んだんだ劇場2007年9月号 vol.105
No49
男女別トイレ

 最終日の朝は、目覚まし時計で起きました。「ピー、ピー、ピー」とデジタル音を、Sさんが止めました。僕は「今、何時ですか」と聞くと、「午前5時30分だよ」とSさん。(昨日、寝るとき、Sさんと二人で目覚ましのセットを確認してから、寝たんだよな。朝から、何を聞いているんだろう)と思いながら、掛け布団から身体を起こそうとしました。「三戸さん、起きますか。ちょっと待っていて」とSさん。僕はSさんの方に、手を差し伸べました。差し出したSさんの手を握り、その手を支えにして、僕は起き上がりました。そして、背中に枕を挟んで、ベットのヘット部に寄り掛かりました。3日間の韓国旅行で、Sさんは僕の起き立てのサポートをしてくれました。一人でホテルに宿泊するときは、自力で起き上がろうとしたり、ホテルのフロントに頼んだりしています。今回は、ツインの部屋で、自力で起き上がるよりもスムーズなので、Sさんに手伝ってもらいました。
 「自宅で、どうやって起きているの?」とSさん。
「自宅のベットは、転倒防止のために片側に柵(ベットサイドレール)を取り付けているよ。それを握って、起き上がっているよ。それと、踏ん張りが効く固めのマットレスを使用している。ホテルのマットレスは柔らかくて、力が入りにくいよ」と説明しました。Sさんは、頷きながら聞いていました。
 起き上がって、身支度を整えました。「手伝ってもらいたいことがあったら、遠慮しないで言ってね」とSさん。僕は「靴下を履かせてください」と、Sさんに履かせてほしい靴下を差し出しました。Sさんは、左右の靴下を確認して、履かせてくれました。「いつも、靴下は誰かに履かせてもらっているの?」とSさん。「ウン。毎朝、ホームヘルパーや母に、靴下を履かせてもらっている。靴下を履くことに、少し時間が掛かるから…」と、僕は説明するように話しました。「よし、これでイイね」とSさんは自分に言い聞かせているようでした。「僕と初めて行動をともにした人のほとんどは、『いつもは、どうしていますか?』と聞いてくる。それだけ、自分に興味をもっているのかなぁと思っているよ」と呟くと、Sさんは「そうかもしれないね」と。
 お互いの身支度が整った頃、ルーム電話が鳴りました。「そろそろ時間なので、いつでもチェックアウトをできる準備をしておいてね」とIさんから。「こっちは、準備ができましたよ」と僕。その5分後、部屋をノックする音が聞こえてきました。Sさんがドアを開けると、「枕元にチップを置くように…」とIさんは部屋に入ってきました。「どのように置くのですか」と僕は聞き返すと、「三戸さん。1000ウォン札を一枚、貸してください」とIさん。僕は財布から1000ウォンを取り出し、Iさんに手渡しました。「このように、チップを置くんですよ」とIさん。その様子を見て、Sさんもチップを枕元に置きました。僕は枕を元の位置に戻すと、チップが隠れました。「部屋を掃除する人がシーツ交換したとき、嬉しくなるでしょう」とIさん。僕が大きく頷いている様子を見て、「日本人のイメージアップにつながるかもね」とTさん。続けて、「俺とIさんの荷物の準備はできたよ。三戸さんと、Sさんの準備かできたら、ロビーに行きますよ」と言って、Tさんは廊下で車イスを広げて、待っていました。僕は荷物を積めたスーツケースを押して、廊下に出ました。「僕は、準備ができたよ」と言い、車イスに座りました。押してきたスーツケースは、車イスの脇に置きました。「部屋に忘れ物はないよね」と、Sさんは部屋の最後の見届けをして、部屋から出てきました。Sさんは「私が三戸さんの車イスを押しましょうか」。Tさんは「いいよ。私が押すから、三戸さんのスーツケースをお願いします。三戸さん、私のサブバック、お願いします」と言い、僕にTさんが手渡しました。それを、僕は膝の上に置きました。
