んだんだ劇場2008年6月号 vol.114
No10
うゐのおくやま越えて

「Moongate」
NHKFM番組 「ミュージック・リラクゼーション」。放送は深夜0時から40分間。再放送は翌日午前9時20分。私が聴くのは、たいてい再放送。なにかをしながら、その邪魔をされずに聴ける、私には心地いい音楽が流れてくる。この番組の最初に、テーマ曲として流れるのが、シークレット・ガーデンの「Moongate」。ノルウェー出身の男性作曲家ラルフ・ラヴランドとアイルランド出身の女性ヴァイオリニスト、フィンヌーラ・シェリーの男女ユニットが「シークレート・ガーデン」。彼らのCDには懐かしい思い出がある。10年以上も前、東京へ単身赴任していた時、当時暮らしていた町のミュージックショップでたまたま彼らのCDを試聴。なぜか、その時の旅をしたい気分にぴったりで、その場ですぐに買ってしまった。いまでも聞けば、あの頃(私には異国に思えた)よその町での一人暮らしのいろいろな思いがよみがえってくる。番組は、テーマ曲とともに、こんなナレーションで始まる。

「地球の一日は24時間。火星の一日は地球よりほんの少し長く、およそ24時間
と40分。やがて、その火星の赤い砂丘と青い夕焼けが、私たちと同じ夜空につつ
まれるまで、音楽を聞きながら、またたく光に思いをはせましょう。」

そして40分、番組はこんなナレーションで終わる。

「地球から木星までの距離は光の速さでおよそ45分。音楽をお聞きいただいて
いる間に、私たちの部屋の窓から流れ出た光は長い、長い旅をし、やがて木星へ
たどりつく。私たちも安らかな旅を続けましょう」

聞きながら、私はよく旅をしている気分になる。最近では、なぜかイギリスを感じることが多い。

ブライスキャニオンの夜明け

遠い国・近い国、イギリス
そのイギリス、心ならすぐに飛んでいけるのだが、日本の成田とロンドン(ヒースロー空港)の場合、直行便で12時間前後。2時間ほどの乗り継ぎ時間をはさんで、ロンドンからマンチェスターまでは約1時間の空の旅。ヨーロッパのほかの都市を経由しても、大体これに似た時間はかかる。どちらにしても、長い間狭い機内に閉じ込められた状態でやっとたどり着ける、私たちにとっては、はるか遠くにある国イギリス。着いてしまえば、いくらでも楽しい時間を探せるのだが、腰痛持ちの私には、そこへ着くまでが苦痛の時間であったことをついつい忘れてしまう。
一方、インターネットを使えば、瞬時の世界。そのインターネットで、イギリスのさまざまな情報を得ることもできるのだが、これではイギリスへわが身を運べない。今年の夏も、またイギリスへ行きたいと思っている。4回目になる。今回は冬の間に宿を決め、あとは時間が過ぎていくのを待つだけ。まだまだ先のことと思っていた2月の娘の結婚式も、いつのまにかめぐってきて、とうに過ぎてしまった。同じように、毎日を過ごしていれば、いつか出発の日はやってくるのだろう。

イギリスの中の我が家
毎年イギリスにいながら、ふと、ここがイギリスであることを忘れてしまう時がある。それは、旅行をしている私たち家族3人がたいていは一緒の時間を過ごし、日本にいる時と同じように、いつもの日本語で話をしているせいだろうか。特に部屋にいる時など、ここが日本と勘違いすることもある。といって、それが物足りないわけでもない。いつものことだ。旅に出ていても、これも毎日の暮らしの延長だと思っているからだろうか。この感じはずっと変わらない。
せっかくの旅行だから、この際おおいに奮発しようという気持ちが少なく、日本の我が家にいる時と同じような金銭感覚で、質素な過ごし方をしているせいかもしれない。イギリスでも、日本と同じように「家族をしている」という感じが強い。これはこれで、私にはそれなりに居心地がいい。そんなわけで、私はほかの人と旅をしてみたいとは思わないのかもしれない。いや、もしかしたら、できないのかもしれない。

家族連れであること
これは、外国の旅に限らず、これまで日本のあちこちを旅していた時にも感じたことなのだが、家族連れ(子ども連れ)というのは、一人旅や、まれに妻と二人で旅をした時には絶対にない「なにか」がある。子どもが一緒の場合、子どもたちがいることで、警戒されることが少なく、意外にすんなりと相手に受け入れてもらえることが多かった。もちろん、そうでないこともあるにはあったが、たいていは子どもがいることで、その場が和んで、おかげで私まで気持ちが楽になった。島でキャンプをした時などは、特にそうだった。子どもたちが一緒なだけで、よそ者であるという垣根があっけなくほぐれていく感じを何度も味わった。
現在32歳になる息子をもう子どもとはいえないのだが、いまもそれに近いことを感じるのは、彼が持っている世界が似たような「なにか」を感じさせてくれるせいだろうか。そんなことも、いまこうして、家族3人で旅を続けていられる理由かもしれない。それとは、ちょっと違うのだが、家族が一緒に暮らしていて、お互いに共通の話題を持てるというのは嬉しい。もちろん、全てが共通しているわけではないのだが、少なくとも旅行するということに関して、お互いに、こうした旅行の仕方でつながっているようにも思える。

グラシングトンへのフットパス
結局、我が家が一番
どこかへ出かけたいと思う気持ち。それが、最近は強くイギリスのフットパスに向かっていたりするのだが、そんな時でも、いつも必ず旅の向こうに我が家がある。これは、前にも書いたことだが、でかけたい気持ちの裏側には、いつもでかける瞬間に味わう、その時だけはこのまま我が家にいたいという気持ちがくっついている。これも、一度飛び出してしまえば、せっかくだから、とことん旅を満喫しようとするモードにすぐ変わってしまい、やがて我が家のことは忘れてしまうのだが、無事に我が家にたどり着いてみると、いつも「やっぱり我が家が一番」と思ってしまう。変な話だが、そのことをしみじみ味わうために、私は毎度でかけているような気さえしてくる。かつて、子どもたちが小さかった頃、私たちは3Kの公団に住んでいた。子どもたちが大きくなってくるにつれ、その公団がだんだん狭く感じてきた。その狭さからひとときでも逃れようと、私は家族を引き連れ、外へでかけていたことを思い出す。あの頃の不思議なエネルギーが、いまはなんだか妙に懐かしい。

「おひとりさまの老後」
読みたい本を買うということが最近少なくなった。読みたい本、あるいは気を引く本があったら、図書館のホームページを検索、みつけたら予約して、順番を待つ。みつからなかったら、あきらめる。古本(あるいは新刊)を安く購入できる方法もあるらしいのだが、そういう領域に頭が追いついていない。だから、図書館になかったら、たいていはあきらめる。その図書館、新聞に紹介された本や話題の本となれば、意外にみつかる。問題は、本によって、自分の順番までそれなりの時間がかかること。
『おひとりさまの老後』(上野千鶴子著)の場合、予約した時すでに350人以上の先約があって、忘れた頃に連絡がきた。この本、女性に向けて書かれたものではあるが、団塊の世代として、核家族の道を選択し、その道をどんどん進んできてしまった我が家の状況を考えると、うなずくところ、納得するところ、ひそかに後押しされるところがたくさんあった。もちろん、妻も読んだ。そう、当たり前のことながら、やがてはお互い一人なのだ。妻は妻で感じるところがあったらしく、私も頭の中では自由にあれこれ想像した。

