んだんだ劇場2008年10月号 vol.118
No60
数学と卓球

 9月20日。由利本荘地区中学校秋季卓球大会がありました。由利本荘市立本荘東中が開校してから,初めて男子卓球部が団体で全県大会に出場できるかもしれない…そんな特別な日になりそうな日でした。僕は自分が試合するときと明らかに違う緊張を感じていました。(試合をするのは,生徒だよ。何で,こんなに緊張しているのかな)と不思議に思いながら,その日を迎えました。
 昨年,本荘東中に赴任してから,男女卓球部部長をしています。赴任したとき,「三戸さんは,卓球をやっているそうですね。だから,卓球部の担当にしました」と校長先生の言葉を聞いて,僕は素直に喜びました。僕も卓球をやっているので,卓球部の担当になれたことは,卓球部の生徒と卓球を通して,関わることができます。嬉しさの反面,(僕に卓球を教えることができるだろうか)と不安になりました。僕は本格的に卓球を始めて8年。これまでに2度ほど,全国障害者スポーツ大会に出場して,銅メダルと金メダルをもらいました。全国大会で入賞すると,地区の体育協会から『スポーツ表彰』を受けます。僕は秋田市体育協会と由利本荘市体育協会から,優良賞を頂きました。また,卓球を通して経験したことや学んだことを原稿に書いたり,講演で話したりしています。だから,自分なりの卓球観のようなものは持っています。(僕の卓球観を,生徒に伝えていけば良いのかなぁ)と,何度も心の中で反芻しました。
 しかし,自信をもつことができませんでした。教師を目指していたとき,【障害をもっていても,中学生に数学を教えたい】と溢れるばかりの思いを伝えていたころと違い,【障害をもっていても,中学生に卓球を教えたい】と思うことができませんでした。
【数学は自信をもって教えることができても,卓球を教えることに自信はもてない】
 自分の中で,この感情が湧き出てくるのは,なぜだろうと自問自答していました。それは,僕の劣等感でした。僕は脳性マヒなので,僕よりも生徒の方が身体を動かすことができます。そんな僕が生徒に何を教えることができるのだろう。生徒は直接的に言わなくても,僕に対して,(自分たちよりも身体の動かない先生に,卓球を教えてほしくない)と思うのだろうなぁと思っていました。でも,好きな卓球を,僕が卓球から学んだことを伝えたい…その葛藤を,僕は一緒に練習している仲間に相談しました。「三戸さんらしくないよ。前向きに考えたら。技術的なことを悩んでいるみたいだけど,メンタル面の方が大切だと思うよ。それに,三戸さんと打ち合っていて,初心者の生徒であれば,技術指導も十分にできますよ。自信をもってくださいよ」とAさん。Bさんは「指導には,3つの指導があるのだよ。1つは,練習や選手の動きを見て指導する。1つは,選手と一緒に練習する。1つは,自らが競技に取り組む姿勢を選手に示すこと。三戸さんは,どれもできますよね。立派なものですよ」。仲間の話を聞いていて,僕にもできることがあるように感じました。
 昨年,男子卓球部に中学校で初めてラケットを握る生徒が入部しました。(その生徒に,卓球の面白さを伝えて,卓球を好きになってもらおう)と,僕は考えました。それにしても,卓球という1つのスポーツの出会いに僕が関わること,そのことがノーマルな社会と,僕は妙に納得していました。卓球部を担当するようになり,スポーツ番組やアスリートを特集したドキュメント番組,卓球の雑誌やスポーツ記事に興味をもちました。僕が初心者を指導するときに,心がけていることがあります。それは,卓球の練習で知り合いになった秋田県卓球協会の方の言葉です。「…初心者に正しいフォームを身に付けさせるため,素振りをさせる指導者がいます。気持ちは理解できますが,素振りの練習では卓球の面白さを伝えることができない。卓球の面白さは,ラリーでしょう。フォームは二の次。ラリーを続けて,卓球の面白さを実感してもらうこと。ラリーが続けば,《もっと,続くためには…》《自分が狙った場所に打つためには…》と考えるでしょう。この気持ちが芽生えたら,向上していきますよ」
 同じような意味のことを,テニスの松岡修造さんがコラムで書いていました。このことを心がけて,僕は初心者の生徒と打ち合いました。生徒に卓球の楽しさを伝えるために,僕自身が楽しそうに卓球を打ち合っていました。そして、「ナイスボール」と生徒を褒めていきました。人間は褒められると、嬉しがるもの。生徒は楽しそうな笑顔で、ラリーを続けました。その生徒の様子を見ていて、僕も楽しくなりました。「楽しい」感情が芽生えると、生徒はメキメキと上達していきました。
 【上手くなると、練習が楽しくなる。練習が楽しくなると、上手くなる】