 エレベータで1階に行き、フロントでチェックアウト。「午前7時発のバスには15分くらい、待ち時間があるから、ロビーで休んでください」とフロント係。辺りは薄暗く、肌寒かった。旅の記念に、僕とIさんのツーショット写真を、Sさんが撮りました。ほとんど帽子をかぶらない僕が、無意識のうちにニットの帽子を被っていることに、自分自身驚きました。それだけ、寒い3泊4日でした。フロント係は「車イスを"ウェルチェアー"」と呼んでいました。以前、アメリカに行ったときも"ウェルチェアー"と呼んでいたなぁ…アメリカは理解できるけど、どうして韓国で"ウェルチェアー"と呼ぶのだろう。韓国語で言わないのかなぁ」と考えているうちに、仁川空港行のバスが着きました。バスの荷台に荷物と車イスを詰め込んで、僕はSさんの手を掴んで、バスのステップを上がりました。フロント係は、深々と礼をしていました。4人が席に座ったことを確認して、バスは出発しました。僕とSさんはフロント係へ手を振って、別れました。
 仁川空港へ行く途中、お土産屋に寄りました。店内は"道の駅"のような感じがしました。バスの中から車イスを取り出すことに時間がかかると思い、歩いて店内に入りました。日本人観光客と察したらしく、日本語で接客してきました。(韓国のお土産に、何を買おうかなぁ)と商品を見ました。「韓国に来たら、キムチと韓国のりでしょう」と店員が勧めました。僕は家族・友人・知人にはキムチを、職場の同僚には韓国のりを買いました。代金はクレジットカードで払いました。
 飛行機の出発時刻の1時間前に、空港に着きました。早速、搭乗手続きをしました。手荷物以外の荷物と車イスは預かってもらい、空港で貸し出している車イスに乗り換えました。出国手続きを済ませ、係員が搭乗ロビーまで、案内しました。「ここで、40分くらい、待っていてください」と係員。その間、IさんとTさんは免税店に行きました。僕とSさんは、買うものもなかったので、座って休んでいました。「トイレに行ってくるよ」と僕はSさんに伝えました。「ついていかなくても大丈夫?」とSさん。「一人でも大丈夫ですよ」と言い、僕は歩いてトイレに行きました。そのとき、一瞬、驚きました。障害者用トイレが男女別でした。あまりにも珍しかったので、デジカメで写真を撮りました。男女別の障害者用トイレの是非について、新聞記事や雑誌などで読んだことがありました。異性が使用した便座を使用することに、苦痛を感じるときもあると書いていました。男女別トイレがあるのだから、障害者用トイレも男女別にした方が良いという1つの意見でした。僕は考え込み、結論を出せないでいました。だけど、目の前にある男女別障害者用トイレを見て、ビジュアル的にカッコいいなぁと感じました。(これは、授業の教材で使えるなぁ)と、興奮してきました。男性の障害者用トイレに入りました。
 周りをぶらつくと、ユニバーサルデザインと思われるものを見ました。右の写真は、水飲み場。車イスの方が使用する高さと、立って歩く方が使用する高さの2つの高さの水飲み場が、同じ場所に並んでいます。右下の写真は、公衆電話です。日本では、携帯電話の普及に伴い、公衆電話そのものがなくなってきています。 (生徒に、ユニバーサルデザインの説明をするときに、とても良い教材になるなぁ)と思って、デジカメで撮りました。手に障害があるので、手振れをしていました。納得がいく写真を撮るまで、シャッターを押していたら、「空港内は、撮影禁止ではないの?」と日本人が呟いた声を聞こえてきました。一瞬、"ドキッ"としましたが、二度とないチャンスと思って、撮り続けました。
 「随分と遅いから、心配していたよ」とSさん。「授業で使えそうな写真を撮っていたよ」と答えると、「明日から、学校は冬休み明けでしたね」とSさん。「生徒への教育に、韓国で経験してきたことを活かしていきたいですよ」と、キレイに写真が撮れた満足感で答えました。
 40分の待ち時間はあっという間に過ぎ、係員が最初に機内へと案内しました。約2時間30分後、秋田空港に着きました。機内から外を見ると、辺り一面が雪景色。湿ったボタ雪が降っていました。入国手続きを済ませ、到着ロビーに行きました。秋田県教職員組合の方が迎えに来ていました。「駐車場まで、荷物を持っていきましょう」と僕の車イスを押して、先導しました。気温は秋田の方が高いのに、雪が降っているなんて、不思議だなぁと思いました。4人は車に乗り込みました。「3日前よりも雪が積もっているなぁ。自宅に帰ったら、雪かきだね」とTさん。
 案の定、自宅に着いて、雪を掻き分けて家に荷物を置いてから、雪かきをしました。
 平成18年豪雪の年でした。


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