おさんにんさま
しかし、我が家の場合、現在の状況からすれば、「おひとりさま」でもなく、「おふたりさま」でもなく、「おさんにんさま」の状態はこのまま変わりようがない。息子の「おひとりさま」を考えれば、明るい光景はなかなか思い描けない。私たち3人がどんな順番になるのか、もちろんわからないし、息子のために金を残すことが絶対有効とも思えない。そこで、この家族3人がいかにいまの状態を満ち足りて過ごすかを考える。我が家の場合、そうしたひとつに旅がある。

息子の悩み
旅行の計画がそれとなく具体的になった時、それがイギリスの場合なら、飛行機のチケットを買い、宿の予約が終わった時、どこかのツアーへの参加を決めた場合なら、その代金を支払った時、そんな時でも、私たちはそのことを息子には話さない。いや話せない。もちろん、それ以前に旅を考え始めた時も話さない。理由は、これから先の「いつ」と決まった旅の予定が彼を悩ませるからだ。
なにが原因で、どんなことがきっかけで、彼がそんな具合になったのか、はっきりとはわからないのだが、旅に限らず、彼はこれから先の予定が気になり、そのことを軽く受け流すことができなくなり、時としてそのことがさまざまに彼の心をしめつけ、彼を悩ますことになってしまう(ようなのだ)。そんな彼をみて、ひとつだけ、私はこれまでの自分に照らし合わせて、想像(類推)できることがある。

私の恐怖
それは会社勤めの頃、管理者となって、私の能力がさまざまな形で評価されるようになった時のこと。一番応えたのは、私(たち)がサービスを提供している人たちに対して、毎年定期的に行なわれた満足度調査というもので、その結果が具体的な数値で公表され、しかもランキングづけされることだった。それまで、私はそういう状態に自分がさらされることに慣れていなかった。時に、思いがけない(直接ズバリのコメントつきの)マイナスポイントをもらい、その対象が私であることがわかってしまう形で公表されることもあって、これがつらかった。
思えば、それは私のどこかで、いつもパーフェクトを求める気持ちがあったからなのだろう。だから、評価される立場になって、自分への数値やコメントがちょっとした、小さなものでも気になった。そして実際には、毎年その結果がでたら、それらについて客観的な分析をし、マイナスポイントそれぞれについて、ひとつずつ対策を立て、それをいかに実行するかというプレゼンテーションをしなければならず、発表したことに関して、定期的に点検し、また発表しなければならなかった。(満足度の全社平均値がいつも90%以上というのが、異常でもあったのだが)

ベイクウェル郊外
人生のプラス
ある面で、こうした会社の方針(対処手法)は、私のこれまでの生き方でプラスになったところもある。会社に限らず、これまでのいろんな場面で、似たような状況になった時、自然に似たような反応をして、よかったと思うところがいくつもある。しかし、会社で公然と発表されるその数字、そこから起こるさまざまな体面的なことに関して言えば、そのたびそれなりに傷ついて、これがかなりのストレスになっていたことも確かだった。毎年一回のその時期がくると、なぜかおどおどし始め、自分に自信が持てなくなってきた。なにが怖いといって、マイナス評価がこわかった。そんなことが特別多かったわけではないのだが、一度起こった同じことが、また起こったらどうしようという思う気持ちがつらかった。振り返ってみれば、会社をやめたくなった理由のひとつにこれがあった。

家族の心配ごと
果たして、息子の心の状態が同じようなものかどうかはわからない。多分違うのだろうが、自分を追い込むという状態では似ているような気もする。私の悩み(恐怖)の方は退職とともに解消したのだが、彼の悩みはいまだ続いている。そして、これがいま、私たち家族の心配ごとでもある。普段はある薬で一応の平穏を保てているのだが、時になにが原因となるのか、意外に思いがけないことがきっかけで、彼は深い闇の中に入ったりする。そんなことを、これまで彼は何度も経験している。だから、できれば、それが旅行前には起こってほしくはないと、私たちは思う。旅行そのものは、彼の楽しみでもあるからだ。そのため、彼には出発直前になって、旅のあらましを発表することにし、これを「私たち家族のミステリー旅行」として、お互いに了解し合うことになった。
ところが、旅行前にそうした状況になってしまうことがある。予定した出発まで、まだ時間がある時は、様子を眺めながら、さてどうやって出発の日までにコトを和らげたらいいのだろうかと考える。そんな時、予定を変えられるものと、そうでないものがある。あらかじめ、旅行代金を払ってしまったもの、あるいは前から計画中の、これはどうしても行きたいと思って決めた旅を前に、彼がそんな状態になった時は本当に困ってしまう。

さて、困った
実は、最近どうしても行きたいと思っていたある旅の一週間前に、彼の心が闇状態になってしまった。それまでずっと落ち着いていたのだが、すでに料金の支払いを済ませ、私たちの間では、それとなく着々と準備が進んでいた時だった。彼は作業所へも行けなくなった。こんな場合、あえて無理なことはしない。静かに自宅で様子をみて、彼の心が回復するのを待つ。出発が一週間後に迫ったことに焦りの気持ちがないわけではない。ただ、今迄にもいろいろあったから、こんな時はその時のことを思い出す。できれば、その中で一番いい状態に変化できるようにと、まずはそれを一番に祈る。

ワーレンサイド山の頂上にて
家族を一番強く感じる時
こんな時、家族というものを一番強く感じる。彼に心の闇はそのまま私たち二人の闇になりかける。もちろん、こちらまで落ち込んではいけない。こんな時、まず頭に浮かべるのは、これまでもいろんな状況になったことはあったのだが、そのたびなんとかトンネルを脱け出していたということ。一週間という制限時間は厳しくもあるが、まずはこちらが落ち着くこと。そして、思いつく手をいろいろ考えた。彼は、いま「あるひとつのこと」が頭を離れないようだ。それを束の間忘れる時があってもいいだろう。
ふっと、娘が家においていったDVDを思い出す。笑えるものがいい。一度映画館でみたことがある「スイング・ガールズ」がある。試しに、これをなにげなくかけて、見始めたら、彼が夢中になって、みていた。笑っていた。私たちも一緒にみて、笑った。そんな時間を過ごしたせいか、彼も少しは気持ちが楽になったらしい。この作戦(?)はゆるやかに成功した気がする。そこで、今度はそんな感じの日本映画を探してみた。それに、これは私一人では絶対にありえないことなのだが、その後で食事をしてみてはどうだろうか。実はちょっと前、妻が用事ででかけなければならなかった時、やはり映画をみて、彼と食事をしたことがある。

