んだんだ劇場2008年12月号 vol.120
No26
いざなう自然(3)

 疎外の語源はラテン語のalienatio、ギリシア語のallotriosisに遡り、外化する、他人のものとするという意を含むという。これが転じて自然状態に具わっていた人間の属性を、人間社会に譲り渡すことから、疎外が生ずるのである。人類が四足歩行から分かれて二足歩行に転じたということは、それまでの哺乳類に具わっていた属性を放棄して、新たな可能性に賭けて人間の属性を獲得すべく、未来に向かって歩き出したことになる。ところが立ち上がって間もない原初の人類の属性というものは、まだ四足哺乳類の域を出るものではなく、人類は数百万年という途方もない単位の歳月を要しながら、その脳の容量を徐々に肥大化させるとともに、他の哺乳類から引き継いだ属性に、新たな人間の属性を獲得していくのである。したがって現世人類には、かつての四足動物時代の名残をいまだその遺伝子に留めていなければならない。
 人類の特徴を二足歩行に定義すると、発見した最古の人骨化石から、人類の起源は七〇〇万年にまで遡ることができるかもしれないという。この人類と近縁の類人猿を分ける特徴は、二足歩行のほかに臼歯や犬歯の退化と脳の拡大に現われる。人間の身体的特徴を二足歩行、下顎第二臼歯の変化、大脳化の三点セットとして、そのうち人間にもたらした急激で大きな変化が二足歩行であった。臼歯と大脳化は二足歩行ののちゆっくりと時間をかけて変化してきたのである。それも数百万年を要する緩慢な時の流れが必要であった。
 人間が二足歩行を始めたあとも臼歯は徐々に大きくなり、四〇〇〜三〇〇万年前をピークに退化していく。そして五〇万年前あたりで臼歯の推移曲線と交差して、脳容量の上昇曲線が追い越し、ほぼ一〇万年前には、脳の容量は現世人類に到達する。その後現在まで著しい変化は見られない。数百万年という途方もない時の単位からすれば、まだ数万年程度の現世人類の変化は静止したものと見なすことができる。有史以降のホモ・サピエンスの著しい特徴は、その身体に見られるだけではなく、言葉を発し文字に記録し適応を道具に転化して、知脳を外部に実現したことに認められる。
 ここでは現代の文明を築き上げた民族の優劣を特定することが目的ではないが、欧米の人類学者たちの主張するところに従えば、およそ四万年前にヨーロッパに出現したクロマニヨン人は、それまでの人類と明らかに区別ができ、現代の私たちの原型となる特有の文化的行動パターンを獲得していたという。彫刻、塑像、絵画、音楽などの芸術、建築物や実用品や身体に施す装飾やデザイン、自然を人工的に作り直す景観など、こうしたものは生き物が生きるために必要不可欠なものではないと云ってよいにもかかわらず、人類は生み出してきた。食欲は生命の維持を超えた食の世界を追及し、性欲は必ずしも生殖行動に止まらず、攻撃欲は棲み分けを調整するものではなく、こうした欲望はダーウィンの云う適者生存を超える営みであり、彼の理屈で云えばまさに適応を超えた部分は自然淘汰されねばならないことになる。自然を科学的に実証しようとする好奇心や、ものごとを抽象的に思索する哲学や思想など、人間は生命本来の営みを超えてもっと広い領野に世界を求めるのである。
 生き物は種社会を形成し、生命を維持継承する働きのなかに各々の個体の属性が認められるが、いまこうして綴っている私の行為も、その対象であるベートーヴェンの創造も、用・不用説から云えばまったく不用なものと云っていいはずである。その営みは生物的生命の地平からもっとも遠い所に立っている。ラマルク(1744〜1829)が述べた用・不用説は今日では否定されているが、それにしても何の用があって、人間は今日のような多様で変化に富む文化を生み出さねばならなかったのであろうか。種の継承の必要性からして、新しい環境への生き物の反応はそれに応じた新たな身体上の変化や行動が生じ、使わなくなった局部は不用となり退化したり消滅していいはずである。ところがホモ・サピエンには不用の用とでもいうべき、生命の営みと直接関わりのないような創造が際立つ。哺乳類の立場でみれば、四足歩行に何の支障があったわけでもないのに、人間は勝手に立ち上がって二足歩行に転じ大脳化したとしか思えない。
