3月下旬。由利本荘市立本荘東中学校へ転勤になりました。初めて,秋田市以外の中学校へ赴任することになりました。「4月から勤務する学校は,開校3年目の学校であり,エレベーターが設置されているバリアフリーの学校ですよ。三戸さんにとって,働きやすくなるのでは・・・」と秋田西中の校長。
転勤の話を聞いたとき,僕は(まさか…)と驚きました。(これは一大事!)
帰宅後,母に伝えました。「ずっと,秋田市内の中学校で教師生活を送ると思っていたのに…4月からの生活は,どうなるの?私,会社を辞めて,あなたについていくことになるの?」と母。母の不安は,僕の不安でもありました。
本荘東中は,旧本荘市内にあり,同じ秋田県と言っても,秋田市以外の地域に住んだことがなく,地の利や地域性が全く分かりませんでした。この気持ちは,18歳のときに親元を離れて山形で学生生活を送るときと重なる部分を感じていました。当時は見えない世界に期待や希望を感じていました。しかし,今は生活の見通しが立たないまま,教師の仕事ができるのかなぁと不安の気持ちを強く抱きました。
(2週間足らずで,本荘東中の学区内に,僕が住みやすいようにリフォーム可能なアパートを探すことができるのかなぁ)
(行政が違うと,今までのホームヘルパーのサービスが受けられるのかなぁ。また,僕が一人暮らしをすることになれば,母の変わりを誰がやるのかなぁ)
この気持ちを,僕は友人に話しました。どの友人も「今までも乗り越えてきたから,今回も大丈夫だよ。悩むことより,4月から始まる生活を楽しみにしていた方が良いよ」と。
翌日は土曜日。母の車で本荘東中を見に行きました。秋田市新屋から,国道7号線を通って車で約1時間。本荘大橋を通ってすぐ左折。国道107号線を真っ直ぐ行き,学校のホームページから印刷した案内図に従って進むと,本荘東中に着きました。周りは田んぼ。電動車いすで5分くらいのところに,新興住宅は立ち並んでいましたが,スーパーマーケットやコンビニなどは見当たりませんでした。「電動車いすで通勤できて,電動車いすで買い物ができる場所にアパートがあるのかなぁ…両方の条件を満たすことは難しいかもね」と僕は呟きました。学校周辺を歩くと,バス停がありました。(バス通勤も考えなければ…)と思ってみてみると,1日1往復(午前7時台,午後4時台)でした。「出勤時は良いけど,帰宅時は利用できないね」と僕は溜息をつきました。「きっと,国道107号線の通りにもバス停はあるはずだから,確認してみよう」と母。車に乗って,107号線に出ると,すぐにバス停を見つけました。バス停の時刻表を確認する前に,学校から徒歩で2qの距離。通勤に,このバス停を利用するとなると,1日往復4qを歩くことになり,体力的に厳しいと感じました。「いずれにしても,知人が紹介してくれた不動産屋に行って,詳しい情報を聞くしかないわね」と母。
不動産屋に「今から行きますので,場所を教えてください」と電話をかけたら,「羽後本荘駅で待ち合わせをしましょう」と担当者。道路の標識の案内に従って,駅に着きました。5分くらい待って,「私の車の後を着いてきてください」と担当者。駅から近くのところに,不動産屋はありました。効率良く物件を斡旋してもらうために,『アパートに関する条件』をまとめていました。その紙を,担当者に見せて,説明をしました。
□ 1階であること。予算は,60,000円前後
□ 2部屋…ベットを使用しているため(身体面を考えて,理学療法士の助言)
□ 浴槽の大きさ(縦100p,横57p,深さ50p)
□ 浴槽の深さが50p以上あると,足がつかない。→溺れる危険
□ 部屋を使い易いように改造できること…大家さんの許可が必要(費用10万から20万)
(例)浴室,トイレ,玄関に手すり。外からアパートへ入る段差に,スロープ
□ 電動車いす置き場の確保
□ 学校,スーパー(コンビニ),病院などが電動車いすで移動可能な範囲
「本荘東中の学区内で,条件に合う物件を探しますね」と担当者。資料を見て,1つの物件を紹介してくれました。部屋の図面を見せてくれました。「…部屋の図面を見ると,お風呂がユニットバスのようですね。だから,三戸様の要望よりも少し小さめですね。宜しいでしょうか」と担当者は僕に確認を求めてきました。「ちょっと厳しいですね。だけど,条件が合う物件がそこしかないと言うのなら,仕方がないです。大家さんに,僕が生活しやすいようリフォームできるかどうか,問い合わせてくれませんか」と,僕は担当者にお願いをしました。「どのようなリフォームを希望されますか」と担当者。僕は住んでいるアパートのリフォームの様子をデジカメで撮り,印刷したものを担当者に見せました。「リフォーム」と聞くと,部屋を大幅に創りかえるイメージを強く抱く人もいますが,写真を見せると,「この程度なら…」と安心します。写真で「このようなリフォームが必要です!」と具体的に示した方がイメージをしやすく,言葉だけでなく,視覚に訴えることで,より僕の要望が伝わりやすいと考えました。
僕は担当者に写真に基づいて,どのようなリフォームが必要なのかを説明しました。
『2007年3月まで住んでいたアパートの様子』
○ アパートに入るまで
アパートの出入り口に3段の段差があり,その脇に簡易型のスロープを置きました。かなりの傾斜がありました。冬の季節,スロープに雪が積もったとき,滑って転倒することを防ぐため,アパートの側面に手すりを取り付けました。
○ 玄関の様子
玄関の段差は,3本の手すりを取り付けました。これにより,部屋の出入りが円滑になりました。部屋の中の手すりの取り付けは,一般の建築業者"Nハウジング"が請け負いました。
また,玄関に16pの台を置きました。台に座り,外靴を脱ぎ,手すりを使って,立ち上がり,部屋の中に入る動作をしていました。
○ お風呂とトイレの様子
浴槽の深さが50p以上あり,洗い場から浴槽まで,足が届きませんでした。そこで,洗い場に木製の<すのこ>を置き,洗い場をフラットにすることで,浴槽に足が着くようにしました。また,手すりを使用して,一人で安全に入浴が可能にしました。
トイレは,L字型の手すりを取り付けました。主に,僕は縦手すりを使用していました。
○ 電動車いす置き場
アパートの駐車場を借り,そこに簡易な物置小屋を建て,電動車いすを置いていました。僕は玄関のスロープを歩き,置いてある電動車椅子に乗り,外出していました。なお,一度台風の折り強風に飛ばされたため,地中に柱を埋め込む作業が必要となりました。アパートの階段の軒下を利用できれば,改めて電動車いす置き場を設置する必要はないと考えています。
「とても分かりやすい。これを1部,コピーさせてください。大家さんに,同じように説明しますので…大家さんと連絡が付き次第,連絡をします」と担当者。「宜しくお願いします」と言って,不動産屋を出ました。
3月下旬。午後5時頃,辺りは薄暗くなってきました。「今日の予定は,これまでだね。帰りますか…」と母。「明日は,現地に住んでいる知人が一緒に不動産屋を回ることになっているよ」と僕。
日本海に沈みかけている夕日を見ながら,自宅に戻っていきました。この時点では,4月からの生活に見通しをもてないでいました。