息子と街を歩きながら
いま32歳の彼と一緒に街を歩きながら、彼が子どもだった頃のことを思い出す。知恵遅れという言葉が、私の頭の中でチラチラしていたときのことだ。そういうなにかを決めつけた見方をするのも、されるのもイヤで、逆に彼を連れて、あちこち外へでかけて行ったことを思い出す。そして、私は大発見をする。彼の中にある人なつっこい一面を、人の輪の中で知った。実は、彼がもともとそうだったから、外へ連れていこうと思ったのか、外へ連れていったおかげで、彼のそうした面を発見できたのか、いまはもう思い出せないのだが、あの頃の私は彼を外へ連れていくことで、なにかきっかけをつかみたかったのかもしれない。
その彼を連れて、二人だけの旅をしたことも思い出した。彼が3歳の時、私は彼と長崎の五島列島へ旅をしたことがある。母親のいない状態で、彼と二人だけの旅は想像以上にきついものではあったが、おもしろさもあった。若かったから、できたことかもしれない。その年、彼を連れ、今度はテントを背負って、木曾路へ旅をした。これも、若さゆえにできたことだろう。いずれの最後も、彼に「おかあさん」と泣かれて、戻ってきてしまったのだが。

なぜなのかわからない、奇蹟
映画をみて、食事して、私たちは戻ってきた。それからの日々の一体なにが、彼をまたいつもの彼(?)に変えてくれたのか、私(たち)にはわからない。実は、出発二日前になって、彼に回復の兆しがみえ、前日には、奇蹟とも思える復活した彼の笑顔をみることができた。こうなれば、後はいつものパターンでいける。いつものように、新幹線の中で、成田へ向かう京成電車の中で、そして成田空港でツアーメンバーに出会うまで、少しずつミステリーの中味が発表されていき、今迄になかったような。思いがけない12日間の旅経験をすることになった。イギリスのフットパスとはまったく違った、まるで正反対のような道を歩く旅を楽しむことができた。

ニュータウンへのフットパス
我が家の成り行き
いつになっても、それなりのこだわりがあって、ちょっとは大変な部分を持ってはいるのだが、それでもそういうことを、それなりにこなせるだけの要領は、家族お互い身についてきているような気がする。これが、この家族の時間の過ごし方のひとつなのだと、旅の仕方なのだと、それがこれからいつまでできるか、誰にも予測はできないのだが、娘が一人立ち、所帯を持ったいま、家族3人のこうした旅の形というのは、この家族に生まれついたもの同士の「なりゆき」なのかもしれないと、また思う。突然話は変わって、その旅になぜか欠かせない折り紙の話。

折り紙の理想
私にとって、折り紙は頭の体操。何日もやらないで過ごすこともあるが、一度なにかのきっかけで始めると、妙な血が騒いでくる。私が折り紙に求めるものは、これをいかにほかの人とのコミュニケーションに役立てられるかということで、自分の作ったものを飾ったり、それを見せびらかす気持ちは少ない。理想は、いつでもどこでも、その場にふさわしい「もの」が浮かび、それを即座に作れること。しかし、それは私の能力を超えたものであることは、これまで何度も経験している。

悲しい現実
たとえ、これまで何百回と折ったものであっても、いざというその時、最初の入り方を忘れていたりする。つまり、作りたいと思ったその時にできないのだ。おそらく、一時的にすっかり抜けた状態か、いろんなものが混乱している状態なのだろう。それでも、最初の入り口さえ見つかれば、後は手が覚えていてくれて、すんなりいったりする。ただ、覚えて身についたものが、時間とともに自分の頭の中から消えていく状態を何度も経験するうち、これは私の能力のほかに、年齢的なこともあるのだろうと思っている。それでも、私はあきらめていない。凝りもせず、私は折り紙の技に磨きをかけようと人知れず奮闘している。

持ちすぎる荷物
折り紙で燃えるきっかけのひとつは、長い旅行にでかける時だろう。この時、私は折り紙に関する一式を持っていく。それを、妻はいつも「持ちすぎだ」というし、私もそう思う。しかし、まさかの時のことを期待し、つい欲張って、荷物を多くする。まず、折り紙を各種用意する。単色のものから、両面のもの、いろいろな模様のもの、模様つき両面のものと、欲張ればキリがない。これに、折り紙用の小道具。のりやボンド、はさみ・カッター(飛行機では預かり荷物)、モール、ビーズ、セロテープなど。
それに途中まで仕掛けておいたもの。これは、最初からやったのでは手間(時間)がかかってしまうものを、途中うまく折りたためるところまで折っておくもので、いろんなものがある。欲張れば、これもそれだけ増えてくる。もうひとつは、組み合わせて作るためのパーツと呼ばれるもので、これも旅先で作っていては時間がかかるので、作品ひとつ分を小さなビニール袋に入れて、いろいろある。これらのパーツは、外へ出かける時、バスや電車を待つ間、あるいは乗っている車内で作っておくことが多い。
最後は「虎の巻」。これは、私なりにマスターしたと思える作品の折り図をノート半分の大きさ一冊にまとめたもので、旅先で思い出せなくなった時、これを覗いて思い出すことが多い。そんなこんなで、いつもかなりの重さになる。なにしろ、紙がびっちり詰まった荷物なのだから。

「虎の巻」の見直し
旅行にでかける前、これら折り紙一式の用意をしながら、私はいつも「虎の巻」の見直しをする。「虎の巻」は年々、旅ごとにいろんなものがつけ加えられ、かなりの厚さになってきて、これらを項目ごとに整理しなおすのも、旅の前の準備となっている。時には「虎の巻」そのものを作り直すこともある。そのためにも、これはという新しい作品をみつけた場合、必ず然るべきところにつけ加えておく。旅の準備に、これまでのレパートリーを見直し、それらをもう一度折ってみたりする。また、旅にでかけることが決まれば、これも欲張りな気持ちなのだろうが、なにか新しいものをつけ加えたくなったりする。

新しいレパートリー(私の好み)
それは、毎月送られてくる折り紙専門月刊誌のほか、図書館でみつけた本の中から、これはと思うものを探す。私の好みは、やたら複雑な、手の込んだものではなく、シンプルで、誰でも手軽に作れそうなもの。それで子どもたちと一緒に遊べるものなら、もっといい。さらには、シンプルでありながら、実はプロ(?)ならではのテクニックが必要と思える、つまり一瞬マジックのような指技に近いもの。
これは、相手にちょっとした驚きを与え、それから私の手さばき、指技をみてもらう楽しみがある。このため、私はたいていの場合、空中で折り紙をする。そうしないと、相手とのコミュニケーションが取れないからだ。相手の目をみながら、話しながら、折り紙を進めていく。どちらかというと、そういう状況にふさわしいものが、私のレパートリーということになっている。

グランドキャニオンにて
新しいものへの挑戦
これはと思える新しいものをみつけると、まず折り図にそって、作ってみる。私にとって、作る前に自分の好みかどうかということが大事で、イヤなもの(気が進まないもの)は避けることが多い。その基準はやはり、これがコミュニケーション(パフォーマンス)に合うかどうかというところだろうか。実際に折ってみて、意外にそうでもなかったり、おもしろかったり、思いのほかてごわいものもある。なかなかできないものがある。
そんなひとつに、一枚の紙で作るくす玉というのがあった。一枚の紙が立体のくす玉になるわけで、これにはいくつかのパーツを組み合わせて作るくす玉とは違ったマジック性がある。そのひとつの工程がどうしてもわからない。どうしても、次の形にならない。こういう時、自分の能力を棚にあげ、どうしてもう少しわかりやすく説明してくれないのだろうと腹立たしく思えるのだが、たいていの場合、そこにある指示(折り線や説明)をすべて守れば、必ず作れる。問題は、立体になる過程を、頭の中でどう理解するか・・・なのだ。これができた時は、本当に嬉しかった。

