んだんだ劇場2007年4月号 vol.100
No34
菜の花鉄道

勝浦のひな祭り
 3月3日に、かみさんと2人で、房総半島・勝浦市の「かつうらビッグひな祭り」を見に行った。旧大原町(現いすみ市)の我が家からは、車で30分の距離である。

市民会館を埋めた雛人形
 2001年に始まったイベントだから、それほど歴史のあるものではなく、たしか2年目に、東京から来たお客さんを連れてでかけた記憶がある。その時は、市民会館の裏の駐車場にだれでも駐車できたのだが、今回は観光客でごったがえし、個人の車はだいぶ離れた場所において、シャトルバスで市の中心部へ入らなければいけないほどの盛況になっていた。「2万体の雛人形」というキャッチフレーズが浸透し、首都圏からの観光ルートとして定着したのだろう。
 「それほど期待していなかった」と言うかみさんは、市民会館に入って「面白い、面白い」と、目を輝かせていた。雛人形も、時代によって、それぞれの顔があり、それを見比べるだけでも面白い。
 でも、私がかみさんに見せたかったのは、市民会館の人形ではなく、そこから5分ほどの、遠見崎神社の雛人形だった。60段の石段をひな壇にしているものだ。

神社の石段に飾られた雛人形
 この風景は圧巻である。が、それより、かみさんに言いたかったのは、「これ、夜になると片付けて、朝に、また並べなおすんだよ」ということだった。人形は、近隣の人たちが提供したもので、イベントが終われば返却する。だから、盗まれては困るし、夜中に雨が降っても困るのである。それで毎日、ボランティアの人たちが並べなおすのだ。これは大変なことで、市民全員参加、と言ってもいいイベントなのである。
 市内を歩き回ると、さまざまな場所に雛人形が飾られている。これが、また、楽しい。

ウルトラマン雛人形

大漁旗を持った雛人形
 勝浦は漁業の町である。紀伊勝浦の漁民が、黒潮に乗ってやって来て、ここに住みついたのが町の始まりだと言われている。
 徳島県にも勝浦町があって、実は「ビッグひな祭り」は1989年に、こちらで始まったものだそうだ。徳島県、和歌山県、千葉県の「勝浦」が何かの形で手を携えようという気運がもりあがり、徳島県勝浦町から7千体の人形が「里子」として2001年、房総・勝浦にやって来たのが、この「ひな祭り」の始まりとなった。
 これも新たな「海の交流」と思うと、なんだか、心が広々として来る。
(今年の「かつうらビッグひな祭り」は、2月24日〜3月4日でした。毎年、おおよそこの期間に開催されます)

いすみ鉄道の菜の花
 私の家の最寄り駅は「JR外房線の大原駅」と、普通は言っている。しかし、厳密に言うと、大原駅から出ている「いすみ鉄道 新田野(にったの)駅」が最寄り駅なのである。

今ごろの、いすみ鉄道新田野駅
 「いすみ鉄道」は最初、大原と木更津を結ぶ鉄道「木原線」として計画された。戦前のことで、工事は中断し、戦後は国鉄(JR)が運営していたが、典型的な赤字ローカル線で、1988年に第3セクター「いすみ鉄道」に引き継がれた。路線は、大原駅から、内陸部の大多喜町・上総中野駅までの26・8qである。
 菜の花盛りの新田野駅の写真は、おととしの4月6日に撮った。沿線が菜の花にあふれる季節に養老渓谷まで行ってみようと、かみさんと出かけたときのものだ。上総中野で小湊鉄道に乗り換えるのである。
 車内で「全線乗り放題で1000円」という切符を買った。これで自由に乗り降りし、「傑作をものにしよう」というアマチュア写真家が集まって、いすみ鉄道が最もにぎわう季節でもある。
 車窓からの風景も美しい。

鉄路の両側には菜の花が咲き乱れている
 上総中野からは、東京湾に面した市原市五井までつながっている小湊鉄道になるので、ちょっと昔懐かしい「きっぷうりば」で、ひとつ先の養老渓谷駅まで200円の切符を買い、あちらこちらに咲いている山桜を楽しみながら、養老温泉周辺を歩き回った。

