んだんだ劇場2008年5月号 vol.113
No56
アパートのオーダーメイド

 僕が生活しやすいために,部屋に手すりなどを取り付ける必要があります。そのためには,大家さんの許可を得ることが必要不可欠です。この点において,健常者の友人と僕は違うのかなぁと実感しています。健常者の友人は自分が好きな部屋を借りることができるけど,僕は『大家さんの許可』を得て,やっと入居ができます。だから,大家さんが断ると,僕は入居ができなくなります。部屋,トイレ,お風呂場に手すりを取り付けることは,手すりの幅だけスペースが取られるので,手すりを必要としない人にとって,逆に不便を感じることがあると聞きました。このような理由で,大家さんが断ったケースも聞きますが,僕が出会った大家さんは好意的に理解を示してくれました。逆に言うと,大家さんが許可してくれないと,新しい学校に赴任できません。僕にとって,仕事と生活は密接につながっています。
 本荘東中に赴任して,新しい生活が始まりと同時に,僕が生活しやすいように部屋のリフォームが間に合いませんでした。玄関前の20pくらいの段差には,持ち運び可能な簡易型のスロープを置きました。このスロープがあれば,僕は壁を手すり代わりにして,玄関までの行き来ができます。スロープの幅の方が段差の幅より少し広いため,一区切りの幅を折りました。これには,2つの理由があります。1つは,段差よりスロープがはみ出している部分に僕が足をかけると,転倒する可能性があります。もう1つは,他の住人の通路であり,スロープが必要以上に脇にはみ出ていると,他の住人が通りにくい場合を考えました。このとき,僕の知り合いの理学療法士と作業療法士が立ち会って,スロープで玄関まで往復をやりました。
 玄関に16pの台を置き,その台に座り,外靴を脱いだり,履いたりします。台に座るとき,台から立ち上がるときに手すりが必要です。どのような手すりを,どこに取り付けたら良いのか,福祉用具の業者と相談しました。手すりにも,横手すりと縦手すりがあります。一般的に,立ち上がりなどには縦手すりが,歩いて移動するときは横手すりが適しています。手すりを壁に取り付けるとしたら,壁に釘を打ち込むので,壁の内部に釘を打ち込んで固定できるか…調べます。僕の体重で力を入れても,ビクリともしない強度が必要です。業者の方は,壁に針のようなものを刺していました。「この壁の内部は空洞で,手すりを取り付けることは難しいですね。正確に言うと,取り付けることはできますが,手すりの端と端を固定するだけなので,三戸さんが立ち上がる力に耐えられないと思います」と業者の担当者。少しずつ,僕の表情が冴えなくなっていきました。
(玄関に手すりを取り付けられないと,どうやって靴の脱ぎ履きをすれば良いのだろう)
と考えを巡らせていました。僕の気持ちが伝わったのか,「そんなに心配しなくてもイイですよ。私に良い考えがあります」と業者の方。「三戸さんは,転勤のたびに引っ越しを繰り返して,手すりを取り付けていますね。一度,取り付けた手すりは持ち運びできません。だから,持ち運びができる手すりを設置したら,いかがでしょうか。このタイプの手すりは,次のアパートでも設置すれば,そのまま使うことができますよ」と,業者の方は僕にカタログを見せました。(手すりの太さや材質など,いろいろな種類の手すりがあるなぁ)と思って,僕は眺めていました。1つだけ,業者の方は僕に質問をしました。
「細い手すりと,太い手すりと,どちらが力を入れやすいですか」
とっさに,僕は答えられなく,手すりを使って立ち上がったり,座ったりする動作の記憶を思い出して,どのような手すりが使いやすかったか,認識しようとしていました。「ある程度の太さはあった方がイイね」と僕が答えました。「三戸さんが一番使いやすいものは,三戸さんしか分からないからね。次に,サンプル用品を持ってきますよ」と業者の方。
 福祉用具は見た目が良さそうでも,商品を購入する前に,一週間くらいの使用期間があります。実際に使用してみると,使いづらいことがあるからです。右の写真は,玄関の手すりです。床から天井まで,2本の縦手すりが支えて,その間に横手すりが通っています。手すりの位置を自由に決めることができるので,靴の脱ぎ履きの動作を何度も繰り返して,適切な手すりの位置を業者の方と確認しました。僕は次のような動作をします。
 部屋から外出するときは,手前の縦手すりを使って,台に座ります。靴を履き,縦手すりと横手すりを使って立ち上がり,横手すりに手を添えながら,外に出ます。部屋に返ってくるときは,
玄関側の縦手すりを使って,部屋に入り,横手すりに手を添えて,台のところへ行き,縦手すりと横手すりを使って,台に座り,靴を脱ぎます。そして,縦手すりを使って,立ち上がり,部屋の中に入っていきます。
 一週間くらい使用して,この動作で大丈夫と実感しました。ただ,横手すりを掴んだとき,滑ることがあるので,ゴムを巻いて,その上に紐を巻きつけ,滑り止めの工夫をしました。これで,玄関の出入りを安心して使うことができるようになりました。その部屋にする人にとって,住むことのできる環境を整えていくことは,安心・安全に生活するために欠かせないことです。
 玄関はクリアしたものの,その他に【トイレとお風呂】がありました。また,玄関と同じように,どの場所に手すりが必要なのか,僕は業者の方に説明しました。これが僕の生活です。


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