折り紙は頭の体操
こうなると、折り紙は頭の体操に思えてくる。何日もかかって、やっとできたものもある。ひとつ要領をつかんだら、そのポイントをメモしておけば、次からは楽になるのだが、これも「虎の巻」なしで作る時には、やはり同じところでひっかかって、行き止まり状態になることが多い。時間があれば、そんなひっかかり状態のものを、あれやこれやといじくっていることもある。そういう経験が後で必ず(?)役に立つのだが、それでもやっぱり忘れていくものの方が多い。どんどん、自分から抜けていく感じがする。
それでも、しつこくあきらめないのは、旅先での折り紙パフォーマンスが楽しいからなのだろう。たった一枚の紙から、いろいろなものができてくる「不思議」を演じていることが楽しいからなのだろう。だから、もっとほかにおもしろいものはないかと新しいものを探す。同時に、これまでのものを、もう一度繰り返してみて、自分の指技を確認する。こんなワケだから、旅行の荷物はついつい増えてしまうのだ。

ヒルトップのフットパス
紅葉の峠道
昨年秋のこと。妻に誘われて、紅葉の滝を見に、車ででかけた。といっても、運転のできない私は助手席にすわっているだけ。乗せてもらって、こんなことをいうのもなんだが、乗っているだけでは退屈する。それでも、行けば行っただけのことはある。こんなに簡単にあちこちへ行ける便利さはすごい。が、やはりそれだけではつまらない。車を降りて、それなりに歩いて、ほっとする。滝を上からみて、今度は滝つぼまで下りて、持ってきたリンゴをむいて、食べ、そのあと滝を見上げる格好で、岩の上に仰向けになって、しばらくの時間を過ごす。思い出すのは、バスを乗り継いで、一日がかりで、子どもたちとここへでかけてきたこと。
そのうち、峠道の紅葉もみようと、また車を走らせた。途中、いまはもう登る元気も出てこない高さで、しかも行程の長い山の登山口がある。ここへも子どもたちを連れてきている。もちろんバスを使って。そして、頂上まで往復している。それからまもなく、でこぼこ道になったこの峠道だって、県境を越えた20キロ先まで子どもたちと歩いている。その道へ、いまはこんなに簡単に車でやってきて、そして妙に懐かしい気持ちになっている私。途中で、この先通行止めの表示がでていた。どうしてなのか知りたくて、行けるところまで行ってみたくなる。そろそろ道が怪しくなってきたので、車を降りて、今度は歩いてみる。

懐かしい思い出
歩いてみれば、まだまだ車でも来れたような道だったが、そのことを惜しいとも思わない。むしろ、おかげで、峠道の紅葉や岩壁の威容をのんびり眺めて、楽しめている。車なら、こうは行かないだろう。さっき車で行ってきたという人から、通行止めの場所までは歩いて30分くらいと聞いて、実際にそれを確かめたくなって、さらに先へ歩き始めた。妻もその気になった。
この道には、懐かしい思い出がいろいろある。かつて学生の頃には、一人で歩いて峠越えをした。子どもたちを連れて、家族で歩いたこともある。息子と自転車でこの峠道を越え、隣県の友人の家まで行ったことがある。時おり、車が私たちを追い越し、また戻ってくる以外に、歩く人などいない峠道を、車から降りただけの身軽な格好で、妻と二人で歩いている。こうしたことが、まだ二人ともイヤではない。子どもたちと歩いた時、途中道端で「はたけしめじ」をたくさんみつけたこと、そして暑い日だったこと。そんなことを話ながら、歩いている。

見覚えのある川原
それでも、そろそろ歩くことにうんざりし始めた頃、通行止めのゲートになった。そのゲートをすり抜けて、少し先へ行った川原に見覚えがあった。確か、ここで写真を撮ったはずだ。帰り道、途中にきれいな滝があって、それは夕日の残照に透けた紅葉とともにいい景色だったが、子どもたちと歩いた時、この滝を見に、わざわざ道を外して下りてきたのかどうか、これは記憶がない。こちらの川原の岩の上で、壊れた橋の残骸をみながら、この川の向こうの道に登山口の表示が見える。ここまで車でくれば、この山へは登れそうな気もするのだが、果たしていつか、そんな気になることがあるのだろうか。車を止めた場所まで、峠の坂道を下りながら、そんなことを考えていた。
家に戻って、アルバムを開いてみたら、それは21年前の1986年9月28日。その写真をみれば、当時11歳の息子は道に落ちていた縄を頭に結んで、これが結構サマになっている。それから、彼の自由な発想、せんべいをメガネにはさんだ写真もある。峠道の近道をしようと、崖をよじ登っている子どもを支えている私がいる。当時7歳の娘は、川原の石にたくさんの絵を描いている。その川原での写真もあった。目的地に着いて、もう暗くなっていた駅で、娘は持ってきた漫画をみている。写真だけみれば、私の号令、発案で20キロ以上歩かされているのに、子どもたちはそれなりに楽しんでいるようにもみえる。

キャットベルにて

付録:ことばあそび
連載の終わりに、しばらくやっていなかった「いろはうた/ことばあそび」。いろは48文字で始まる言葉にいまの自分の気持ちをあてはめてみて、それを決められた字数で書くことばあそび。ついつい長く、だらだら書いてしまう癖のある私に、これは意外に心地いい、ことばのあそび。

[い]イギリス・・・思いがけず、イギリスのフットパスなるものを家族3人で歩くことを知った。今年の夏で4度目(の予定)。期間は一ヶ月。妻は長いというが、私はいつも、これが最後かもしれないと言って、無理を通す。イギリスでの過ごし方は、毎年少しずつ変わってきた。イギリスに私たちなりの居場所がみつかってきたこと、妻と私の体力の衰えも変わっていく理由のひとつ。自分たちの足で、自分たちのペースで歩いて味わうからいいのだろう。フットパスの世界は無限。おそらく来年も行ってみたいと思うだろうが、先のことはわからないから、まずはこの夏。

[ろ]60歳・・・10月で60歳。私は先の先のことなど信じられないタチだから、60歳になったら、もらえるだけの年金はもらうつもりでいる。果たして、それから先どれくらい生きられるのか、誰にもわからないのだから。60歳という年齢、まわりをみれば、いろいろな人がいて、まだまだ老け込む年でもないと思うのだが、ついこの間までの先人たちの歩みを眺めてみると、もはや終末期のようにも思える。だからこそ、いましたい、いまできることをしたい。やがていつか、なにもしたくない、できなくなる時がくるはずだ。ともかくも、ここまで生きてこられたことに感謝。

[は]歯がなくなる・・・今頃になって、やっと歯の大切さに気づく。一昨年、イギリス旅行中に歯がうずき、結局その歯は使い物にならず、抜くしかなかったというショックは大きい。これから、歯はなくなる一方で、決して増えることはない。その残った歯だって、点検してもらえば、あちこち危なくなっているらしい。現に、なにかの拍子で痛み出すことがある。たいていは無理をして、体を弱らせている場合が多い。日々なんとか平静を保っていると思っている体が限界点を越えた時に発するシグナルでは遅い。そこら辺の見極めが、これからの生きるテクニックだろう。