 こうした観点からすれば、人間の脳の容量が他の哺乳類と較べて著しく大きくなったのは、それ自身に潜在する能力のすべてを、外部に表象させようとする意志が働いているのではないかと考えたくもなる。少なくともホモ・サピエンスとなって以降、人間は身体の形態を変えて生きていくことを止めて、道具をそれに代えて生き延びていく知恵を、おそらく脳の導因によって獲得したのだ。それも単に生命を子孫に再生産させることだけではなく、そこからはみ出して文化を築いていこうと自覚したのがホモ・サピエンスであった。人間は意識無意識にある心の裡を、様々な表現手段を用いて外部化する生き物だということになる。
 他の生き物は、自分の仲間である同種の他者を殺傷するなどということが、ごく稀なことであることは、動物行動学の研究者たちが指摘する。自然状態にあって野性動物には、やらなければならないことと、やってはならないことの間に、葛藤や矛盾が生じなかったために、そうした本性を促進したり抑制する機能を発達させる必要は初めからなかった。ダーウィンの理屈に従えば、やってはいけない行為は適応から淘汰されているはずである。したがってすべからく生き物には、生きることの限界を超えた不要な行為を発達させる習性というものを、その遺伝子に組み入れる必要はなかったことになる。
 肉食動物はその糧となる獲物を捕らえて殺すことに罪の意識はない。道義的な抑制に背こうとするときの心の疚しさは初めから持ち合わせていないし、善悪の認識や義務や責任や倫理感に煩わされることはない。その代わり必要の限界を超えて他の生き物を殺傷することはないし、腹が満たされればその糧を独占的に所有することもない。刹那的な生き方しかできない肉食動物の限界をそこに指摘できるにしても、その限界を守っている限り、獲物を殺すことを罪としては問えないのである。而して人間もまた生きていく上で必要な糧を、富という形にその限度をわきまえている限り善なのである。私たちは富への執着が生きていく限界を超えて、過剰に貪ることに罪を見るのである。それは持てない者の嫉妬や羨望というような、人間の属性に促された感情や気分で済まされるものではなく、二足歩行に分かれる以前の四足動物時代にすでに獲得していた習性でなければならないのだ。
 当初人類もそのような野生動物の持つ自然的性向を、遺伝子に受け継いでいた。その後人類は知脳の発達に呼応するかのように、野性動物に余る衝動を抱え込み、その衝動を際限なく拡大させていった。それは正邪善悪の判断で量れるものではなく、まさに自然の摂理に委ねられるべきものでなければならなかった。しかしあらゆる環境を超えて適応する能力を身に付けた人間は、野生動物に持つ自然的性向の限界を突き破っていくのである。二足に立ち上がった人間は、生き物たちの自然的性向が抑制に働くのか、促進に働くのかその境界が定まらないまま、その後継となるものを野生動物が適応してきた自然の摂理から離れて、人間社会に創造していく道を選んだのである。自然的性向と結び付いた遺伝子の記憶を追い越すことが、人間の大脳化であった。
 人間は脳の肥大化と歩調を合わせるように、その知脳と解放された両手を使って適応の道具を創造するだけではなく、適応への知恵が合理的能力の発達を促し、自然の摂理に代わる理性を獲得していく。人類は他の生き物に継承してきた個別の記憶を総合化しながら、人間の文化を獲得していくのである。発生当初の人間の文化は、自然に適応する働きを超えるものではなかった。やがて肥大化した脳はそれ自体が目的化して、文化的な性向を身にまとった人間は、自然の摂理に盲目的に従うことから分かれた。それとともに自己目的化した人間の文化は、衝動を抑制する始原的な野生動物の性向を、遺伝子に封じ込めてしまったのである。
 人間に野生動物の持つ自然的性向を放棄させたのは、それに代わる理性を獲得したからである。ところがこの理性は、他の生き物ならするはずのないことまでやり始め、それはそれまでの野生動物には見られない人間の文化の創成となるものであったが、同時に生存に限定された欲求の衝動を開放したのである。十八歳の誕生日を迎えた少年がみずからの欲望のために、強姦と殺人を同時に犯すなどということは、他の生き物には見られない行為である。サル社会では順位制がその秩序を体現していても、そのために欲望の衝動が規制されているわけではなく、そもそもの初めにそのような行為は存在しないのである。野生動物の世界ではやらないことを、人間社会ではやってはいけないことにして、禁止に更めなくてはならない。他の生き物ならやらない自然的性向を、人間の属性に受け継いでいるからこそ、私たちは人間社会に罪の匂いを嗅ぎ取るのである。四足哺乳類時代に獲得した属性の延長に、人間の倫理的エートスの根源が求められなければならないのだ。
