んだんだ劇場2008年7月号 vol.115

No26− ヒマよりはマシ−

鳥海山のふもとで……
私の親族のなかでは異質のキャラクターをもっていた旧六郷町のAさんが亡くなった。82歳。弟の仲人でもあり、うちの著者でもあった。冷静で、穏やかで、学者肌の知的な、親戚のなかでも尊敬のできる文化人のひとりだった。2ヶ月前に「入退院を繰り返したが小康状態にあり、でも頼まれている原稿は書けそうもない」といった内容の手紙をもらったばかりだった。だから、こんなに早い訃報を聞くとは思ってもみなかったので驚いた。喪主であるご長男にもはじめてお会いした。父親のいい血を受け継いだようで、ある有名大学の大学教授になっておられた。

Aさんの葬儀から1週間後、今度はにかほ市に住むKさんの奥さんから、「夫が脳梗塞で亡くなった」と言う電話。そのあまりにあっけない言い方に「えっ!?」と何度も聞き返してしまったほど。Kさんはまだ62歳。健康に絶大な自信を持ち、森林伐採の力仕事を先頭に立って監督する人だった。彼もうちの著者で5冊ほどの著作がある。ほかにも何冊かペンネームやゴーストライターとしての著作もあるから、わが舎の功労者である。独身時代は秋田に拠点を置きながら、沖縄・鳩間島や長崎の五島列島に住んで漁師をしたりで、放浪癖のある人だった。彼に原稿依頼をするという名目で、そうした南の島々を訪ね歩いたのも懐かしい思い出だ。20年ほど前から鳥海山のふもとで自給自足の生活を始めた。そこにキャンプ(遠足です)に出かけたわが舎の社員G子さんと結婚、3人の娘さんをもうけた。ここ数年は音信不通だったのだが、唐突の訃報に、うろたえてしまった。

鳥海山のふもとに居を構えたKさんが倒れてから亡くなるまでの2日間、私も偶然にその鳥海山にいた。4合目の大清水小屋登山口を出発し、8合目の唐獅子平避難小屋で1泊した。小屋に着いてから食欲がなく寒気までするので早めに寝袋にもぐりこんだ。昔、ペルーのマチュピチュに行くためクスコに2日間投宿した時、突然何の前触れもなく食欲がなくなったときのことを思い出した。あれと同じ症状……高度障害だ。朝になると気分はよくなっていた。天気予報は大荒れの風雨だったが、朝方、奇跡のように晴れ渡り、きれいなご来光が拝めた。七高山目指して登りはじめたら、とたんに天候は崩れ出しガスがかかった。風がひどく前に進めなくなり、山頂200メートルを前に引き返してきた。この山行の間に、同じ鳥海山で、予想だにしなかった友人のドラマが進行していたわけだ。合掌。
唐獅子平小屋からご来光みる
山頂付近は風雨でメガネが曇もり、はずしてしまった
下山したら快晴。大清水小屋からみた鳥海山


高い傘と安い背広と原稿読み
そろそろ雨の季節ですね。今日もシトシト降っています。雨は嫌いではないのですが、山に登るようになってから週末だけは晴れて欲しい、と切実にエゴイステックに思っています。天気の善し悪しは山では「決定的」で、今週はダメみたいですね。
雨なので傘の話です。10数年前、何をトチ狂ったか、通販で1万5千円もする傘を買ってしまいました。一生モノだから、などという理由だったのでしょうが、けっきょく、外出先でなくしてしまうのが怖くて、ずっと倉庫に眠ったままです。こういうバカな行為を揶揄したうまい俚言がありましたが、今、思い出せない。誰か教えて。

暑い中、葬儀が続きました。10数年前に造った礼服は冬用1着のみで、思い切って夏用フォーマルスーツをあつらえることにしました。根拠はないのですが冠婚葬祭は「夏」がなんとなく多いような気がしませんか。普段からスーツを着ることはほとんどないのですが背広は市内にあるWテーラーでオーダーメイドします。夏のフォーマルもこの店で仮縫いをすませました。この店は編集長の親戚で、腕の良さには定評があります。20年以上前につくったスーツを、体型が変わるたびに直してもらい、小生は今も着ています。昔も今も1着つくるのに20万円はかかりますが、20年以上何の問題もなく着続けられるのですから吊るしよりは圧倒的にお得です。高額の傘について書いたら、オーダーのスーツのことを、釣られて思いだしました。

毎日、長い原稿を読んでいます。半分はボツ(出版できないこと)になりますが、出版は難しくても内容が抜群に面白い原稿というのがあるので、手が抜けません。出版できないのに面白い、というのは矛盾のようですが、面白さの「質」が大手出版社向きで、販路や資金、宣伝力のない零細田舎出版社では逆立ちしても出版が無理な内容(詩集とが戯曲とか小説の類ですね)のものをいいます。たぶん大手が不況を理由に企画リストラしているため、こちらにそうしたレベルの高い原稿が流れてくるのかもしれませんね。
原稿を読む合い間に、新聞や雑誌に連載している原稿を書き、毎日毎週あるHPの更新もします。なぜか最近は来客も多く、家には食事しに帰るだけです。ヒマよりは忙しいほうが楽、と信じて日々を過ごしています。


科学・自由・神様
 世界には10キロ先の新聞の活字が読める高性能の望遠鏡があるそうだ。これで日々宇宙を観察しているらしい。科学のめざましい日進月歩には驚くばかりだが、個人的に最も注目している脱ガソリン自動車(電気・水素・電池)の登場は、なぜかイラつくほどのろい。このところのガソリン高騰で電気自動車が来年あたりから一挙に普及しそうな感じだ。しかし、自動車業界の裏でなにが起きているのか、私などには知りようもないのだが、あなた方(自動車産業)の思惑だけで「出し惜しみ」はしないで、というのが正直な気分だ。オイル産出国であるというだけで世界を牛耳っていると錯覚している中近東の王様たちに一泡吹かせたい、って思ったことありませんか。
 最近の小さなニュースでは、フランスのサルコジ大統領夫人の記事に椅子からずり落ちそうなくらい驚いた。いや驚いたというのは正確ではない。ショックで、かつ羨望を覚えた。大統領夫人カーラ・ブルーニはイタリア出身の歌手だが、いまだフランス国籍を取得していない。これだけでもぶっ飛ぶが、自分の政治的傾向を「左派寄りで、移民に厳しいサルコジ政権の政策に疑問がある」というのだ。「でも次期大統領選には夫に投票する」と新聞のインタビューに答えているのだが、この自由度、さすが市民革命の国、彼女やヨーロッパ世界がいっぺんで好きになってしまった。こんな立場の人が、こんな発言を自由にできる国って、ホントうらやましい。
 それなりに仕事が忙しく、やることは山ほどある。こんな時代、仕事に集中していて時間がドンドン経ってしまう、という環境はゼイタクだと思うのだが、こんなときに限って、老いた親の問題や、親族のトラブル、友人たちの不幸も、その裏で頻出する。神様はうまいことバランスを取っているなァ、と感心するが、ま、そういう年齢になったということだろう。
 週末の山行は地震の影響で焼石岳が中止。身体をもてあまし秋田市内にある太平山へ。一人の太平山は初めてだが、2時間半ほどで頂上へ。そこまでは良かったのだが下山で疲れが出て、2時間もかけてヘロヘロになりながら下りてきた。思った以上に暑かったこと(29度)、前々日に深夜まで深酒したこと、一人なのでペース配分(休息)がわからなかったこと……などが要因のようだ。
 来週もう一度、挑戦してみるつもり。今週は岩手山(8合目小屋泊)です。


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