んだんだ劇場2008年3月号 vol.111

No22− 奇蹟の2月−

あれやこれやで1年が経ちました
 去年の2月6日は、3年ぶりに近所のスポーツクラブに足を運んだ記念すべき日だった。早いもので、あの日から1年が経ってしまった。この1年は自分の60年近い人生でも特筆すべき「大きな意味」をもった月日だった。この1年で身体がすっかり変わった。エアロビクス・ダンスで鈍った身体を苛め抜き、どうにか人並みに戻し、体重は10キロ近く落ち、週末は机を離れて野山を散策できるようになり、アウトドア・スポーツにすっかりはまった。暴飲暴食は影を潜め、規則的な生活をすることが喜びに変わった。閉じこもりがちだった冬もスノーシューを履いて雪山に出かけ、ゲレンデスキーも復活。四季を通じて週末アウトドア生活を満喫するなどというライフスタイルを、まさか自分が実践するなど、1年前は考えしなかったことだ。

 それにしても、小生だけではないだろうが、アウトドア初心者の常で衣服を含む用具代が、かなりの金額になった。アウトドアは実践よりも用具を揃えるまでが大変なのだ。1年の実践体験を通じ、もうあらかたのものはそろったので、2年目からは経費も飛躍的に軽減していくのはまちがいないのだが、それにしても年間個人支出(本や飲食)の3分2はアウトドア用品購入費、というのも尋常ではない。とはいってもアウトドア用品は日常生活に転用が利くから利便性は高い。衣類はもちろんだが、お茶を飲むテルモス(保温水筒)や速乾性の下着など、普段遣いしていて、買って良かったなあと思うものも少なくない。良かったなあ、の代表格はMBTという靴だろう。マサイ・ベアフット・テクノロジーと呼ばれる姿勢矯正用の靴である。ソールが山型になっていてグラグラする。正しく歩く姿勢のための筋力をつくるもので、日常的に履いていると、そのグラグラがたまらない快感に変わる。毎夜の散歩はむろん、出張先に履いていくようにまでなじんでしまった。今は普段もこの靴を履いている。背筋がまっすぐに伸び、小幅でしゃんとした歩き方が自然にできるようになり、山歩きにも生かされている。靴そのものは3万円だが毎年ソールを張り替えるのに1万円かかる。これが問題だが、歩く頻度が少なければ3年に一回ぐらいの張替えでも大丈夫だそうだ。
雪山ハイクは楽しい
雪道でも履いているMBT
今年の雪はこんな感じ。事務所の横の道です


寒中お見舞い申し上げます。
少し遅れたが冬季のDM(ダイレクトメール)も終わり、少々拍子抜けした感のある週末。1週間前の貝吹岳登山が初心者には思ったよりきつく、週の前半は筋肉痛だったが、ルーティンのように毎週ある山行も今週はひと休み。ゆっくり休養を取ることができた。といってものんびり家に引きこもっていたわけでなく、湯沢の犬っ子祭りや西木の紙風船上げを見に行ったり、週末も酒田まで電車旅。ジッとしているより、どこかに出かけているほうが気が休まるようになってきた。
 
ウイークデーはものすごい吹雪で外に出たくても出られなかったし(夜の散歩は欠かさなかったが)、来客もいつもよりは少なかった。事務所の窓から見える景色は白一色なのに机の上には、今度出すブラジル移民100周年記念出版の醍醐麻沙夫『超積乱雲』のカバー候補写真、赤道直下のアマゾンの雄大な雲と川の写真ばかりを眺めながら、身が引き裂かれるような気分の作業をしていた。

毎日、ほぼ決まりきったような日常を過ごしているのだが、朝目覚めるとき、新聞に目を通しているとき、日誌を書いてるとき、「楽しくなりそうだな」と感じる日が増えてきた。どうしてなのかよくわからないのだが、むやみに不安になって落ち込んだりする機会は若い時のほうがずっと多かったような気がする。これが年をとって得られる「何か」なのだろうか。しんどいことはもう向かっていく気力がなかなか起きないが、これまでの経験則で「このへんまでなら俺だってやれるぞ」という目に見えないラインが見えるようになったのも確かだ。仕事は楽しい。でもシンドイ。このへんのバランス感覚がこの年になってようやく身についてきたのかも。寒中お見舞い申し上げます。
犬っ子祭りは子どもの祭りですね
貝吹岳で記念撮影
紙風船揚げは初めて見ました


奇蹟の2月のこと
 思いもかけないこと、というのを体験してしまった。  2月末日、いつものように2つの取引のある印刷所に支払いをするべく、その金額を経理に伝えると、「F印刷はもう残債がありません」と言われた。えっ印刷所の残債がない?なにそれ。
 無明舎をはじめて35年余、こんなことは一度も経験がない。来る日も来る日も、月末は印刷所の支払いが待っている。これは決まりきったことで、それをクリアーして経営者の1ヶ月はようやく終わるのだ。逆に言えば月末の印刷所への支払いが終わらなければ、一息つくことはできないようになっている。
 それが2月は支払いゼロだという。こんなことは35年の仕事人生ではじめてだ。
 F印刷は無明舎を旗揚げした時から付き合いのある会社だ。20年程前には残債が3千万を越えたことがあり、さすがにそのときはお偉いさんがきて、「手形を切ってください」と目の前で直談判された。親父が手形で苦しむ姿を少年のころ何度も見ていたので「手形は使うまい」と心に決めていたが、あの時はにっちもさっちも行かず、手形を切った。忘れられない出来事だ。
 その手形事件も含めて、月末の支払いが「なし」だったという月は1度もなかったから、やはりこの2月は「奇蹟の月」といっていいのかもしれない。
 3月には新刊や増刷や雑誌類の印刷物がどっさり納品になるから、来月からはまた通常の月末支払いが待っているので、喜んでばかりもいられないが、まずはこの奇蹟の2月を、自分ひとりでひっそりと寿いでいるところです。
酒田駅前の飲食街。こんな飲み屋通りが少なくなっていく
話題の福島・矢祭もったいない図書館です。このレポートは後日
後ろの山がリンゴ畑の上にある金峰山(横手市)


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