んだんだ劇場2007年7月号 vol.103
No47 スッピンの外国人

帰国に向けて
 最近の私は大変悩んでいる。というのも、とうとう8月に日本に帰国することを決めたのだが、それにともなって決めなければならないことが、山積みだからなのだ。
 一番問題なのが、どこに住むかということだ。子どもとなるべく長い時間を過ごしたいので、通勤にはあまり時間をかけたくない。となると、職場のある東京に住むことになる。しかし東京といっても広い。私は茨城育ちなので東京のことはほとんどわからない。自分が育った環境のように、自然がいっぱいのところに住みたいが、都心をあまり離れてしまうと、通勤に時間がかかってしまう。なるべく職場に近く、しかも自然にも触れられるところ。公園があって、公立小学校がそれなりによさそうなところ。
 妹が目黒区に住んでおり、上に挙げた条件もだいぶ満たされそうなので、今のところ目黒区に住むことにしようかと考えている。しかし区の中でもどの地域に住むかは、やはりいろいろ見てからでないと決められない。
 何といっても、10年ぶりに住む日本。
 家族の中で一番カルチャーショックを受けるのは、実は、私なのではないか、という気がしている。夫は「外国」に住む、という気構えで来ることだろうし、娘たちにとっては「初めて住む日本」である。いろいろな違いも「あーやっぱり日本だから違うんだねえ」と受け取ることであろう。
 一方、私の場合は、「自分が生まれ育った、よく知っている国」に「戻る」という気持ちでいるところへ、過去10年間のギャップが重なって、「ええ、こんなはずじゃあ!」という場面が多くなりそうな気がする。
 だから、最近は、「帰国する」という気持ちではなく、「新しい国へ行く」という気持ちでいた方が、精神衛生上よいのではないか、と思っている。うん、きっとそうに違いない。私も「外国人」になって日本へ行こう!

身だしなみ
 私は自分でいうのもなんだが、たいへん面倒くさがりやである。それが著明に表れているのは、私の服装、髪型、化粧である。
 服装に関していえば、家では、いつも、部屋着兼パジャマの、だぶだぶの綿の半ズボンに、Tシャツ。これは、タイのお金持ちの家で働くお手伝いさんの格好と同じらしく、夫は私を「お手伝いさん!」とよぶ。
 外出時、一番のよそ行きはジーンズのスカートで、子どもの送り迎えの時には膝下までのらくらくズボン。上は基本的にTシャツである。歳をとるごとに、体が、着ていて気持ちのよいものしか受け付けなくなったので、着るものは綿素材でなるべく動きやすいものだけだ。
 病院での仕事の時は、さすがに少しキチンとした格好をして、スカートをはかなければならない。病院用のスカートを何着か着まわしているが、基本的にはいつも同じ格好なので、病院のスタッフは、「この人どうしていつも同じ服きているのかしら?」と不思議に思っていることだろう。
 そうそう、それから、気に入った服はずーっと着てしまうので、ここ数年、写真を見るといつも同じ服を着ているという現象も起こる。「えーっ、この服、○×年も着てるんだ!」という具合である。
 髪型は、私の母に「あんた、今時、こんな髪型している人いないわよ」といわしめるようなスタイルであるが、これは私の硬くて多い髪質と、そのような髪質のカットにあまり慣れていない海外の現状とが、複雑にからみあう問題なので、解決は困難である。いっそのこと長くのばしてしまおうか、と思ったことも多々あるが、伸びた分だけ重くなる私の髪は、暑い、洗うのが面倒、重くて頭痛がする、ひとつにまとめると、その重さで額の毛が後退する、という難点をかかえているため、現在ではほぼ完全にあきらめている。
 だからいつもライオンのようなもさもさ髪で、家族からは「レオ」と呼ばれている。
 化粧に至っては、大学、いや高校時代からほとんど進歩していない。日本の病院で仕事をしていたときは、ファンデーションをちょっと塗って、口紅を少しだけ塗ってはいたが、ボランティアで難民キャンプに行ったときに、フランスやドイツから来ていた他のボランティアの女の子たちが、全く化粧をしていなかったので、私もそれ幸いとすっかりやめた。その後、ロンドンに留学した時も、学生たちがやっぱり全く化粧していなかったので、やはり私もすっぴんで過ごした。話が逸れてしまうが、日本の女の子のように、どんな時でもキチンとお化粧をしているというのは、かなり珍しいと思う。
 さて、さすがに今は日焼け止めだけはしっかり塗っているし、30代前半の頃と比べて顔色が冴えなくなったので、外出するときは口紅も塗るようにしているが、本当にお粗末なもので、これを化粧とよんではバチがあたるであろう。
 おしゃれをするのが嫌いなわけではないし、きれいにしている人を見ると、「いいなあ」と思うのだが、何しろ面倒くさいことは嫌いなので、しようがない。もう少し歳をとれば、さすがの私も、「これはやばい」と思って、キチンとした身なりをするようになるのだろうか。
 なぜ人間には髪なんかが生えているのだろうか、どうして服を着なければならないのだろうか、と思ってしまう自分がなんとも情けないのである。


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