,伝えてくれます。特に,横断歩道を渡るときです。歩道と車道との変わり目の段差がゆるやかならば,滑らかに進むことができます。その段差が急ならば,"ドーン"と激しい振動が伝わってきます。また,その変わり目に点字ブロックの有無も,車イスは僕に伝えてくれます。
 徒歩ならば,またいで進む道でも,車イスでは進むことができません。そのような場合,よりフラットな道を探します。すぐ近くにあるときは良いですが,ないときは随分と迂回します。僕は車イスに乗っているだけなので,全く気になりませんが,僕と一緒に歩いている人は随分と通行距離が長くなるだろうなぁと気を遣います。ビルやショップなどの入り口を見て,(ここは,車イスでも入れるなぁ。数段の段差はあるけど,隣にスロープがあるから大丈夫。ここはスロープもないし,この中に入るとしたら,どのようにするのだろう)と自然に,地上から約80pの視野の僕は感じています。また,ゴミなども自然と視野に入ってきます。その土地の衛生面も知ることができます。
 ソウル市内は僕の身体が揺れることもほとんどなく,乗り心地の良い道でした。ゴミはほとんど落ちていなく,徒歩とほぼ同じ道のりを歩きました。パコダ公園へ行く途中,Iさんは「近くに大きな書店があるので,寄ろう」と一言。Tさんは「いいねぇ〜」と言い,僕も少し気分が高ぶりました。「"Kyobo文庫"と言って,ソウルに来ると,いつも立ち寄っていますよ」とIさん。日本にいると,外国語を話せなくとも,何も劣等感を感じませんが,外国に来ると,日本語しか話すことができない自分が哀れに思えてきます。現地の人と韓国語で話ができ,ハングル語の道の標識を読んで,「この道を曲がればいいんだなぁ」と呟いているIさんを見ていると,(こんな人間になりたいなぁ)と憧れてしまいます。
 「ここだ!…だけど,書店は地下1階にあるんだなぁ」とIさん。「どこかに,エレベータはないのかなぁ」とTさんは,辺りを見回しました。朝鮮王宮から15分くらい,僕の車イスを押してくれていたSさんは「あそこのビルは地下とエレベータでつながっているかもね」と指しました。今までの経験で,僕も(Sさんの言うとおり)と思っていました。その場の雰囲気が『"Kyobo文庫"に入る前のエレベータ探し』にまとまろうとしていましたが,何度も"Kyobo文庫"に来たことがあるIさんは「たぶん,エレベータは無いような気がするなぁ」と呟くと,TさんとSさんは(どうしたらイイのかなぁ)という表情を浮かべていました。一瞬,時間が止まったように感じました。このようなことは,何度も経験してきました。その経験則から,僕の気持ちを話した方が良いと察し,「手すりと,肩に掴まり,階段を下りていきたい。車イスは,階段の脇に置きましょう。誰も持っていかないよ」とIさん,Sさん,Tさんの顔を見て,気持ちを伝えました。僕は車イスから降りて,左手で手すりを掴み,Sさんの肩に右手を回し,一段ずつ階段を下りていきました。IさんとTさんは,僕のペースに合わせて,階段を下りました。特に出入り口などはなく,階段を下りると,本のほのかな香りと温かい空気が伝わってきました。
 「…午後3時頃だから,1時間後にこの場所で待ち合わせしましょう」とIさん。他のメンバーは頷き,心の赴くままに行動しようとしていると,「三戸さん,ちょっと待って」とSさんが呼び止めました。僕は振り向くと,「上から車イスを持ってくるので,ここで待っていて」とSさん。「店内は歩いて移動するよ。疲れたら,休めばいいし…」と僕。「なぁ〜に,遠慮するなよ。車イスに乗った方が…。一緒に,回りましょう」とSさん。僕はSさんの気持ちを「ありがとう〜」と受け止めました。Sさんは折り畳んだ車イスを持って,階段を下りてきました。僕は車イスに乗り,Sさんが車イスを押して,店内を回りました。書店の雰囲気は日本と同じでした。日本では,《韓流ブーム》と称し,ぺヨンジュンなど韓国のタレントや韓国の映画,ドラマ,音楽などが紹介されているように,韓国でも日本のタレントや日本の映画,ドラマ,音楽が紹介されていました。市民レベルでの文化交流でした。
 「どこか,見たいところはありますか」とSさん。「数学の教科書を買いたいなぁ」と言って,店内を歩きましたが,意中の本を見つけることができませんでした。2日間の経験からなのでしょうか…店員に「中学校,高等学校の数学の教科書,ありませんか」と日本語で尋ねていました。何やら店員は韓国語で呟いているので,僕は「Mathematics Textbooks of junior high school and high school」と伝えようと,片言の英語で話しました。店員は日本語を話すことができる店員を呼びに行った様子でした。すぐに,「お買い求めは,数学の教科書ですよね」と店員は,話しかけてきました。「はい,そうですよ」と大きく頷くと,「すみませんが…時期的に,教科書は置いていません。春になれば,教科書を売りますよ」と店員。(考えてみれば,当たりまえかぁ)と思いつつ,日本の"教科書ガイド"を思い浮かべながら,「教科書の参考書,ありますか」と店員に聞くと,店員は案内をしてくれました。「こちらにあります」と指した方向を見ると,いろいろな参考書が平台に置かれていました。思わず,韓国の受験ブームを感じてしまう程でした。「この中で,一番売れている参考書は,どれでしょうか」と聞きました。すると,1冊の参考書を手前に差し出しました。表紙に「8」と書いていたので,中学2年生だろうなぁとページをパラパラとめくると,中学2年の学習内容が記載していて,"ビンゴ"でした。中学校と高等学校で使用する参考書を計6冊購入することにしました。レジで会計を済ませました。合計金額は88,000ウオンでした。一度に6冊の参考書を購入する方は珍しいらしく,店員は袋に詰めながら「たくさん勉強するのですね」。僕はうっすら笑いながら,「日本で公立中学校の数学教師をしています。韓国の数学教育を知りたいと思い,購入しました」と伝えました。とても心に響いたらしく,レジカウンターにいる店員に僕のことを紹介しているようでした。別の店員は「スバラシイ。がんばってください」と笑顔で声をかけて,品物を手渡しました。僕は深々とお辞儀をし,Sさんもお辞儀をしていました。
 何となく,待ち合わせ場所に向かいました。時計を見ると,約束の時間まで約20分。「Sさん,僕はここで待っているから,少しの間,ぶらついたら…」と僕。Sさんは「気を遣わなくともイイよ…」と言いつつ,僕の顔を見て,「少し,見てくるよ」と。その間,僕は購入した参考書を見ていました。まさしく教科書ガイドのように,教科書の問いに詳しい解説が記載されていました。中学校では,韓国の方が日本よりも学習内容の質と量の両方で上回っていました。ちょうど,30歳前後の僕たち世代が教わった学習内容に似ていました。参考書を見ながらも,韓国の学歴ブームを感じていました。
 「お待たせ…何を買ったの」とTさん。表紙を見せると,「熱心だね…」とTさんの言葉に,ニコニコしました。約束の時間,5分前に全員がそろいました。「では,パコダ公園に行きますか」とIさん。僕はSさんの肩を借り,手すりに掴まり,階段を上っていきました。Tさんは車イスを持ちました。「長い時間,寄り道をしたね」とIさん。「寄り道も楽しいよ」と僕が呟いたら,仲間は大声で笑っていました。


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