んだんだ劇場2007年3月号 vol.99
No43 帰国に向けて

帰国の決断
 ここ数日、じわ、じわっと暑くなってきた。じっとしていても汗が出るのは、本当に久しぶりだ。新しい家で初めて迎えるタイの夏。前の家は本当に暑くて、家の中にいると蒸し焼きになってしまいそうだったが、今度の家はどうだろう。
 ちょっと心配ではあるものの、昨年からの運動不足と甘いものの食べ過ぎで、いつのまにか3キロも太ってしまった私にとっては、かえって暑いほうがよいのである。暑さで食欲は落ちるし、運動しなくても汗をかくしで、きっとまたもとの体重に戻るかもしれない!
 さて、2月には就職活動のため、一人で帰国した。以前中国で仕事をしていたときにお世話になった国立国際医療センターの国際医療協力局に応募したのだ。
 周りの人からは、「なんで帰国するの?もうこのままずっと海外にいるのかと思った」という反応が多かった。確かに、もし子どもがいなかったら、ずっとこのまま海外生活を続けていたかもしれない。
 けれど、子どもたちを見ていると、やはり小さい頃に日本に住む経験をしておくほうが良いような気がしたのだ。母語である日本語がやはり第一言語の彼女たちにとっては、言葉は文化であるという言葉どおり、自分たちは日本人である、という意識が強い。成長するに従い、きっと彼女たちなりのアイデンティティーが出来上がっていくのだろうが、やはり核となるのは、日本語であり、母親が育ってきた文化になるような気がする。
 しかし、母親1人で言葉や文化を伝えていくのにはやはり限界がある。日本語の本やDVDなどはチェンマイでもなんとかなるし、ひな祭りなどの季節の行事もそれなりにすることはできても、やはり日本の季節や自然など、どうしても実際に見たり触れたりしないと、わからないものもある。
 そういう意味での日本の文化に触れる機会というのは、まだ幼いうち、幼稚園や小学校の時期がいいような気がなんとなくするのだ。また、日本語に関しても、やはり母親だけで保持するのはとても難しい。実際、数人の日本人の子どもたちといつも遊んでいた以前の幼稚園から、彼女以外に日本語を話す子どもは一人もいない現在の学校にうつってから、長女の日本語はちょっと伸び悩んでいる。
 そんなわけで、帰国を決心したのだが、まわりからは、
「今の日本の教育はよくないよー」とか、
「日本は子どもに優しくないからねー」など、いろいろおどかされる。
 それはそうなんだよねー。実際私も不安ではあるのだ。
 のんびりチェンマイで、子どもと見れば優しく接してくれる人たちに囲まれて、のびのび育った子どもたち。チェンマイで2年暮らして、子連れのために肩身の狭い思いをしたことは全くない。かえって、知らない人にもとても親切にされ、うれしい思いをすることのほうがたくさんあった。ついつい休暇で日本に帰ったときに、子どもたちを連れて外出するときの緊張感を思い出してしまい、本当に帰国して大丈夫かなあと不安になる。
 さて、本当にこの選択が正しいのか、100パーセントの自信があるわけではないのだが、面接の方は合格であった。
 予定では9月から勤務開始なので、7月ないし8月には帰国することになる。これから住む場所や子どもたちの学校を含めて、いろいろ検討して決断していかなくてはならない。うーん、どうなるのであろうか。

エイズの話
 就職の面接で帰国した折に、地元の茨城県で中学校の教師をしている小中学校時代の仲のよい友人に頼まれて、中学校3年生にエイズと性感染症についての話をする機会があった。
 彼女は保健体育の先生をしているのだが、今春中学校を卒業して高校に入学する教え子たちに、必要な知識をしっかり身につけてほしいと、エイズに関しても授業でいろいろ取り上げてきたらしい。
 私自身エイズ教育にはとても興味があって、HIV感染者が増え続けていく日本の状況に不安も感じていたし、また、今どきの中学生にもとても興味があったので、二つ返事でOKした。
 とはいっても、中学生を対象に話をするのは今回が初めて。40分程度の時間なのだが、どうしたら興味をもって聞いてもらえるか、どうやったらよく伝わるのか、いろいろと悩んだ。しかもその時たまたま灰谷健次郎さんの本を読んだものだから、やっぱり、「考える」授業じゃないとだめだよなー、生徒たちが「変わる」には??、などと、つい深みにはまってしまい、全然準備がはかどらない。
 いよいよその前の晩になり、一体私が伝えたいメッセージはなんなのだろう、と考えてみた。よくよくつきつめて考えてみると、結局それは、自分の体を大切にしてほしい、という、ごく単純な、でも全ての親が子どもに対して抱いているであろう願望なのであった。
 そこで当日は、アフリカとタイを取り上げて、何枚かの家族写真を見ながら生徒たちにいろいろ考えてもらい、現在のエイズの状況、そして性感染症とその危険性、例えば将来の不妊などについて話をした後、最後に私からのメッセージとして話をした。
 自分の10代の頃の話、そして結婚して子どもができて初めてわかった親の気持ち、親が子どもに寄せる気持ち、などであったが、ついつい力がこもり熱―く語ってしまった私であった。
 終わったあと、うーん、果たして生徒たちに役立つ内容であったのだろうか、とちょっと心配だったのだが、生徒たちが寄せてくれた感想やコメントを読んで、とてもうれしくなった。そのうちのいくつかを紹介したいと思う。

 軽い気持ちでの性行為の危険性がとてもよくわかりました。私はまだ自分の未来、特に結婚して子どもを持つことについてはよく考えていませんが、いずれは子どもを持つことになると思います。その子どものためにも絶対軽い気持ちでの性行為はしません。正しい知識を高校で出会う仲間にも広めて、日本でのHIV感染者を減らしていきたいと思います。(Sさん)

 その場その場の軽い気持ちがどんなに後を苦しめるのかということを強く感じさせられた。命を守るということがとても大切で、そのためには予防できるものは予防しなくてはならないと思った。今日の話を聞いて、自分の中の考え方が変わった気がする。親、その親、そのまた親と、もらった命を大切にしていきたい。(Y君)

 ほかの生徒たちの感想文からも、彼らがエイズや性感染症について真剣に考えた跡がみてとれ、なんだか私はとてもうれしい気持ちでその中学校を後にしたのであった。
 今回は偶然こういう機会が巡ってきたわけだが、帰国後はこういう活動もどんどんやっていけたらいいなあ、となんだか元気が出てきた私であった。中学3年生のみんな、どうもありがとう!


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