んだんだ劇場2008年8月号 vol.116
No58
意識の高さと腰の低さ

 会議や講演に呼ばれて,秋田県外に出かけることがあります。そのとき,知人から「三戸さんが出かけるとき,誰か付き添いの人と一緒に行くのですか」と聞かれるときがあります。知人の悪気のない言葉に,僕は溜め息をつくことがあります。(周りの人は,付き添いの人がいないと,出かけることができないと思っているのかなぁ)と思うと,僕との意識のギャップを感じることがあります。「これまで,何度も一人で出かけていますよ」と,僕は明るく答えます。
「電車の乗り降りは,どうしているの?」
「全部のこと,三戸さんは一人でできるのですか?」
これまで,同じような内容を何度も聞かれました。ほとんどの方は僕と一緒に行動していないから,イメージが沸かないようです。
 例えば,東京近辺で電車に乗るとき,僕は改札口で駅員に「○○まで,行きたいです」と目的地を伝えると,「少し待っていてくださいね。係りが来ますので…」と駅員。数分で,係りの駅員が簡易型スロープを持ってきます。「お待たせしました。○○まで行くのですね。こちらから参りましょう」と駅員。僕は駅員の後を付いていきます。「このエレベータで,ホームまで行きますよ」と駅員。ホームに行くと,「次の下車駅に連絡を取っているので,少しお待ちください」と駅員。"連絡"とは,「電動車椅子利用者が,そちらの駅で下車するので,対応してほしい」という主旨を伝えること。「向こうの駅員と連絡が取れましたので,次の電車に乗ってもらいます」と駅員が言うときもあれば,「向こうの駅員が他のお客様に対応しているので,1本遅れて,電車に乗ってもらいますよ」と言うときもあります。
 駅員はホームと電車の間のステップに簡易型のスロープを敷きます。そのスロープの上を通って,僕は電車に乗ります。電車から降りるときも同じです。下車駅のホームの下車する場所に,駅員が簡易型スロープを持って待っています。僕と駅員のお互いの目が合うと,妙に安心します。電車のドアを開くと,駅員が電車とホームの間にスロープを敷き,僕は電車から降ります。その駅員が僕を改札口まで,誘導してくれます。
 僕と一緒に行った人は,「これだと,大丈夫だね。自信たっぷりに話す三戸さんの気持ちが分かったよ」と口をそろえたように話します。僕は東京などに出かけるとき,「路線地図」などで下調べをしたことはありません。電車に乗るとき,改札口で「すみません。電動車椅子使用者なので,サポートをお願いします」と駅員に伝えると,目的地の最寄りの駅までエスコートをしてくれます。たぶん,地元の利を活かして,目的地まで最も近いコースを駅員は案内してくれると思っています。「三戸さんと歩くと,ガイドマップは必要ありませんね。人の連携プレーを感じますね」と知人。「僕と一緒に歩くと,疲れないですか?」と僕は知人に聞くことがあります。僕と行動を共にすることは,長い距離を歩くことになるはずです。すぐ近くに階段があっても,そこを通り過ぎて,エレベータが設置している場所に向かうからです。 "電動車椅子で歩いている"と言っても,僕は電動車椅子に座って,操作レバーを動かしているだけです。電動車椅子のバッテリーは減りますが,僕自身は動いていません。「そんなに長い距離ではないので,気にしなくてもイイですよ」と知人は言います。
 東京都内の各駅は,電動車椅子使用者の僕が改札口に行くと,いつでも対応してくれます。ただ,地元の秋田では,東京のように電車の乗り降りはスムーズに行かないことが多いです。まず,秋田県内の駅でエレベータを設置している駅は,秋田新幹線《こまち》の各停車駅など,数えるほどしかないと思います。さらに,在来線の各駅の駅員は1人〜2人のところが多いです。突然に,僕のような電動車椅子使用者が来られても,対応したくても,対応はできない現状があるようです。JR秋田支社は「2日,3日前に,事前に連絡してくださると,対応できます」とのこと。事前連絡をすれば,その地域の核になる駅から駅員が最寄り駅へ行き,サポートができるとのこと。駅員の勤務調整のため,事前連絡が必要だそうです。東京都内では何もバリアを感じませんが,秋田ではバリアを感じるときがあります。僕の友人・知人が乗りたいときに電車に乗れて,僕は事前連絡が必要…どのように考えても,理不尽な話です。会議や講演など,事前に分かっていることなら良いけれど…2日後,3日後の予定を,僕は正確に立てることができないようです。その日の天気や気分で変わるので…