 組織社会で働く現代の私たちは、職務上の順位が上がっていくとともに、ヒト、モノ、カネ、情報という経営資源を動かす喜びを味わうことができる。目標達成のために部下の能力や時間に采配を振るうことは、一種の優越感につながり仕事の醍醐味でもある。仕事というものは、それを遂行するメンバーが楽しいと感ずるときに協力を得られ易いものだ。嫌々ながらする仕事は、その担い手を無能にするだけではなく、その仕事を無効にする。私たちは仕事というものを、生活の糧として捉えるだけではなく、自己実現の欲求を満たす手段とも見ているのである。そうした目標を達成したときの満足感は、仕事という境界を超えてかけがいのない喜びであり、遊びの世界の解放感に通じる。交響曲第五番第四楽章を思い出してみればよく分かることだ。仕事を成し遂げたときの達成感、満足感、優越感は、金銭の報酬では量れない無形の報酬である。職務上の順位が上がっていくほど無形の報酬の割合は高くなるはずである。それが見えているから、私たちは順位を争い上昇指向に刺激されるのである。
 そうした反面、付与された権限が恣意に使われたり、指示や評価に私的な好悪の感情が混じったり、権限を振り回すことに熱心なのに、ともなう責任を部下に回避する上司に罪を嗅ぎ取るのである。あまつさえ職務上の権限を利用して私腹を肥やしたり、横領や背任行為に及ぶなどということは、サル社会には見られないことであろう。やってはいけないことを自覚した人間社会では、労働が生存の目的というだけではなく、正当な自己実現の手段に労働があるというように、価値原理の担い手を逆転させなければならない。それが実現できたときに、労働は創造的で魅力あるものに復原されるはずである。ベートーヴェンは創造をつうじてこれを見抜いていたのである。
 人間は他者との関係を切り離して生きていけるものではない。だが現代の疎外は、自己を外部から切り離して孤立した自己を意識させ、相対的に捉える自己を放棄する。周囲の環境を対立するものと見るようになり、相互の交わりを断つ。疎外というものは資本主義経済の成立によって、外部環境から受動されたものだったが、今日では疎外された個人が、積極的に世界を疎外するという、逆転した疎外を生んでいるのだ。それは同時に自分自身を無名の群れに置くことであった。疎外は新たな疎外を生み、現代のパトスが生じているのである。パトスは、ギリシア語のpathos、ラテン語のpassioに由来し、善いことよりも悪しきことを蒙るとか受動するという意味がある。自分の意志で働きかけたものではないのに、降りかかってくるものに反応する心の働きである。そういう点からするとパトスというのは、悪しきことを蒙らざるを得ない抑圧の状態を指していることになる。
 パトスには、不安や苦しみや死の恐怖というような不幸の影が射し込んでいる。ベートーヴェンが奏でるのは、こうしたパトスとの闘いでもあった。彼の音楽には、耳の疾病とその原因となる病根が暗い影を落とし、家族の死をつうじてをかきたてられてきた死への不安が根底にあった。ベートーヴェンの音楽に聴こえてくる怒り、驚き、攻撃性というような英雄的でありながら悲劇的な要素は、こうした疎外を通じて蒙ったパトスを克服して得られるアイデンティティへの接近だったのである。
 ベートーヴェン以降にも、交響曲史上に数多くの作曲家が輩出した。名曲といわれる作品も多い。だが各々の作品が、独立性を保ち個性的で独自性に溢れていながら、緊密に結び付いた交響曲作品を一体のものとして、その人生や人間性を一つの脈絡に聴くことができるのは、今日までのところベートーヴェンの一連の交響曲だけである。名曲としての一曲を残した交響曲作家は数多くいても、その連鎖の環で一つの脈絡を成す創造を遂げた作曲家は少ない。ベートーヴェンの作品に息づくリズムやテンポは、その身体から発し、旋律やダイナミズムから生まれるコントラストは、感情の機微を表わしていた。身体の不安を抱えながら、芸術をとおして徳性を高めていこうとする衝動そのものが、ベートーヴェンの創造であった。彼の洞察は、二足歩行に立ち上がった始原の人類に届いていた。その作品は網目模様に織りこまれていて、お互いが紡ぎ合って一つの宇宙を構成している。九曲の交響曲はその重要な脈絡を成しているのである。