上総中野駅の「きっぷうりば」
 小湊鉄道は、もともと私鉄である。そのため、上総中野駅で接点があるのに、いすみ鉄道と小湊鉄道は、線路がつながっていない。太平洋岸(外房)の大原駅から、東京湾(内房)の五井駅まで、房総半島を縦断できると思っている人が多いらしいが、実際は一度乗り換えなければならない不便さがある。
 いすみ鉄道は大赤字で、沿線市町が年間に5千万円以上の補助金を出して、なんとか運営している。第3セクターだから仕方ないのだが、「やっぱり負担が大変だ」というので、「いすみ鉄道を廃線にしよう」と論議されたことがあった。おととし、かみさんと出かけたのは、「今年が、菜の花を見る最後になりそうだ」と聞いたからでもあった。
 ところが、「いすみ鉄道がなくなるとこちらら困る」と小湊鉄道に泣きつかれて、廃線は繰り延べになった(と聞いている)。それどころか最近は、「線路をつなげよう」という動きもあるようだ。
 バスにしたら、経営的にはよいとわかっているが……バスが走る国道からは、こんなにきれいな菜の花を見ることはできない。鉄路の土手に咲き乱れるから、菜の花が帯につながって、すばらしい風景になるのである。
 その分、住民税が高くなるのはつらいけれど、住民の一人として、「残すべき風景」だと思っている。
 いすみ鉄道のホームページには、「開花情報」がある。今年は3月1日現在、菜の花は5分咲きだという。これからが見ごろである。 
(2007年3月10日記)



なにそれ? ノレソレ

太平洋岸の春の味
 3月16日の金曜日、仕事を終えて名古屋から新幹線に乗った。週末に、房総半島・いすみ市の自宅に帰るいつものパターンである。名古屋を出るのが午後6時ごろ。家に着くのは9時半ごろになる。帰れば、いつも、かみさんと酒盛りになる。
 東京駅で、「いつもの外房線の特急に乗るよ」と連絡したついでに「今夜は、何がある?」ときくと、かみさんが「ノレソレがあるよ」と言った。
 「おう、おう、春だ!」
 これこそ、この季節の珍味である。

これが「ノレソレ」
 一見、白魚のように思われる方が多いのではなかろうか。だが、実はこれ、生まれたばかりのアナゴなのだ。ちょっとワサビと醤油をつけて食べる。白魚より濃厚な、そしてほんの少し独特の香りがあって、しこたまうまい。
 これも、房総半島に移り住んで、初めて知った味だ。
 高知県では、かなりの漁獲量があるようで、今ごろになると、「ノレソレ、なにそれ?」というのが、居酒屋の定番ギャグだという。福島県いわき市の福島県水産試験場のホームページでも「ノレソレ」という名前で紹介しているから、「ノレソレ」は、全国共通語でもあるらしい。
 ただし、これ、「アナゴの稚魚」ではない。それ以前の形(幼生)で、生物学上は「レプトケファルス」というのだそうだ。長さ4〜5cm.で、平べったい姿をしている。もう少したつと変態して、親と同じ筒型になる。これは、ウナギと同じだ。
 ウナギと同じことがもうひとつあって、それは、産卵場所が不明である、ということ。南の海で生まれることは間違いないのだが、それがどこか、まだわかっていない。泳ぐ力はまだ弱くて、黒潮に漂いながら北上し、いわき市あたりでも獲れるというわけだ。
 だから、当然、房総半島でも漁獲があって、私は毎年、この季節に、ときどき魚屋の店頭にならぶノレソレを楽しみにしている……と自慢して終わりたかったのだが、今回のノレソレは、「これ、三重県産だよ」と、かみさんが言った。
 そう言えば今年、私は名古屋の居酒屋でも一度、これを食べた。
 まあ、房総半島で揚がったノレソレではなかったが、太平洋岸の春の味であることに間違いはない。

木瓜の花盛り
 愛犬モモとのいつもの散歩コースの途中、我が家から歩いて10分ほどの所に、苗木屋さんの畑がある。今、木瓜(ぼけ)の赤い花が盛りだ。

真っ赤なじゅうたんのような木瓜
 木瓜の向こうに見えるのは、辛夷(コブシ)である。赤と白のコントラストが美しく、毎年この時期、私はわくわくしながらこの道を通る。
 畑の持ち主のOさんも、土地を求めて移り住んだ一人である。我が家より、1年ほど早かったと聞いている。「花屋です」と自己紹介されたことがあって、切花を作っているのかと思ったら、こういう花木を栽培している「花屋さん」だった。
 木瓜と反対の道路際では今、雪柳が満開になっている。

満開の雪柳
 苗木畑なので密植しているせいもあって、本当に見事だ。雪崩れるように咲いている、と形容したくなる。
 こういう隣人がいるのも、田舎暮らしの特権だろう。
 そろそろ桜の時期だが、私はすでに「春爛漫」を感じている。
(2007年3月24日記)


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