[に]日本人・・・イギリスで、私たち家族はどんなふうに見られているのだろう。日本人というよりは、ヨーロッパから遥か遠くに離れた、東の果てのアジアの人といったところか。中国人か韓国人か、あるいは日本人。そこら辺のどれかだろう。その日本人の私、ヨーロッパ(イギリス)の人たちに気おくれするところもある。同時に、彼らがなぜか寂しげに見えることもある。日本とは違う生活様式を見て、そう思えるのか。個々の人たちに「ひとり」ということを強く感じるせいなのか。老夫婦二人、手を握り合って、散歩している後姿が私のイギリスのイメージのひとつ。

ベイクウェルにて
[ほ]ほろ酔い・・・時々妻がグラス一杯のビールを付き合ってくれる以外、酒はほとんど一人で毎日飲んでいる。25度の焼酎コップ一杯分を薄めて飲む。ほかの人と飲む機会は少ない。あえて求めていないところもある。いや、一人で飲んでいると、時々誰かと楽しい酒時間を過ごしていたことを思い出す。ただ、そのためにでかけて行くのが少し億劫になってきた。もともと、外へ飲みに行くのが好きではなかった。家で飲むのにくらべて、法外な金がかかる。この時期、ほろ酔い気分で、縁側にごろりとするのがいい。空を見ながら、いろんな情景が浮かんでくる。

[へ]変身・・・勤めをやめて、予想外に一番変わったこと。それは私が台所に立つようになったこと(かな?)。これは、妻にもまさかの予想外だったらしい。大変身というわけではない。さして料理に興味があるわけではない。レシピを見て、新しいメニューに挑戦するなど考えたこともない。それでいて、台所にはまめに立って、少しは役に立っている(と思う)。ほとんどは妻に教えてもらったことばかり。妻がやっているのをみて、覚えたもの。つまるところ、妻のお手伝い。ただ、妻不在の時、なにかの具合で食事の準備ができない時、代わりはできるようになった。

[と]図書室・・・15年ほど前に解体された木造校舎からもらってきた、緑地に白で「図書室」と書かれた表示板。二階の納戸の入り口にぶら下げている。納戸にはたくさんの本が詰まっていたから、かつてはまさしく図書室。その本のあらかたを捨てた。退職を機に身軽になる第一弾。図書館で借りられる本を捨てた。捨て切れなかったわずかが残った。まだ手つかずなのが大量の写真。中味の確認が必要で、取り掛かれずにいる。私以外の人にほとんど意味を持たない写真の数々。整理されずに残ったら、その時は全部処分していい。これがいまの気持ち。

[ち]中学校同期会・・・中学同期生還暦祝い6月開催の案内と一緒に、卒業生200名の名簿が送られてきた。もちろん出席する。5クラス200名のうち、亡くなった者が15名。この名簿ではわからない所在不明、連絡が届かない人だっているはずだ。そんなことを思いながら、名簿をみていた。銀行員の父の転勤で、小・中学校それぞれ転校が3回。その中で唯一つながりのあるのが、中学3年の一年だけ在籍したこの中学の仲間たち。舟木一夫の「高校三年生」を歌えば、すぐあの頃に戻れる気がする。高校から親を離れ、私は下宿生活を送ることになる。

[り]旅行費用・・・我が家の家計は、(おそらく)かなりいびつだと思う。旅行費用が突出して多い。限りある収入の中から、他の出費は抑えても、旅行だけはやめられなかった。幸い、ほかのものへの執着は、妻も私も旅行ほどではない。その旅行だって、ケチケチの内容。それでも、でかけるだけで金はかかった。どこかで費用を捻出しなければと、かつて妻はいろんなものを手作りにした。心の豊かさを求めてではなく、それで生活費が切り詰められたのだ。おかげで、旅行へ出かけられた。そんなこととは知らず、私はいつも「でかけたい一心」で過ごしていた。

[ぬ]濡れ落ち葉・・・こうして会社へ行かずに済むようになって、妻と一緒に過ごす時間が増えた。一緒になにかをすることも増えた。毎日の散歩や買い物も一緒のことが多い。こういうのを濡れ落ち葉というのだろうか。言われて、悔しいとか、憤慨することもない。自分からそう言ってしまうこともある。その時の私には、この言葉にくっついてしまった(らしい)陰湿なイメージはなく、こうしてくっついていられる落ち着きのよさ、さらにはその濡れ落ち葉に陽が当たっているような心地よさを感じていたりする。こういうこと、あまり人様にいうことではないのかもしれない。

[る]変わっている・・・私は変わっている人間だろうか。他人からみて、どんな感じなのか、自分ではよくわからない。逆にまわりを見れば、みんなそれぞれ変な部分が一杯のような気がする。それを口に出して、言ってみたくなるかどうかの違いで、人にはおかしなところが一杯みつかる。おそらく、お互いに自分で自分に気づいていないところが多いのだろう。妻ははっきりと「私は変わっている人だ」という。「慣れたけどね」とつけ加えてくれる。そういえば、なにをするにも人と違ったことをしたいという意識が、私のいろんな行動の基になっていたようにも思う。

石鼓村(中国)にて
[を]デジカメを持つ・・・外出の時は必ずデジカメを持つことにしている。散歩の時も忘れない。胸ポケットか、時にウエストバックに入れ、「これ」と思った時はたいてい取り出し、シャッターを押す。手軽なのがいい。このポケットデジカメ、動きにはまるで対応できないのだが、画質を上げ、静止したものを撮るなら、かなりのものが撮れる。メモ代わりに使うことも多い。日々のいろいろな場面、情景をパチパチやる。いや、シャッターの音は消してあるから、黙ったまま、私の命令通りいろいろなものを記憶する。これがなかったら、きっと毎日が寂しくなるに違いない。

[わ]ワイン・・・日本でワインを飲まないのは割高のせいもある。アルコール代は、家にいても旅先でも、私の小遣いから出すことになっていて、安くあげたいという理由で焼酎になってしまう。決して、ワインが嫌いなワケではない。たまに妻が買ったワインには便乗する。イギリスで飲むのはワインがほとんどのせいか、飲めば条件反射のようにイギリスを感じる。スーパーで買う、旅先の安ワインでもおいしいのは、乾燥した気候のせいだろうか。それとも、フットパスを歩いた後の心地いい疲れと、誰に気を使うこともない部屋の中の豪華な夕食のせいだろうか。

[か]家事見習い・・・職業欄には、いまでも「家事見習い」と書いている。どこかで、それを見た人の反応を楽しんでいるところもあるのだが、いまの私を一番うまく示すには、これ以上のものはない(と思っている)。いつまでも見習いであるところがいい。この緩やかなところ、甘えたところ、ずるいところがいい。そういいながら、ゆっくり、少しずついろんな家事を経験している。もともと好きなわけではないが、いやなことでもない。息子のこと、家族のことを考え、みんなで一緒に食事を作り、家事をすることが、これからは一番大切という思いがあって、続いている。