 ベートーヴェンの創造のプロセスは、初めから客観的で論理的な世界から成り立っていたとは云えず、意識にのぼってくるものは、時にはモチーフのかけらさえ掴えられない、情緒的で茫洋としたものであったに違いない。それが感情や精神に刺激されて、心の裡に取り込まれ、推敲の挙句に彼のロゴスである音楽言語に統一され、形式に収めたのである。彼がスケッチ帳を持ち歩き、モチーフや断片を書き付けていたのは、浮かんだ構想にふさわしい楽想に合致するモチーフを発見するためであった。そのモチーフは直観や思索の抽象化にいたるプロセスが鍛え上げたものである。彼の心のうちに浮かび、あるいは外部に捉えたモチーフは、彼の精神や感情と因果的なつながりを持っていて、両者のあいだに厳密な区別を設けることはできない。人間の心というものを理性にとらえるマインドと、感性に訴えるハートというように分けても、心は二つをもって一つなるものだ。しかも一つなる心を截然と分けて二元論的に対照しても、人間の心というものの全体をこの二つに還元して捉えることは不可能である。
 交響曲第五番の運命のモチーフは、自分が自分であることの自覚と自立の宣言でもあった。自分の持つあらゆる属性をみずからに引き受けたとき、パンドラが蒔き散らした禍と闘い、創造に転換する力として、ベートーヴェンは運命のモチーフを描いたのである。その一方でベートーヴェンがこの交響曲第六番で語っているのは、自然というものははじめから全体を現わす体系であり、みずから生長する運動体として万物を育むものの総体だったのである。それは人間に潜む闘争原理に立つ父性的な因果を含みながら、開かれた自然が持つ母性的な共存原理への憧憬であった。根源的なものへの接近を、自然との応答に求めるベートーヴェンの眼差しは、遠くギリシア的自然観を突き抜けて、そのロゴスは遥か彼方の人類創生に到達していたのである。
 さて、遺伝子の本体はDNAであるというが、生き物に持つDNAのうち、哺乳類に遺伝子として働く部分はそのうちの数%にすぎないようだと分子遺伝学者は云う。残りの大部分はいまのところ、はっきりした機能を持ち合わせていないと考えられている。一方細菌のDNAには、機能的には無駄に見えるものは少なく、細菌の方がよほど効率的に作られている。だがそれと引き換えに、それ以外の性質の発達する余分なDNAを持ち合わせていないために、細菌は原始的な単細胞生物から永久に逃れられなくなったとも云える。生き物の身体的、感覚的な基礎となる遺伝的な構成を進化の産物とするなら、少なくとも現存する哺乳類に受け継がれてきた余剰なDNAは、生命誕生以来の三十数億年にわたる進化的遺産を内包していることになる。
 人体のDNAを全部繋ぎ合わせると、長さが二〇〇億キロメートルに達するというから、地球と太陽の距離が一億五〇〇〇万キロメートルということから考えても、まさに天文学的数字である。人類が、三十数億年に育まれてきた生命進化の担い手として頂点に立つものだとすれば、その遺産である遺伝情報の膨大な容量を集積し、未来に継承する必要があって大脳化に迫られ、それを促すために二足に立ち上がったと推測することもできる。人類はチンパンジーと分かれたとき、その脳の容量にそんなに大きな違いはなかった。それが数百万年のあいだ二足歩行を続けるうちに、ようやく一〇万年前に人間の脳は、ほぼ現在の容量に達したのである。増えた部分は新皮質の領域で、これが形成されることによって、膨大な情報の保管と管理が可能となり、人間の脳は飛躍的に働き出したのだ。人間の特徴とされる二足歩行と大脳化は、あらゆる生き物の進化と生長の記憶を人類に託し、その外部化を促そうとしているかのようである。
 ところで物理学の世界では熱というのは、多数の分子の集団が作る運動エネルギーのことで、個々の分子のエネルギーのことではない。空気中に存在する個々の分子は、四方八方に勝手に動いていて、何か目的をもって動いているわけではなく、同じ性質を持っていながら個別の分子はその動きもスピードも違うという。それでいながらこれが集団として振る舞うと、一つの流れを作り、熱が高い方から低い方へ動くというように一方向へ変化する。こうした現象に見られる性質のことを、時間的な可逆性がないという。熱に例えられる現象に限らず、自然現象は時間的に見て非可逆的に進む。