 秋田県内の駅を全てバリアフリーにすることは理想ですが,コストがかかります。駅員が全て抱え込むのでなく,乗客にサポートを積極的に頼んでいき,乗客の支援を求めていくことが現実的と思います。いかがでしょうか。
 少し宿泊料金は高めですが,ホテルはバリアフリールームに宿泊します。部屋はノンステップであり,部屋の通路も,車椅子の幅より少し広く,お風呂やトイレに手すりが付いています。ホテルのフロントに,ワイシャツやネクタイの着替えや靴下を履かせてもらうことを頼みます。会議や講演で出かけるため,背広を着る機会が多くなります。ほとんどのホテルはサポートをしてくれます。ただ,ときどき,「フロントに女性しかいませんので,お客様の要望にお応えできません」と言うホテルに宿泊したことがありました。僕は障害があるため,ワイシャツのボタンをはめることとネクタイを結ぶことは困難と伝えました。すると,「フロントで,着替えを手伝うことはできますよ」と。(僕のプライバシーは,ないのかよ)と思いながら,フロントで着替えを手伝ってもらったことがありました。確かに,密室で異性が着替えのサポートをすることに気になる方もいると思います。ただ,毎日の生活支援を女性ヘルパーから受けている僕の立場からすると,考え過ぎでは…と思います。フロント係りに指摘されて,ホテルの部屋での着替え支援を深く考えました。下着の着替えの支援を異性に頼んでいるわけでもないのに…フロントに男性がいれば,何ら問題は無いと思います。「誰か,付き添いの方がいませんか」と言われても,5分以内の支援のために,お金を払ってまで付き添いの人が必要なのかなぁ。最近の社会状況が人と人との信頼関係まで,壊しているのかなぁと思うときがあります。
 会議や講演で出かけたとき,時間の合間をみて,東京に住んでいる友人や知人に「東京に行くから,会いませんか」と声をかけて,久しぶりの再会をしてきます。そして,帰りの時間まで,一緒に都内を歩きます。先月は今年のNHK大河ドラマ「篤姫」にハマり,東京日本橋高島屋で行われている「篤姫展」と, NHKスタジオバークの篤姫コーナーを見に行きました。休日でもあり,かなりの人で溢れていました。人込みの中,僕はぶつからないように電動車椅子を操作していました。立っている人が前にいると,椅子に座っている僕は展示物が良く見えません。僕が展示物に近づくと,僕が見やすいようにスペースを空けてくれました。人々の意識の高さを感じました。
 ただ,1つ苦言を言います。友人や知人と街を歩いていると,事の用件を僕でなく,友人や知人に聞く人がいます。
「お客様の車椅子は,手動ですか。電動ですか」
「どのようなサポートをすれば,宜しいですか」
「代金は○○円です」などなど…僕の用事なのに,明らかに友人や知人の方を向いて,話します。僕は自分の存在が無視されているように感じます。友人や知人は「彼のことなので,彼に直接聞いてください」と言うのが,せめてもの救いです。電動車椅子に乗っている僕と話すとき,僕の目線に合わせて,しゃがんで話すことは接客業の基本と思います。でも,相手は立ったままで僕を見下ろし,僕は相手を見上げたまま,話をするときがあります。接客のマナーが徹底していないなぁ…思い当たることがある人もいると思います。
 あと,友人・知人を「付き添いの方」と呼ぶのは,やめてくれませんか。僕にとって,友人・知人はあくまでも友人・知人であり,付き添いの人でないです。今度から,「友人・知人の方」と呼んでくれませんか。


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