[よ]欲たかれ・・・秋田弁で「欲が深い」こと。私の中では「どうしようもなく欲が深いヤツ」という響きがある。前回まで、この連載には写真が多かった。最初は遠慮していたのだが、そのうちずうずうしくなり、その数はどんどん増えてきた。その一部始終、最初から順番に眺めていけば、すぐにわかる。実は、写真がこうも多いとインターネットが開きにくいのだそうだ。私のパソコンではそんなでもなかったので、つい調子に乗って、あれもこれも載せたくなった。おそらく見る人がみれば、私の欲たかれなど、とうにお見通しのはず。でも、これで連載終了。万事休す。

白沙村より玉龍雪山をのぞむ(中国)
[た]他人ごと・・・いろいろなスポーツにひいきのチームや選手がいる。だから、時に熱くなり、その勝ち負け、成績に一喜一憂する。勝った時、好調な時はそのまま舞い上がればいい。負けた時、不調な時が困る。やはり面白くない。しかし、よくよく考えてみれば、他人ごと。そう思って、忘れる(ふりをする)。あるいは、相手応援団はさぞかし嬉しかろうと考える。サッカーの国際試合でも同様。ただ、金で日本のプロ野球を壊している某球団だけは生理的に好きになれず、いつも負けてほしい。この球団から他球団へ移籍、活躍している選手がいれば、痛快。

[れ]連休の割引チケット・・・5月の連休をはさんだ期間にだけ使用できる、バス・地下鉄一日乗り放題で1000円のチケット。これを使って、毎年でかけているところがある。バスを降り、10キロほどの山道を歩いた先で名物のものを食べ、またバスで戻ってくる。通常なら、2480円かかる。連休の晴れた日を選んで、毎年でかけている。そして、眺めのいい、一帯がもえぎ色となったはるか向こうに街が見える、ある場所で休憩。ヨモギを摘んで、そのヨモギで草団子を作る。連休に、わざわざ遠出の旅行などはしない。意外に人が少ない、のどかな穴場で充分。

[そ]その代わり・・・なにかの都合で、これはしたいと思っていたことができなかった時、たいていは「代わりのこと」をみつけ、それをやることで、気持ちの上でも自分をだまして、埋め合わせをする。記憶に残っているところで、かなり若い頃からそうだったような気がする。そうやって、これまで私は自分のしたいことを随分してきたような気がする。その代わり、自分を抑えることができず、失ったこともたくさんあるはず。ありがたいのは、自分のしたいことがいまでも身近にあること。いつかそうでない時がくるのだろうか。先のことを考えるのは、前からどうも苦手。

[つ]ツアー旅行・・・最近、ツアー旅行のうまい活用方法を発見した。家族3人だけの力では行けない、それでも行ってみたいところへはツアーという形で連れていってもらうしかない。まずは、ツアーの吟味が大切。お勧めは、中高年対象の少人数でも催行される、歩く時間をほかよりも多く取った、一ヶ所の滞在日数が多く、旅行日程も長い某社のツアー。ただし、料金は少々かさむ。息子の存在でグループの雰囲気は和やかになり、体力的に少しゆとりができた私はそれなりに自由な世界を満喫。ガイドもよかったし、ツアーリーダーも臨機応変の技が絶妙。

[ね]粘る・・・自分の限られた(残された?)エネルギーを年々自覚するようになって最近、したくないおつきあいは思い切って避ける。代わりに、したいと思ったことを優先させる。たとえ、実現が難しいと思えることでも、少しでも可能性があれば、粘る。この性格、以前から私にあった。それで、何度も休暇を獲得した。なぜか、息子にも似たようなところがある。彼なりの粘り方で、結局は自分のしたいことにたどりつく。お互い、したいことはまったく違うのだが、これは血かもしれない。そんな二人を身近にみている妻は、さりげなく、自分のしたいことをみつけている。

[な]鳴り物・・・サッカーも野球もそれぞれに、その場でしか味わえないものがあるから、時々試合を見に行く。ただ、ひいきチームのユニホームを着ての応援なんぞは恥ずかしくてできない。試合はじっと静かに眺めていたい。だから、サッカーのサポーター席などとんでもない。野球なら、キャッチャーミットにズバッと決まる音をもっと静かな中で聞きたい。打った瞬間の音はもっとクリアに聞きたい。それで、あの応援グッズは大嫌い。あれを叩いて、機械になっている自分がたまらない。トランペットはうるさいだけ。応援なら、声と手拍子だけのサッカーがいい。

[ら]ラスベガス空港・・・ロサンゼルス行きの飛行機を待っていたラスベガス空港。ここにもギャンブルマシーンがたくさんあって、それが珍しくて、ぶらぶらしていた。搭乗ゲートに戻ったら、妻が私を待っていた。彼女がツアーメンバーに折り紙を教えていたら、近くにいたインドの家族が寄ってきて、それで妻は少女にリングを教えてあげたとか。その後を引き継いだ私はもちろん大はしゃぎ。思いつくもので楽しい時間を過ごす。残念ながら、残った時間は15分少々。まもなく搭乗となった。記念に少女の写真を撮らせてもらったのだが、なんという微笑みだろう。

インドの少女(ラスベガス空港にて)
[む]無理な話・・・世界一流の陸上競技がみたい。それで、退職してすぐの頃、世界陸上を見にヘルシンキ(05年)へ行った。去年(07年)は大阪で満喫した。09年はベルリン。体が、そしてほかの状況が許すなら、行ってみたい。その前に今年は北京五輪。ところがこちら、陸上競技すべての日程のチケットを入手するなど、神でもできない(?)と言われて、あきらめた。代わりに、6月末等々力競技場(川崎)へ日本選手権(4日間)を見に行くことにした。近くに宿を取ったら、3ヶ月前なのに、最後の一室とか。ラッキー。陸上競技観戦、これは私だけの世界。

[う]牛になる・・・食事の後すぐ横になると、「牛になる」といわれた。それなら、私はとっくの昔に牛になっているはず。腰の力がなくなってしまったせいか、ずっと椅子にすわっているのがつらい。こうしてパソコンに向かっていても、あるいはテーブルで食事の時も、しばらくすると、横になりたくなる。ふぬけな腰が、どうしてもそうしたいというから仕方がない。自分の食器を台所に運んだ後、すぐゴロンとなる。この瞬間は天国。そして、新聞を広げる。その新聞を支えるため、上にあげていた手がくたびれるくらいの休憩で、私は牛さんを終えて、食器を洗い始める。

[ゐ]一眼レフ・・・旅行中のカメラは軽い物に限る。いつかそう書いた。コンパクトで手軽なデジカメ。これで一昨年も昨年も、イギリスのフットパスの景色をかなり満足できる形で撮れた。ところが、今年は少し迷っている。別の用途で買った一眼レフがすごいからだ。こちらは動きに対してもバッチリ。重いのは難点だが、あるところでその良さを満喫して、欲が出てきた。多分、私のことだから、それでどういう結果になろうと、したいことはするだろう。どっちにしようかと迷った時、同じ後悔をするなら、したいと思ったことをして、後悔するほうがいい。これが判断基準。