 卓球部の練習は、ほぼ毎日2時間。練習をさぼらず、毎日の練習を積み重ねていくと、自然と上手くなっていきます。本人は気がつかなくても、いつも練習の様子を見ている僕には手に取るように分かりました。生徒には「上手くなってきたなぁ」と声をかけていきました。このことでも、生徒は自信がついてきます。障害のある僕でも、十分にスポーツ指導ができると感じました。
【卓球を通して,自分に自信をもってほしい】
 卓球部の生徒と関わるときの僕のモットーであり,方針です。できなかったことができるようになる…これは,素晴らしいことです。そして,できなかったことができるようになった自分に,自信をもってほしいと願っています。それは,努力を積み重ねることの大切さです。(卓球で学んだことを,自分の生き方に活かしてほしい。苦しい状況になったとき,卓球で学んだことを心の支えにしてほしい)と,常に生徒に話しています。僕がそうであるように,卓球を通して,人間的に成長してほしい。
 生徒が少しずつ上達するに連れて,僕は生徒と打ち合うだけではもの足らなくなりました。気が付いたら,生徒に技術も指導していました。【球出し】です。これは,テンポ良く球を生徒に出して,生徒は連続に打ち返します。1つの技術をマスターするために,適切な練習方法です。この【球出し】のポイントは,ある一定のリズムで球を出すことです。リズムが一定でないと,練習の効果が半減になります。僕は左手で籠からボールを出して,右手に持っているラケットでボールを送ります。最初の頃,左手で籠からボールを取り出すタイミングが一定でなく,生徒が球を待っていることもありました。(これでは,生徒の練習にならない)と思い,僕は【球出し】の練習もしました。生徒は(先生,しっかりと球出しをしてくれよなぁ。僕たちの練習にならないよ)と思っていたかもしれませんが,僕には一言も言いませんでした。むしろ,僕の方が気にしていました。【球出し】は練習すればするほど,上手くなりました。そして,ツッツキやドライブ,コースを変えての【球出し】などができるようになってきています。生徒から「先生,球出しをお願いします」と頼まれています。障害の有無は関係なく,(球出しをしたい)という気持ちが良い方向へと転がっていくと実感しています。
 卓球の指導の参考になれば…という気持ちもあり,今年の5月に,秋田県障害者スポーツ協会が主催した《初級障害者スポーツ指導員養成講習》を受講して,初級障害者スポーツ指導員の資格をもちました。また,各種大会に行ったとき,指導者は選手にどのようなアドバイスをするのだろうと,注意深く見ていました。例えば,指導者が拳をあげていれば,選手にメンタル面の話をしているんだなぁ。指導者が素振りをしていれば,技術的なことを選手に話しているんだなぁ。勝っている選手と,負けている選手へのアドバイスの仕方などを,口の動きや動作から学ぼうとしました。
 男子卓球部の生徒と関わり,1年半。チームに少しずつ手ごたえを感じてきました。生徒も同じらしく,「このチームで,団体で県大会に行きたいね」との声を生徒から聞くようになりました。卓球は団体戦と個人戦があります。個人戦は一人の選手の戦いですが,団体戦はチームとして戦います。いくら強い選手がいても,勝てるとは限りません。団体戦はチームとしてのまとまりが問われ,ここに僕は指導する"やりがい"を感じています。団体戦で勝つと,チーム全員の喜びになります。
 さて,試合結果は男子団体準優勝。上位2チームが,県大会に出場します。最近の練習風景を見ていて,生徒が以前よりも熱心に練習に取り組んでいるように感じます。「だって,県大会に出場するチームでしょう。本荘由利の代表だからね」と笑顔の生徒たち。卓球部の担当となり,僕でもスポーツを指導できる…このことを,生徒から教えられました。技術指導は,理屈を理解していれば,生徒に口で伝えます。「肘を右側に…手首を曲げで」など,生徒の姿を見て,良いか悪いかを判断して,生徒に伝えます。指導者がやってみせなくとも…生徒は一度できれば,練習で身体に覚えさせるだけです。
「先生,次は県大会ですよ」と保護者の方。
今,11月の県大会に向けて,練習に励んでいます。僕の卓球指導の心得3箇条。
 一.自分も卓球をやっている姿を生徒に伝える。卓球の楽しさを生徒に伝える。
 一.生徒と一緒に練習をする。
 一.生徒に卓球の理屈を伝えることができる。そのために、卓球の知識を学ぶ。
なんだか、偉そうなことを話してしまって、ごめんなさい。


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