んだんだ劇場2007年7月号 vol.103
No47
烏山統一展望台

 13時43分都羅山駅発の京義線で,金村駅に向かいました。車窓から景色を眺めようとすると,日差しに思わず目を細めました。「冬なのに,日差しが強いね」と僕は隣のSさんに話すと,「本当に,秋田の3月下旬のようだけど,外の気温は氷点下なんだよね」とSさん。外出時の僕の格好は,私服の上に上下のウェットスーツを着て,その上にベンチコートをファスナーを閉めて,羽織っています。そして,手袋とニットの帽子。考えてみると,秋田で生活しているときには絶対に着こなせない服装なので,思わず僕は「似合っている?」とSさんに聞いてみました。「…普段と変わらないよ」とSさん。
 携帯電話を首からぶら下げて,時計代わりに使用していました。Iさんの携帯電話は,海外旅行用で切り替えができるタイプで,韓国にいながら,家族や職場に電話で連絡をしていました。海外でも使用できる携帯電話があることを知りました。「ボタン操作で,今の場所を設定すると,使えるようになりますよ。携帯電話を更新するとき,自分にとって必要な機能の有無で,選んだらいいよ」とIさん。
 だいたい30分で,金村駅に着きました。プラットホームに下りて,IさんとTさんが車椅子の両脇を持ち抱えて運び,Sさんは僕に肩をかしてくれました。階段の上り下りをして,改札を出ました。一般タクシーが数台並んでいました。IさんとTさんは,『烏山統一展望台』まで一般タクシーを利用したとき,僕の車椅子がトランクに入るか,運転手に聞いてみようと話していました。僕は駅前の様子を見渡していると,電動車椅子に乗っている方が僕に近づいてきました。「こんにちは」と僕は声をかけると,相手は微笑みました。何かを言いたいそうな表情をしていました。握手を求めて,右手を差し出してきたので,僕は左手を差し出し,握手をしました。韓国に来て,電動車椅子を使用する方と握手ができるとは思いませんでした。「Sさん…この方と一緒に写真を撮りたいよ」と呼びかけると,Sさんはカメラを持って,こちらに来てよ」と呼びかけました。隣の電動車椅子の方に「Picture!Picture!」と頼むように伝え,Sさんの方向を示しました。その方は状況を理解して,Sさんの方に電動車椅子をゆっくりと動かしました。小回りの効く電動車椅子の動きに,(僕が使用している電動車椅子と,性能的に同じくらいかなぁ)と思いました。「こちらの方を向いて…ハイ・ポーズ」とSさんの呼びかけで,写真を撮りました。僕は「Thank you!」と言い,今度は僕の方から握手を求めました。その方は握手に応じ,ニッコリと微笑みながら,僕に一礼をして,金村駅の構内に入っていきました。この地域の障害者が駅を利用していることを見て,この地域の共に生きていく感度が伝わってきました。
「お〜い。一般タクシーで,烏山統一展望台に行くよ」とIさん。「車椅子はトランクに積み,落ちないようにゴムで縛ってくれるって。模範タクシーを頼もうと思ったけど」とTさん。Sさんは一般タクシーの乗り場まで,僕の車椅子を押してくれました。運転手は僕の車椅子を折り畳んでいるとき,僕とSさんとTさんは車に乗りこみました。Iさんは運転手がトランクに積み,ゴムで車椅子を締めるところを見届けて,車の助手席に乗りました。Iさんと運転手は,韓国語で「1時間後に,烏山統一展望台に迎えに来てほしい」と伝えていました。タクシーで,15分くらいで目的地に着きました。海抜100m以上の高地に位置しており,螺旋状に上っていきました。展望台の正面で,タクシーから降りました。辺りは,たくさんの観光客がいました。