[の]脳トレ(難しい薔薇)・・・折り紙クラブを続けている児童館の職員から、折り方がわからないと差し出された折り紙本のあるページ。「むずかしい」マークがついた「葉っぱつき薔薇の花」。やってみたら、うまくいかない。一応、折り紙先生のメンツがあるから、家に持ち帰り、本の折り線の間違いを発見。折り図通りに進まない時、たいていは見落としが多い。先へ先へ進みたくて、わずかな折り線や説明を見逃してしまう。今回は違った。何度も繰り返したので、すっかり頭に入った。もちろん時間が経てば消えてしまう。それでも、一時的に脳が活性。私の脳トレ。

これは妻が新聞で作った薔薇(Sさんに教わる)
[お]「起きろ、起きろ」・・・それでどうということもないが、私はきゅうりもみが得意。何度もやっているうち、きゅうりを輪切りに超うすく切れるようになった。同様になますも得意。退職記念に、妻に買ってもらったマイ包丁の切れ味がいい。気がつけば、結構リズミカルにきゅうりを刻めるようになっていた。ある時、ある場所で、私の包丁の音にびっくりされた。以来、私はうすく刻むことより、いかに心地いいリズムを刻めるか、刻む音が優先するようになった。気分のいい朝、私はきゅうりを刻む。その時ベッドにいる妻には、これが「起きろ、起きろ!」と聞こえるらしい。

[く]暗闇のメモ・・・某所で対面朗読のボランティア。その時々で相手の方は違うのだが、なぜか父に似た感じのその人になることが多い。このことはその人には話していないのだが、そのたび父に読んでいるような気持ちになる。その方、よく「ラジオ深夜便」を聞き、これはと思った時は枕元の紙にメモするそうで、その日は読んでみたい本のヒントになる文字が小さく書かれてあった。そのメモと実際にうかがった話から、NHKの番組表をながめ、インターネットの検索で、どうにかその本を探り当てることができた。いつか、その本を読むこともあるのだろうか。

[や]宿の予約・・・イギリスの宿の予約。昨年同様、今年もインターネットで完了。誰にも頼らず、直接イギリスの宿が決まる。これはすごい。ほかに、インターネットで注文できるものはいろいろあるらしいのだが、金銭に関することなので、内心こわくて、差し迫って必要でないこと以外はしない。ただ、気になることがあると、すぐインターネットで検索する。ありがたいことに、たいていのことには答えてくれるような気がする。旅に関する情報もたくさん知ることができる。旅をした人の素敵な写真もたくさんある。しかし、インターネットの中で旅をした気分にはなれない。

[ま]毎月の楽しみ・・・毎月続いたこの連載、これが最終回。時に興奮して書く私に、妻はいつも冷静で、一番厳しいコメントをくれる。身近な彼女は、私の言葉のマジックを一番よく知っている。たとえば、書き方次第で、きまぐれにすることが毎日行なわれているかのような誤解だって起こる。そんなことをよく言われるから、できるだけ嘘は書かないよう、気をつけた。久しぶりに、興奮する時間が多かった。もうひとつ、毎月の楽しみは、編集者がつけてくれるタイトルだった。私にはどう逆立ちしても、出てこないフレーズに毎度びっくり仰天。こんな世界があったのだ。

[け]携帯電話・・・いまのところ、私はこれを持たない。現在、必要とは思っていない。これは妻も同様。困るのは、最近公衆電話の数が少なくなったこと。時代の流れとは知りつつ、これには内心ちょっと腹を立てている。それでも探せば、まだなんとかみつかる。だから、この程度の不便はまだ許容範囲だとも思っている。道路で、同年代のおばちゃんが大きな声で話している。ああ、みっともない。地下鉄の車内で大部分の人が携帯をにらんでいる。この奇妙さ、当人たちには見えないだろう。同じ車内で、こちらは折り紙で遊んでいる。これも、やはり奇妙かな。

[ふ]太った人たち・・・日本ではめったに見ることのない人たちをイギリスで見る。ある限界をあっけなく超えてしまったとしか思えない人たちがイギリスには意外に多い。一体、どうしたわけなのだろうと不思議な気もするのだが、「ガリバー旅行記」の世界だと思えば、少しはわかったつもりになる。食べるものが違うというのは確かだろう。大学の食堂で食べたランチの量たるや、すごかった。しかし、そのことをみんなが当たり前に受け入れているのも、不思議といえば不思議。そんな人たちを毎日みていると、ついつい「裸の王様」のあの話を思い浮かべてしまう。

[こ]声がかれる・・・毎月一度、妻の協力を得て、児童館で「折り紙クラブ」を続けている。今年で5年目。今年度はメンバーが増えて、25人以上。小学一・二年生がほとんどなので、うまく進めないと収拾がつかなくなる。普段はそんな大勢の子どもたちを相手にすることもなく過ごしている私なのだが、毎回それなりの目論見もあって、気がつけば、ついハイテンションになっている。同時にめったに出さないような声を出していて、時々のどがカラカラになって、あわてる。それにしても、こんな状況を毎日こなしている小学校の先生はすごいと思う。つくづくそう思う。

[え]選ぶ・・・世にブログはいろいろある。名前を公表しているもの、誰とはわからないもの。見るのにお金がかかるもの。無料でも、限られた人にだけ公開しているもの。私はこれを選んだ。日々撮っているデジカメの画像にコメントをつけ、家族だけがみれるようにした。外国で暮らす娘に我が家、私たちの様子を伝えるのが目的のひとつ。同時に、気に入った画像を選んで、日々感じたものを書き添える。妻に私をみてもらう意味合いもある。公開する気はない。どこか、パソコンの中に私のアルバムを作っているという感じだろうか。それで、十分だと思っている。

モニュメントバレーにて
[て]テレビを見ながら・・・食事をしない。それが、家族がそろった時の我が家の食事の基本的ルール。それまでテレビをかけていても、食事が始まれば、ブチリと消す。妻いわく、これは当たり前。テレビをおかずに食事をするなんて、作った人に失礼だと。もし、これを無視したら、いつもは穏健な妻、おそらくテーブルをひっくり返すに違いない。だから、ほかでご馳走になっていて、テレビがかかっていると落ち着かない。我が家にも例外はある。日本で開催したサッカー・ワールドカップ、日本の試合。一人の時、新聞を広げながら、スポーツ中継をみている時。

[あ]「熱き心に」・・・小林旭のこの歌を聞くと、父を思い出す。父と小林旭とは、まるで共通点はないのだが、あることがきっかけで、私にとって、この歌が父になった。泣けてくる。それにしても、小林旭は歌がうまい。以前から彼の歌は好きだったが、年を重ねて、ますますうまくなってきた。さすがだ。退職以来、CDを買う金が惜しくなり、いまは図書館が頼り。気楽にいろんなCDが聴け、借りられるのも嬉しい。ただ、ある時父のことを思い、急に彼のシングルコレクションシリーズが欲しくなり、買ってしまった。阿久悠、小椋佳コンビの曲「古城の月」。これもいい。

[さ]才能(?)・・・息子はバスに乗るのが好きで、よく一人ででかける。そして、私にはとうてい真似のできない特技を発揮する。車のナンバーを実によく覚えているのだ。バスなら、ナンバーのほか運転手の名前、形、特徴が込みになっている。そのナンバーが思い出せなくて、悶々とすることもあるから、事の良し悪しはいろいろだが、もうひとつ驚かされるのは、自分の見知った人の車は瞬時に気づいてしまうこと。ナンバーはもちろん、車の特徴まではっきり覚えている。もしかしたら、彼は映像のままで、車のいろんなことをとらえているのかもしれない。

