んだんだ劇場2007年4月号 vol.100
No44 おばあちゃんの情熱

大気汚染
 一般的にチェンマイというと、山に囲まれた自然の豊かな静かな街、というイメージが強い。それに対してバンコクは、空気も悪く、とても住めたところではない、という人もいる。が、実はここ数年チェンマイの大気汚染の方がバンコクよりも深刻なのである。もともと盆地であるチェンマイの地形に加えて、近年の車やバイクの急激な増加、あちこちでの建築ラッシュ、そして野焼きやごみの焼却が大きく影響している。
 雨の全く降らないこの時期(乾季)に、空気がなんとなく汚れた感じになるのは毎年のことなのだが、今年は特にひどい。とうとう3月初めにはチェンマイにおける大気汚染が危険なレベルにまで達した。市内では大気中の浮遊粒子状物質の値が、なんと基準値の2倍近くになっていることがわかり、なるべく屋外での活動を控えるようにとの警告が出される始末。
 街はぼんやりとかすみ、なんだか霧がかかったようである。市内の中心部にある私が勤務している病院では、屋内にまで汚れた空気が入り込み、目がひりひりする。こ、こわい。
 こうなると、なるべく家の中でじーっとしていた方がよいようだ。
 ところが、つい最近我が家の向かいの土地に家が建ち始め、こちらのほうもあまり空気がよいとは言えない。仕方がないので窓を閉め切っているが、なんだかこれもねえ。
 政府は人工雨を降らせようと頑張っているのだが、なかなか成功しない。
 チェンマイの大気汚染は年々ひどくなっており、この調子では来年どうなるのか、想像するのもなんだかこわい。とりあえず、4月のタイ正月休みには家族そろって日本に脱出しようと考えているのだが、チェンマイの行く末を思うとなんだかとても不安になるのである。

おばあちゃんとビーズ
 夫の祖母が泊まりに来ている。今年84歳。細身で喘息持ちの彼女は、具合が悪い、元気が出ない、とはいいつつも、大皿に山盛りのご飯をぺろりと平らげてしまう、とても元気なおばあちゃんである。
 我が家に来てからというもの、暇さえあれば裏庭の畑いじりをしていたおばあちゃんだが、ある日、娘たちが遊んでいたビーズに興味を示し、その日から彼女はビーズの虜になってしまった。
 針と糸、針刺し代わりの小さなプーさんのぬいぐるみ、それにビーズを渡したら、一日中部屋にこもってネックレスを作り上げた。何しろ子供用のビーズだから、花あり、ハートあり、とってもかわいいネックレスである。娘たちのために作ってくれているのかな、と思っていた私をよそに、得意気に自分の首にかけたおばあちゃん。夫に買ってもらった青いサングラスをかけ、もとテーブルクロスを頭にくるりと巻いた彼女は、まるで今をときめくファッションモデルである。
 あっという間にビーズを使い果たしてしまった彼女のために、市場にある手芸洋品店でまたビーズを買ってきた。彼女はまた取り付かれたようにネックレスを作っている。毎晩8時には就寝していた彼女だが、10時過ぎまで起きていることもざらになり、とうとう夫にしかられてしまった。それ以来、さすがに夜はやめたようだが、その分、日中はほとんどビーズにかかりっきりである。
 彼女の作品であるが、一言で言えば、とてもかわいい。目が悪いのでビーズの色を識別できない彼女は、指先の感覚だけでビーズをひろって糸を通している。そのため、何色ものビーズがなんともいえないバランスで並べられ、そしてところどころにアクセントのちょっと大きなビーズがついている。
 彼女はどんどん新たな作品を生み出し、私にもひとつプレゼントしてくれた。それがこの写真のネックレスである。どうです、かわいいでしょう!
 私がこれを書いている間も、もくもくと制作をつづけるおばあちゃん。84歳にして夢中になれる趣味に出合ってしまった彼女。燃え上がる彼女の情熱は、もうとどまることを知らないのである。ゆけゆけ、おばあちゃん!

バレエの発表会
 現在5才の長女は2年前からバレエを習っている。初めての発表会のときは衣装までもう出来ていたのに、舞台稽古の段階になって、もう出ないと言い出し、泣く泣く(注:母が)欠場。そしてその次の年の発表会も、あっさり「出ない」と言い、またまた欠場。
 そしてとうとう苦節2年、今回初めての発表会出場となったのである。
 待った甲斐があった、とひそかに涙にくれる母親の気も知らず、彼女はけろっとしている。
 出し物は白雪姫。彼女が扮するのは「オレンジ色の花」である。小さい子どもたちが黄色い花、もしくはオレンジ色の花になって、そのまわりを大きい子どもたち扮する蝶が舞う、という設定だ。
 発表会の一週間前からは毎日舞台稽古が行われたのだが、小さい子どもたちの親たちは特に気合が入っているようで、既にビデオを持ち込んで撮影している人もいる。
 ところが問題が起こった。蝶が大きすぎるのである。しかも彼女たちの衣装はどこをどう間違ったのか、振袖のように両腕からだらーんと長い羽が垂れ下がっているもので、その大きな羽で、花に扮した小さい子どもたちがすっかり隠されてしまうのである。しかもその蝶たちは、さらにかよわい花たちに覆いかぶさって、蜜を吸おうとするではないか!!
 しかし、「信じられなーい!!そこを退くんだ、化け物蝶!(ごめんなさい)」と怒ったのはどうやら私だけではなかったようで、数日後には蝶の振り付けが変更されていた。そうそう、これでよいのじゃ、と満足したのも私だけではなかったであろう。
 さて当日はビデオ撮影や写真撮影は禁止されているため、前日のリハーサルの日に気合を入れてビデオ撮影をした。どの親もビデオカメラを手に、目が殺気立っており、主役なんてそっちのけで、自分の子どもにだけカメラを向けている。ほんっとに親馬鹿だよねえと思いつつ、私も夫に、
「いい?まな(長女)だけ撮ってよ!他の子は撮らなくていいんだからね!!」
と念を押す。何しろ、彼は、以前長女の幼稚園のクリスマス会の出し物のとき、彼女以外の子どもたちを撮りすぎて、肝心の長女をちょっとしか撮らず、私に散々文句を言われたという前科があるのだ。
 出てきた長女は、親の目から見ても愛らしく、あー、やっぱりうちの子が一番だわー!と満足のため息が出るほどであった。ほんと、親馬鹿だねえ。

論文
 さて論文であるが、二人の指導教官に「結論が甘い!」という厳しい意見をもらったあと、手直しをする時間もなく、同じ大学内のほかの教授に読んでもらうこととなった。3月12日までにロンドンまで郵送しなければならなかったのだが、ついついのんびりしすぎ、慌ててEMSで送った。届いたのは、まさに当日の朝だったようだ。
 その10日後に、Eメールでコメントが送られてきた。どんな手厳しいコメントがきたか、とドキドキしながら読んでみると、意外にも、「よくまとまっている」とのこと。ほ、ほんとに??それに加えて、エイズの影響を受けた子どもたちの定義に関するコメントがひとつであった。
 めためたにこきおろされるのではないか、と内心思っていただけに、ちょっとほっとした。
 さて、今後の予定だが、口頭試問は9月に決定したので、その2ヶ月前、つまり7月には大学に完成した論文を提出しなければならない。そこでこれからは、結論の手直し(書き直し?)をして、また指導教官に見てもらい、さらに直して、OKがでたら、やっと製本である。
 あと一息だ!と思いながら、ちょっと気がゆるんでいる私。頑張れ!全く、博士課程というのは孤独なマラソンなのであった。やれやれ。


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