 分子を個別の現象に観察しても、その個々の動きにつぎに何が起こるかを予測することはできない。けれども集団として捉えると、そこには一定の傾向が生ずる。私たちは結果を観察し、経験的な集積を重ねながら、起こる確率の高い方へ現象が進む傾向があるということが分かってくる。それは分子という構成要素の数が多ければ多いほど明らかになる。逆にその数が少ない場合は、確率の高い方へ進むとは限らない。このことを統計理論で「大数の法則」という。
 またエネルギーの総量は増えもしないし減りもしないという。これを「エネルギー保存の法則」という。ここに電球があってこれに電気エネルギーを与えると、光となって明るく輝く。それは電気エネルギーが熱に変換され、光りとなって輝き、ついに分子に放散してランダムに空気中に残されたというだけである。しかし空気中に散った分子が再び熱や光となり、さらに電気エネルギーとして自己再生されることはない。これをエネルギーの総量は変わらずに、質が変わったという。このような現象をエントロピーが増大するというのである。エネルギーは質に価値があって、いくら量が足りてもいずれ質が悪くなり、役に立たないレベルに低下する。これを逆の言い方をすれば、エントロピーは減少することはないという。あらゆる自然現象にはそれを動かすエネルギーが働いていて、使えば使うほどこのエネルギーの質は低下する。したがって自然現象は、秩序から無秩序へと一方向に進んでいく。だから自然現象は時間的に反対に進むことはできないのである。
 生き物はその個体の一つひとつは寿命がくれば死んでいくが、世代交代をつうじて種を存続させることができる。物質で構成された生き物は、一つの単細胞からスタートしたが、数千万年あるいは数億年単位の歳月をかけて進化を遂げながら、複雑な構造を持った身体と知脳を持つヒトという種まで誕生させた。人間を頂点にした生き物は、周囲の環境からエネルギーを交換できる機能を持ったおかげで、エントロピーの増大を免れてきたのである。
 生命体と物体はいずれも宇宙のどこにでも見つかる元素で作られていて、生命体だけに特別な物質が備わっているわけではない。分子や原子のレベルでは同じ物質で作られている。この両者の違いは、自分自身の内部に免疫機能と再生機能が備わっているか、それを遺伝子に継承して次世代に存続させていくことができるかどうかにかかっている。生き物は外部からエネルギーを摂取し、酸素を取り入れ、体内で消費して残った老廃物や二酸化炭素を排出する。質の劣化した熱エネルギーを体温の熱放射で外部に放出する。生き物はこうしたエネルギー交換を自分の力で行ない、自分自身を維持するしくみを備えているのである。
 自然現象に起こるすべてのことは、秩序から無秩序へというように、均一化の方向に進もうとするのに、生き物は無秩序を制御し秩序の維持を目的に存在している。したがってエントロピー増大の法則に逆らって、進化しながら種の維持と継承を行ってきたのが生き物だということになる。だが生き物も分子レベルでは、その一つひとつの分子には何らの秩序があるわけではなく、遺伝子を継承していく過程に起こる変化は、何らかの目的を持ったものだとは云えないという。しかし先の「大数の法則」からして、ランダムで無目的な分子の集積は一定の方向に偏ることが分かっている。個々の分子が秩序化に向かうプロセスに目的性が備わっていないのに、それを集積した跡を辿ってみると、そのコースには一定の必然性を観察できるのである。
 あらゆる自然現象に眼を向けた人間は、「大数の法則」を発見し、熱力学の二つの法則となる「エネルギー保存の法則」や「エントロピー増大の法則」をはじめ、自然現象を科学で解明しようとしてきた。遺伝子情報を脳のなかに記憶として蓄積しただけではなく、人間は外部に形あるモノとして具象化し、言葉で伝え文字や造形に表わし、脳内の記憶を科学や芸術に転写した。四足歩行に何の支障もなかったのに、チンパンジーから分かれて二足歩行に転じた結果である。それは生き物の進化の偶然性を否定し、無目的性の分子の世界とは違う人間の必然性や目的性を表わすものなのだろうか。