 地上5階、地下1階の石造建築物の統一展望台へ入っていきました。受付で,入場料を払うと,受付の方が「車椅子の方,エレベータを使用しますか」と。お願いすると,係員は「こちらへ,どうぞ」と案内をしてくれました。1階は北朝鮮と関係する美術,写真,工芸品などの展示,北朝鮮の小学校の授業風景を再現していました。それらの展示物は,素通り。「展望台から戻ってきたら,1階の展示物をゆっくりと見学をしてくださいね」と係員。《関係者以外進入禁止》のルートを通り,業務用エレベータに乗り,中2階の展望室に案内してくれました。「お帰りの際は,こちらのエレベータを自由に使用してください」と係員。「ありがとうございます」と言い、僕は頭を下げました。「さっきの係員の歳は、20代の前半かなぁ…」と僕はSさんに聞きました。「たぶん、そんな感じするね」とSさん。「すごいなぁ。2カ国語を話せるなんてね」の僕が言うと、「いや、2カ国語以上、話せるかも」と僕の横を歩いていたTさん。
 全面がガラスで作ってある円筒型の空間を、1周りしました。中央に、展望室の望遠鏡から見える模型の地図が置いていました。リムジン河を隔てて、橋は架かっていないことに胸を痛めました。この模型を見て、普段何気なく渡る橋の意味のようなものを感じました。"橋がなければ、両岸の方々は行き来することができない"という当たり前なことに気づかされました。僕の心で受け止めるのに,あまりにも重過ぎる事実かもしれませんが,両岸に住んでいる人々の思いを受け止めようと,模型を眺めていました。「屋外の望遠鏡で,向こう岸の様子を見よう」とIさん。Iさんが僕の車椅子を押してくれました。時間は,午後3時過ぎ。西に傾く太陽の日差しが頬に差し込んできました。「三戸さん,望遠鏡で見るために,立とうか」とIさんは,僕に手を差し伸べました。「ありがとう」と言って,立ち上がると,眼前にリムジン河が寒々と広がっていました。「車椅子,通路に置いてもイイよ。我々しかしないから…」とSさん。僕は車椅子をそのままに,ベストポジションを選びました。望遠鏡は120°くらい回転でき,コイン入り口に数枚のコインを入れたら,3分間くらい向こう岸の様子を観察できました。
 コインを入れると,望遠鏡のレンズが「カシャ」と開きました。そして,望遠鏡をゆっくりと回していくと,数件の家が建っているところを見つけました。家に焦点を当てて見ていくと,そこで生活している人が見えました。家の前で,農作業をしている様子。人影を見つけたときは,無意識に喜びました。でも,このような気持ちになった自分を恥じる気持ちも沸いてきました。生活している人々の様子を,お金を払って望遠鏡でのぞいている自分自身の行為を、どのように受け止めたらよいのか、心の中で葛藤していました。眼前に広がるのは、南北分断の現実。"平和とは何か"を,具体的なリアリティーで感じました。平和とは健常者,障害者の区別はなく,全ての人が生活しやすい社会の前提に,平和があるのだ・・・
「南北統一は,人々の共通の願いなんだね。改めて,感じたよ」とTさん。他の方は,2・3回望遠鏡をのぞいていましたが,僕はそういう気分なれず,外の空気を吸っていました。気温が低いからなのか,その空気は澄み切っていて,とても美味しく感じました。「そろそろ,下に降りろう」とIさん。僕は車椅子に戻り,Sさんが押してくれました。エレベータで1階に下りて,通路を通って,受付に出ると,「お疲れさまでした。1階の展示物もご覧ください」と係員。
 タクシーの予約時間もあり,10分程度の見学でしたが,『統一念願室』で,この展望台を訪れた方々が感じたことを掲示板に書いていました。ハングル語のメッセージが多く,何と書いてあるのか分かりませんでしたが,南北統一を願う人々の多さに,心打たれました。日本語で書かれたメッセージを探そうとしたら,「タクシーが迎えに来る時間だよ」とIさん。Sさんに押されて,玄関に行くと,タクシーが待っていました。


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