[き]今日の星占い・・・我が家はずっと毎日新聞。全国紙で一番広告紙面が少ないところもいい。だから、先は危ういのだろうが、そこに安心感もある。楽しみのひとつは、マーク矢崎という人の「星占い」。占いに頼る気持ちはまったくないのだが、ひょいと私の「天秤座」をみれば、結構あたっている。どんな具合にそうかというと、後で振り返って、思い当たることだったり、言葉を少し変えてみると、なるほどと思えたりする。いいこともあるし、まずいこともある。そんな自分を山の上から眺める感じで納得する。人生いろいろ、今日もなんとか生きているから、良し。

[ゆ]有言(有限)・・・妻は時々手紙を書くほか、文章は書かない(と思う)。私は違う。もともと書いてみたい気持ちがあるし、おだてにも乗りやすいから、ついこうして書いてしまう。それが、時々コトをうまく表現していない(と自分にも思える)。言葉にするとは難しいものだと、そのたびに思う。新聞の投書を見て、これは公にせず、さりげなくそうであればいいのにと思うものがある。しかし、書きたいのだ。「書くのは自慢したいからだ」と妻は言う。確かにそれもある。困るのは、たまに「ピタリ表現できた」と思う時があること。それで、ついもう一度と思ってしまう。

[め]めぐりあえたもの・・・これまでの人生を振り返ってみると、妻がそのきっかけを作ってくれたものが多い。地域につながりのなかった私に、児童館で折り紙クラブを始めるきっかけも妻の知人から出た話。団体行動が苦手な私が避けていたツアーも、その中味によって、意外におもしろいものがあることを、妻に誘われて知った。それまでの「へそ曲がり」にはみえなかったものが見えてきた。なにより、イギリスがそうなのだ。最初は妻が行ってみたいといった。そして、ここまでのイギリスを振り返ってみると、この家族だから、めぐりあえたような気もしてくる。

[み]緑の水田・・・昨年イギリスから戻った7月中旬。成田から我が家に戻る途中、車中からの眺めでイギリスのフットパスを思い出したものがある。それは苗が育って、緑に染まった水田。残念ながら、この水田の中を歩くことはできないのだが、もし「イギリスのフットパスとはどんな感じか」と聞かれたら、帰国したばかりの眠気半分で眺めている、一面に緑が続いたこの水田の光景ではないかと思う。もうひとつ、私には縁のないゴルフ場も近い感じなのだが、景色全体につながっていく広がりがない点で、ちょっと違う。部分的な小道なら、ほかにたくさんある。

[し]衝動買い・・・旅行に出て買うお土産に興味がなくなった。身につける、あるいは部屋に飾る類には興味がわかない。物が増えるだけだと思うと、安くても欲しくはない。デジカメになって、写真もパソコンで眺めるだけで充分。ただ、グランド・サークルの時は違っていた。ガイドが車を運転中にかけてくれた曲がよくて、そのCDが欲しくなった。おそらく、これは日本の図書館にはないだろう。運よく、あちこちでCDの試聴ができた。結局、NATIVE AMERICANのCDを*枚買ってしまった。聴けば、もう実際に見ることはないと思うさまざまな景色が浮かんでくる。

[ゑ]延々2522キロ・・・できれば、旅は移動するより、一ヶ所に滞在したい。しかし、それでは味わえない旅を経験した。グランド・サークルを12日間でめぐる旅。グランドキャニオン、アンテロープキャニオン、モニュメントバレー、キャニオンランズ、アーチーズ国立公園、キャピトルリーフ、モス・トレイル、ブライスキャニオン、キャニオン・オーバールック、エメラルドプール、ザイオン国立公園、それぞれに違った景色の中を歩けた。結果、アリゾナ・ユタ両州の道を2522キロ走ることになった。こうでもしなければ、あれだけの景色を存分に満喫はできなかった。

キャニオンランズにて
[ひ]昼寝・・・大きな声で言うことでもないが、妻は毎日昼寝をする。彼女には絶対に必要なことだから、贅沢なご身分・・・などと茶化したりはしない。おかげで、彼女は日に二度、朝を迎えられている。私も退職して以来、この昼寝のありがたさを感じるようになった。起きるタイミングさえ間違わなければ、問題はない。とにかく元気になる。思えばこれまで、妻は二度目の朝の元気で夕食を作り、仕事から戻る私たちを待っていてくれたのだ。疲れたら、休むに限る。これは、どんな格言よりも大切な生活技術。昼寝によって支えられている、我が家の生活リズム。

[も]もう一度・・・できるなら、もう一度彼のガイドで、アメリカの国立公園を歩く旅をしてみたい。かなうなら、アメリカの場合も、イギリスのように一ヶ所に滞在して、私たちのペースで歩いてみたいのだが、この国を歩くのに公共の交通機関は少なく、車を使うしかないので、いまの私たちには無理。それを誰かにお願いするなら、4月のグランド・サークルをめぐる旅で出会った彼がいい。穏やかな人柄、その誠実さがいい。彼の説明をずっと聞いていたわけでもなく、ツアーメンバーに迷惑をかけない程度に好きに動いていたのだが、そうした相性の良さも感じた。

[せ]専業主婦・・・妻とは1970年11月14日に出会って以来、38年間一緒に暮らしている。その彼女、4年ほど働いた後は息子の出産を機にずっと専業主婦。それは私の希望でもあった。子どもの頃から明かりのない家へ戻るのがイヤだった。パートに出て、働く女性は多いが、それで得る収入と失うものをくらべると、間違いなく失うものが多いと思った。その一番は家族全体で過ごす時間。収入は私の分だけ。おかげで、旅行は別として、時間が支えの慎ましい生活を知った。彼女の作ってくれた生活リズムが、私たちに残された蓄えなのかもしれない。

[す]住むところ・・・結婚してまもなく、私たちは公団に申し込み、以来我が家ができる1990年まで住んだ。なにしろ安い。ある人から、近くのその公団の申し込みを頼まれた。コトの事情から、私たちがやるしかないだろう。昔は公団から指定された部屋だったが、UR(Urban Renaissance)都市機構と名前を変えた現在は先着順。月一回の募集日、朝早く自転車をこいで、でかけた。朝8時半の受付に6時半の到着。こんなに早い人はいないそうだ。私は折り紙をして待った。警備員や職員の働く世界を久しぶりにじっくり眺めた。月3万少々の2DKに決定。

[ん]ご懐妊・・・妻にではない、娘に子どもができたらしい。出産予定は今年12月。そのことや、ほかにもいろいろあって、娘夫婦は日本に戻ってくるらしい。さらには我が家の近くに住むらしい。さて、困った。彼らとはどういう付き合い方をしたらいいのだろう。できれば、これまで通りのマイペースで暮らしたい。それに旅もしたい。決して、孫の誕生が嬉しくないわけではない。ただ、あちこちでよく話を聞くように、こちらはいつもお暇な人たちだと、その子守役をすっかりアテにされたような毎日など考えたくもない。自分がどうなるのか知っているから、余計に。それでは、さようなら。

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