 なぜ人間がこの地球に誕生し、二足で歩き脳の大脳化に及んだのか。その原因はいまのところ解明にいたらず、必然性があったとも思われないのに、人間は様々な現象に興味を持ち、まるで生命体の本性から外れたかのように、色々なものを生み出してきた。偶然から生まれ無目的だが二足歩行に立ち上がった人間は、人間になったときから必然に転換したと思うしかない。なぜ宇宙の片隅にある太陽系の一つの惑星にすぎない地球上に、人類が誕生したのか。因果関係を解明するのが科学なら、人類の誕生に因果の確証を掴めないまま、現象から原因を類推するのは単なる憶測の域を出るものではないことになるが、宇宙には人類を誕生させる必然があったと推定するほかないような、今日までの人類の足跡である。
 こうしたことから宇宙の解明の最前線で研究を続ける宇宙物理学者たちのなかには、宇宙の人間原理というものを提唱する科学者がいる。地球に知的生命体が生まれたのは、宇宙がそれを必要としているからだという発想である。偶然が必然を生み出し、あるいは人間を生み出すための必然として宇宙はデザインされていたという考え方である。これは一見すると、ほかの生き物と区別する傲慢な人間の心性を露呈した奢りのようにも映る。まして宇宙は人間を必要としていたのだというなら、それは人間の優越性に表われる選民意識につながる。しかし裏を返せば、そのような要請に応えるために、人間が存在する意味があり、尊厳が認められるのだと解釈すれば、人間は宇宙を解明するべく生み出されたもっとも謙虚な生き物でなければならない。人間はそのDNAとともに、途方もない過去からの生命進化の遺産を引き受けた存在でなければならないからだ。
 さてベートーヴェンの音楽には、右に述べたような宇宙への眼差しと、宇宙からの眼差しを感じさせるものがある。それは言葉の世界を突き抜け、表象の世界を翔けて、遥かに原初的で根源的なものからの呼びかけである。ベートーヴェンはみずからの裡なるものを探るうちに、始原世界への郷愁と宇宙への憧憬を感じ取っていったのではないだろうか。彼の創造は、生き物が外部との応答で生命を維持してきたように、その心性は自然に開かれ、母なる大地へいざなうものであった。人間はもとよりあらゆる生命を包み込む、根源的なものへの畏敬に満ちた眼差しであり、敬虔な祈りを捧げる態度であった。だが人間社会の営みに不条理を見ているベートーヴェンは、支配者や民衆を問わず、そうした自然への畏敬に裏付けられた謙虚な態度を踏みにじる人間性を罵倒し続けるのである。それが周囲を誤解させ、傲慢でわがままで自分勝手な人間に彼を眺めることになったのだ。
 私たちが天才を思い浮かべるとき、私たちがさんざ苦労しても成し遂げられないことを、こともなげにやってのける者こそ天才だと考える。私たちの発想を超えた、及びもつかない斬新で意表を突くアイデアが、その普遍性が明らかになって天才を証明することもある。私たちは自分の持つ同質的なものより、異質なものが際立った人物に他者性を発見し、その才能を天才として認めるのである。だがベートーヴェンはそういう意味での天才ではなかった。こうした点からいうと、ベートーヴェンの音楽は私たちの心に異質なものよりも、同質的なものをより多く訴える音楽である。彼の魂に甦る始原的な世界の響きが、私たちの魂を揺さぶるのである。こともなげな天賦の才よりも、苦闘の努力の痕が伝わる才能である。その才能を持続させることと創造することの厳しさから云えば、ベートーヴェンを努力の天才というような言い方もできる。ベートーヴェンこそ私たちの身近に抱える心の深淵に迫り、音楽の創造に普遍の人間原理を求め続けた天才音楽家だったと云わねばならない。
 ガリレオの言説を借りれば、ベートーヴェンの音楽は、眼の前にたえず開かれている最も巨大な書、すなわち宇宙のなかから導かれる。彼の場合、その宇宙は彼の心の裡にあり、その書は音楽の言語で書かれており、その文字は音符や音楽記号によって著わされ、リズム、メロディ、ハーモニーに融合され、演奏によって理解されるのである。人類は、音声言語を文字に表わし、身体の延長に文化を生み出し、人間社会に文明を築き、余念の世界に芸術を開花させた。そしてベートーヴェンは音楽の世界に心の宇宙を綴っていた。ベートーヴェンの創造は彼の生涯にあって、時間的な系列で捉えられてきたが、二〇〇年の星霜を経て、現代の私たちに等時的な創造空間として広がっているのである。


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