んだんだ劇場2007年11月号 vol.107
No51
アパート探し(2)

 「由利本荘市の中学校に転勤となったので,アパートを探しているんだ…忙しいと思うけど,由利本荘市まで車で運転して,一緒にアパート探しをしてくれませんか」
 突然のことで,驚いたよ。ちょうど,明日の午後4時まで空いているから,大丈夫だよ」と友人。その言葉を聞いて,僕はホッとしました。夕ご飯の支度をしていた母は,「明日,仕事を休まなくともイイのね」と僕に念を押しました。「ウン。一緒に行ってくれるってさ。」と僕。「本当に良かったね。夕ご飯ができたので,食べていてね。今,近くのスーパーに行って,買い物のついでにダンボールを持ってくるから…荷物を整理しないとね」と母は言い,車で出かけていきました。僕は夕ご飯を食べながら,4月までの見通しをもつための計画を考えました。
(明日で,目ぼしいアパートが決まらないと,3月中の引越しは無理かもしれないなぁ)
 いろいろなことを考えると不安になりました。健常者の教師であれば,秋田市と由利本荘市の間なら,通勤できる距離。たとえ,アパートを借りるにしても,不動産屋に行けば,希望する物件が見つかるはず。障害のある僕は生活できるアパートを探すことでも,もの凄いエネルギーを使うことは,これまでの経験から十分に承知していました。いろいろな課題を1つ1つ乗り越えることは僕の実績となるような気がしていました。
 アパートだけでなく,生活支援も考える必要がありました。7年前から,僕は秋田市社会福祉協議会のホームヘルパーから生活支援を受けていました。
 ○ 2001年6月〜2004年6月 【週2日 月・木    月10時間】
 ○ 2004年7月〜2007年3月 【週3日 月・水・金  月15時間】
 ○ 支援時間…午前6時40分〜午前7時40分(1時間)
 ○ 支援内容
   ・朝食づくり
   ・ワイシャツ,ネクタイ,背広などの更衣動作の支援
   ・髪の寝癖直しなどの身だしなみ
   ・石油ストーブの給油
 ホームヘルパー以外の支援は,母がしていました。
 ○ ホームヘルパーの支援日以外の朝
 ○ 帰宅後の生活支援(更衣介助,夕食作り,給油など)
 定時に生活支援を受けることができるので,ホームヘルパーの支援が朝に限りました。帰宅時間は不定時なので,ホームヘルパーの支援は適さないと判断しました。母の自宅は僕のアパートから車で5分の場所にあり,僕の帰宅を母は夕食を作って待っていました。
 本荘東中で教師生活を送るときの最大の課題は,【母の支援を誰がどのようにするのか】でした。"母の代わりの人"と思い浮かべても,ホームヘルパーの支援以外は考えることができませんでした。だけど,それが可能かどうか…1ヵ月の出勤日数は,最大で22日と考えて,単純に朝と夕方に受ける支援をそれぞれ1時間ずつと換算して,計算をしました。すると,1ヶ月44時間の支給量が必要でした。これまでの支給量の約3倍。
−果たして,その要求が通るのかなぁ−
−今までの経験から,行政サービスを変更する場合,その手続きに時間がかかりました。2週間足らずの新年度に間に合うのかなぁ。しかも,今回は秋田市から由利本荘市へと行政が変わるので,簡単にはいかないのでは…
 昔から,僕は困った状況になったとき,いろいろな人に相談してきました。今回も無意識のうちに,携帯電話を片手に相談をしていました。由利本荘市内のアパートの情報や生活支援の情報を得ようと思いました。
 「三戸さんの希望は理解しました。知り合いに声をかけてみて,良い返事があったら,教えますね」と。
 こういうとき,僕は人とのつながりを大切にしてきました。いろいろな人に相談することは,それだけ自分のことを考えてもらう機会になり,それが僕の理解となることは経験から分かっていました。気がつくと,いつの間に母がスーパーから戻っていました。「はい,ダンボール。少しずつ,荷物を詰めていってね」と母。「引っ越し先が決まったわけでもないのに,引っ越しの準備をするなんて,おかしいね」と,僕は呟くと,母は「いろいろな人に相談している姿を見ていて,前向きに行動しているなぁと伝わってくるよ。きっと,良い方向に向かっていくはずだよ」と。
 翌日。友人が車で迎えに来ました。由利本荘市内に住んでいる知人との待ち合わせ場所に向かいました。その知人は,2件の不動産屋を紹介しました。その都度,まとめた紙をもとに,僕の気持ちを伝えると,3件の物件を紹介してくれ,実際に見に行き,周囲の生活環境を把握しながら,僕が生活できるかどうかを確認しました。

@【アパート】 …3DK,大家さんは改造可能。本荘東中の学区外で通勤は,介護タクシーになるのかなぁ。周辺に,電動車いすで15分〜20分くらいで通えるスーパーもなく,入居は不可能と思う。
A【貸家】   …2DK,大家さんに改造可能か聞いている。返事待ち。部屋の見学は,3月31日。4月上旬入居可。車道を挟んで,ローソンとガストが目の前にある。通勤は,電動車いすで15分くらい。
B【アパート】 …2LDK,大家さんに改造可能か聞いている。返事待ち。すぐにでも入居可。目の前にショッピングモール,ATMもある。通勤は,電動車いすで35分くらい。

 この3つの物件に絞られてきました。つまり,この物件のいずれかに引っ越しができなければ,秋田市新屋から本荘東中までの通勤手段を考える必要が出てきました。秋田市役所に,転勤に伴う生活支援の変更について,確認しました。
「由利本荘市に,住民票を移すことが前提になります。そのうえで,簡単な手続きで秋田市で受けているホームヘルパー支援は継続できますよ。サービスの支給量の変更は,由利本荘市に聞いてみてください」
 まずは,アパートが決まらなければ,何も始まらないのだなあ…
 「アパートさえ決まれば。生活支援のことは,社会的な支援に限界があるとしたら,家族の支援があるから,そんなに心配しなくともいいよ」と母の明るい声。
 母が考えていることをうっすらと理解でき,僕は少し複雑な気持ちになりました。


無明舎Top ◆ んだんだ劇場目次